小さな幸せを夢見た映画『1980 僕たちの光州事件』


韓国における民主化運動は、この映画が描くように1980年頃から1988年に開催された「1988年ソウルオリンピック」まで続いた歴史的大事件だ。1980年5月18日から5月27日までの10日間続いた光州事件を発端に、最終的には韓国全土に広がったこの群衆による蜂起は、現代韓国史を大きく変動させた。権力を持った軍側と当時の学生運動を中心に一般市民を交えた血で血で争う運動は、国民同士を不信感の谷底に陥れた。同じ人種、同じ国民、同じ市民でありながら、暴力と闘争の渦中に叩き込まれ、組織腐敗に巻き込まれた学生運動のリーダー達は、自国の自由を求めた。一方で、腐敗した警察組織は、年端の行かない若い学生リーダー朴鍾哲(パク・ジョンチョル)を捕まえて、酷い拷問を繰り返し、暴行事件(※1)を起こす。この事件は、1980年から数年続いた韓国民主化の大きな動きを見せた一大事件となった。映画『1980 僕たちの光州事件』は、1980年5月に軍事政権下の韓国で起きた民主化運動とそれに対する弾圧が行われた「光州事件」を題材に、韓国現代史の闇を市井の人々の視点からとらえた社会派ドラマだ。言論の自由を求めて、戦い抜いた数年間。韓国の民主化運動は、現代韓国人にとって近代韓国史の負の部分ではあるが、その負の連鎖を真正面から描いた本作には、現代韓国における良心があるようだ。
そもそも、1980年代に起きた韓国民主化(※2)とは何だったのだろうか?事の発端は、1979年に遡る事ができ、この年、長年に渡り軍事政権で韓国政治に台頭していた朴正熙(パク・チョンヒ)(※3)が、10月26日に暗殺され、ここから韓国の民主化の歩みが前進したとされる。この暗殺事件は、当時の韓国社会に大きな影響を及ぼしたと言われている。近代韓国史において時系列に映像作品を並べてみれば、映画『ユゴ 大統領有故』『KCIA 南山の部長たち』『ソウルの春』『光州5・18』『タクシー運転手 約束は海を越えて』『1987、ある闘いの真実』となる。映画『ユゴ 大統領有故』『KCIA 南山の部長たち』は朴正熙暗殺事件を描き、『ソウルの春』は暗殺事件後の1979年12月に起きたクーデターを描き、『光州5・18』『タクシー運転手 約束は海を越えて』では光州事件、『1987、ある闘いの真実』は韓国民主化運動が学生だけでなく一般市民も交えて熾烈化して行く契機となった朴鍾哲拷問死事件を中心に当時の警察腐敗の有り様を骨太に描いている。そして、本作『1980 僕たちの光州事件』は被害を受けた市井の人々の視点からあの時代の民主化運動とは何だったのかを克明に描いている。ただ、朴正熙大統領就任期間のおよそ9年間は「漢江の奇跡」と呼び、朝鮮戦争後、最貧民国と呼ばれた韓国の高度経済成長を支えた期間が、この就任期間と呼ばれている。近代韓国社会への大きな功績を残した反面、軍事政権による弾圧が韓国社会の市民を一層、苦しい時代に強いていたのも事実である。これが、1980年代に起きた韓国民主化の流れとその発端となる1970年代の韓国国内における政治経済の流れだ。80年代の日本は、韓国より一足先に高度経済成長が成し遂げられ、空前のアイドルブームが盛んとなり、戦争やクーデターとは無縁の世界にいた。その日本のお隣の国、韓国でこんな恐ろしい歴史の闇が展開されている事に、当時の日本人は誰一人気づかなかったのだろう。その事実もまた、非常に恐ろしい話だ。

1980年代、民主化が整備されるまでの数年間、実際に韓国でどんな事が起きていたのか当時の映像やニュース、生々しい証言を交えて、少しでも紹介できればと思う。2010年5月9日に発行されたニュースの記者は、こう書いている。”전국이 숨죽이고 있을 때 광주 결연하게 저항”국내 민주화 성공의 밑거름..亞각국에도 영향.(全国が息を呑んでいる時、光州の結然と抵抗)。’또다시 찾아온 광주의 5월'(「またやって来た光州の5月」)。한국전쟁 이후 민족 최대의 비극으로 일컬어지는 5.18 민주화 운동이 발생한지 올해로 30주년을 맞는다.(韓国戦争以降、民族最大の悲劇と呼ばれる5.18民主化運動が発生してから今年で30周年を迎える。)(※4)また、‘17日 24:00시로 비상 계엄령이 제주도를 포함하여 확대 실시되고 전국의 모든 대학은 休校되었다.’(「17日24:00時に非常戒厳令が済州島を含めて拡大実施され、全国のすべての大学は休校された」)で始まる1980年5月18日付の日記は、5・18民主化運動を経験した大学生の日記(※5)だ。そこには、当時の生々しい戒厳令の実態が書かれ、当時の市民の目から見た「5月18日」が記されている。これは、非常に貴重な資料であり、1980年当時の韓国を知るソウルで延世大学に在学中だった学生の日記によるもので、民主化運動が始まるきっかけの一つの手掛かりにもなるだろう。また他にも、1980년 5월 초 서울을 비롯한 전국에서는 전두환과 노태우로 대표되는 신군부세력을 경계하며 민주화 운동이 활발하게 전개되었다. 특히 광주에서는 5월 초부터 대학생들의 주도로 다양한 형태의 활동을 전개하였다. 이러한 전국적 시위의 확산에 신군부는 5월 15일부터 집회와 시위 진압을 위해 공수부대를 투입할 계획을 세웠으며.「1980年5月初め、ソウルをはじめとする全国では、全斗煥とノ・テウに代表される新軍部勢力を警戒し、民主化運動が活発に展開された。特に光州では5月初めから大学生の主導で様々な形態の活動を展開した。このような全国的デモの広がりに新軍部は5月15日から集会とデモ鎮圧のために空手部隊を投入する計画を立てた」とも記されており、当時の生々しさが文面から伝わって来そうだ。2017年5月18日の政策記者リュ・テジョンが書いた記事では、“5월18일은 민주화운동을 기념하는 날이자 광주 시민들에게는 그 어떤 날보다 특별한 날이다. 군사독재에 대항해, 그리고 진정한 민주주의를 위해 수많은 광주 시민들이 피를 흘린 날이다. 5·18 민주화운동이 인정받기 시작한 것은 민주화 운동일로부터 8년이 지난 1988년 4월 1일 민주화추진위원회에서 ‘광주민주화운동’으로 정식 규정하면서부터였다. 「5月18日は民主化運動を記念する日であり、光州市民にとってはある日より特別な日だ。軍事独裁に対抗し、そして真の民主主義のために数多くの光州市民が血を流した日だ。5・18民主化運動が認められ始めたのは、民主化運動日から8年が過ぎた1988年4月1日、民主化推進委員会で「光州民主化運動」と正式規定してからだった。」(※6)とある。光州における民主化運動の制定は、光州事件が起きた8年後の1988年とは余りにも遅すぎる対応だろう。韓国の実際のニュース映像を観ながら、当時何が起きていたのか、また今の韓国にとっての「5月18日」が何だったのか、少しでも触れる機会になればと思う。
また、映画『1980 僕たちの光州事件』を制作したカン・スンヨン監督は、あるインタビューにて監督自身が体験した韓国民主化運動について、こう話している。

スンヨン監督:「パク・ジョンヒ大統領の西暦追悼熱気が私の記憶の中に残っており、特に私もパク・ジョンヒ大統領の学校の後輩ということから団体に追悼していた時期なので5・18は全く感知や認知ができていなかったのが時日です。ある程度、成長した後、あの日の出来事が「暴徒だ」とニュースを見ながら分かるようになりました。ただ、被害者の方々が今も生存しているのは事実であり、数多く残っていると思います。一人の人生で見れば、光州事件はとても衝撃的な事件でしたが、「あの時の大剣をどのように40年以上、胸に入れて問いかけ、耐えて生きて来たのか」という疑問点がたくさん出て来ました。」(※7)と話す。監督自身は、光州事件が勃発した当時は、まだ幼く、一体何が起きていたのか、当時の感覚では知る由もなかったと話すが、歳を重ねるうちに幼少期に見聞きしたニュースや報道が、光州における民主化運動であり、韓国人による群集蜂起であると後から知った世代なのだろう。彼は、本作を制作するにあたり、作品に登場する家族のモデルとなった関係者に会いに行き、制作交渉を行ったという。実際に起きた事件を映画化する以上、彼らとの出会いが、監督としての責任とやる気、闘志を胸に起こさせたと話す。余談だが、カン・スンヨン監督は本作が監督としてのデビュー作となり、それまでは1995年の映画『テロリスト』から30年間の韓国映画界を代表する美術監督として地位を築いた人物だ。

最後に、映画『1980 僕たちの光州事件』は、1980年5月に軍事政権下の韓国で起きた民主化運動とそれに対する弾圧が行われた「光州事件」を題材に、韓国現代史の闇を市井の人々の視点からとらえた社会派ドラマだが、本作は8年にも及ぶ民主化運動の最も重要な時期を映像化した歴史的貴重な作品だ。民主化運動中から運動直後に韓国中で歌われた「When That Day Comes」は、民主化運動の象徴と希望を歌う記念碑的な役割を果たし、映画『1987、ある闘いの真実』のエンディングでも採用された楽曲だが、タイトルの意味は「その日が来たれば」となり、韓国国民における軍事政権からの脱却と自由を願った楽曲となっている。元は、日本統治時代の作家で民族運動家であった詩人の沈薫(シム・フン)が書いた詩を、1970年に労働者の権利の為に闘った労働者活動家の全泰一(チョン・テイル)に捧げた楽曲が、「When That Day Comes(その日が来たれば)」だ。彼は労働者達の権利の重要性を訴えた運動の最中、焼身自殺を図っているが、彼の死は近代韓国史における労働問題だけでなく、1980年代に起きた民主化運動の契機とも言われている重要な出来事であり、だからこそ、この楽曲が光州事件や後の民主化運動でも歌われる韓国国民の心の歌、支えの歌として定着し、姿かたちを変え、現代でも歌い継がれている。歌詩に込められた「その日、来たれば」は本当に実現したと言うのだろうか?国民としての自由の獲得を願い、その日が来ることを願い続けたが、現在、その自由が崩壊しつつある。他にも、現在の世界でも独裁政権(社会主義国家)は存在し、国と地域を問わなければ、アゼルバイジャン共和国、イラン・イスラム共和国、ウガンダ、ウズベキスタン、エリトリア、オマーン、カザフスタン、カタール、カメルーン、キューバ、クウェート、サウジアラビア王国、シリア、シンガポール、ジンバブエ共和国、スワジランド王国、スーダン、チャド、チュニジア、チリ共和国、ドミニカ共和国、トルクメニスタン、トンガ王国、ブルキナファソ、ブルネイ・ダルサラーム国、ベトナム、ベネゼエラ(ベネズエラ・ボリバル共和国)、ベラルーシ共和国、ボリビア多民族国、ミャンマー連邦共和国、ラオス人民民主共和国、リビア(現リビア国)、リヒテンシュタイン公国、中華人民共和国(中国)、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の35の国家が軍事国家を選択している。昨年では、民主主義を求めてバングラデシュ(※8)の学生達を中心に闘った民主化運動が、勝利を獲得した。また昨年12月には、韓国政権のトップであったユ大統領が、非常事態宣言(※9)を発令し、韓国中がひっくり返った。80年代以前の軍事政権に逆戻りだと戦々恐々し、今でも韓国国内でデモ運動が行われている。韓国国民が願った「その日」はまだ、来ていない。国の自由を生み出すのは、国家でも政権でも政治家でもない。この国の国民である私達に委ねられている。私達自身が、自身の自由を作り、手にしなければならない。それでも、現米政権のトランプの関税に関する政策(※10)は、身内からも「独裁的」と批判の声が上がっている。全人類が願う「その日」が果たして、これから先の未来、本当に訪れるのだろうか?1980年代、国民の自由獲得の為に闘った当時の韓国人が、「When That Day Comes(その日が来たれば)」と願ったように、今の世にもまた、「その日」が来る事を強く願っている。

(※楽曲「When That Day Comes(その日が来たれば)」を引用)
“한밤의 꿈은 아니리 오랜 고통 다한 후에
내 형제 빛나는 두 눈에 뜨거운 눈물들
한 줄기 강물로 흘러 고된 땀방울 함께 흘러 드넓은 평화의 바다에 정의의 물결 넘치는 꿈
그날이 오면, 그날이 오면 내 형제 그리운 얼굴들 그 아픈 추억도 아 짧았던 내 젊음도 헛된 꿈이 아니었으리
그날이 오면, 그날이 오면 그날이 오면, 그날이 오면 내 형제 그리운 얼굴들 그 아픈 추억도아 피맺힌 그 기다림도 헛된 꿈이 아니었으리 그날이 오면, 그날이 오면”
「長い苦しみの後の真夜中の夢じゃない 兄の輝く瞳に流れる熱い涙 硬い汗の雫とともに流れてゆく川のように 平和という広大な海に正義の波が溢れる夢
その日が来れば その日が来れば 懐かしい兄たちの顔も、あの辛い思い出も ああ、短かった僕の青春も むなしい夢ではなかっただろう
その日が来れば その日が来れば
その日が来れば 懐かしい兄たちの顔も、あの辛い思い出も ああ、血まみれの待ち時間も むなしい夢ではなかっただろう その日が来れば その日が来れば」

映画『1980 僕たちの光州事件』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)韓国民主化のきっかけ ソウル大生の拷問死から34年 警察の旧施設内部ルポhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/79605(2025年4月8日)
(※2)5分でわかる!1980年代以降の韓国の情勢https://www.try-it.jp/chapters-12290/lessons-12305/point-2/(2025年4月8日)
(※3)朴正熙大統領暗殺と「女性献上」制度 韓国史の闇を描いた映画『ユゴ 大統領有故』https://globe.asahi.com/article/15224886(2025年4月8日)
(※4)<5.18 30주년>-①한국 민주화의 원동력https://www.yna.co.kr/view/AKR20100507140800054(2025年4月8日)
(※5)5.18민주화운동 당시 연세대학교 학생 일기https://www.much.go.kr/L/T8VD6m4urA.do(2025年4月8日)
(※6)5·18 민주화운동, 그날의 정신을 기억하다https://m.korea.kr/news/reporterView.do?newsId=148833665#reporter(2025年4月8日)
(※7)[영상채록 5·18] 짜장면과 5·18, 영화 ‘1980’ 강승용 감독https://news.kbs.co.kr/news/mobile/view/view.do?ncd=7924304(2025年4月8日)
(※8)ハシナ最後の抵抗 -クオータ運動、学生の蜂起、バングラデシュ民主主義の未来https://ggr.hias.hit-u.ac.jp/2024/11/13/hasinas-last-stand-the-quota-movement-student-uprising-and-the-future-of-bangladeshi-democracy/(2025年4月8日)
(※9)【解説】 なぜ尹大統領はいきなり非常戒厳を宣布したのか……翌朝には解除https://www.bbc.com/japanese/articles/cr564eq6l3eo(2025年4月8日)
(※10)それは権威主義でも独裁政治でもない 「トランプ政治」を恐ろしいほど的確に表す、100年前の社会学者のある言葉https://courrier.jp/news/archives/396298/(2025年4月8日)