文・構成 スズキ トモヤ
政治という少し小難しい題材を選びながらも、作品の全体をコメディとして描いた空前絶後の政治エンターテインメント。
選挙期間になれば、誰が出馬して、誰が当選するか。選挙活動が激化するのは、どこの国でもお約束のようなもの。
本作『スイング・ステート』は、そんな選挙活動に身を投じる政治家たちの姿をコメディタッチに描いた喜劇作だ。
監督は、ジョン・スチュアートという人物。
日本人なら、聞き慣れない名前ではないだろうか?
主演にはハリウッドを代表するコメディ俳優スティーブ・カレルだ。
また、邦題『スイング・ステート(swing state)』には、アメリカ合衆国大統領選挙において、勝利政党が変動する州を指す言葉だ。
「注目州」「揺れる州」「揺れ動く州」「激戦州」と様々な意味が内包する。
余談だが、原題の『Irresistible』には、「たまらない」という意味があり、選挙活動における興奮度を表した意味合いを持たせている。
あらすじは、共和党のD・トランプと民主党のH・クリントンがバトルしたアメリカ大統領選でトランプに勝利のバトンを渡した民主党選挙参謀が、捲土重来を図りド田舎の町長選を盛り上げようと奮闘する。
あるYouTube動画を見た民主党の選挙参謀ゲイリー・ジマー(スティーブ・カレル)は、田舎町の退役軍人を町長選挙に出馬させようと画策。
この町長選を巡って、共和党の選挙参謀フェイス・ブルースター(ローズ・バーン)が突如乱入し、選挙と無縁だった町が激戦区へと様変わりする。
ゲイリーVSフェイス、民主党VS共和党の対決が激しくなっていく。
民主党VS共和党は、日本で言うところの自民民主党VS共産党だろうか?
少し違うかも知れないが、政党同士の白熱した争いは、どこの国でも見られる事案だ。
本作を監督したジョン・スチュワートを知っているだろうか?
日本では、それほど知名度のない方に感じるかも知れない。
でも彼は、ハリウッドでは比較的、有名な業界人だ。
元々は、コメディアンからキャリアをスタートさせ、94年から99年までの5年間で、数本の映画に出演した役者としても知られている。
特に、日本ではSF学園スリラー『パラサイト』での、主人公ケイシーを優しく見守る化学の教師ファーロング先生役が、有名ではないだろうか?
役者として順調にキャリアを積んできた彼だったが、99年にホストを務めるようになった政治番組『The Daily Show』に出始めるようになってから、映画への出演は皆無に近くなる。
その反面、トークショーでは、製作総指揮や構成作家として番組を支えるようにもなる。
そんな中、アカデミー賞授賞式の司会を2度に渡って任せられるほど、ビッグな司会者へと成長を遂げる。
そんな政治人生に重きを置いた彼が、コメディ色の強い選挙映画を制作したのは、必然だったのだろう。
今回は、21年という長い沈黙を破って、ハリウッドに帰って来たジョン・スチュワートの勇姿をスクリーンを通して感じたい。
また、主演のスティーブ・カレルが、まさに本作のハマり役だ。
彼もまた、監督同様、コメディアン出身だ。彼は91年の映画『カーリー・スー』のカメオ出演からキャリアを始める。
2006年に公開されたロード・ムービー『リトル・ミス・サンシャイン』での同性愛の自殺願望者という負け犬を熱演している。
映画のヒットと共に、各方面から彼の演技が注目されるようになる。
そして、2014年に主演したサスペンス映画『フォックスキャッチャー』での演技力が絶賛され、この作品を境にコメディだけに留まらず、ドラマ性のある作品にも出演できる役者へと成長を遂げている。
『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』『ビューティフル・ボーイ』とコメディ要素を抑えた作品に重要な役どころとして、出演が続く。
本作『スイング・ステート』では、コメディとドラマの演技を見事に演じ分けている点にも注目したい。
オンとオフの演技面が、今まで培ってきた彼のキャリアを総括するほどのハマり役だ。
インタビューで彼は自身が演じるキャラクターについて「自信過剰で、ナルシストな人物」と分析。
本作は、このコメディ的要素とドラマ的要素を上手に使い分けた彼の集大成だ。
ここからは、ネタバレ含め本質に迫る話を。
本作『スイング・ステート』は、選挙活動をよりポジティブな作品に仕上げている。
まさに、エンターテインメントという言葉が似合う見易い映画だ。
でも、この作品が一番示しているのは、ゲイリー・ジマーが視聴したYouTube動画の裏の顔だ。
この動画には、退役軍人が壇上に立つ政治家に楯突く姿が映る。
これを見たゲイリーが、彼を町長として祭り上げ、この町の投票数を獲得しようと画策する。
ここにこそ罠が仕掛けられているのだ。
実は、この動画に映っているものは、すべてフェイク。
退役軍人の娘が中心になって、町ぐるみで作り上げた嘘の寸劇だったのだ。
そんな素人同然のフェイク動画にまんまと騙された政治家たち。
自らの政策を町民に吹っかけるつもりが、実は知らず知らずのうちに町民たちによって、吹っかけられていた。
そして彼に便乗した共和党の女性政治家までもが町民の蜘蛛の巣に引っかかってしまう。
なぜ町民は、こんな手の込んだトラップを仕掛けたのか?
そこには、町全体の深い財政問題が関わっている。
この田舎町では、数年前から財政破綻の秒読みが始まっていた。
町全体を潤すだけの潤沢な資金が、底を尽きかけていたのだ。
そこで、目を付けたのが政治資金だ。
選挙活動費を町の自治に落とすことで、運営を活性化させる狙いがあったのだ。
その結果、数千万ドルという大金が市に支払われ、作戦が成功したという話。
でも、このような問題は、日本人にとっては縁遠い事案かも知れない。
ただ実は、日本でも同じような現象が起きている。
近年だと2007年に財政が破綻した夕張市(1)が真っ先に挙げられるだろう。
また、今年に入って行政破綻がカウントダウンに入った京都市(2)もまた、危ない状態だ。
本作が取り扱う題材と日本の市政破綻は、概ね同じ問題を抱えている。
今の時代に生きる日本人にとって、とてもタイムリーな作品なのだ。
小難しい話を笑いに変えた監督と主演俳優たちのコメディアンとしてのエッセンスが作品に作用している。
最後に、退役軍人の娘が話していた言葉「大統領選になれば、大統領候補も田舎町に来てくれるが、選挙が終われば、町は放ったらかし」政治家たちは、「当選」という自分たちの体裁ばかりを気にして、何もしてくれないという現状にアメリカ市民は落胆の声を漏らす。
本作『スイング・ステート』は、自分たちが住む街に対して一体何ができるのかを再確認できる作品だ。
映画『スイング・ステート』は、関西では9月17日(金)から大阪府では、TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、MOVIX堺。京都府では、TOHOシネマズ二条。兵庫県では、TOHOシネマズ西宮OS、神戸国際松竹にて、絶賛上映中。
(1)夕張市破綻から10年「衝撃のその後」若者は去り、税金は上がり…第2の破綻を避けるためにhttps://gendai.ismedia.jp/articles/-/52287?page=4(参照 2021-09-15)
(2)社説:京都市の財政 危機の理由を明らかにhttps://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/597296(参照 2021-09-15)