笑って泣ける禁欲青春映画『僕の月はきたない』工藤渉監督インタビュー



—–まず、本作『僕の月はきたない』の制作経緯を教えて頂きますか?
工藤監督:元々、ENBUゼミナールという学校の先輩だった吉田幸太監督と主演の古谷蓮さんが『30days』というリモート映画を撮っていたんです。その作品の中でオナ禁をして、好きな子に告白する設定があったんです。実際、オナ禁を1ヶ月して、その好きな子をデートに誘って、中途半端に終わる物語です。意中の女性の方は実際にいる方ですが、実はお亡くなりになっており、古谷さんがご自身の体験を映画にしようと、吉田監督に一緒に脚本を書いていたんです。監督は、吉田さんがするのかと思いきや、忙しいから監督できないかと打診を頂きました。
—–色んな意味で議論を呼びそうな映画だと思うんですが、私は最初の印象より非常に良い印象を持っています。映画の入りは下ネタだと思いますが、リモート映画『30days』の制作から今回の作品の制作までの流れのお話をお聞きして、他者の事を思って、意中の女性の事を思って作られているんだと繋がりました。これは、お話を聞いてみないと分からない事だと思うんです。映画を観ただけでは、そこまで想像できないと思います。ある種、死者に対するレクイエムですよね(オナ禁という下ネタが先行していますが…)。
工藤監督:本当は、レクイエムのつもりで作っている側面もあるんです。
—–申し訳ないですが、画面からは微塵もそのレクイエム感は感じられません(笑)。
工藤監督:ある女優さんがおられましたが、その方がお亡くなりになったので、彼女の生きた証を残したいと思っているんです。だから、インタビューを通してでも、お話しして行ければと思っているんです。
—–どうしても、人の死が絡んで来てしまっていますからね。「オナ禁」と「レクイエム」が、簡単に結び付かないですね。
工藤監督:脚本を書いてくれた監督の鈴木太一さんは、人が感じる不条理や違和感を変なエネルギーに変えて、映画を作る方だと思っています。脚本自体は、いつも感じている内容に近いと受け取りました。「オナ禁」と「レクイエム」は多分、鈴木監督の中では結びついているんです。その点に関しては、説明を受けて僕自身も理解できる部分はあったんです。恐らく、鈴木監督には、目指している方向性があったと分かったので、そのまま撮ってみたんです。

—–次の質問ですが、タイトル「僕の月はきたない」の「月」には、何らかの意味があると私は感じるんですが、たとえば、前作の『30days』の「1ヶ月」もしくは30日のオナ禁など、様々な角度で捉える事が、できると思うんです。また、天体における「月」という物理的なものもあれば、時間の経過を表す「ひと月」と考える事ができると思うんです。この「月」には、どのような意味を込めていますか?
工藤監督:いくつか意味を絡ませてしまって、逆にぼやけてはいるんです。まず、小説『竹取物語』に登場する「かぐや様」をイメージしているんです。かぐや姫の手に届かない存在と文豪の夏目漱石が英語の「I Love You」をストレートに「愛している」とは訳さず、「月が綺麗ですね」(※1)と含みのある表現したのは有名だと思います。この2つの要素を掛け合わしているんです。
—–非常に文学的ですね。
工藤監督:最終的には、映画の中に「月」が映っていないんです。文字にしてみると、「好き」は「月」という意味にしているんです。「僕の好きはきたない」というのが、僕の中のタイトルだったんです。実は、「きたない」にも様々な意味があるんです。
—–でも、「月」とは恐らく、自分自身を指している言葉だと思うんです。みんな、何かしらの「汚さ」を持って生きている生き物だと思うんです。タイトルの「月」に対して色々な見方ができると思ったんです。ただ、まさか文学.的な意味合いがあるとは予想していませんでした。
工藤監督:実は僕、本がとても大好きなので、よく文学と絡めて、映画について考えてしまうんです。この作品は、AFFの助成金で制作しましたが、このシステムで撮影した作品が100本以上あったんです。それらの作品に埋もれてしまうのは勿体無いと感じて、良くも悪くもで、とにかく目立つ作品、目立つタイトルにしたいと思ったんです。目立たない事には、誰にも見てもらえないなと思ったんです。タイトルを考察させる訳ではないですが…。
—–でも、タイトルにある「僕の月」に関しては、とても考えてしまいましたね。漢字で「汚い」とひらがなで「きたない」では、意味が違って来ると思うんです。「オナ禁」トークからのまさかの文学的要素があるとは思ってなかったので、いい意味で裏切られた感じです。私自身、夏目漱石などの文学の世界は好きなんです。
工藤監督:皆さん、ノリで盛り上がるタイプの方々で、恐らくノリノリで「オナ禁」を題材に映画を作ろうとなったと思うんです。僕自身は、今回の場合、「オナ禁」に対して少し否定的な立場で居ようと思ったんです。
—–皆さんがワァーと盛り上がっている傍ら、俯瞰的に一歩引いて、外側から見守る立場になられたんですね。
工藤監督:これを振れ幅と言うのか分かりませんが、一つの振れ幅になっていると思います。

—–本作の場合、劇映画をフェイクドキュメンタリーの手法で撮影したと言いますか。このフェイクドキュメンタリーにする事によって、作品における効果は何か得られましたか?
工藤監督:ご存じだと思うんですが、実は僕、濱口龍介監督が大好きなんです。
—–またまた、文学的ですね(笑)。
工藤監督:実は僕、本当は文学的な人間なんですよ。全然、文学的な内容ではないんですが…。濱口監督が、東日本大震災で津波被害を受けた人々の姿を追った東北記録映画3部作の第1部「なみのおと」を制作されたんですが、その作品では人々に実際にインタビューをしているんです。インタビューをしているカットバックでは、濱口さんが聞き役で聞いている画があるんですが、明らかに入っちゃいけない構図があって、ドキメンタリー風に撮ってはいるけど、カット割は映画風に仕上げているんです。ドキュメンタリーのような芝居で小津安二郎みたいな構図で撮りたいと撮影当時話されていて、僕自身もそこを目指すところと思っているんです。嘘と本当を織り交ぜたいんです。映画は、そもそも嘘をつくものだと思っているんです。最初から作り物ですよね。
—–昔から映画は、作り物と言われていますよね。
工藤監督:でも、そこに乗っからないようにしないといけないと思ってやっている人達は皆さん、真剣に取り組んでおられ、本当に起こっている事をカット割りで撮って行く事が好きなんです。その上で、ドキュメンタリー風の『30days』の要素を混ぜると、もっと映画の強度が強くなるんじゃないかなと思ったのが、企画を受けた理由でもあるんです。『30days』があったからこそ、その要素を踏まえて、絶対に面白くできる確信は自分の中で持っていたんです。
—–実は、その『30days』は観れてないんですが、この作品だけで言えば、冒頭とラストの趣が全く真逆で面白いんです。だから、フェイクドキュメンタリーのままずっとフェイクを突き通していると単調だと思うんですが、ラストがフェイクドキュメンタリーからリアルなドキュメンタリー風になっている点が、非常に気に入りました。ラストが生々しく感じて、最初と最後の不釣り合いさが逆に面白いと、私は感じました。
工藤監督:今回は、そこを目指して制作していたんです。
—–話が進むにつれて、不思議と味が出てくると思うんですよね。
工藤監督:不思議ですが、作品に味が出て来ますよね。

—–本来なら、10日でも20日でも、「オナ禁」の設定でいいと思うんです。逆に、40日以上でもいいと思うんですが、30日我慢し続ける事によって、この30日という時間の経過が重要になって来るのではないかなと私は思ったんですが、この「30」が示す時間の意味と30日後に登場人物に起こる未来について、何を示していると思いますか?
工藤監督:ちょっと質問と答えが違うかもしれませんが、「ひと月」は確かに考えていました。ひと月は、やっぱり30日だと考えていました。時間経過で言えば、人が反省して蘇る時間がちょうど、「30日」だと考え、調整していました。早すぎても良くないと思っていました。何かやろうとして落ち込んで、そこからまた復活する物語に起きる時間間隔だと思います。

—–作品の終盤で受け取った登場人物の感情は、今の日本ではお互い剥き出しになって、本音でぶつかり合えない関係性ではないのかなと思います。何もかもが、本音でぶつかり合えてない環境の中にあると感じています。たとえばですが、本音でぶつかり合うとは、どういう事だと思いますか?
工藤監督:映画のシーンだけで言ってしまえば、あの場面は「信頼」ですよね。吉田さんが古谷さんを一本背負いをするんですが、普段、吉田さんが古谷さんをよく揶揄(からか)うんです。古谷さんに対して少し塩対応な一面もあるんですが、あの場面を撮る時、吉田さんが古谷さんの事をどう思っているのかの本当の感情は分からないから、僕の演出を入れるよりも、2人の関係性で一度、芝居をしてもいいんじゃないかと思って、撮ってみようとなったら、吉田さんが急に一本背負いをしたんです。見え方は暴力行為にも感じますよね。でも、吉田さんは古谷さんに対して、心を許していたんだなと思ったんです。吉田さん自身が、ご自身の内側の部分を古谷さんになら、見せてもいいと思っていたんだと感じました。相手を許せる事は、自分の範囲を許して、委ねる事があの場面に関して言えば、コミュニケーションだったと思うんです。
—–最後に、映画『僕の月はきたない』が、今回の上映を通して、どう広がって欲しいなど、何かお考えはございますか?
工藤監督:個人的に思っているのは、女性自身は好きじゃない部類の作品ではないだろうか?と少し思っています。男臭いと言いますか、男性自身も「オナ禁」と言いえば、何を言っているんだとなると思います。ただ、お客さんの中には10回観に来て下さる方がお2人おられますが、その方々は、この映画から勇気をもらえると言ってくれています。古谷さんが演じる人物は、主人公らしい主人公なので、自分の持つ熱量だけで走って行く人間という主人公なので、その行動はきっと誰にでもできる事だと思うんです。いくつになってもできる事だと思うんです。その点に関して言えば、勇気をもらっているんだろうなと思いながら、相手の話をお聞きしました。今、何か報われない思いを抱えている方に刺さる映画ではないかと思っています。常に、皆さんそのような感情を抱いていると思うんですが、それに報われる事は少ないと思うんです。でも古谷さん演じる男の滑稽で一生懸命な姿を見て、少しだけ心が軽くなって劇場を後にしてもらえれば、僕としては一番、それが幸せと感じます。日常の枷を一つ下ろせる映画になっていると思うので、何か日々大変に感じている方やそうでない方にも観に来て頂ければと思っています。
—–貴重なお話、ありがとうございました。

映画『僕の月はきたない』は今後、5月16日(金)より栃木県の宇都宮ヒカリ座にて上映予定。また、山口県の萩ツインシネマは近日公開予定。
(※1)夏目漱石がILOVEYOUを「月が綺麗ですね」と訳した理由https://shiomilp.hateblo.jp/entry/2016/07/08/012959(2025年4月4日)