ただ、夢をかなえたかった映画『オールド・フォックス 11歳の選択』
斗气不如斗志-闘志は闘志ほどではない-2003年に新華社から出版された書籍「キツネ爺さんの格言1(老狐狸格言1)」より
「老狐」は陰険さや狡猾さを表すのではなく、調和、理解、知恵、明晰さの象徴です。 「Old Fox」の知恵があればこそ、私たちは人間社会の危険な世界に何の障害もなく自由に出入りすることができる。老キツネの座右の銘や格言と概念には、古い伝統や古い考え方を覆すものであり、センセーショナリズムや警戒主義ではなく、人間社会で生き残るための純粋な知恵だけがある。また、中国の考え方では「老狐」は、狡猾でという悪い意味として捉えられている。その一方、ある時、老人は言う。「多くの人が私を年老いたキツネだと言います。実際、年老いたキツネで何が悪いのでしょう?人は常に、まず自分自身を守ることを学ばなければなりません!もしあなたが守らなければそれに、私は偽善者や偽道士たちに比べれば、全然嘘もつかないし、平気な老狐のほうがずっと可愛いと思わないか?(※1)と、中華圏における老狐、すなわち老人に対する毛嫌いや嫌悪感は非常に一般的で、その度合いは厭忌なほど、中国での年配の方は遠巻きにされる傾向がある。都市部や農村部に関係なく、現在における中国国内の高齢者虐待問題(※1)は非常に注視されている。論文「中国における高齢者虐待の問題(3)――その実態と対策――」の中で、「中国では、2016年に65歳以上の高齢者が全人口の 10.8%を占め、先進諸国の高齢化率より、はるかに低いが、しかし、高齢者人口総数は1億5000万人を超え、世界最大規模となっている。」と2016年の調査で言われているように、現実的な問題は未だ解決の糸口さえ見つけられていない。高齢者層の増加に伴い、高齢の労働者が増えている社会を垣間見る事ができる(※2)。老後の年金資金だけでは働く事が難しく、中国の高齢者は年金受給とは別にして、長時間の過酷な労働に従事しなければならない現状があるが、これは現代における日本の高齢者問題(※3)と合致する。日本における2025年問題の到来が間近に迫った今、老人という存在について再考する必要があるのではないかと思う。介護をするのは大変で、一人暮らしのお婆さんのお話を聞くのは面倒くさいと言うのが本音かもしれないが、それでも、老人達から授かる先人の知恵は、私達の暮らしを豊かにしてくれる。どんな環境であっても、おばあちゃんの知恵袋(※4)は、必ず私達の生活に即した解決法を提案してくれるあたり、老人の昔からの考えや習慣、言葉は、時に辛辣に感じる事もあるだろうが、本当に大切な事を言い、行動している。ガミガミ鬱陶しい説教も聞きたくない時もあるだろうが、ひとたび、彼らの言葉に耳を傾けてみれば、また違った視点の世界が顔を出してくれるだろう。それでも、中国社会における将来像(※5)は、そうそう明るくない。出生率が低下した原因として挙げられる毛沢東時代の無謀な出産奨励の反動から来る人口爆発を力づくで抑制する一人っ子政策は、今の人口動態の歪みを作った結果を招いていると言われている。日本でも同じように問題提起されている少子高齢化問題は、中国とまったく同じ道を辿っているのかもしれない。
では、台湾における同様の問題や作品が舞台としている1989年の台湾の歴史的経済的背景についても、同時に考えたいと思う。当時の台湾は映画でも描かれているように、物価が高騰した時代とされており、その社会的物価高や物価高騰が、一組の親子の人生に悪影響を与える物語となっている。調査報告書「平成元年 年次世界経済報告 各国編 経済企画庁 I 1988~89年の主要国経済 第8章 アジア・中東 2. 台湾:経済は内需主導による安定成長路線模索へ」のある一説をお借りするかたちで、台湾の当時の経済的政治的歴史的背景に触れてみると、その時代である80年代から90年代に生きたであろう人々の苦労や苦心、人生苦や生活苦が手に取るように理解できるだろう。以下、引用文「政府は、89年9月に台湾内に1万5千人いると言われる外国人不法就労者の取り締まり強化を打ち出すとともに、他方で、住宅建設難解消のため大規模の住宅建設業者に対して、条件付きながら外国人の単純労働力の雇用を認める決定をしている。製造業労働者の賃金は、好景気を背景に労働需給がひっ迫する中で86、87年と高い伸びが続いた後、88年は前年比7.4%増と若干鈍化したものの、物価が落ち着いていることもあって実質賃金は引き続き大幅なプラスとなった(第8-2-4表)。89年には、失業率がさらに低下し、労働需給がさらに引き締まりをみせており、製造業賃金は上期に前年同期比15.4%増と伸びを高めた。」(※6)とあるように、物価の変動、労働問題、外国人不法就労者、建築問題など、あらゆる社会的事案に直面し、それらをどう解決するのかが課題として挙げられていた。映画の中とまったく同じ環境が、1989年の実社会でも課題として問題視されていた時代。またもう一つ、1989年の出来事として挙げるとするなら、同年6月に中国で起きた民主化運動の事件「天安門事件」(※7)は、この年の政治や経済、物価などに大きな打撃を与え、アジア諸国に跨る様々な国が被害を受けた。その中でも台湾もまた、甚大な被害を被っている。「1989年の天安門事件を受けて大部分の外国企業が撤退し、新しい投資も控えられました。」と論文の一説にあるように、外国企業の撤退、労働力の減少、台湾や中国は一時、危険な国として世界から目視されていた。また、本作の季節背景は、1989年の秋とあるように、天安門事件が起きた6月からおよそ数ヶ月が過ぎており、この秋は台湾にとって、政治経済の不安定さを踏まえて、非常に過酷な時期だったに違いない。本作では、そんな時代に翻弄されながらも必死に生きた親子の姿が丹念に描かれている。
本作では、大人と子どもの交流を89年の台湾をバックに描かれているが、その中でも特に老人と子どもという年の離れた関係性を大事に描写している。老人が、若い頃から経験した来た体験を自身の言葉に変えて、少年に諭して聞かせる。「不平等を不平等と言うのは嫌いだが、その不平等さを上手に利用しろ」と、少し陰険でずる賢く、狐目をした鋭く細い目で台湾社会や子どもたちの世界を犀利に斬る。まるで策士のように、他者への洞察力や分析力、共感力を持ち 合わせつつ、自身の価値観を他人に無理に押し付けない老人ならではのコミュニケーション力が、少年の人生を切り拓く大きなカギとなる。老人と子ども、老人と少年、老人と青年と言った組み合わせで双方の温かい交流と姿を描いた作品は数多くあり、一例を挙げるなら、映画『グラン・トリノ』『ヴィンセントが教えてくれたこと』『ダーティ・グランパ』『 ニュー・シネマ・パラダイス』『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』『アトランティスのこころ』などを思い浮かべるだろう。近年、高齢者と子ども・若者の間にある世代間交流(※8)が、重要と叫ばれる世の中となって来ている。この世代間交流が希薄になって来るとどうなるかと言えば、地域における伝統や文化の継承にも影響を及ぼし、世代間交流を難しくさせる。日常会話が減少する背景には、核家族化および産業の発展による世帯構造の変化が考えられると言われているが、家族並みの交流も活発に行われていた過去を思えば、現代にもその時の風景が蘇ってもいいだろう。昔、家族団欒で食卓を囲み、食後にテレビで映画番組を一家全員、父母兄弟揃って共に同じ時間を共有した時代。近隣には、口うるさいガミガミおじさんの存在、地域全体で子どもを育てる風潮のあった一昔前の風景はもう、今の時代にはない。他人の子は、他人の子であり、いかなる状況であっても、手も口も出してはならない今の時代。時代の空気感や価値観がそうさせて、時代が子どもと高齢者の交流をより難しくさせている。今一度、本作に登場する老人と少年の交流が、世代間で、また男の子本人に何をもたらし、どう影響し合うのか考えて欲しい。この世に、この社会に、子どもたちの存在も、高齢者の存在も、今は非常に必要されている昨今、双方の交流を妨げる悪しき大人の価値観を必要しなくなる日が訪れる事を願って止まない。過去の体験話や社会に対する処世術を話す老人達を疎ましく思わず、より子ども達に良い影響を与える存在として再認知される時代が、近い将来、再度訪れて欲しいものだ。映画『オールド・フォックス 11歳の選択』を制作したシャオ・ヤーチュエン監督は、あるインタビューにて本作の1989年当時の台湾について、こう話している。
蕭監督:“1989-1990 年,臺灣股市從 2,000 點暴漲到 12,000 點,地價隨之飆漲,臺灣的社會改變了、故事主人翁「11 歲男孩廖界」的世界改變了。自己並非先看中時代才發展故事,這一切得從他想說一個關於「同理心」。我當然沒有那麼天真,認為有同理心可以解決所有問題,但我可以確定的是,如果沒有同理心,人與人之間的落差、線的這端到那端只會更擴大。”(※9)
シャオ監督:「1989年から1990年にかけて、台湾の株式市場は 2,000 ポイントから 12,000 ポイントに急騰し、それに伴って台湾社会も変化し、物語の主人公である「11 歳の少年リャオ・ジエ」の世界も変化しました。時代を考えて最初にストーリーを展開したわけではなく、すべては「共感」について伝えたかったストーリーから始まった。もちろん、私はそこまで単純ではなく、共感があればすべての問題を解決できるとは考えていませんが、私が確認できるのは、共感がなければ、人々の間の溝、そして線の一方の端ともう一方の端の間の溝は広がるだけだということです。」と、人間が持つ共感性と少年と父親、少年と老人の間に広がる人間関係の溝について話す。その溝を少しでも埋める為には、私達が持つ「共感」と上手に共存しなければならない。他者を理解し思いやるのも、他者を意味なく毛嫌いし攻撃するのも、すべて「共感性」の極致か、欠落から来る人間が持つ当然の感情と価値観だ。
最後に、映画『オールド・フォックス 11歳の選択』は、一人の少年を取り巻く1989年の台湾を舞台に、老人や父親との交流を通して描かれる絆や関係性についての物語だ。老狐の存在は、いつの時代も疎ましく扱われ、邪険にもいい加減にも遇(あし)らわれる。それは、台湾と日本、アジア諸国の文化の違いによるものでもあると思うが、ここ日本では、ずっと聞かされた事のなかった話だ。ただ、近年、老害(※10)と言ったネットスラングも散見されるようになり(高齢者による自動車事故への世間の反応も含め)、日本は今後ますます、高齢者の生きにくい社会が構築される可能性もある上、高齢化社会がすぐそこまで来ている事を認識した方がいい。そんな中、高齢世代と若者世代の間には、必ず「溝」が存在する。それは、人間の自然の摂理である「老い」が一つの障壁となっている事を、私達は理解する必要がある。私達は、抵抗しようが否応なく、必ず平等に老いる生き物だ。この「老い」に対して、全世代の人間が心から理解し歩み寄る事が大切だ。高齢者当事者本人も老いに対して、ある程度の受け入れが必要であり、若者世代は高齢者世帯が苦悩する「老い」に対して少しでも想像し、相手を理解する事が大切だ。これが、本作の監督が言う「共感」ではないだろうか?互いを思いやり、共感できる社会構築が行われた時、必ず今の日本社会も台湾社会も良い方向に好転するであろう。
要有马屁经,不必当马屁精-お世辞のスキルが必要ですが、お世辞を言う必要はありません-2003年に新華社から出版された書籍「キツネ爺さんの格言1(老狐狸格言1)」より
映画『オールド・フォックス 11歳の選択』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)中国における高齢者虐待の問題(3)――その実態と対策――https://drive.google.com/file/d/1E_wfVfUwfYT1nOxftu8FDWWWvDBDXQd0/view?usp=drivesdk(2024年6月28日)
(※2)焦点:中国農村住民の過酷な老後、わずかな年金で死ぬまで働く現実https://jp.reuters.com/world/china/UYFTY777MNMO3OOE7IJLHXTNSA-2024-05-11/(2024年6月28日)
(※3)年金制度の安定性・信頼性を高める改革への期待:「在職老齢年金制度」、「第3号被保険者制度」の見直しで人手不足緩和もhttps://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2024/fis/kiuchi/0603(2024年6月28日)
(※4)風邪気味の人、必読! 風邪かなと思ったら「おばあちゃんの知恵袋」(焼き梅、葛湯etc.)を活用せよ!https://dot.asahi.com/articles/-/22944?page=1#google_vignette(2024年6月28日)
(※5)【18-07】老いゆく中国社会の将来像https://spc.jst.go.jp/experiences/karyu/karyu_1807.html(2024年6月28日)
(※6)平成元年 年次世界経済報告 各国編 経済企画庁 I 1988~89年の主要国経済 第8章 アジア・中東 2. 台湾:経済は内需主導による安定成長路線模索へhttps://www5.cao.go.jp/keizai3/sekaikeizaiwp/wp-we89-2/wp-we89-01802.html(2024年6月30日)
(※7)台湾、天安門事件の弾圧を決して忘れない=蔡総統https://www.reuters.com/article/idJPKCN2DG0GT/(2024年6月30日)
(※8)いま、高齢者と子ども・若者の世代間交流が求められている!https://caresul-kaigo.jp/column/articles/35045/(2024年6月30日)
(※9)父親寫給孩子,一則關於這個世界的寓言故事:專訪《老狐狸》導演蕭雅全https://funscreen.tfai.org.tw/article/38569(2024年7月1日)
(※10)レジで怒鳴る高齢者に絶対にしてはいけない言動相手の「老害力」を下げるためにできる1つのことhttps://toyokeizai.net/articles/-/755166?page=3(2024年7月1日)