映画『地獄でも大丈夫』「イジメ」という地獄より酷い場所はない

映画『地獄でも大丈夫』「イジメ」という地獄より酷い場所はない

わたし、このままじゃ死ねない映画『地獄でも大丈夫』

©2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

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イジメは、犯罪だ。近頃、イジメをイジメと呼ばず、「殺人だ!」「暴力だ!」という声が社会から頻繁に聞かれるようになった。イジメという生温い表現で加害者達の逃げ道を作り、行為そのものを容認する甘々な日本の社会に、私達国民は怒りを通り越して、呆れ果てている。なぜ、こうも日本はイジメ加害をした生徒を庇おうとするのか?なぜ、日本の教育現場は恰もイジメはなく、生徒は皆、明るく楽しく学校生活を送っていると口からでまかせが言えるのか、イジメ被害者の当事者の私から見れば、到底理解できない。今この瞬間にも、暴力や嘲笑、クラス全体からの理由のない総スカン(無視)、学校に通う事さえ幅かれるような壮絶な日々を送っているにも関わらず、教師は、大人達は誰も子ども達の安否を気遣わない。なぜ、そんな汚い大人達が増えたのか?今もどこかで、子ども達は泣いている。苦しんでいる。その気持ちが、あなた達には分かりますか?理解できますか?子ども達の苦しみが。苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いたその先に明るい未来が待っていたら、今までの辛い経験も少しは薄れるかもしれないが、彼らいじめられっ子に訪れる自死という悲しい選択肢に明るい未来はありますか?一言で犯罪と言ってしまえば、物事が解決するとは思えない。けれど、この今の日本社会において病的とまで言えそうなイジメ問題は、年々に増して、その壮絶さに誰もが息を飲むに違いない。日本で初めてイジメ問題事案としてニュースに取り上げられ、日本中から注目を浴びた最初の事件を皆さん覚えているかだろうか?1986年(昭和61年)に起きた中野富士見中学いじめ自殺事件(※1)は、発生当時、マスコミにもクローズアップされ、世間から関心を集めた。いじめ加害で自ら命を絶った中学生の少年が最後にこの世に残したメッセージは、「このままでは生き地獄になっちゃうよ」だった。2月1日は、その彼の命日。今年でもうすぐ39年が経とうとしているが、日本社会は未だにイジメの問題にメスを入れようとしない。映画『地獄でも大丈夫』は、いじめによって地獄のような日々を過ごす少女2人の復讐の旅の行方を、スクールカーストやカルト宗教といった社会問題を盛り込みながら描いたガールズバディムービーだ。子ども達の命、明日、未来を誰が守ると言えるのだろうか?

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市立中野富士見中学校いじめ自殺事件が起きてから、もうすぐ、40年が経とうとしており、犠牲となった当時の少年がもし生きていたら、彼も50代の立派な大人になっていたのかもしれない。この40年の間に日本では、我が目我が耳を疑うような凄惨なイジメ自殺事件が起きている。過去に報道されて今でも事件史に刻まれている壮絶なイジメ自殺事件を一部、紹介する。2011年10月11日に滋賀県大津市内の中学校の当時2年生の男子生徒がいじめを苦に自殺するに至った大津市中2いじめ自殺事件。2010年10月23日に起きた桐生市小学生いじめ自殺事件。1994年11月27日に愛知県西尾市で中学2年の男子生徒がいじめを苦に自殺した愛知県西尾市中学生いじめ自殺事件。1979年9月9日に埼玉県上福岡市(現・ふじみ野市)のマンションで、市立上福岡第三中学校1年の男子生徒が飛び降り自殺をした上福岡第三中学校いじめ自殺事件。1993年に山形県新庄市立明倫中学校で発生した山形マット死事件。2000年4月に起きた愛知県名古屋市中学生5000万円恐喝事件。2022年3月18日に起きた泉南市男子中学生自殺事件。各々が、社会に与えた影響力はあるにはあるが、それでも、同様の事件は無くなる事はない。その中でも私自身、1979年に起きたいじめ自殺事件は知らなかった。中野富士見中学校事件以前にも、いじめを苦に自殺を選んだ子ども達が数多くいたのだろう。また、2019年10月8日頃発覚した神戸市東須磨小学校教員いじめ事件では、世間に違う意味で衝撃を与えた。まさか、自殺やいじめを無くす為の啓発活動する立場の教師達が、学校内で同僚の教師にイジメを行っていた事実に、誰が子ども達の安全を守れば良いのか不安が立ち込めた。大人の世界でもイジメが存在する事をまざまざと見せられた。また、韓国では同様の事件が起きているが、韓国の場合は徴兵制度の先にある軍隊の中でイジメ(言わゆる、扱き)が起きている。特に、有名な事件を3つ挙げるとするなら、2014年4月7日に起きた漣川後任兵暴行死亡事件、2005年に起きた韓国陸軍訓練所食糞事件、2021年に起きた韓国海軍姜邯賛艦一等兵自殺事件。すべて、軍隊の中で起きている特異な事件だが、韓国では今、非常に問題視されている。現在、韓国の教育現場では、イジメに対する処分として9段階の処罰(※2)を設けた。これは、日本でも迅速に取り入れてもいい取り組みの一つかもしれない。

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また、本作が題材にしているのは、人間の中に潜む「善」と「悪」だが、この二項対立する問題に対して是非を問う物語となる。いじめっ子だった女の子に復讐しようと会いに行ったいじめられっ子が見た光景は、善の思想に支配された元いじめっ子の姿。昔の面影は一つもなく、カルト宗教にハマって、善人へと生まれ変わった元いじめっ子に驚かされる。なぜ、人の心の中には「善」と「悪」が存在するのか?心理学の観点から見れば、アドラー博士は「行動に問題があるとしても、その背後にある動機や目的は、必ずや「善」である」(※)と言っている。言わゆる、行動心理学の観点から見た人の「善」と「悪」の話だろう。母親と買い物に行きたくて、わがままを言う子どもが、何かを壊した。壊した事実は「悪」だが、その奥の行動の先にあるのは母親と過ごしたいと願う子どもの気持ち。それは、「善」であると説いている。では、いじめっ子が改心して、善人になるケースは果たして、この行動心理学が当てはまるのか?そうでないのか?たとえば、善人が悪人になる瞬間の人体実験で有名な実験では、スタンフォード監獄実験やミルグラムの「服従実験」(※4)では、人が他者より優位な立場に立った時、その優位性や権力をかざして、勘違いし他人に暴力的になる。その逆に、悪人の姿から学ぶ事も多々あるようで、「「悪人」の姿からも深く学ぶべき人間観」では、「「悪人」の姿や心を見つめることも極めて大切なのですね。なぜなら、「悪人」の示す「悪の部分」や「弱き部分」は、実は、人間であるかぎり、誰の心の中にもある」(※5)とあるように、人には誰の中にも当然のように善悪は眠っており、いつどっちの転じるかはその人の行動次第だ。ゲームやアニメで有名な作品『Fate/Grand Order』に登場する人物が残した言葉の中に「悪人が善行をなし、善人が悪行をなす事もある」とあるように(少し説得性に欠けるが…)、人の中にはひっそりと善悪が潜んでいるが、その一方で、その人の行動次第で善にも悪にもなれる要素を持つのが、人間だ。あなたは、「善」と「悪」どちらになりたいですか?映画『地獄でも大丈夫』を制作したイム・オジョン監督は、あるインタビューにて本作のタイトルについてこう話す。

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オジョン監督:「普段からよく使うタイトルとは異なり、直説的な話法で建てたタイトルです。実際、私が考える地獄はそれほど特別に恐ろしいものではありません。理解しにくくて、不快で不合理的な事件が数え切れないほど発生するのが人生だと思いますが、そんな時にしばしば「地獄のような事を経験した」と表現する時がありませんか?それにも関わらず、人生を巧みに生きて行けばどうかという心情を込めて付けたタイトルです。」と話す。生きるも地獄、死ぬも地獄。生きていたら苦しいことは、山ほどある。自身の思い通りにならない事も、不甲斐なくて悔しい思いもする事も、苛立ちが頂点に達して何かにぶつけたくなる時もあるだろうが、一つ忘れてはいけないのは、あなたには友達がいるという事。あなたには、悩みを話せる相手が必ずどこかにいるという事を忘れてはいけない。

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最後に、映画『地獄でも大丈夫』は、いじめによって地獄のような日々を過ごす少女2人の復讐の旅の行方を、スクールカーストやカルト宗教といった社会問題を盛り込みながら描いたガールズバディムービーだが、この作品の根底にあるのはイジメを通して描かれる人の善悪だ。人は、いつでも善人にも悪人にもなれる存在だが、ただイジメ問題は何十年経とうと解決する糸口は見つからない。近年では、全て北海道で起きている事件だが、旭川女子中学生いじめ凍死事件や旭川女子高生殺人事件、江別大学生暴行死事件のこれら3つは、2020年代の令和時代に入ってからの事件(※7)ばかりだ。世間が注目したイジメ自殺問題の発端となった中野富士見中学いじめ自殺事件から数えて40年近くなる今、イジメ事案は減るどころか増える一方だ。「Hail to Hell(地獄に万歳)」「地獄でも大丈夫」とイジメられっ子への慰めようにも聞こえるタイトルではあるが、いじめられた事がある経験者の当事者から言わせれば、これは何の気休めにもならない。だからこそ、私達大人は今、イジメの渦中にいる子ども達が「(イジメ)地獄でも大丈夫」と自らを慰めるのではなく、その地獄から救ってあげるセーフティネットを社会全体で張る事だ。それが、私達大人ができる最大限の救いであり、急務に取り組む必要がある事案だろう。「イジメ」という地獄より酷い場所はない。

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映画『地獄でも大丈夫』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)実際に日本の学校で起きた「葬式ごっこ」の壮絶実態…いまだ変わらない「いじめの構造」https://gendai.media/articles/-/128359?page=1&imp=0(2025年1月15日)

(※2)いじめ対策が進む韓国と進まない日本、その違いは? 韓国の厳しい9段階「いじめ処分制度」の中身とはhttps://dot.asahi.com/articles/-/13472?page=1(2025年1月15日)

(※3)行動に問題がある人も、その動機は「善」であるhttps://diamond.jp/articles/-/153915?_gl=1*vwaulr*_ga*YW1wLWRJdHE4d0tSSnlDUU5nUU5xU2tKbFY2RnY5X1pMa0hTVy1GQ0w1NndFODVYdDVIbHhkelB5RTR3YXoydGFzWXY.*_ga_4ZRR68SQNH*MTczNjg5Njk1NS4xOC4xLjE3MzY4OTY5NTYuMC4wLjA.(2025年1月15日)

(※4)【人体実験は語る】普通の善人が、弱者に残虐になる瞬間https://news.kodansha.co.jp/books/20160213_b01(2025年1月15日)

(※5)「悪人」の姿からも深く学ぶべき人間観https://business.nikkei.com/atcl/skillup/15/100600005/052000011/(2025年1月15日)

(※6)#BIFF 4호 [인터뷰] ‘지옥만세’ 임오정 감독, “세상의 모든 외톨이들에게 위로를 건네다”http://m.cine21.com/news/view/?mag_id=101163(2025年1月15日)

(※7)【解説】旭川 女子中学生死亡 再調査委の調査結果ポイントhttps://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20240701/7000068093.html(2025年1月15日)