映画『アンデッド 愛しき者の不在』人の痛みが理解できるだろうか?

映画『アンデッド 愛しき者の不在』人の痛みが理解できるだろうか?

社会からの疎外感と愛の真意を潜ませた映画『アンデッド 愛しき者の不在』

©2024 Einar Film, Film i Väst, Zentropa Sweden, Filmiki Athens, E.R.T. S.A.

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Zentropa Sweden, Filmiki Athens, E.R.T. S.A.

不慮の事故で我が子を亡くした親を前にして、貴方はどんな言葉を掛けれるだろうか?もしくは、自らの手でかわいい我が子を殺めてしまった親を前にして、貴方は何を思うか?もしくは、何らかの原因で失踪したり、行方不明になったり。この世に生きている以上、何かしらのトラブルは生まれてしまうものだ。もしそれが、貴方自身が当事者となった場合、我が子の為にどんな行動を取りますか?人生とは、取捨選択の連続で成り立ち、その時その時の行動でその先の人生の行く末に変化を与える。たとえば、我が子の突然の死を前にして、臓器提供の書類に名前を書けるかどうか。愛する子どもとの最後の別れに対し、親はどう向き合うのかが問われる作品。それは、恐らく、永遠のテーマであり哲学だ。親より先に子は亡くなってはいけないと言われているが、病気、事故、自死、あらゆる原因で子が先に亡くなる時も来る。その時、貴方は親としてご自身の子どもに何ができるか、お互いが生きている間に考えたい事柄だ。我が子を想う親は、世界中に大勢いる。我が子の成長を心待ちにする親は、どこにでもいる。母の愛は深しとは言うが、その深さを言葉で表現するのは難しい。その深さ故に、時に愛が暴走する時がある。映画『アンデッド 愛しき者の不在』は、現代のオスロを舞台に、最愛の息子を亡くした母親アナとその家族の悲喜劇の日々を描く北欧ホラー。貴方自身が最愛の子どもを亡くした時、どんな行動を選ぶのか?

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お腹を痛めて産んだ最愛の子どもが、ある日突然、何らかの原因で亡くなってしまったら、どんな親でも悲しむはずだ。現実世界は、その日々の悲しみの連続の中で日常が構築されている。ひとたび、テレビを点けても、耳目に飛び込んでくるのは親が子を殺したニュースや子どもが何らかの事件事故に遭遇し、命を落としたという報告が日々、報道やネットニュースで飛び交っている。そして、その報道は事件の裏側まで報せる事はしないが、その裏では我が子を亡くして悲しみに暮れる世間には見えない親の姿が存在する。たとえば、殺人までは至ってないが、泣き止まぬ我が子を自身の太腿で首を絞めて窒息させた父親(※1)の周囲の家族は皆、悲しみに打ちひしがれたに違いない。なぜ、可愛い我が子にこんな残虐な事ができるのか、当事者の心情には推して計れぬものがあるが、当事者以外の周囲の大人達の深い絶望感を思えば、誰にも憎めないやり場の無い怒りに心が痛む。また、飲酒運転による不慮の事故でお子さんを亡くされた親御さんの当時の心情(※2)を察すれば、今も続くその悲しみが癒えてない事がよく分かる。事件から10年たった今でも裁判が係争中で、先日には一度無罪と言い渡された被告の罪に対して、有罪判決が出た事には被害生徒の母親の安堵の気持ちが手に取るように分かるようでもある。また、今からおよそ15年前に埼玉の熊谷で起きた小4男子ひき逃げ死亡事件(※3)では、15年が経過した今でも、ひき逃げ犯を追って、世間の見えない敵と戦っている。事件事故に遭われたお子さんの親御さんやご家族の想いに考えを張り巡らさたら、察するに計り知れない母親達の深い悲しみに直面する。

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また、世間を騒がせた事件事故に留まらず、最も子を持つ親として悲しい出来事は、親が自らの手で子どもを殺めてしまう一家心中だ。頻繁でなくても、年単位で必ず起き、その背景には他人が想像できない親や家族としての苦しみが最悪の結果へと走らせているのだろう。本作は一家心中の話でないにせよ、子どもを亡くす親の悲しみで言えば、同等の扱いとして受け止めてもいいのでは無いだろうか?なぜ、一家心中という最悪のシナリオを選ばなければならなかったのか、それはその当事者にしか分からない苦悩が存在している。近年では、昨年2024年の年末には、愛知県の西尾市(※4)や神奈川県の海老名市(※5)で起きた一家無理心中では、それぞれ30代40代の母親が、赤ん坊と2歳の子ども、小学生から中学生の我が子の命を奪っている。西尾市の事件では、ガス中毒とあり、続報もないままなので、これを無理心中と結論付けるのは早急ではあるが、それでも、生活の背景には親としての悩みや苦しみがあったのだろう。日本の社会や世間は、若い家族の一家の苦悩に耳を傾ける事はしない。人間関係が薄れつつある昨今、特に他人の家庭への干渉は避けている。他所の家は他所、うちの家はうち、と他者同士の線引きがはっきりされている今の時代には、両隣のご家庭の様子を気にする習慣は減りつつあるのだろう。2021年夏頃、ホテルから我が子を突き落とした40代の母親が逮捕された。息子を殺して、一緒に死のうと心中(※6)を図った母親は精神疾患を抱えていた。貴方には、自らの手で愛する我が子を手にかける母親の悲痛な心の叫びか聞こえるか?人は、苦悩や苦痛が重なると、幸せだったあの頃の日々に戻りたいと苦心する。この作品に登場する母親もまた、我が子が元気に生きていたであろう楽しかった日々に戻りたくて、蘇生した子どもとの日々を過ごそうと母親として努力したとも言える。映画『アンデッド 愛しき者の不在』を制作したテア・ビスタンダル監督を取材したインタビュー記事の中の本作に対する文言が、目に入った。

©2024 Einar Film, Film i Väst,
Zentropa Sweden, Filmiki Athens, E.R.T. S.A.

「もし可能なら、死者を墓から蘇らせますか?それは、死者が朽ち果てた体の中で生き続けなければならないことを意味するのなら。これは、アンデッドの問題に対する、フヴィステンダールのより不可解なアプローチです。ある暑い夏の日、3 つの家族は亡くなったばかりの家族の再覚醒を経験する。しかし、ほとんどのゾンビ映画が暴力的でアクション満載であるのに対し、この映画は珍しく控えめだ。ラインスヴェ氏は、映画全体を通して自分のセリフは10個程度だったと見積もっている。そしてまさしく、そのまばらなセリフと長回しを通して、『ハンドリング・ザ・アンデッド』は、人間が最も手に負えないものをいかに受け入れることができるのかという疑問を提起する。彼ら自身は、この映画が「悲しみを乗り越える人々を助ける」ことができると信じている。」(※7)と書かれている。特に、「この映画が「悲しみを乗り越える人々を助ける」ことができると信じている。」のこの部分は、映画の外側の現実社会にいる愛する我が子を水難事故などの不慮の事故で亡くした(もしくは、自身の手で殺めてしまった)母親の深い愛情に帰依する。何らかの原因で子どもを亡くした親への鎮魂歌として、この作品が今後これからも位置付けられて欲しいと強く願う。

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最後に、映画『アンデッド 愛しき者の不在』は、現代のオスロを舞台に、最愛の息子を亡くした母親アナとその家族の悲喜劇の日々を描く北欧ホラーだが、この作品を単なるゾンビ映画として捉え、切ってしまうのは甚だ残念でならない。本作は、巷に増産される近年のゾンビ映画ではなく、我が子を失い悲しみに暮れる母親の苦悩を描いた要素が強く、これに近い作品を挙げるのであれば、スティーブン・キングが書いた小説を基にしたホラー映画『ペット・セメタリー』に似ている。本作を分かり易く例えるのであれば、北欧版『ペット・セメタリー』と口にしたい。母の愛は、どこまでも深い。どんな姿になって帰って来ようとも、愛する我が子をどこまでも愛そうとする親の姿を通して、子は一番に親から愛される存在であると認識させられる。それを単なるゾンビ映画と切り捨てる人は、現実社会における我が子を失う母親の深い後悔と愛情を理解できるだろうか?

©MortenBrun

映画『アンデッド 愛しき者の不在』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)1歳5カ月の息子を太ももに挟み重体 傷害容疑で父を逮捕  横浜https://mainichi.jp/articles/20250126/k00/00m/040/234000c(2025年2月9日)

(※2)長野 中学生死亡事故 2審無罪取り消し 実刑判決確定へ 最高裁https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250207/k10014716011000.html(2025年2月9日)

(※3)埼玉・熊谷 小学生死亡ひき逃げ事件15年 「わたしの息子をひいて逃げたのはいったい誰?」 母親の思いはhttps://www.nhk.or.jp/shutoken/saitama/article/020/11/(2025年2月9日)

(※4)住宅で母親と子ども2人が死亡 無理心中か 愛知 西尾https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241210/k10014663241000.html(2025年2月9日)

(※5)子供3人死亡 2子殺害容疑、再逮捕 母親「子育て悩み」 海老名 /神奈川https://mainichi.jp/articles/20250120/ddl/k14/040/024000c(2025年2月9日)

(※6)「息子を突き落とした」歌舞伎町のホテルから男児転落死、殺人容疑で母親逮捕https://www.yomiuri.co.jp/national/20211229-OYT1T50066/#google_vignette(2025年2月9日)

(※7)Renate Reinsve & Thea Hvistendahl er tent på dødenhttps://nattogdag.no/2024/02/handtering-av-udode-reinsve-og-hvistendahl/(2025年2月9日)