映画『エス』「排除しない人間でありたい」出演松下倖子さんインタビュー

映画『エス』「排除しない人間でありたい」出演松下倖子さんインタビュー

2024年7月23日

再会と断絶の物語からなる映画『エス』出演松下倖子さんインタビュー

©2023 上原商店

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—–まず、映画『エス』への出演経緯を教えて頂きますか?

松下さん:太田真博監督から直接誘われました。太田さんとは2012年に知り合ってまして、太田さんが逮捕された翌年にあたるんですけど。当時、私が所属していた劇団の舞台公演の撮影を太田さんが担当したのがきっかけでした。留置所から出てきたばかりの太田さんを社会復帰させようと、劇団の主宰が声をかけたそうです。そういう縁で太田さんと出会って、当時太田さんが身近な役者さんたちとやっていたお稽古会に参加しました。その結果、『園田という種目』(SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016などで上映された、松下倖子主演&太田真博監督作品)という映画に千花という役で出演することになったんですが、『エス』で私が演じた千穂という役は、千花がベースになっています。『園田という種目』をアップデートさせたのが『エス』、千花を脚本上アップデートさせたのが千穂、なんです。

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—–前回、タイトル「エス」にはどのような意味があるのかと、監督インタビューでお聞きした所、主人公の染田のイニシャル「エス」だそうで、それ以上も以下もないとお答えを頂きました。改めて、この題名が示すものを私自身が考えると、染田自身が監督の合わせ鏡であるなら、「エス」とは監督自身の中にある「太田」自身のすべてだと、私は考え至りました。この点を踏まえて、松下さんが捉えておられるタイトル「エス」とは、一体なんでしょうか?

松下さん:作品タイトルという意味では、劇中で逮捕される映画監督の名前が染田、そのイニシャルでエス。それだけの意味だと聞いてます。ただ、ひとつ思うのは、劇中で染田くんを「エス」と呼ぶのは職場の人たちだけなんですよね。染田くんと千穂が働くコールセンターの人たちだけ。千穂と染田くんは大学演劇サークルで知り合っていて、劇中にはその同期や先輩も登場するんですけど、彼らは染田くんを「エス」とは呼ばない。「染田」と呼びます。「エス」は「染田」に比べて抽象的で、どこか象徴めいてる。コールセンターの同僚たちが染田くんに対して勝手に抱くイメージこそが「エス」である、と言えるのかなと思います。同僚たちは染田くんに逮捕歴があることも知りませんから、実像とは別のところで「エス」という虚像を作り上げているところがある。人間は誰でも、あまりよく知らない相手に対して勝手なイメージを持ちがちですけど、『エス』は、そのイメージが崩れた時にあなたはどうしますか、ということを問う作品でもあるので、「エス」というタイトルはそれを示唆してるのかな、と。…どうでしょうね(笑)。

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—–作中のリアリティ溢れる生の声が、心に響いたという感想が飛び交う中、この演出が即興演出やアドリブではなく、100%シナリオ上の監督の計算し尽くされた演出だったそうですが、松下さんは千穂を演じる上で、大変だったとか、この場面に注目して欲しい、もしくは、千穂を通して、この点が本当に伝えたい事だったんだなど、何か演出や演技から発信するものがあるとすれば、それは一体なんでしょうか?

松下さん:『エス』で大変だったことは特にないんですが、初めて太田監督作に出た時にはちょっとありましたね。太田さんの作品って「ひたすらしゃべりまくる会話劇」なんです。なのに、私自身はおしゃべりじゃないどころか、大人数で居酒屋に行くと一番端っこの席で静かにみんなを見ていたいような人だったんです。だから、最初はそこにギャップがありました。普段からもっとしゃべるようにした方が良いと太田さんに言われて、そうかと思って、努力していっぱいしゃべるようにしたんですね。そうこうしていたら、いつの間にか普通におしゃべりな人間になってました。だから今回はなんの苦労もなかったです(笑)。太田監督の現場では脚本を一字一句変えずに言うことが求められますが、私にとっては楽しい作業です。太田さんの脚本には、脚本どおり違和感なく台詞をしゃべれるようになって初めて理解できることがたくさんある。太田さんが書く台詞には息遣いがあって、それが人間の呼吸に合っているからだと思います。コールセンターの同僚・長尾(辻川幸代)と千穂が対峙する屋上のシーンには、特に注目してもらいたいです。この場面で、千穂はとっても不格好な表現で想いをぶつけます。誰かを想うあまり、時に人は不格好になるということを、このシーンを演じたことで身をもって知れた気がするんです。皆さんにも、きっと共感していただけるのではないかと思っています。

©2023 上原商店

—–前作『園田という種目』のご出演時、役者人生の瀬戸際に立たされていたそうで、この作品がご自身のキャリアを立ち直されたそうですが、たとえば、今作『エス』は松下さんにとって、どのような立ち位置で、どのような存在になりえますか?

松下さん:『園田という種目』撮影から12年、私と太田さんは二人だけのユニットを組んで活動してきました。ありがたいことに他の方から出演のオファーをいただいたこともありましたが、太田さんと作品を作ることに専念したかったので、お断りしてきました。まずは、太田監督が描きたい世界を最も体現できる俳優になりたかった。そうやって二人で作品や演技に向き合う時間が「何か」につながればいい、そう思ってきました。そして今年、『エス』が劇場公開された時に、ひとつこれって成果だなあと思えたんです。まだまだ先があるとしても、求めてきた「何か」のうちのひとつに違いないんじゃないかと。だとしたら、これから先、俳優としてどう活動していこうかなと考え始めました。そのタイミングで『エス』を見に来た今の事務所の代表から声がかかって、事務所に所属することになりました。それで、これからは他の方たちとも作品づくりをご一緒したいと、自然にそう思うようになっていました。『園田という種目』以降、太田さんとの作品に専念するためにあえて狭めていた活動の幅をもう一度広げるきっかけになるのが『エス』だと、そんな風に思います。太田監督との作品づくりがこれからも大事なことは変わりませんけどね。

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—–本作は、一人の前科者が社会と向き合う話ですが、一方で、私達自身がその前科者と向き合う話でもあり、試され事でもあると思います。一人の彼/彼女を受け入れるのか、冷たく突き放すのか。手を差し伸べて助けるのか、崖から突き落とすのか。それは、人それぞれの捉え方ですが、もし松下さんの目の前に、仕事やプライベート関係なく、一度罪を犯してしまった社会の爪弾き者が現れたら、松下さん自身はどうされますか?

松下さん:そうですね、罪の内容にもよりますけど…。逮捕されたことのある人が突然目の前に現れたら、最初はちょっと距離をとるかもしれません。でも、その人と関わることが増えていくにつれて「逮捕されたことのある人」という存在から「その人」に変わっていくと思うんです、自分の中で。そうなると、最初にとった距離を保っている必要性がなくなるから、関係性はもちろんどんどん変わっていくはずです。と言うか、変わる可能性を最初から排除しない人間でありたいですね。

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—–最後に、本作『エス』が今回の上映を通して、どのような広がりを持って欲しいなど、作品への想いをお聞かせ頂きたいです。

松下さん:『エス』の劇中でも、染田くんと千穂が働くコールセンターや、気のおけないはずの仲間同士の会話の中にさえ、今の世の中の縮図みたいなことが起きている。隣にいる人への寛容さが足りてないんじゃないのか、みたいなことが。だけどこの映画は、その先にある希望も同時に描こうとしています。東京公開を観にいらした、大事な人が逮捕されたばかりだという方から「映画を観て救われました」と言ってもらえたんです。逮捕に限らず、大事な方が過ちを犯してしまって、どう支えていいかわからない方たちにもこの作品が届いたら嬉しいです。『エス』って実は全然重たい作品じゃなくて、多種多様なキャラクターによるウィットに富んだ「ひたすらしゃべりまくる会話劇」です。気楽に楽しんでいただけますし、人によっては気が軽くなるような作品だと思ってます。ぜひ、ご覧ください。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

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映画『エス』は現在、関西にて7月20日(土)より大阪府のシアターセブンにて、上映開始。23日(火)、25日(木)を除いて、連日舞台挨拶が行われる予定。