壮絶な人生のその先を生きる女性の姿を描く映画『彼岸のふたり』北口ユースケ監督インタビュー
映画『彼岸のふたり』を監督した北口ユースケ監督に、本作の製作経緯や作品が取り上げる虐待問題、これからの未来を生きる子どもたちの安全性について、お話をお伺いしました。
—–はじめに、本作の企画や制作経緯を教えて頂きますか?
北口監督:制作経緯は元々、東大阪市にある(※1)株式会社SAKURA entertainmentさんから児童養護施設を舞台にした作品を作りたい、とお話を頂きました。
制作に当たり多くの条件もあった上、衣装を先に作る必要もありました。
この作品の初期企画段階から、(※2)上田安子服飾専門学校と最初からコラボが決まっており、「児童養護施設」と「堺市」を舞台にし、堺市に実在したと言われる「遊女:地獄太夫」をモチーフにする構想がありました。
お話を頂いたのは5月頃でしたが、脚本も仕上がってない、キャラクターも、作品の構想も何もないゼロの状態から映像製作のお話を頂く中、最初の作業が衣装のデザインのアイディアを出して欲しいというところから。
作品は児童虐待だけでなく、アイドルや堺市の伝説の地獄太夫をモチーフにしており、その題材にあった衣装(作中に登場する地獄の絵柄が描かれた打掛け)を製作するところから、企画がスタートしています。
本作の初期段階は、衣装からスタートしたと言ってもいいと思っています。
企業さんから依頼を受けてから作り始めましたが、先方の条件を考慮しながらも、僕自身が監督としてやりたい事も、随所に散りばめました。
—–例えば、どのような場面で監督の思う演出をされましたか?
北口監督: SAKURA entertainmentさんは、ご当地アイドルの事務所でもあります。
所属しているからと言って、無条件に出演して頂く方針は取らず、少し差し出がましかったかもしれませんが、全員をオーディションさせて欲しいとお願いしました。
最悪、オーディションでダメなら、アイドルの方の出演は、ゼロになる可能性があることも、お伝えしました。
また、アイドルの事務所が作っている作品の劇中に登場するアイドルが、マネージャーに妊娠させられているという設定を作らせて頂けたのは、ある意味、すごい冒険だったと思います。
演出面でも、特に何かを言われることもありませんでしたが、最初に説明を受けた条件に対して、対応するのはとても大変な作業ですね。
その上、衣装が先に出来上がっていましたので、それをどう、脚本に取り込んで行くのか、どうやって消化して行くのか、苦心しました。
—–衣装先行で、シナリオを執筆するのは、難しいですよね。
北口監督:そうですよね。元々、前に撮影していた短編映画があります。
(※3)The 48 Hour Film Projectをご存知ですか?
あの映画祭も、撮影前から条件がたくさんあります。
The 48 Hour Film Projectでは、決められたセリフや小道具を使う、細かい指示のある短編向けフィルム・フェスティバルです。
3回出場し、グランプリを1回、監督賞を2回、賞を獲得していたので、お題を消化して、いい作品に仕上げるのが得意ではないかと、プロデューサーさんから依頼を頂くことに。
長編と短編ではワケも違うますし、製作上では比較的多くの縛りもありましたが、作品として良いものを作りたいと、監督を引き受けました。
—–タイトル『彼岸のふたり』には、どういう意味があり、何か題名に対する想いはございますか?
北口監督:このタイトルも、一番最初のシナリオの段階からありました。
元々は、あの世の世界にいるふたりの話だったんですが、脚本を書き換えていくうちに、タイトルだけが残った経緯があります。
今は英語のタイトル『Two on the Edge』と付け、社会の崖っぷちにいて気付かれないふたりをイメージした題名もあります。
映画を観ていただいた方から、「ふたり」とはどのふたりなのか、よく質問もされるのですが、「オトセと母親」や「オトセとソウジュン」「オトセとアイドルの子」など、様々な解釈はあるのかなと思っており、僕自身も何度聞かれても、はっきり、この「ふたり」という明確な答えはまだ、出ておりません。
—–主人公の女の子オトセと彼女自身の過去と照らし合わせて、「ふたり」と解釈もできますよね。
北口監督:未来の彼女と、現代の彼女、そして過去の彼女、それぞれの時間軸で解釈することも可能ですね。
ただ、作っている時に、このテーマで明確に、作品を描きたいという目的はありませんでした。
製作段階ではフワッとしたモノがあり、最終段階で削ぎ落とした作品を観て、自分の伝えたいことが見えて来るんです。
—–子役の女の子、徳網ゆうなさんはどのように発掘しましたか?また、主人公の朝比奈さん含め、出演者はオーディションで出演が決まって行ったのでしょうか?
北口監督:そうですね。お母さん役の並木愛枝さんは、僕自身が学生の頃から凄くファンでした。
いつか一緒に仕事がしたいと思い、今回出演オファーのラブレターをお送りしたのがご縁で、本作への主演が叶いました。
子役の徳網さんは目力がともてあり、オーディションで出演を決めました。
彼女は、目の力で物語や場面の雰囲気を物語る力がある役者さんです。
オーディションでは、主人公と雰囲気が似ている女の子を探しており、その点を気にしながらオーディションは進めていましたが、やはり一番気になったのは、彼女の目力。
実は元々、僕は俳優もしており、師匠である演技コーチの方がよく、「目には10頁分のセリフの量と、おなじ情報量が入っている」と、よく話されていました。
—–「目には10頁分のセリフの量と、おなじ情報量が入っている」は、名言ですね。その言葉は、とても響きます。
北口監督:僕の師匠ロン・バーラスという方で、その方から習った演技論を広めたいと思っています。
アメリカ人は、演技を算数のように教えてくれ、日本の現場や演劇学校では、フワッとしていて、過去や歴史に裏打ちされた理論はあまりなく、個々のメソッドを学んでいたり、個人の才能に依存している部分が、日本では多いようで。
アメリカでは演技もすべてが論理的で、どうすれば感情が動くのか、どうすればセリフを効果的に相手に影響させて言えるのか、ちゃんと理由付けがされているので、それを実践できればと。
だから、主演の朝比奈さん達にも、精神的に辛い場面が多い中、自身を追い詰め過ぎないようにして欲しいと、撮影前に伝えていました。
内側に向かって掘り下げていくと、俳優でも傷付いてしまうので、もっと意識を外側に向けて演じれるよう、演出に取り組みました。
自分を傷付けずに、精神的にに演技を組み立てて欲しい、考えています。
演劇学校で学んで来た事が、今回のような題材では、特に役に立ったと思っています。
少し重たい題材ですが、現場では楽しく演技をして欲しいと、常に監督として演出に取り組みました。
—–メイキングのインタビューを観させて頂きましたが、社会的テーマの作品を取り扱った製作をされたとお話されておりますが、映画を通して、社会問題を発信する意義とは、何でしょうか?
北口監督:発信したくて作っていると言うよりも、製作が進んでいく段階で、普段気になっている問題が、ギュッと押し出されてきてると言ったほうが近いかもしれません。
虐待問題で言えば、ニュースで報道されるのは、結果の部分が占めていることでしょう。
でも、映画の場合は、過程を見せるモノだと思っています。
如何に、その過程を埋めていくのか、役作りにしても、書かれたセリフを言うにしても、どのように正当化していくかが大切です。
映画もまた、その過程を描く事に意義があるのかもしれません。
ひとつの事件を映画で扱う事で、報道で捉えている見方とはまた違う視点から、その出来事を捉える事ができるのかもしれません。
—–映画には、そういう広がりで観れるという事ですね。現在、子供に関する事件や出来事が、多いですね。本作が取り扱っている社会問題含め、子供たちが幸せに、より安全に過ごすために、私たち大人はどうして行けば、いいと思いますか?
北口監督:僕自身、この製作に取り組み始めた時、初めて娘が生まれました。
子育てと長編作り、二つの初めての事を同時進行で着手したんです。
子供に関する今の問題は、正直なところ、無くなる気はしません。
その原因は、周りの物事にみなさん、無関心になって来てるのじゃないでしょうか?
外にいても、どこにいても、バーチャルの世界に身を投じている今、周りに意識が向かなくなって来ているのだと思います。
以前より少し落ち着きましたが、子どもが生まれてから最初の頃は、全然眠れなかったんです。
子育てのストレスが原因で、怒鳴ってしまった事もありました。
子育てしてる、多くの誰もがそのような瞬間を経験しているようです。
ただ家族を含め、周りの方々が協力してくれたから、踏みとどまり冷静にもなれました。
もし仕事も子育ても一人でしていて、周りに誰も頼れる人がいないと、一線を超えてしまう事もあるのかなと、怖さを感じます。
メイキングでも、プロデューサーの桜さんも仰られていたと思いますが、「周りが声を掛けてくれたからこそ、救われた」と。
人に関心を持つことだと思うんですけど、それは同時に難しい事かと思います。
—–本作の製作を通して、監督自身、製作前と後で、作品が取り上げる問題に対して考え方や捉え方など、ご自身の中で変化はございましたか?
北口監督:なぜ、事件が起きるのか、ずっと考えていました。
表面的に出てきたニュースだけではなくて、文字にも映像にもならない部分が、連鎖して虐待事件に発展していると思います。
もちろん、暴力は良くない事ですが、それが起きた原因は、すごく考えるようにもなりました。
単純に、この親は最低で悪い人間、と終わらせるのは簡単です。
ただ、結果に至るまでの幸せな瞬間も、その親子にもあったのかもしれないと考えられるようになりました。
—–最後に、本作『彼岸のふたり』の魅力を教えて頂きますか?
北口監督:拘った所は、やはり演出です。
あの親子はもちろんの事、それぞれの脇にいる俳優の方も、すごくいい演技や表情を見せてくれております。
セリフだけに囚われず、出演者の方の顔の演技にも注目して欲しいです。
今しかできないお芝居をしてくれている、朝比奈めいりの魅力やフレッシュさを感じて頂けたら、と思います。
—–貴重なお話を、ありがとうございました。
映画『彼岸のふたり』は、9月17日(土)よりシアターセブンにて1週間限定上映。連日、監督ほかゲストの舞台挨拶が行われる。好評につき10月1日(土)より1週間追加上映が決定。
(※1)SAKURA entertainmenthttp://sakura-ent.com/(2022年9月15日)
(※2)上田安子服飾専門学校https://www.ucf.jp/(2022年9月15日)
(※3)OSAKA 48 Hour Film Projecthttp://48hfp.fffproduction.com/(2022年9月15日)
(※4)念仏を唱えながら客をお出迎え?伝説の遊女「地獄太夫」絶世の美女の正体は?https://intojapanwaraku.com/culture/114423/(2022年9月16日)