“老い”と”孤独”を独自のユーモアで描いた映画『マルティネス』


世界の高齢化の現状と将来において現在の高齢者層(※1)は、2020年の現在、世界の総人口に占める65歳以上の割合は9.4%と発表された。これが、将来的に見ると、2060年の35年後には、17.8%まで上昇すると見込まれている。高齢化が特に多い地域には、先進地域のヨーロッパ、北米、日本、オーストラリア、ニュージーランドなどが挙げられるが、先進国以外の開発途上地域でも、高齢化が急速に進展すると見込まれている。高齢化の進展の背景にはまず、平均寿命の伸長が挙げられ、医療技術の進歩や公衆衛生の向上によって、従来の平均寿命が延びている事が高齢化の主な要因がある。また出生率の低下も高齢化の急増に一役買っており、出生率の低下により、若い世代の割合が相対的に減少すると共に、高齢化率の上昇に繋がっている。今後の将来の課題において、高齢化が急速に進展する事は、単に先進国だけの問題ではない。急速な高齢化は、世界的な課題でもある。各々の国や地域で知恵を出し合い、高齢化への対応について協力して取り組む事が重要視されている。高齢化が世界的に進む中、私達はこの問題にどう向き合えば良いのか?日本のシニア層もまた、若年層の数倍はいるだろう。その若年層は、数十年後にはシニア層の仲間入り。私自身もまた、同じく数十年後には今の私の親と同じ年齢になる。こうして、人間は歳を重ね、次の若い世代へと時代が移り、孫の代、ひ孫の代、玄孫の代、来孫の代、昆孫の代、仍孫の代、雲孫の代と代々、世代は移り変わり、そして人間は老いて行く。映画『マルティネス』は、孤独死した隣人女性に思いを募らせる男性の姿を通し、「老い」と「孤独」を独自のユーモアでつづった、メキシコ発のラブストーリー。人の人生の営みは、老いても尚、泡沫夢幻の美しさがある。

なぜ、高齢化問題が今、危惧されているのか?日本では、高齢化に関して2025年問題(※2)が長らく、世間で囁かれて来た。2025年、団塊の世代の全員が75歳以上の後期高齢者に突入する。今後の超高齢化社会の到来がさらに深刻化する第一歩が今の2025年だ。労働力不足、医療・介護費の増大、社会保障制度の持続可能性の維持など、日本社会は様々な課題を抱えている。国民の約5人に1人が後期高齢者となり、社会全体に大きな影響を与える事が予測されている。高齢化社会の問題点に関して、より具体的に探ってみると、まず社会保障費の急増が挙げられる。高齢者の増加に伴い、年金、医療、介護における社会保障制度の支出が増大し、現役世代の負担が増加している現象が起きている。また、労働力不足も一つの課題として挙げられ、高齢化が進む一方で少子化も進行している。結果として、生産年齢人口が減少し、労働力の不足が深刻化している。3つ目の課題として、医療・介護現場の逼迫が挙げられ、介護を必要とする人が急増する中、医療・介護に携わる人材が不足しつつあり、サービスの提供が困難になる可能性が指摘されている。4つ目は、広範囲に上る社会的課題として、経済成長の鈍化が懸念されている。労働力不足や消費の停滞により、国内市場の縮小や経済成長の鈍化が憂慮されている。最後の5つ目は、相続と空き家問題が日本の各地で問題として浮上している。高齢化に伴い親族からの家の相続が増え、現在進行形で放置される空き家問題が深刻化している。では、国としての対策、社会全体としての取り組みは、どうだろうか?まず、見直されているのが医療や介護制度の見直しだ。医療提供体制の効率化や、地域包括ケアシステムの構築、オンライン診療の推進などが検討されている。次に、労働力確保と高齢者の活躍の場の促進。女性や高齢者の就業促進、若年層の人材育成、技術革新による生産性向上が、社会全体で求められている。最後に企業としての取り組みでは、高齢者が活躍できる職場環境の整備、働き方改革の推進、新しいビジネスモデルの構築が必要とされているが、2025年問題は団塊の世代が後期高齢者になることによる影響が社会全体に及ぶため、個人・企業・政府が連携して長期的な視点で対策を講じる事こそが必要不可欠だ。ただ、これらすべては机上の空論に過ぎず、2025年に突入するもっと前の段階から高齢化問題として国や社会が取り組む必要があり、2025年を迎えてから(もしくは、2025年を迎える数年前から)、ジタバタと慌てふためく姿が実に滑稽だ。では、メキシコにおける高齢化問題は、どうだろうか?メキシコでは今、2030年までに高齢者(14.96%)が若者(0~14歳)を上回る段階に達し、2070年までに高齢者の割合は34.2%になると予想されており、メキシコでも同じように高齢化問題(※5)が危惧されている。そこで現在、「メキシコでは健康状態の有病率上昇、急速な人口高齢化、医療アクセスの格差という健康政策上の課題に直面している中、政策立案者を支援するための健康ニーズ予測モデルが開発された。メキシコ将来高齢者モデル(Mexico Future Older Adult Model:MFOAM)と呼ばれるこの動的マイクロシミュレーションモデルは、メキシコの高齢化人口における生涯の健康アウトカムを予測するもので、その妥当性と予測結果が示された。この研究成果は、Gerontologist誌2025年8月21日号に発表された。」(※6)と報告されており、、メキシコの高齢化人口における生涯の健康アウトカムを予測する健康ニーズ予測モデルを開発され、メキシコの高齢者層に対する万全の対策が進められている最中だ。それでも、行政の支援が行き届かない高齢者たちは、独居生活の末に孤独死を余儀なくされる。世界の片隅に生きる人々の些細な幸せは、近隣同士の互いを知る事だろう。孤独同士の人間が人生の交差点で交わる瞬間、たとえ相手がいなくなっても、心の孤独を埋める関係性が産まれる。

日本の独居老人は、一体何世帯になるのだろうか?現在、日本の独居老人の割合は増加しており、65歳以上の単独世帯の割合は約5人に1人に上る。具体的に、令和2年(2020年)の国勢調査では、全体の19.0%(約671万人)に相当する数値が発表されたばかり。この割合は、今後も上昇が見込まれると言われており、男性は2020年の16.4%から2050年には26.1%へ、女性は23.6%から29.3%へ増加すると推計されている。65歳以上の人口における独居の割合は、約19.0%。これを男女比率で細分化すると、男性の65歳以上人口に占める割合は15.0%、または11.1%という数字が報告された。また、女性の65歳以上人口に占める割合は22.1%、または20.3%と発表されている。その他の約671万人が一人で暮らしているのが、現在の日本社会の状況だが、数字が上昇すると目で確認できるが、将来的に、実際のこの数字の数倍の独居老人が生まれるのではないだろうか?データと現場の相違は、現代の技術でも計り知れない。一体、どれくらいの老人が一人で暮らす未来が待っているのか、今の科学では未来を予測できないだろう。老人が、独居となる背景、そして今後の見通しには、どのような要因があるのか?独居老人の増加要因(※7)には、少子高齢化や配偶者との死別、子供の独立などが独居の増加に繋がっていると言われている。今後の増加予測において、国立社会保障・人口問題研究所が発出した推計では、高齢単独世帯の割合は以降、さらに増加し続ける。2050年には、全国的に32道府県で20%を超えると予測されている。この数字は今のシニア層達を指している訳ではなく、現在の20代、30代の若年層の未来を示唆する。将来的な増加を止める事はできず、多くの独居老人が孤独な生活に追いやられる。社会的課題としては、孤立と貧困の改善が急務とされる。家族や地域からの孤立、経済的な困窮、犯罪に巻き込まれるリスクが危惧される。シニア層の健康問題では、うつ病や認知症の発症リスクが高まると指摘され、独居高齢者の増加は社会全体にとって重要な課題だ。地域活動への参加機会の提供や雇用などの対策が今、早急に求められている。課題解決は、独居老人の生活だけでなく、その先に待っているのは孤独死(※8)だ。日本全体の孤独死の正確な「割合」を示す全国統計は存在していないが、日本少額短期保険協会の「第7回孤独死現状レポート」では、2022年の孤独死者数6,727人のうち男性が83.1%を占めるデータが公表された。また、政府の初めての公式統計調査では、2024年1月~3月で一人暮らしの死亡者が約2万2千人確認された。この人数のうち65歳以上が約1万7千人、年間では6万8千人になると数字が出た。そして、孤独死の性別では圧倒的に男性が多い。また高齢者の孤独死だけでなく、現役世代の孤独死も多いと言われている。60代~70代の高齢者層に孤独死が多いと世間は考えているかもしれないが、実際は現役世代である50代以下の割合では男性で約39%、女性で約43%と高く、全体の約4割を占める。孤独死の「割合」を算出する事は非常に難しい事だが、上記のデータは日本国内の孤独死の実態を理解する上で参考にして欲しい。では、本作の舞台となるメキシコは、どうだろうか?メキシコの「独居老人」(※9)の割合に関する具体的なデータは、日本と同様に見つかっていない。2020年におけるメキシコの高齢化率は7.6%であり、OECD加盟国の中では最も低い順位となる(この結果は、プラスと捉えていいだろう)。この件を踏まえて、メキシコでは高齢者全体の割合が少なく、その中で独居老人の割合も限定的である可能性が考えられる。上記では、メキシコにおける高齢化問題が危惧されると少し矛盾しているかもしれないが、メキシコの高齢化問題は比較的、日本や他国と比べて、まだまだ安泰ではあるが、メキシコ国内では既に問題視されているのだろう。2020年において発表された高齢化率の現状のデータに拠れば、メキシコの65歳以上人口の割合(高齢化率)は7.6%で、OECD加盟国中では最も低い国として認定された。これら多くの情報は、メキシコ国内における高齢化の状況を把握するためのもの。しかし、日本と同じように独居老人の割合に直接関連する具体的なデータは見当たらず、この数値から直接独居老人の状況を判断する事は難しい。メキシコ国内における独居老人から連なる孤独死は、正確な数値やデータは発表されていないが、メキシコ国内では170万人の高齢者が独居生活を送っている現状。彼らは放置されているだけでなく、多くが貧困状態にある。「私はここに5年間住んでいますが、彼女はいつも一人でいるのを見ていました。彼女はしばらく外出してから家にいましたが、私たちは彼女が亡くなっていたことを知りました。彼女は数日間家の中にいて、すでに亡くなっていたのです。」と近隣住民が証言するほど、メキシコ人にとっての孤独死は生活と近い関係にあるのかもしれない。映画『マルティネス』を制作したロレーナ・パディージャ監督は、あるインタビューにて本作の孤独が「希望の象徴」に関して聞かれ、こう話す。

パディージャ監督:「アマリアの物語を読んだのは、私の人生のある時期でした。ロンドンに住んでいた頃、ジョイス・ヴィンセントという女性が2年前にアパートで亡くなっていたというニュースが流れました。彼女はクリスマスプレゼントを包んでいる最中に発見されました。この物語は私の創作ではなく、実際に起こった出来事です。この事実は私の心に深く刻まれています。後に、あるイギリスのドキュメンタリー映画監督が同じニュースを読み、この事件を調査することにしました。誰かの死が別の命を生かすことができないのは、私にとってはもったいないことに思えました。これは一種のお守り、同じ運命を辿るかもしれない人々への警告だと私は考えました。それは、私たちの命に常に注意を払い、思いを寄せることを思い出させてくれるのです。だからといって、私たちが劇的に変わるわけではありません。例えば、マルティネスはとびきり良い人間になってコンチータと結婚するわけではありません。人はそうやって変わらないこともあるのです。私はそう信じています。こうした出来事や考察は、人生や映画の持つ可能性の一部です。あらゆる経験、あらゆる物語は、私たちに何かを教え、世界観に影響を与える可能性を秘めています。」(※11)と答えている。孤独が、人の心に大きな穴を開ける。孤独は、他者との距離に大きな溝を生む。孤独は、それらの隙間を埋める事はできない。他人との繋がりを持ってして、人々が持つ孤独が解消される。でも、時にそれが人々に何の影響も改善も与えない事もあれば、人生そのものにほんの少しの変化ももたらさない場合もある。けれど、私達が常日頃から抱える孤独を解消できるのであれば、それはやはり他者との関係性からだ。

最後に、映画『マルティネス』は、孤独死した隣人女性に思いを募らせる男性の姿を通し、「老い」と「孤独」を独自のユーモアでつづった、メキシコ発のラブストーリーだが、単なる高齢者が経験する恋愛ドラマではない。また、孤独を象徴とする物語でもない。隣人の女性の死を通して、彼女が生きた証を知ろうとする初老の男性が、再度人生の美しさを知るまでの物語だ。人生の決まったルーティン生活で生気を忘れてしまった男性が、生きる活力を取り戻すまでの姿に生きる事への尊さを表現している。孤独が「希望の象徴」と言われる所以には、もしかしたら、私達が生涯追い求める他者との社交、仲間、連帯を逆説として私達に示唆しているのかもしれない。

映画『マルティネス』は現在、公開中。
(※2)2025年問題とは? 社会・企業への影響や業界別の課題・対策をわかりやすく解説https://www.freee.co.jp/kb/kb-trend/what-is-the-2025-problem/#:~:text=2025%E5%B9%B4%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E8%B6%85%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%8C%96%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%82%92,%E3%81%8C%E4%BA%88%E6%83%B3%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2025年10月8日)
(※3)高齢化と医療資源の逼迫 2025年問題と2040年問題をどう対策するかhttps://nicoms.nicho.co.jp/business/contents/20231010-02/(2025年10月8日)
(※4)2025年問題とは? 社会への影響や国の対策、企業ができることhttps://legacy.ne.jp/knowledge/before/shakai-jiji/727-mondai-shakai-eikyou-taisaku-kigyou-dekiru/(2025年10月8日)
(※5)Proyecciones demográficas de un México que envejecehttps://www.gob.mx/inapam/articulos/proyecciones-demograficas-de-un-mexico-que-envejece#:~:text=De%20acuerdo%20con%20las%20estimaciones,12.8%20%25%20de%20la%20poblaci%C3%B3n%20total.(2025年10月8日)
(※6)メキシコの高齢化社会における健康アウトカム予測モデルを開発https://academia.carenet.com/share/news/0fd83eed-c82a-47e8-b7e6-3b3243147df9(2025年10月8日)
(※7)独居高齢者の増加https://susnet.jp/social-issues/32(2025年10月9日)
(※8)孤独死の現状を統計から分析|死因割合や人数・厚生労働省の対策まで解説https://www.cocofump.co.jp/articles/kaigo/214/(2025年10月9日)
(※9)メキシコにおける高齢化と高齢者の経済的保障https://drive.google.com/file/d/1xs4S8pUrEHBgFf9Yy-30dBw7vltmthMg/view?usp=drivesdk(2025年10月9日)
(※10)Millones de Adultos Mayores en México Viven en Soledad y Pobrezahttps://www.nmas.com.mx/nacional/millones-de-adultos-mayores-en-mexico-viven-en-soledad-y-pobreza/(2025年10月9日)
(※11)ENTREVISTA | Con ‘Martínez’, Lorena Padilla apuesta por valorar a los burócratas, la soledad y lo cotidianohttps://www.vagabunda.mx/entrevista-con-martinez-lorena-padilla-apuesta-por-valorar-a-los-burocratas-la-soledad-y-lo-cotidiano-1/(2025年10月9日)