僕はいつも、よそ者みたいな気がしてたんだドキュメンタリー映画『ぼくの名前はラワン』


ESC Studios, The British Film Institute
世界のどこかの片隅に、ラワン少年は必ずいる。社会や人々が忘れた記憶の彼方に、ラワン少年が笑顔で手を振ってくれている。今日もどこかで、ラワン少年のような子ども達を救おうとする大人達が存在する。障がい者と健常者が分断されたこの世界には、両者が共に過ごす時間や空間は皆無に近い。分け隔てない多様性を目指した社会の実現と口では容易く発するが、その実情は実現できてないと言わざるを得ない。今の社会のどこに、段差がないと言えるのか?段差ばかりで躓きを覚える程、他者との違いを明確にさせる現実が直撃する。実際、健常者の中でその違いに目を向けている人は少なく、グレーに近い障がいを持つ人が日々感じる苦悩に誰も振り向きもしない。どこまで行っても平行線を辿る両者の世界線は、いつどのタイミングで交わると言えるのだろうか?埋まらない溝、埋まらない関係性、埋まらない理解に翻弄され続けても、希望は捨ててはいけない。いつか、必ず、双方が分かち合い、理解し合い、協力し合える社会が形成されるはずだ。私は、その僅かな希望の光を探し続けたい。耳が聞こえなくても、目が見えなくても、その耳目の先に「普通」が待っている。ドキュメンタリー映画『ぼくの名前はラワン』は、難民としてイギリスに渡った、ろう者のクルド人少年の成長を追ったドキュメンタリーだ。世界で今、多くの子ども達が直面する現実問題に対して、私達大人は為す術もなく、ただ見守る事しかできないのか?私達大人が子ども達の為にすべき事は、世の中にたくさん眠っていると信じたい。どんな子どもでも、明日という名の希望で生きたいと願っているのであれば、私達はその願いに対して実現する為に全力で取り組まなければならないと、固く心に誓って欲しい。

ESC Studios, The British Film Institute
世界には今、どのくらい人数の難民が存在するのだろうか?また、どんな理由で過酷な難民生活を選ばざるを得なかったのか?私達日本人は安全な国、安全な場所に身を置いている限り、彼らの苦しみは到底、理解できないのではないだろうか?同じ立場、同じ境遇に立たされない限り、同じ視点で物は言えない。けれど、日本では至る所で自然災害で住処を追われた多くの人々が、路頭に迷う。これもまた、一つの難民状態と仮定するなら、どれだけ難民になる過酷であるのか、その現実が厳しいと容易に想像できるかもしれない。至る所、あらゆる場面で発生する自然災害の強襲は、私達のライフプランでさえも、めちゃくちゃに破壊し、静かに走り去ってしまう。残された人々は、目の前の惨事を目の当たりにして、重度の精神疾患(PTSD)に罹患し、二次被害の自殺願望に追い込まれ自死を選ぶケースもある。また東日本大震災の時、大都会東京も被害に遭い、多くの帰宅難民者(帰宅困難者)(※2)が誕生した背景には、交通網の麻痺だけでなく、様々な要因が考えられるだろう。近年で例えるならば、昨年関西で開催された「2025年日本国際博覧会」の会場最寄り駅で発生した帰宅難民(帰宅困難者)問題は世間の注目を浴びた。今この瞬間、誰もが難民になり得る時代に突入している事を意識しなければならないだろう。2024年末時点において、紛争や迫害により故郷を追われた世界の難民・国内避難民・庇護申請者数は約1億2320万人(前年比6%増)に達した。これは過去最多の数字を更新し、世界の約67人に1人が避難を強いられた計算となり、日本の総人口に匹敵する深刻な規模の問題だ。現在における世界の難民状況(2024年末時点の速報値・推計含む)は、前年比6%増となり約1億2,320万人の難民が存在する。主な要因では、紛争や迫害(スーダン、シリア、アフガニスタン、ウクライナなど)で祖国を追われた人々。その内訳には、難民および国際保護を必要としている人(約4,270万人)(※4)、国内避難民などが挙げられる。子どもの数に関して言えば、避難を強いられる人の多くが子どもという割合となる。主な難民の出身国・地域(2023年統計)では、上述のようにシリア、アフガニスタン、ウクライナ、スーダンが認知されている。その一方で難民の受け入れ状況には、難民の約73%は中低所得国が受け入れている状態。2024年時点で受け入れ数が多い国には、イラン、トルコ、コロンビア、ドイツ、ウガンダが挙げられる。難民に関する特記事項では、2024年時点でシリアなどからの帰還民(約980万人)も発生している。また、430万人以上の無国籍者が世界に存在(※5)し、権利が制限されている現状下にある。そして何より、この約1億2,320万人の中に、難民を余儀なくされている子ども達がどれくらいいるのか?2023年末時点、世界で4,700万人以上の子ども達(※6)が、紛争や暴力により故郷を追われ難民・国内避難民となっている。これは、強制的に避難を強いられた全人口の約40%を占める高水準。多くが学齢期の子ども達で、教育の機会や安全な生活が脅かされている現状にある。状況は深刻化するばかりで、2024年は紛争の影響を受けた子ども達にとって「最悪の年の一つ」とされ、6人に1人が紛争地で困窮生活に遭っている。この主な背景には、多くの国で起きている紛争が原因で、ウクライナ、シリア、アフガニスタン、スーダンなどが、対象だ。また、子ども達の教育の危機(※7)も危ぶまれ、学齢期の難民の子どものうち約46%が就学できず、教育の機会(※8)を逃していると言われている。彼らの避難先は、約7割が近隣の低・中所得国へ逃れて、身を隠して生きている。現代社会の現状では、ウクライナやパレスチナなど紛争の激化により、子ども達の生活は極めて深刻な危機に瀕する状況(※8)となっている。

ESC Studios, The British Film Institute
次に、世界中にいる障がい者の数はデータとして何人いるだろうか?その数字が明確化された時初めて、私達は私達自身が直面している問題の大きさに気付きを得るのかもしれない。では、世界には10億人から13億人以上の障がい者(※9)がいると推定され、これは世界人口の約15%(6人に1人)に相当する。この数は、世界保健機関(WHO)のデータに基づき、人口増加や高齢化によって増える傾向にあり、特に視覚障害や聴覚障害など、特定の障害を持つ人も多数存在する。主なデータとポイントでは、専門機関調べでは10億人(WHO, 2011年)から13億人以上(WHO, 2023年)と推定されている。割合では、世界人口の約15%が何らかの障害を抱えている。年齢層では、人生のある期間(平均寿命が70歳以上の国では約8年間)を障害と共に過ごす人も多いと言われる。特定の障害では、視覚障害者は20億人以上)、聴覚障害者は4億6600万人以上、発達障害者は2億人弱という詳細なデータも発表されている。彼らの健康格差に関して言えば、障害を持つ人々は偏見や差別、教育・雇用・医療へのアクセス困難などが生じ、健康面で不利な状況に置かれやすい「健康の不平等」(※10)にも直面している背景がある。これらの数字は、調査機関や調査年によって多少の幅があり、世界的に非常に多くの人々が障害と共に生きている事がわかる。世界に多くの障がい者がいる事が分かったが、この内、障がいを抱える子ども達がどの程度いるだろうか?ユニセフ(国連児童基金)の推計によると、世界で身体的・知的・精神的な障害のある子どもは、0歳から14歳の約2億4,000万人に上ると言われる。これは、世界の子ども約10人に1人の割合に相当し、その約80%が開発途上国に居住しているとされる。 主なポイントには、割合として世界の子どもの約10%に当たり、障がいを持つ子ども達の課題(※11)では障がいのない子どもと比べ、教育、医療、生活面で不利な状況に置かれやすく、児童虐待や暴力の危険性に晒される事も懸念されている。 障害のある子どもたちは、教育へのアクセスや社会サービスから取り残されるなど、多くの困難に直面している現状(※12)にある。ここに興味深い記述がある。世界で難民でありながら障がいを抱える子ども達が、様々な困難に直面しながら、現代社会で生きている。アフガンで障がいを抱えた青年ジャミルの証言は、その問題の根強さを感じて止まない。彼の生い立ちと言葉を一部拝借して、ここで紹介したい。「アフガン難民2世としてパキスタンで生まれたジャミル。難民として、そして障がい者として、これまでたくさんの壁に直面してきました。その一つが教育でした。ジャミルは幼いころ、障がいに対するコミュニティの固定概念から、村の学校に通うことができませんでした。ジャミルが暮らすのはパキスタン北西部、山岳部のハイバル・パフトゥンハー州ロウワー・ディール地区。ジャミルは周りの人から、教師にも兵士にも絶対になれない、と言われて育ちました。「私にはなにもできない、と誰もが思っていました。両親は私を学校に通わせたいという思いもあったようですが、コミュニティの年配者から障がい者は教育を受けることはできないと言われていました」。ジャミルもそれを分かっていました。そして今、33歳になった彼は、パキスタンで障がいのある難民が学校に通うために壁を取り除き、学校での対応を変えようと活動しています。「障がい者として生きてきた私には、彼らがどんな苦痛を味わっているか理解できます。私は自分の障がいを忘れて、人のためになることがしたかったのです。みんなに笑顔になってほしいのです」(※14)と話す青年は、自身の障がいに対するコンプレックスを感じさせない力強い自分の言葉を持っている。

ESC Studios, The British Film Institute
ドキュメンタリー映画『ぼくの名前はラワン』を制作したエドワード・ラブレス監督は、あるインタビューにて本作の少年ラワンと制作過程について、こう話す。
ラブレス監督:「ダービーの自宅で撮られたラワンと(長男の)ラワの写真を見ました。聴覚障害のある写真家が、窓の外を眺める二人の子供たちの美しい白黒写真を撮っていました。二人とも小さなサッカーユニフォームを着ていました。私には兄弟が3人いるのですが、子供の頃の写真を見ると、みんなそれぞれ違う種類のサッカー関連のギアを着ていて、何か共通点を感じました。ネットでこの家族について読んだ時、まず頭に浮かんだのは、イギリスに来るまで様々な困難を共に乗り越えてきた家族がいるのに、共通の言語がなかったということです。両親はクルド語を話し、ラワはクルド語を話せましたが英語を勉強中で、ラワンはイギリス手話を学びたいと思っていました。そこで私とパートナーでプロデューサーのフルール・ニエドゥは、映画制作を通してこの家族がより深く理解できるのではないかと考えました。ラワンについて読んでいると、この少年は何かを経験してきていて、明らかにまだ自分の物語を語れないのだなと思いました。もし彼が自分の経験について表現できる場を与えられるような映画を作ることができれば、難民に対する人々の認識が少しでも変わるかもしれないと思いました。子供の頃、国とは何かを理解しようとしていた頃、国境は私たちが生まれる何年も前に誰かが作ったものだと学びました。今、それがどう関係するのか理解しがたいです。人々が自分の国を愛することを疑っているわけではありません。それは理解できます。育った家であろうと、身近な環境であろうと、人生の様々な段階で、様々な理由で誇りを持てることがあります。私が問題視しているのは、世界中に存在する差別の一部は、人々が見出しだけを見て、状況を人間らしく捉えていないことが原因だということです。この時点で、ラワンは言葉を話せませんでした。彼はまだ7歳でした。ですから、難民であることの意味を理解したり、話したりすることは、彼にとってかなり大きなことだったかもしれません。しかし、「コミュニケーションも機会もなかった場所で育ったけれど、今は自由を与えてくれる言語を学べるかもしれない場所を見つけた」という子供のシンプルな言葉は、私にとってとても胸に迫る、大切なものに感じられました。難民危機のような問題を取り巻く騒ぎは、もうなくなるだろうと思っていました。」(※14)と話す。私達人類が持つ言葉とは、何か?唯一、哺乳類の中で人間だけが話せる言語は、何を意味するのか?他者とのコミュニケーションのツールか、自身の想いを言語化するツールか、はたまた争いや諍いを助長させるツールか、言葉は人によって使用用途は変わって来る。けれど、その使い方一つ取っても、私達人間が唯一使える大切な伝達方法だ。言葉が持つパワーは、計り知れないものがあるだろう。時に人を慰め、時に攻撃的にもなり、時に人を傷付け、そして互いを癒すのも言葉という魔法だ。7歳の頃のラワンは言葉を話せなかったというが、彼は自身の言葉を知らなかったのではなく、伝える方法を上手く使えなかっただけで、少年の思考や心の中には溢れんばかりの言葉が満たされていたのだろう。

ESC Studios, The British Film Institute
最後に、ドキュメンタリー映画『ぼくの名前はラワン』は、難民としてイギリスに渡った、ろう者のクルド人少年の成長を追ったドキュメンタリーだが、一人の少年の姿を追っただけのドキュメントではない。この映画のカメラを通して描かれるのは、世界中で今も難民や障がいに苦しむ子ども達の姿を一人の少年に託して描かれただけであり、この少年の背後に数億人の子ども達の「今」が詰まっている。私には、彼らを救う事も助ける事もできないが、彼らの存在を認め、理解する事はできる。子ども達の存在を認めて理解する世界中の人々が少しでも増えれば、現実の困難に直面する子ども達の存在が世界で広く知れ渡るきっかけにもなれればと願う。本日、あるネット記事が「女性自身」という媒体で紹介されていた。記事のタイトルは、こうだ。「26歳『低酸素虚血性脳症』を患う息子「脳の大半が壊死、身体は動かない」逆風にさらされながらも母とともに探し続けた“自立への道”」(※15)と、なかなか挑戦的でチャレンジングな見出しで、非常に目を引く内容だ。24時間体制で医療支援が必要な医療的ケア児(患者)への自立支援を親本人が推奨しているケースで、長年の間、様々な苦労を乗り越えて、今に至っているが、このご両親の願いとは裏腹に世間の目や意見は未だに厳しい現状が続いている。一部、一般市民の声を挙げるなら、「ここまで重度の子が普通学校に行くべきではないという意見は、差別ではありません。 むしろ、普通を押し付ける教育虐待だとおもいます。」と匿名で記している。匿名という様態は非常に便利であり、心の柵を乗り越えて、いとも簡単に意見を述べられてしまう。本当に言いたい事があるなら、直接の本人を目の前にして、目と目を突き合わして、意見を言うのが本当の優しさではないだろうか?これでは、匿名希望の不特定多数の群衆が寄って集って袋叩きで暴言を吐いているようにしか見えない。だからと言って、世間一般の声にも理解はできるが、親としてできる限りの事をしようとしているこの方のお気持ちも分からなくない。実際、私はこのご家族とお会いした事もあり、親しい間柄でもあり、母親の言う瞬きだけで意思疎通ができるという発言には、最初頭の中で「???」が浮かび、本当に会話が成立しているのか甚だ疑問であったが、熱心に活動するご夫婦の姿を見て、疑いを持つ事自体が卑しいと感じてしまった。本当に大切な事は、何事も「信じる」事から始まる。一歩歩み寄る理解が、次の理解を産むと分かれば、きっと世の中の価値観に変化が生じてくれるはずだ。それでも、現実問題、この事柄に関する世間の考え方は非常にハードで、否定はできないほど、強く頷けてしまう一面もある。このニュース記事に関するアンケート「難病や障がいのある人・家族への社会的サポートについて、どう思いますか?」の結果、現地点で993人が投票しているが、「これが、現実…」と思わせる結果となっている。「充実していると思う。4.7%(47票)」「ある程度充実していると思う。8.7%(86票)」「あまり充実していないと思う。17.8%(177票)」「充実していないと思う。66.1%(656票)」「分からない。2.7%(27票)」。親しい間柄だからこそ、ご夫婦の社会に対する熱い想いには賛同もしたいし、応援もしたい。けれども、インクルーシブ社会を目指そうとする考え方には、必ずと言っていいほど、社会の荒波が存在する。甘言に聞こえるかもしれないが、なぜ、人はすぐに拒絶したがる生き物なのか?なぜ、臭いものには蓋をする精神がまかり通っているのか?今は21世紀で、令和の時代。それにも関わらず、発言や思想、考え方は昭和以前の何かを隠し、区別しようとする動きが心の中の何らかのバイアスによって人々の心の中で働かている。そんな世間の冷たい意見に対して、Yahooのコメント欄にエキスパートとしてコメントを残している東洋大学 福祉社会デザイン学部 教授/介護支援専門員の高野龍昭氏が、最後にこう記した。「医療的ケアが実施できる人が増えれば、記事にある26歳男性のような人びとの生活は拡大可能ですが、それを阻む最も根底にある問題は、私たちの心の底にある「バリア」だと思います。」と、そっと静かに世間に対して言葉を使って抗議している。私達は、心の底にある「バリア」を取り除き、心のバリアフリーを構築させる事が今の社会でできる最優先課題だ。まず排除するのではなく、健常者側と障がい者側が関係者一般関係なく、「本当に、どうすれば良いのか?」と互いに頭を寄せ付け合い、無い知恵を絞りながら、「どうすれば良いのか」を真剣に議論し合う時が来れば、この映画に登場するラワン少年のような子ども達はこの世界でより前向きに、より明るく、笑顔の絶えない毎日を送れるはずだ。日本語のタイトルは「ぼくの名前はラワン」だが、英題は「Name Me Lawand」となり、直訳すると「ぼくにラワンと名前を付けて」となり、既にこの少年には「ラワン」という名前があるにも関わらず、なぜ名前を付けて欲しいと強く懇願するのか?その背景には、ラワン少年を始めとする障がいを持つ子ども達が未だに、世間から透明な存在として扱われていると考えられる。この事象に対して、「ぼくはここにいる」と訴えている。一人の少年の存在が、意見が、心の慟哭がこの広い世界の荒野に少しでも届き、響き渡る世の中にしないといけない。その上で、作品の余情を残すような幕の閉じ方にはきっと、私達にこの問題をどう向き合い、どう対処し、どう歩み寄るかを、少年の物語が示唆している。「本当に、どうすれば良いか…」を肩突き合わせて、共に考えて行ける世の中を目指したい。

ドキュメンタリー映画『ぼくの名前はラワン』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)国際障害者年とマスコミの役割 21世紀をめざす「ことば」の問 国際障害者年とマスコミの役割 21世紀をめざす「ことば」の問題https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/rehab/r039/r039_040.html(2026年2月9日)
(※2)災害発生時における帰宅困難者対策https://www.city.osaka.lg.jp/kikikanrishitsu/page/0000073235.html(2026年2月9日)
(※8)紛争下の子ども4.7億人 6人に1人は「ユニセフの歴史で最悪」紛争下の子ども4.7億人 6人に1人は「ユニセフの歴史で最悪」
https://www.asahi.com/articles/ASSDW2JKPSDWUHBI01WM.html(2026年2月9日)
(※9)世界における障害者の数13億人。その大きな労働力、市場を活かすために必要なビジネスリーダーの条件https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2021/62338(2026年2月9日)
(※10)2023年国際障害者デーhttps://japan-who.or.jp/news-releases/2312-6/#:~:text=12%E6%9C%88%203%E6%97%A5%E3%81%AF,%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%83%96%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%92%E3%81%94%E8%A6%A7%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84%E3%80%82(2026年2月9日)
(※11)障がいのある子どもたち 教育を含むあらゆる場面で不利な状況https://www.unicef.or.jp/news/2021/0220.html(2026年2月9日)
(※12)ユニセフの主な活動分野
インクルージョンhttps://www.unicef.or.jp/about_unicef/about_act04_09.html(2026年2月9日)
(※13)障がいのある難民の子どもたちを学校に 当事者として立ち上がるアフガン難民https://www.unhcr.org/jp/44945-ws-220223.html(2026年2月9日)
(※14)How we made Name Me Lawand, the immersive documentary about deafness and communicationhttps://www.bfi.org.uk/interviews/how-we-made-name-me-lawand-immersive-documentary-about-deafness-communication(2026年2月9日)
(※15)26歳『低酸素虚血性脳症』を患う息子「脳の大半が壊死、身体は動かない」逆風にさらされながらも母とともに探し続けた“自立への道”https://www.jprime.jp/articles/-/40138?page=2(2026年2月9日)