鬼気迫る告発映画『人間の境界』
果たして、この世界に真の救いはあるのか?人が人を罵り、人が人を迫害し、そして人が人を殺める。これが、今の世の中の本当の姿だ。世界平和なんて、単なる理想論に過ぎず、ある国では戦争を。ある国では弾圧を。ある国では差別を。ある国ではいじめを。人間は平然と行い、まるで「平等」という言葉は風の中に消えたかのように世界は腐っている。なぜ、人はこんなにも醜い生き物なんだろうか?なぜ、人はこんなにも醜く生きられるのだろうか?世界は、あらゆる問題でひしめき合い、折り重なり、複雑に絡み合った結果、もう誰か一人の力でいとも簡単に解ける状態では無い。この複雑に絡み合った糸の束のような国際問題は、世界中の私達小市民に精神的なダメージを与え、経済困窮に陥れ、国際的経済的再起不能にまで追い詰める。何本もの細い糸が縺れるかのように、世界中のあらゆる問題の綻びが生じる原因は、私達人間の強欲な感情にある。まさに、人間同士の境界が蔑ろにされた時、それは刃物となって人々に襲いかかる。時に戦争が起き、時に言論の自由の弾圧が生まれ、差別偏見が横行し、その火種は弱者である市民や罪のない子ども達へ飛び火する。21世紀を迎えた世界は今でも、100年前、1000年前にも起きたであろう世界の悲劇を学習もせず繰り返し何度も何度も引き起こしている愚かさを生じさせる。映画『人間の境界』は、その国際的人権問題に位置する難民問題について取り上げている。「ベラルーシを経由してポーランド国境を渡れば、安全にヨーロッパに入ることができる」という情報を信じ、幼い子どもを連れて祖国シリアを脱出した家族を中心に描かれているが、ベラルーシ政府がEUに混乱を引き起こす目的で大勢の難民をポーランド国境に移送する“人間兵器”の策略に翻弄される人々の姿がそこにある。ポーランド側の報道では、ヴォイチェフ・クービック氏が記事として書いた「Białoruski oficer zdradza szczegóły ataku na Polskę(ベラルーシ将校がポーランド攻撃の詳細を明らかに)」は、昨日2024年5月13日に発表されたばかりだが、「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるように、映画の中の物語として起こっている事は、今目の前で実際の出来事として現在進行形で起きている。世界で起きている事実を映画にして訴えたいと行動に移した映画監督の作品だからこそ、これは画面の枠内から飛び出して、外にある実際の出来事として私達は捉えなければならない。架空の物語ではあるが、物語に登場するシリア難民の家族やクルド人難民は、実際に今も存在する人々だ。そんな彼等が、ベラルーシ政府によって、人間武器として利用されている事実に対して、これはもう、他人事として捉えてはいけない問題ではないだろうか?
難民問題は、世界中どこでも起きている問題だ。難民問題の主な原因は戦争や紛争、革命、クーデター、自然災害など大きな脅威、あるいは人命を脅かす人災や災害が起こる事とされる。特に紛争はつい最近まで起こっていた、あるいは現在も継続して起こっている地域は決して少なくないため、今でも難民は増え続いている(※2)。どの国の人種が、難民になりうるのかについては、2022年末の報告によるとシリア、ウクライナ、アフガニスタンの3か国だけで、世界の全難民の52%を占めている(※3)。と、国連UNHCR協会が報告している。ウクライナは、近年続いているロシア・ウクライナ戦争が原因だからだろう。シリアの国民が難民になる原因は、シリア紛争(※4)だ。シリア紛争は、政府と反政府勢力の戦いが長期化し、多くの人が亡くなっている。それだけではなく、命の危険にさらされた人が多数国外に脱出し、難民として生活している状況が続く。紛争の原因には、国内的な対立の他、外国からの干渉などが関係しているため、解決は容易ではない(※5)、とされている。このシリア紛争の原因が、2011年に起きたアラブの春(※6)が大きくシリアに影響したと言われている。アラブの春における民主化運動の流れは非常に良い事だったと言えるが、それと引き換えに、内戦が勃発し、多くの民間人の犠牲が生まれ、難民が増え続ける背景、これはいい状態とは言えない。民主化運動は、時に危険を伴う動きではあるが、何らかの犠牲を払ってでも、勝ち取る自由が如何に尊いのか再度、考えさせられる。では、アフガニスタンが、なぜ難民増加の国として挙げられるのか?その原因には、1979年のソ連軍侵攻を皮切りとして、相次いで紛争が起こった事が挙げられる。昔から争いの絶えない地域でもある。2018年時点のアフガニスタンの難民数は、約270万人。アフガニスタン難民の受け入れ国は主に、パキスタンやイランが中心と言われている(※7)。逆に、日本での難民認定の条件が厳しく、国内で受け入れている難民の数は圧倒的に少ないのが現状である。それでも、2018年における日本での在留が認められた難民認定申請者は82名であり、そのうちアフガニスタン難民は4名というデータもある。2021年に、アフガニスタンでタリバン政権が実権を握った報道が世界中がなされたが(※8)、この時期のタリバン政権発足後、多くのアフガニスタン難民(※9)が国外へ避難した背景もある。自国を追われた人々が、難を逃れて、数千キロを旅した先には、本作『人間の境界』のようにポーランド国境で難民達を人間の武器として扱う仕打ちが待っている。ここでは、人の命がたった一枚の紙切れのように安易に扱われて、人としての人権を蔑ろにする地獄のような環境が、とぐろを巻いて、舌をチラチラ出しながら、蟻地獄のように救いを求めた人々を飲み込もうとして待っている。
これが、今の世界の現状ではあるが、それでは日本ではどうだろうか?先述したように難民認定申請者は82名と、他の国より限りなく少ない。アメリカの2021年の認定数は、20,590人。2021年の申請数は、210,488人。イギリスの2021年の認定数は、13,703人。2021年の申請数は、60,950人。ドイツの2021年の認定数は、38,918人。2021年の申請数は、253,688人。フランスの2021年の認定数は、32,571人。2021年の申請数は、171,323人という数字データ(※10)が発表されているが、これらの先進国と比べて、圧倒的に日本の認定数は少な過ぎると言うか、ほぼ認定していないのが現状だ。日本の認定数が他国と比べて極めて少ない原因は、これら2つが挙げられると、言われている。
1.誰を「難民」と認定するかに関する基準(認定基準)
2.手続きが適正に行われているかに関する基準(手続き基準)
日本は、世界でも類を見ない極めて少ない難民認定数と言われており、2023年は、13,823人が難民申請を行い、認定されたのは303人。一方、7,627人が不認定とされている(一次審査・審査請求の合計)。認定数は過去最多となったが、依然、審査数に対して非常に少ない認定数と言える。たとえば、シリア難民の認定率(2020年)は、ドイツでは78%、アメリカでは62%、オーストラリアでは89%。その一方で、日本では、2011年から2020年の間で117人が申請した結果、認められた難民は22人に留まっているのが、現実だ。ただ難民申請に至っては、あくまで「国の治安が悪化し(戦争などで)、迫害を受ける者」を対象としているが、その一方で、これ以外の汲むべき理由がない正当性に欠ける滞在理由(申請理由)を持つ者、またアフリカでは部族間衝突から生まれる「呪術難民」(※11)と呼ばれる者も増えている。今、私達日本人が取り組むべき事は、助けを求めて逃れて来た難民が現実に助けられていないという問題に対して、どう対策を取り、可能な限り、受け入れていく事だろう(※12)。近年、日本でも難民問題は国会や報道で幾度となく、取り上げられている。スリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんの死(※13)は当時、日本社会に衝撃を与え、問題提起を図った。また、難民を収容する施設の入管では、密室を利用して、日夜、難民申請者に暴力を振るう(※14)。日本の関係者は、この暴力は正当防衛と反論はするが、果たして、入管という見えない空間で何が行われているのだろうか?私達が見ている日本は、本当に美しい国なのだろうか?あなた方は、日本が本当に美しいと思えるだろうか?本作『人間の境界』を制作したアグニエシュカ・ホランド監督は、あるインタビューにて
Holland:„Zależało nam na tym, żeby pokazać kompleksowość tej sytuacji, złożoność ludzkiej natury i wyborów, przed którymi stoimy. Żeby w filmie nie było ani grama propagandy”
ホランド監督:「私たちはこの状況の複雑さ、人間性の複雑さ、そして私たちが直面する選択を示したかったのです。この映画にはプロパガンダがあってはなりません。」と語る。
また、当局によれば、『人間の境界』は「不快な風刺」であるため、総務省のブワジェ・ポボジ副長官はあなたの映画をアートハウス映画館で上映することを望んでいるのです。ポーランド全土で政府のスポットが先行する予定です。どう思いますか?という質問に対して監督は
Holland:“To absolutnie niespotykane. Widać, że sytuacja eskaluje, ale naprawdę ciężko mi to komentować. Zrobiłam swoje, nie mam się z czego tłumaczyć. Raczej liczę na wsparcie.”
ホランド監督:「こんなことは絶対に前代未聞です。状況がエスカレートしているのはわかりますが、それについてコメントするのは非常に難しいです。私は自分の仕事をした、何も説明する必要はない。むしろサポートを頼りにしています。」と話す中、大統領、首相、副首相、閣僚、政府関係者を立たせたのです。この映画に対するこの猛烈な攻撃、そしてあなたは実際に私たちの国について何を言っていますか?と質問を受け
Holland:“W zasadzie tylko tyle, że to wyjątkowo słabe państwo, w którym o demokracji, prawdzie i praworządności już nie można mówić.”
ホランド監督:「基本的に、この国は民主主義、真実、法の支配についてもはや語ることができない非常に弱い国だというだけのことです。」と。そして、ホランド監督は訴える。
Holland:“„Zielona Granica” powstała z mojej miłości do Polski”
ホランド監督:「映画「人間の境界」はポーランドへの愛から生まれました」(※15)と話す監督のこの祖国への愛国心に対する基準は、一体何であろうか分からないが、単純に自国が置かれている状況に対して、心から祖国が良くなって欲しい、良い方向に向かって欲しいと言う願いから本作が生まれたとしたら、私自身もまた、自国の日本が難民の外国人に対して政策を考え直す契機をどこかで持って欲しいと願うばかりだ。
最後に、映画『人間の境界』はベラルーシ政府がEUに混乱を引き起こす目的で大勢の難民をポーランド国境に移送する“人間兵器”の策略に翻弄される人々の姿を、難民家族、支援活動家、国境警備隊など複数の視点からポーランドにおける難民問題を描いた問題作だ。人間を人間として見なさず、人権は軽い紙のように蹂躙され、“人間兵器”として軽率に扱う姿は、悪魔のような獣と同じだ。この問題は、ポーランドだけの問題ではなく、ここ日本もまた、まったく同じ問題を抱えていると、私は考える。上記でも記述したように、日本における難民申請者への酷い扱いや申請数に対する認定数の著しい低さ。これは、由々しき問題ではあるが、それ以上、日本国内における外国人差別の声(※16)は聞くに絶えない。一方、埼玉県川口市地区での治安悪化への懸念(※17)も考慮しなければならない。更に、本日、地方の山間部での強盗(※18)が発生した報道が、全国で一斉に流れたが、被害者の証言では、「外国人」だったと話す。外国人や難民、移民が、日本国内に流入すると、必ず治安が悪くなるから、外国人は受け入れたくないという声は各方面から聞くが、私から言わせれば、日本の治安は外国人から参入する前から悪かったと思っている。昔から事ある毎に、凶悪犯罪も起きていた。それは、どこの国でも同じ事だ。外国人が日本に移民として入って来ると、特別治安が悪くなると思わない。また、ここに排除の法則が働いている訳だが、たとえば、私達日本人側が外国に渡ったとして、渡った先で日本人専用のスラム街に隔離される事があるとすれば、あなた自身はどう思うだろうか?憧れのフランスのパリ市街に移住しようと思っても、パリ市民が日本人を拒絶して、パリ郊外に移される可能性もある。それが、あなた方の世代ではなく、子どもや孫の世代にまで影響するとなると、どうなるか考えた事があるだろうか?チャップリンの映画『移民』のラストのシークエンスを思い出して欲しい。あのような事が、実際に私達の孫子の代にまで影響するとなると、今の排除しようとする思想が正しい事なのか、真剣に考え直して欲しい。本作『人間の境界』に登場するシリア人を人として扱わない人物は、遠い国の人種ではなく、今日本のここで暮らす私達日本人自身である事を忘れてはいけない。
映画『人間の境界』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)Białoruski oficer zdradza szczegóły ataku na Polskęhttps://www.gazetaprawna.pl/wiadomosci/kraj/artykuly/9505945,bialoruski-oficer-zdradza-szczegoly-ataku-na-polsk4e.html(2024年5月14日)
(※2)世界の難民問題の原因や解決策とは?受け入れ国での生活や日本の対応、支援団体5つを紹介https://gooddo.jp/magazine/peace-justice/refugees/(2024年5月14日)
(※3)難民の出身国・受入国https://www.japanforunhcr.org/refugee-facts/origins#:~:text=2021%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E3%81%AE%E5%A0%B1%E5%91%8A%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B,%E5%A4%9A%E3%81%8F%E3%82%92%E5%8D%A0%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2024年5月14日)
(※4)シリア内戦の原因やこれまでの経緯、現状について解説https://gooddo.jp/magazine/peace-justice/dispute/syria_dispute/3881/(2024年5月14日)
(※5)シリア紛争の現状は?原因や終わらない理由や難民の生活を紹介https://spaceshipearth.jp/syria-conflict/(2024年5月14日)
(※6)アラブの春とは?結果や失敗した原因・日本を含めた各国の動向をわかりやすく解説https://spaceshipearth.jp/arab-spring/(2024年5月14日)
(※7)アフガニスタン難民の数は?必要な人道的支援とはhttps://gooddo.jp/magazine/peace-justice/refugees/afghanistan_refugees/13493/(2024年5月15日)
(※8)世界の指導者たちはタリバンと話し合うべきなのか アフガニスタンでの復権から2年https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-66495262(2024年5月15日)
(※9)タリバンから逃れたアフガン難民、パキスタンが強制送還 「人権の大惨事」を国連が懸念https://www.bbc.com/japanese/67283144(2024年5月15日)
(※10)難民認定者数と認定率の世界比較、受け入れ数ランキングや日本の現状https://www.worldvision.jp/children/crisis_27.html#d0e9d87eb78fa54e47cd213ca7606442(2024年5月15日)
(※11)難民申請の理由に「近隣トラブル」遺産相続や夫婦げんかも 弁護士ら保証も1400人逃亡https://www.sankei.com/article/20240512-GAWTE5Y5ZJJDPFUN2V5TUPK52U/(2024年5月15日)
(※12)日本の難民認定はなぜ少ないか?-制度面の課題からhttps://www.refugee.or.jp/refugee/japan_recog/(2024年5月15日)
(※13)ウィシュマ・サンダマリさんの死の真実を求めて 日本政府を提訴した妹たちhttps://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-66241324(2024年5月15日)
(※14)入管で職員がクルド人男性暴行、国に22万円賠償命令 「やっていることは拷問」被害者が怒りの会見<動画あり>https://www.tokyo-np.co.jp/article/245289(2024年5月15日)
(※15)Agnieszka Holland: „Zielona Granica” powstała z mojej miłości do Polski [WYWIAD NA PREMIERĘ FILMU]https://oko.press/holland-zielona-granica-powstala-z-mojej-milosci-do-polski(2024年5月15日)
(※16)なぜ今、クルド人ヘイトが増えている? 夜回りや被災地支援など「溶け込む努力している人たちもいること知って」https://www.tokyo-np.co.jp/article/324122(2024年5月15日)
(※17)川口のクルド人問題「治安上、大いに懸念」 トルコ大使インタビューhttps://www.sankei.com/article/20240101-KBB6T6OJZFJ2DPG22TLGSUQNQA/(2024年5月15日)
(※18)福島県山間部の住宅に強盗 松本の同様事件などとの関連捜査へhttps://www3.nhk.or.jp/lnews/nagano/20240514/1010030765.html(2024年5月15日)