今まで見過ごされてきたアメリカ黒人映画傑作選

80年代から90年代にかけて、当時の社会世相ではなかなか注目される事なく、見過ごされて来たアフリカ系アメリカ人による、アメリカ在住のアフリカ人の為の珠玉のアフリカ映画。この当時、日本ではアメリカよハリウッド映画が幅を利かせていた時代。アフリカ黒人映画は、陽の目を見る事なく、忘れられてしまった存在だ。ジョージ・ルーカスやフランシス・フォード・コッポラ、スティーブ・スピルバーグらが活躍したハリウッド第9世代に押されて、この80年第から90年代におけるアフリカ系アメリカ人の映画は、ほとんど見向きもされていない。今回、関係者の尽力で何とか日本国内で作品の紹介をしているが、この3本は傑作選に過ぎず、この作品群の裏には多くのアフリカ系アメリカ人の貴重な作品が眠っている。この度、この3本が発掘されただけでも、非常に貴重な映像体験ができる。当時のアフリカ系アメリカ人の心情を知れる貴重な機会となっており、これらの作品を通して、80年代から90年代頃にアメリカで生きた黒人達の暮らしや風土、生活様式に触れれるタイミングだろう。

映画『ここではないどこかで』
あらすじ:大学で哲学を教えるサラは、画家の夫ヴィクターとニューヨークに住んでいる。夏の間、リゾート地で創作活動に専念したいと言い出すヴィクターに対し、論文執筆のため街に残りたいサラだったが渋々付き合うことに。しかしヴィクターは現地の女性にちょっかいを出し、サラは腹いせに教え子から頼まれていた自主映画への出演を決めてしまう。アフリカ系女性監督による最初期の長編映画。正式公開には至らず、製作から6年後に監督のキャスリーン・コリンズは逝去。2015年に修復され上映を果たし、映画評論家のリチャード・ブロディが「ニューヨーカー」誌で「この映画が当時広く公開されていたら、映画史に名を刻んでいただろう」と評するなど絶賛された。エリック・ロメールを思わせるような軽妙かつ洗練された語り口で、男女の機微を活き活きと描く。
一言レビュー:会話劇を有効的に活用し、非常に詩的な物語に仕上げた本作は、若年期から熟年期に差し掛かろとするひと組の夫婦のすれ違いを描き、成熟度を増した大人の恋愛映画と仕上がっている。自然豊かな風景の中、大都会の中、黒人の男女が会話を楽しむ姿が印象的。画家、論文執筆という少しアカデミックな側面を持ちながらも、映像で表現しているのは、どの夫婦でも一度は抱く夫婦生活の悩み。この先、共に伴侶と人生を歩めるのか、それとも、また違った人生があるのか。美的センスに彩られた映像美を通して、ある夫婦の葛藤や心の揺れ動きが描かれる。




映画『小さな心に祝福を』
あらすじ:ロサンゼルスのワッツ地区で暮らす失業者チャーリーは3人の幼い子を養うため、職探しの毎日。日雇いの仕事にありつければまだマシな方、なかなか金を稼ぐ手立てが見つからない。妻のアンダイスは夫の不甲斐なさに半ば諦め顔、家計のやりくりに苦心しながら家事に忙殺されストレスがたまる一方。そんな中、チャーリーの浮気が発覚、ついにアンダイスの怒りが爆発する。貧困地帯を舞台に、黒人家族の過酷な日常を抑制の効いたモノクロ映像で丹念に追う。
一言レビュー:モノクロ映像で捉えた若い夫婦の日常を描いた本作は、イギリスの巨匠ケン・ローチの代表作『リフ・ラフ』のような破滅的で情熱的な黒人男女の姿を描写した作品となっており、低所得者から何とか這い上がろうとする当時の若者の苦しさを知るいい機会となっている。80年代、90年代のアメリカは今以上に経済格差が激しく、大金を持っている人よりスラム街やハーレムで暮らす移民や黒人、低所得者の方が圧倒的に多い時代でもある。その名も無き国民の声に焦点を当てた本作は、今から見れば非常に貴重な作品だろう。




映画『海から来た娘たち』
あらすじ:1902年、アメリカ大西洋沖シー諸島のある島。長年住んだ故郷を離れ、北への移住を決めたぺザント一族だったが、長老のナナは亡き夫が眠るこの地に残ると言い張る。それぞれの思惑が交錯する中、いよいよ島を出る時が来た。これから生まれてくる子供のモノローグで綴られる、ガラ族の女系家族の物語。虐げられても失わなかった高貴な魂と誇りを、詩的な映像美で高らかに謳いあげる。
一言レビュー:90年代に制作された本作は、この時代から見た1900年初期の黒人達の文化を描く。ある場所から次の場所へ移住を決意したぺザント一族の行く末は、90年代当時のアフリカ系アメリカ人文化の象徴を描いているように思える。彼らは、どこに向かい、どこに辿り着くのかは誰も知らない。1900年代初期と1990年代を結ぶものは、アフリカ人としての民族的アイデンティティだろう。どれだけ虐げられようとも、その信念は捨てずにいる黒人達の崇高な姿を描く。



最後に、アメリカ黒人映画の存在は今まで語られる事がなかった。特に、インディペンデントになればなるほど、その存在は黙認されて来た。80年代から90年代には、スパイク・リー監督の初期作『ドゥ・ザ・ライト・シング』や『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』、『スクール・デイズ』などが、黒人監督、黒人俳優のみの出演作品が注目を浴びていた。他に、『星の王子ニューヨークへ行く』は当時の人気黒人俳優を固めて制作された商業向けコメディ映画だ。近年では、黒人のジョーダン・ピール監督やライアン・クーグラー監督やマイケル・B・ジョーダンが注目を浴び、アフリカ系アメリカ人主体のアメコミヒーロー映画『ブラック・パンサー』など、ようやく21世紀になって、制作されるようにもなったが、これらの系譜とは一線を画す本特集上映のブラックアメリカ人の作品群は今後、益々発掘されるべき映画史に重要な作品ばかりだ。
「アメリカ黒人映画傑作選」は現在、全国の劇場にて順次、公開予定。