いくつもの色で、私は私になっていく映画『おくびょう鳥が歌うほうへ』


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私達は、渡り鳥。産まれてから死ぬまで、行く宛てのない放浪の旅を続ける。右に行ったり、左に行ったり。あっちに行って、こっちに行って。時に突風に飛ばされ、時に嵐の夜に遭遇する。人生は、山あり谷あり、上がったり下がったり。良い事が続いたと思ったら、悪い事の連続が襲って来る。谷底に叩き落とされ、絶壁の山を素手で登る。どこに行けば、安息の地に辿り着けるのか。どこに向かえば、安住の地があるのだろうか。道は常に険しく、先の見えない藪の中。安定した未来を求めて、今日も一人寂しく大空を回遊する孤独な鳥たち。臆病なわたし、臆病なあなた。私達は、その臆病と向き合いながら、今を生きている。心の中に眠る怯懦が、刻々と精神を優しく抉り削って行く。常に孤独と隣り合わせを感じて、常に孤独と向き合いながら、明日を生きる。夜、鳥が啼く時、それは心の侘しさを歌声で表現しているのだ。映画『おくびょう鳥が歌うほうへ』は、大都会で自分を見失った生物学者が故郷で新たな生き方を模索する姿を描いた現代的なドラマだ。現代の時代、自分自身を見失った人は、どれくらいいるだろうか?自信を無くし、精神を病み、未来に希望を持てなくなった人が、今の時代にどれくらいいるだろうか?私達人間は、人として、目の前にそんな人間が現れた時、そっと優しく手を差し伸べられる人間であり続けたい。

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この映画で最も重要な事柄は、心に傷を負った主人公が、自身の故郷で所属する野鳥保護団体の存在(※1)だ。野鳥保護団体は、世界中の至る場所に本部や支部、団体コミュニティを設け、野生の鳥を保護する活動を行っている。日本に存在する野鳥保護活動を行う主な団体には、日本野鳥の会(国内最大級、調査研究・生息地保全・環境教育など幅広い)。また、日本鳥類保護連盟(野生鳥獣全般の保護を目的)があり、その他、認定NPO法人バードリサーチやNPO法人日本バードレスキュー協会、NPO法人小鳥レスキュー会など、より専門的な分野で活動する団体も多数存在する。これらの団体は、野鳥の生息環境保全、調査、啓発活動、傷ついた鳥の保護など、多岐にわたる活動を通じて自然保護を推進する運動を続けている。先述した日本を代表する野鳥保護団体の主な活動を見て行きたい。まず、日本最大級の公益財団法人 日本野鳥の会は、戦前の1934年に設立された歴史ある団体だ。「野鳥保護区」の設定・管理、探鳥会(バードウォッチング)、調査研究、環境教育などを行う。次に大きな団体には、公益財団法人 日本鳥類保護連盟があり、野生鳥獣(特に鳥類)の保護を目的とし、会員制度で活動を支えている。その他にも、野鳥の調査研究に特化し、科学的データに基づいた保護活動を行う認定NPO法人 バードリサーチ。傷ついた野鳥や野生動物の救護活動、リハビリテーションを行うNPO法人 日本バードレスキュー協会。迷子になった小鳥や怪我をした鳥の保護・飼育・譲渡などを専門に行う。 NPO法人 小鳥レスキュー会などがある。もし、この記事で野生鳥類保護活動を行う団体を探したり、関わるには、①活動内容で選ぶ②ご自身の居住する地域で探す③そして、その団体を支援するがあり、お一人お一人に合った活動や支援の仕方があるだろう。最も大事な事は、団体に所属しているしていない関係なく、もし街中で何らかの原因で傷ついた鳥を目にしたら、手を差し伸べて、然るべき団体や機関に届け申して欲しい。野生の鳥にも、私達人間のように心や感情を持っている。心に傷を負うのは人間だけでなく、鳥たちや動物たちも心に傷を持ったまま生きている子たちもいる。これら野鳥保護団体は、文字通り単に野鳥を保護する団体ではあるが、活動の目的は多くあり、その一つ一つに意義を見出し、誇りを持って活動している。この作品のタイトルとなっている「おくびょう鳥(臆病鳥)」(※2)は本当に、この世に存在するのだろうか?「臆病な鳥」という性格を表すようなネーミングは、まず聞いた事がない。本当に、臆病な鳥は存在するのか?人類と鳥における行動心理学や社会心理学は、密接に関係していると言えるかもしれない。「おくびょう鳥(臆病な鳥)」という言葉は、主に動物の行動心理学的側面で「リスク回避傾向」や「個体性格」として語られるだけでなく、比喩的に社会的な孤独や依存症からの回復を描いた映画のタイトルとしても使われている。それが、本作だ。この言葉に関連する心理学と社会学的な視点(※3)について一つずつまとめてみた。まず、動物の心理・行動学的アプローチ(Shy Bird / Risk Management)だ。動物行動学において、鳥類の性格は「Shy(おくびょう)」と「Bold(大胆)」という軸で評価される。次に、臆病な鳥の生存戦略(Risk Aversion)には、おくびょうな個体はリスクを避ける性格(shy personality)を持ち、捕食者に対する感度が高く、摂餌よりも生存(Survival)を優先する傾向がある。そして、リスクと繁殖のトレードオフという言葉があるが、「Shy」な鳥はリスクを避けて安全を確保する一方、同時に繁殖の機会を逃し、餌場を見つけるのが遅れる可能性がある。社会性や環境との関わりの中では、鳥の臆病な性格は環境の変化に対するリスク管理として機能している。集団内での生存において、メリットを持つ場合もある。 人間社会における「臆病さ」と「孤独」(社会学・心理学)では、本作に描かれるような、現代社会における「孤独」や「依存症」を心理的・社会的なアプローチで解釈できる。孤独と再生のストーリーでは、大都会のノイズや孤独といった喧騒や雑音から離れ、故郷の自然の中で自分自身を取り戻す(自己再生)過程が描かれる。社会的な孤独感とは、現代の都市生活における深い孤独、または依存症による孤立が、本人の「社会との繋がり」を絶ってしまうという社会問題的側面が提示されている。私達人間には回復と再接続ができる能力を持っており、孤島での自然との生活を通じて、社会から「臆病(孤独)」に隠れていた自分から、再び社会や他者とつながる過程を心理的に追い求める姿が、そこにはある。動物の「臆病さ」に関する認識(比較行動学)に対する動物心理学において、一般に臆病と言われる動物が実は環境の急激な変化によって行動を変えている見方もできる。たとえば、クマの臆病説(※4)があり、クマは基本的に臆病で人間を避けるが、山林の環境変化(餌不足)が、彼らのリスク回避行動を狂わせ、人里に出没する原因になっていると考察もできる。また、生存戦略のための切り替えも必要となり、動物にとっての「臆病」は生き残る為の本能的な行動であり、人為的な環境破壊がそのリスク回避能力に悪影響を与えている可能性があると各方面から指摘されているのも事実だ。

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社会には、心を病んでしまいうつ状態に陥る方や、自分自身を見失い自信を失くした方など、他者の世界と折り合いを付けながら、必死に生きようとする人々(※5)が大勢いる。人生に疲れて自分を見失った時、まずは無理に進まず「立ち止まって休む」事を最優先に考えたい。他人の期待や「正しさ」から一時的に離れ、感情の書き出しや自然に触れるなど、小さな「好き」を拾い集めて本来の自分を戻して欲しい。焦らず、今の心と体の声を聞く時間が、自分らしさを取り戻す鍵になります。 心理学者のアドラーは、「幸せの三要素(三原則)」とは、自己受容(自分を好きでいること)、他者信頼(周りの人を信頼できること)、他者貢献(社会や他者に貢献している感覚)の3つの要素が、自他を幸福の境地へと導く。」(※6)と話す。その上で、より具体的な対処法や考え方を持つには、「何もしない時間」を作り、休む事。兎に角、心と体を休ませ、エネルギーを回復させる(睡眠、休息)。「やらなければならない」と思う事を全て手放す。「本当の自分」を少しずつ思い出す方法を身に付ける。今の気持ち、つらさ、感情をすべて紙に書き出して、吐き出す。「今、何がしたい?」「何を食べたい?」と、その時の感覚に沿って従い行動する。好きだった音楽、カフェ、場所など、感覚が戻るものに触れて回る。他人の評価・期待から離れ、「他人に合わせすぎる生き方」をやめる。「社会の正解」に縛られず、自分の感情を優先し大切にする。自分を取り戻すアクションには、「今までよく頑張ったね」と自分を認めて褒めてあげる。今の自分に「これが好き」「心地よい」と思える小さな快感を探し求める。誰かに相談し、専門家のカウンセリングを受ける。うつへの第一歩は、人生の転換期(ミッドライフクライシスなど)に起こりやすい心の揺らぎであり、この時期の自分を見つめ直し、新しい価値観を見つけるきっかけを作る事が自分自身を追い詰めない正しい方法の一つかもしれない。もしも体が動かない、心が折れかけている、何も食べられないなどの身体的状況に問題が出て来れば、迷わず医療機関に相談する事が好ましい。ただ私達人間にも、心を癒すちょっとした止まり木が必要だ。嵐の中、飛び続け、雷の中、空中飛行し、渡って行く渡り鳥のように、私達人間も生活におけるホッと一息つける安息の場所があっても良いと思う。映画『おくびょう鳥が歌うほうへ』を制作しているノラ・フィングシャイト監督は、あるインタビューにて本作の制作経緯について聞かれ、こう話す。

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フィングシャイト監督:「いい質問ですね。実は色々なことがきっかけでした。ロックダウン中に思いついたのだと思います。ロサンゼルスに住んでいて、ヨーロッパが恋しくてたまらなかったんです。3年間両親に会っていませんでした。そんな時、この大都市で孤独に暮らしながら、世界の果てで孤独を感じている女性について書かれたこの本を読みました。そういう理由で、この本は私にとって心に響きました。でも、残酷なほど正直な描写にも心を打たれました。でも、同時に、たくさんの希望と強さも感じました。そして、これは単なるアルコールの問題ではありません。故郷と再び繋がること、家族を通して受け継がれる精神疾患についての物語です。そして最後に、シアーシャ・ローナンがスターダムにのし上がっていることを知っていたので、彼女を念頭に置いてこの本を読みました。最初は、これは映画化不可能だ、と考えたんです。無理だ、と思いました。あまりにも内的すぎる。時間軸が飛び飛びで、一行の中に4つの時間層があることもあります。まるで日記みたい。でも、本を半分ほど読み進めていくうちに、創造力にすごく惹かれるんです。これを映画化したらどんな感じになるんだろう?すごく素晴らしくて、すごく珍しい作品になるんじゃないかって。それで、本を読み終えた時に、「わかった、ぜひ!」って思ったんです。」(※8)と話す。これは、精神を病んだ女性の話でも、アルコール中毒への啓発の物語でもない。これは、人生に疲れを感じた人物が自身の家族やその関係の存在、自身が安心して帰れる故郷の存在と有難み。あなた一人一人にも、故郷があり、帰れる居場所がある事を知って欲しい。故郷から遠く離れた大都会に暮らしながら、物理的にも精神的にも心から遠くなってしまった故郷が、今もあなたの帰りを優しく待っている。

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最後に、映画『おくびょう鳥が歌うほうへ』は、大都会で自分を見失った生物学者が故郷で新たな生き方を模索する姿を描いた現代的なドラマだが、ただ現代の女性の姿を描いている訳ではない。今、自身の生き方に疲れを感じてないか?今、自身の人生に自信を持てているか?原題の「The Outrun」は、スコットランドの方言で「農地の外周部の荒れた放牧地」を指す意味があり、映画『The Outrun』ではその牧草地の意味合いで考えると、過去や依存症からの「逃れ、再生」する事を象徴する言葉として機能している。これを日本のタイトル「おくびょう鳥が歌うほうへ」に決めた理由には、臆病で脆い自分を抱えながら、自分らしくいられる「歌うほうへ」歩み出す、という比喩的な表現が含まれているのだろう。私達シャイ・バードは、今日も大空を飛び回っている。険しい空路を潜り抜け、故郷の安息の地へと向かう。人生を再生させるには、日々の営みの大切さをまず知る事だ。人生における休息日は誰にでも必要であり、心も体も休めたその先には、何にも邪魔されない優しさいっぱいの大空が待ってくれている。

映画『おくびょう鳥が歌うほうへ』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)野鳥の立場から、自然環境を守る。「野鳥と人間が共存する社会」を目指して〜公益財団法人日本野鳥の会https://jammin.co.jp/charity_list/180514-wbsj/(2026年1月25日)
(※2)Shy birds play it safe: personality in captivity predicts risk responsiveness during reproduction in the wildhttps://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4046374/#:~:text=Cole%202010%2C%20personal%20observation).,risk%20management%20strategies%20in%20animals.(2026年1月25日)
(※3)鳥さんの社会化について/ストレス耐性を上げるには?https://birds-tipfile.com/case13/(2026年1月25日)
(※4)「クマ」〜性格は臆病だが攻撃力は国内最強!|山に潜む危険生物(1)/登山力レベルアップ講座https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=1870(2026年1月25日)
(※5)「自分を見失う」のはなぜ?見失う原因と自分を取り戻すための10の方法https://www.asanohisao.jp/archives/2472939.html(2026年1月25日)
(※6)アドラー心理学とは?幸福に生きるための「考え方」をわかりやすく解説https://life-and-mind.com/adlerpsychology-56644#:~:text=%E3%80%8C%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E5%94%AF%E4%B8%80%E3%81%AE,%E4%BB%96%E8%80%85%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%B2%A2%E7%8C%AE%E3%80%8D&text=%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%80%81%E5%B9%B8%E3%81%9B,%E6%8E%A2%E3%81%99%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E5%A4%A7%E5%88%87%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82(2026年1月25日)
(※7)Interview: “The Outrun” Director Nora Fingscheidthttps://icecream4freaks.com/2024/10/03/interview-the-outrun-director-nora-fingscheidt/(2026年1月25日)