命懸けで森を守る。これはもはや戦争だ。ドキュメンタリー映画『デリカド』


Ginasalikway Sa Buangbuang Ang Kaalam Ug Pagpanton(愚か者は知恵と規律を拒む。)(※1)
文頭と文末に据え置いた言葉は、セブアノ語の諺の一つだ。セブアノ語とは、フィリピンのセブ島とその周辺地域で話される言語だ。また、本作が舞台とするパラワン島では、さほど話されていない言語で、主にフィリピノ語(タガログ語)やパラワノ語がメインで使われている。なぜ、舞台のパラワン島でほぼ話されていない言語の諺を引用しているかと言うと、映画タイトル「デリカド」が、セブアノ語とタガログ語と言われているからだ。この単語の語源や意味は後述するとして、セブアノ語で主に言い伝えられている諺の中からパラワン島で自然保護団体として活動する活動家とその島で自然破壊をする実業家や政治家の姿を引用した諺で表現している。文頭の「Ginasalikway~」には「愚か者」への批判が込められており、これを島の自然を破壊する実業家や政治家に準えた。また、文末の「Ayaw~」には、「彼らと共に~」が政治家や実業家達の行いに対して、島の保護団体の自然に対する熱い思いを被せている。「世界で最も美しい島」と言われる最秘境の地で、人と森と自然を守る現地の環境活動家は、自身の命までも顧みず、保護活動の最前線に立ち続ける。ドキュメンタリー映画『デリカド』は、フィリピン最後の秘境を守ろうとする環境活動家たちの闘いを追ったドキュメンタリー。私達が今、こうして幸せに暮らしているその足元では、多くの犠牲が払われ続けている事を認知する必要があるだろう。

フィリピンのパラワン島で自然保護活動をする現地の関係者にスポットライトを当てた作品ではあるが、世界には彼らと同じように環境保護に向けて活動している同志達は山のようにたくさんいる。時に平和に、時に過激に自然保護に対する強い願いを発信しているが、彼らの活動の全貌を知る機会は少ないだろう。環境保護活動家達が、一体どんな活動をしているのか、どんな思想を持っているのか、普通に暮らしていると何も分からないだろう。自然破壊が鬼気迫る中でも平穏な生活をする私達にとっては、無縁の出来事だろう。今私達が生きる世界の反対側では、必死に森や川、山、動物達の暮らしを守ろうと戦い続ける活動が今この瞬間にも起きている。世界中で有名な自然保護団体を挙げるなら、「人類が自然と調和して生きられる未来」を目指し、世界100か国以上で活動する自然保護団体の「WWF(World Wide Fund for Nature:世界自然保護基金)」(※2)。WWFの団体は日本にも存在し、彼らの主な活動には、地球温暖化を防ぐ取り組みが柱の一つにある。気候変動対策の短中長期の目標に関しては、2050年に向けて長期的視点に基づいた、企業の温室効果ガスの削減に関するビジョンや目標を設定することを重視・推奨している団体だ。他にも、世界最大の自然保護ネットワークで、絶滅危惧種の評価やレッドリストの作成などを行っている団体「IUCN(International Union for Conservation of Nature / 国際自然保護連合)」やグリーンピース、コンサベーション・インターナショナル、ナショナル・トラスト、ウォーターエイドなど、世界的長期間に渡り活動している団体が数多くあるが、2024年の国際自然保護連合(IUCN)の調べでは、現在1400以上の団体(※)が加盟している。先述した世界最大級の自然保護団体である世界自然保護基金(WWF)には、世界で約100カ国で活動している。日本を含め世界には今、多くの自然保護団体が自然保護の為に犠牲を払ってでも活動している。その活動内容は多岐にわたり、自然保護に留まらず、絶滅危惧種の動物の保護、レッドリストの作成、綺麗な飲み水運動など、私達の生活の足元で地球を守ろうと今も活動している。

現在、日本のトカラ列島ではここ2週間の間に1300回の地震の揺れ(※4)を観測している。地震だけでなく、夏が訪れると、毎年には連日に続く猛暑日。天気地図を見ても、日本列島は北海道から沖縄まで真っ赤に染まっている。熱中症アラートが、24道県で発令され、気象異常、度重なる自然災害に私達は日夜、脅かされ晒されている。日本だけに留まらず、アメリカのテキサス州では子ども15人を含む大人51人が犠牲に遭い(日を追うごとに、犠牲者の数は増加しつつある)、またサマーキャンプ中の十数人の子ども達が大水害で行方不明になっている大洪水の自然災害の事故(※6)が、国境を越えて、報道されている。ここ数ヶ月の世界の災害変動を調べてみると、4月22日にはインドネシアでの洪水、5月12日には、カナダでの森林火災、5月16日には、ベトナムでの地すべり、同月20日にはオーストラリアでの洪水、22日には中華人民共和国での洪水、24日にはパキスタンでの嵐、29日にはナイジェリア連邦共和国での洪水、同年6月1日にはバングラデシュでの洪水、同月10日にはベトナム での台風、13日には中華人民共和国での台風、26日にはパキスタンでの洪水、27日にはトルコでの森林火災、同日にはキルギスでの氷河湖決壊洪水(GLOF)、同年7月4日には、先述したアメリカ合衆国での洪水(※7)など、世界中の至る所で自然災害が起きている。そして7日の今日、インドネシアでは大規模な火山噴火(※8)が起きており、今は他人事とは考えられないほど、国内外問わず、大なり小なり大規模な自然災害が起き続けている。自然保護活動と自然の大災害に何らかの関係性は見えなくても、災害の水面下で自然保護活動家達が一生懸命、地球を守ろうと日夜、自らの命を削ってまで努力をしている。自然災害を止める事はできなくても、災害が起きた次の二次災害を無くすには地球上の自然保護活動が必要となる。ドキュメンタリー映画『デリカド』を制作したカール・マラクナス監督は、あるインタビューにて本作の上層と末端の利害関係について聞かれ、こう話している。

マラクナス監督:「AFPマニラ支局長として、パラワン島のエコツーリズムについて取材するつもりでした。この美しい場所についての楽しい記事になると思っていましたが、結局は悲劇的な物語になってしまいました。パラワン島はフィリピン最後の熱帯雨林の宝庫です。国内で最も美しい場所の一つです。しかし、その取材の連絡先だった環境保護活動家が、私が出発する直前に頭を撃たれて亡くなりました。それでも私は、彼の殺害事件を調査するためにパラワン島へ向かいました。そこで私は、この一見牧歌的な島が、本来守るべき権力者たちによって破壊されていることを知りました。そして、その破壊を阻止しようと命を懸けている少数の人々の存在も知りました。この映画の魅力の一つは、ボビーと共に働くタタのような男の存在です。彼の共感力、そして彼が押収を行う人々との関係性、彼らへの反応や接し方から、彼の人間らしさが見て取れます。彼は「君たちも貧しいのは分かっているよ」と言います。彼らがビーチサンダルを履いて森の中を歩いているシーンや、裸足で歩いているシーンもあります。彼は彼らを悪者とは見ていません。そして当然のことながら、最終的にこの事件の責任を負っているのは知事と政治家たちであることが分かります。」(※9)と話す。この映画の本質は、自然保護や災害問題ではなく、政府や政治家、実業家たちの森での暴君のような振る舞いだ。島の島民たちは、権力者達に対する怒りで満ち溢れている。自然を守る行為の先にあるのは、権力を持つ者に対する「好き勝手させない」という現地の人間の熱い想いが漲っている。ビジネスの為にと傍若無人に森林を無断伐採する輩に対して、私達は何かしらの形で「ノー」と言える人間にならないといけないだよう。

最後に、ドキュメンタリー映画『デリカド』は、フィリピン最後の秘境を守ろうとする環境活動家たちの闘いを追ったドキュメンタリーだが、単なる自然保護団体による活動ではなく、現地住民と時の権力者のよる環境保全戦争とでも言うべき争いだ。権力者の行動は、しばしば自然破壊と密接に関連していると指摘されている。ビジネスにおける経済活動や政策決定は、環境に大きな影響を与える可能性があると示唆する。例えば、開発プロジェクトや資源採掘は、森林破壊や環境汚染、生態系への悪影響を引き起こす原因となる。また、気候変動対策への遅れは、地球温暖化を加速させ、異常気象や海面上昇などの深刻な影響をもたらすと言われている。また、経済開発協力機構(※10)によると、2060年までに大気汚染によって年間600万人から900万人が早死にすると指摘がある。全世界のGDPの1%に当たる約2.6兆米ドルが、経済損失する予測されている。環境破壊にしても、地球温暖化にしても、自然災害にしても、権力者による職権乱用にしても、どちらにしても、私達は今、地級上で危機的状況に晒されている。タイトルの「デリカド」には、スペイン語語源の「Delicado(デリケード)」が含まれ、そこにセブアノ語が融合したと言われている。「Delikado」には、「危険な」の他に、「繊細な」や「壊れやすい」という意味を持っており、自然や権力者に対する「危険」。森や山、川に対する「繊細な」や「壊れやすい」という意味も含蓄されており、作品のすべてを総括するような意味をタイトルに付加している。また、自然環境保護から次の新たなる世界大戦が起きたとしても、それはおかしくないだろう。武力行使による弾圧が、自然環境にどのように作用するのか?どのように今の状態の地球を保ち、自然保護を維持させるのか、私達人間は今、ある種のターニングポイントに立たされ、自然から試されているのだろう。
Ayaw Paglakaw Sa Dalan Uyog Kanila Ayaw Itugot Nga Motunob Ang Mong Tiil Sa Ilang Gilaktan(彼らと共に道を歩んではならない。彼らの道をあなたの足で踏んではならない。)

ドキュメンタリー映画『デリカド』は現在、公開中。
(※1)Cebuano: translationNotes Proverbshttps://door43.org/u/Door43-Catalog/ceb_tn/v6.1/20-PRO.html(2025年7月6日)
(※2)公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)https://japanclimate.org/member/wwf-japan/#:~:text=WWF%EF%BC%88World%20Wide%20Fund%20for,%E3%81%99%E3%82%8B%E8%87%AA%E7%84%B6%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E5%9B%A3%E4%BD%93%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82(2025年7月7日)
(※3)国際自然保護連合(IUCN)https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kikan/iucn.html#:~:text=7%20%E4%BC%9A%E5%93%A1,%E6%A9%9F%E9%96%A2%E4%BC%9A%E5%93%A1%E7%AD%89%E3%81%8C%E5%8A%A0%E7%9B%9F%E3%80%82(2025年7月7日)
(※4)十島村 5日も震度5強 震度1以上の地震1300回超https://www3.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20250705/5050031485.html(2025年7月7日)
(※5)暑すぎる七夕 猛暑日は今年最多200超えか 熱中症警戒アラート今季最多24道県https://tenki.jp/forecaster/r_fukutomi/2025/07/06/34509.html(2025年7月7日)
(※6)米テキサス州の河川氾濫、死者81人以上に 子ども28人含むhttps://www.bbc.com/japanese/articles/c5y241er0zjo(2025年7月7日)
(※7)アジア防災センター災害情報一覧https://www.adrc.asia/latest_disaster_j.php(2025年7月7日)
(※8)インドネシアで大規模噴火、噴煙の高さは19キロに…現時点で日本への津波は観測されずhttps://www.yomiuri.co.jp/national/20250707-OYT1T50126/#google_vignette(2025年7月7日)
(※9)Docs: “Delikado” – Interview with Karl Malakunashttps://goldenglobes.com/articles/docs-delikado-interview-karl-malakunas/(2025年7月8日)
(※10)世界経済を脅かす自然破壊、今こそ深刻な金融犯罪として非合法化をhttps://www.undp.org/ja/japan/blog/destruction-nature-threatens-world-economy(2025年7月8日)