そこでしか聴けない音がある映画『時のおと』


演劇部の活動に全精力を傾ける高校生達が、福井の街で過ごす最後の1年間。卒業を目前に控え、ひと夏の出来事や経験を通して、自身の故郷の大切な部分に気付き始める。人は、自身が生まれ育った町への愛着があったとしても、町で暮らす意義や町で過ごす時間の大切さを見落としがちになる。なぜ、その土地に生を受け、大人に成長するまでその地で生活をし、一度都会に出ても帰って来れる場所があるのは、なぜだろうか?故郷という存在に対して、私達はその場所に長い事暮らしていれば、その重要性には気付きもできない。当たり前の生活、当たり前の日常、当たり前の風景は、いつも変わらず私達の人生に寄り添うだけ。人によって故郷という存在価値は各々違って映り、その土地が人にもたらすパワーや影響もその地と人の関係性によって、違いが生じる。それでも、私達一人一人が故郷に対して求める感情は、きっと同じだ。家族の温もり、遠い過去の記憶、淡い初恋、幼少期の悔しい思い出、学生の頃の都会への憧れ、周囲と自分自身とのギャップへの焦燥感など、これらすべてを引っ括めたものが故郷には存在する。映画『時のおと』は、故郷・福井県の5つの街で1年かけて四季を巡りながら撮りあげた映像詩。方言を起点に、「音があるからその街はその街である」という哲学に基づき、街に生きる人々の姿を真摯に描き出す。いつか、素直に腕を大きく広げ、胸を張りながら、故郷の土を踏みたい。そこに何も無かったとしても、物理的ではない何か目には見えぬ存在が優しく私達の帰りを待っている。

この作品が舞台にしているのは、日本の北陸地方にある閑静な県でもある福井県。この県は、広く田園地帯が広がり、福井平野が県内一を誇る平原地だ。福井県の嶺北地方に広がる平野で、その全域では田園風景が多くを占め、誰もが故郷に帰って来たと錯覚させられるほど、愛と夢が詰まった景色(※1)を目の当たりする事もできる。県内は、大きく分けて2つのエリアが福井県を構成している。山中峠・木ノ芽峠・栃ノ木峠を境に、まず北側の嶺北(北側)には、広大な福井平野と大野・勝山盆地、水田などが広がる。また嶺南(南側)には、敦賀、小浜の小さな平野と、リアス式海岸による山と海が近い景観を成している。 福井県は、県土の大部分(約4分の3)が森林から成り、山地・盆地・海岸線が変化に富んで広がる地域。大きく分けると、北部と南部で景色が大きく異なる。 具体的に、自然や街がどう広がっているのか、詳しく解説したい。福井県のほとんどが豊かな森林と自然で溢れ(県土の約75%が、緑で満たされている)、福井県の山地や森林の名称には、石川県境の白山山系、岐阜県境の越美山地など、標高の高い山岳地帯が大きく広がっている。里山や丘陵地には、海岸から標高400mぐらいまで管理されたアカマツ林や常緑広葉樹林が多く分布し、県内の特徴的な景観を作っている。水田や農業用地では、嶺北の平野部に九頭竜川、日野川、足羽川などの河川が織り成す福井平野に、広大な水田が広がる。園芸や畑地には、丘陵地や砂丘地でのラッキョウやメロン、トマト(越のルビー)栽培など、園芸農業が盛んに行われている。多彩な海岸線や湖では、嶺南のリアス式海岸に広がる若狭湾を中心(※2)に、変化に富んだ入り江や湾、半島が連なっている。断崖や岩礁(越前海岸)では、荒々しい日本海に面した岩場、越前水仙の群生地、奇岩が続く海岸線が特徴的。湖沼や三方五湖(若狭湾国定公園)などの湖が大きな貯水池を、周辺はラムサール条約に登録されている自然豊かな環境(※3)が整う。 都市部の住宅や工業地には、嶺北の福井平野・嶺南の平野部があり、福井市などの市街地や住宅地には、鯖江の眼鏡、越前市の電子部品工業などの産地が分布されている。土地利用の主な風景には、広大な水田と農業地帯が広がり、福井平野を中心に大規模な圃場整備がされた水田がある。そこには、米(コシヒカリのふるさと)や麦、蕎麦栽培が盛んだ。沿岸部では、砂丘地を活用した園芸産地が形成(※4)され、福井の重要文化的景観「越前海岸の水仙畑」の越前海岸の急斜面には、日本最大級の規模を誇る水仙の群生地(日本水仙三大群生地)が広がる。伝統と工業の町として栄え、先述した眼鏡フレーム(鯖江市)繊維、和紙(越前市)など、技術と伝統を感じさせる市街地が今も尚、広がっている。豊かな水資源もあり、三方五湖をはじめとする湖や、九頭竜川など、豊かな河川や水辺の環境が整備されている。福井県は、過去に県民の幸福満足度という分野(※5)において3年連続全国一位を叩き出し、居住するにはちょうど良い街として決定された。今、日本での福井県の立ち位置は、どうなっているのだろうか?日本が、福井県に求めるものとは何か?福井県が、日本に求めるものとは何か?その立ち位置や関係性が見えて来た時、日本の中での福井県という存在が、また違った見方をできると信じている。日本(政府・電力事業者)が福井県に対して最も強く求めていること(※6)は、福井県内に立地する原子力発電所(高浜、大飯、美浜)の安全な再稼働と、その安定した稼働。福井県側はこれらの要求に対し、安全性、地域住民の理解・同意、恒久的福祉(地域振興)の「原子力行政三原則」を重視し、国に丁寧な説明と方針の明示を求めながら対応している。少し政治色が強くなったが、国と国民が求める事に対するギャップが垣間見える。また、日本(国・政府や社会全体)が自然の面で福井県に求めている主な事(※7)は、「豊かな自然環境の保全」と「その持続可能な活用」、そして「自然災害に対する防災・減災」が挙げられる。また福井県が日本全体に求めている主な要望には、「原子力政策の安定・推進」の他に、「高速交通網の整備」(※8)「若者・女性の定着に向けた地方創生」が挙げられる。これらは、上記でも取り上げた福井県の「幸福度日本一」や「原子力立地県」としての立場を維持・発展させるための要望として今最も求めるられている事だ。

次に、この映画が題材にするもの福井県の中に存在する「おと」だ。恐らく「音」と言っても、種類には様々ある。たとえば、東京を一例に挙げると、よくあるのが都会の騒音や喧騒だ。大都会の空気感で人が歩く足の音、車が走り去るエンジン音、街角で歓声を上げる若者達のどんちゃん騒ぎの音。他にも、東京でよく聞く音の種類には、巨大都市特有の「都市ノイズ」と、日本的な「誘導・合図の音(音サイン)」が混ざり合った喧騒の都会。駅・交通の音(通勤・生活音)には、横断歩道での「ピーン・ポーン」「ホーホケキョ」音(盲導鈴・音サイン)。駅舎やホームでの発車メロディ(発車サイン)。電車の走行音では、ガタゴトと響く電車の音が特徴的で、山手線などの高架下や駅周辺で絶え間なく聞こえて来る音。横断歩道の信号機音では、「カッコー」と「ピヨピヨ」が自然と耳に入る。街の喧騒・騒音では、ザワザワという人の流れ・足音、お店の呼び込み・音楽・広告放送、工事現場のドリル音、車の走行音(自動車、バス、タクシー)で、クラクションは少ないものの、常時エンジン音やタイヤの走行音が背景音として鳴り続ける。 また時間・生活を知らせる音には、夕方音楽の夕焼けチャイム、ゴミ収集車のサイレン・音楽、朝の住宅街などでよく聞く音など。その他の特徴的な生活音には、「ファミリーマート」や「セブン-イレブン」のコンビニの入店時の音、自転車のベルや走行音、「モスキート音」のような若者にしか聞こえない音が常に24時間、どこでも聞こえる。これらの音が、東京の日常的な「音風景(サウンドスケープ)」(※9)を彩っている。また、関西の玄関口である大阪では、どのような音が鳴り続けているのか?大阪でよく聞く音には、活気ある街の環境音、独特の文化に根ざした音、そして自然の音が混ざり合い、大阪特有の音が楽しめる。主な音の種類には、どんな音があるのか?街の喧騒・環境音(活気と雑踏)には、大阪弁のにぎやかな話し声があり、街中ではテンポの速い関西弁が飛び交い、笑い声も絶えない。交通・交通インフラの音には、大阪メトロの発車メロディ(駅ごとに異なる特徴的なメロディ)、車の騒音、特に深夜の道路の喧騒が街に溶け込む。大阪らしい音の発生源には、「粉もの」を焼く音が挙げられ、道頓堀など繁華街で聞かれる、たこ焼き機でタコが焼かれる「キュイ〜ン」という音や、お好み焼きを焼くジュージューという音が食欲を唆る。大阪文化特有の音には、ミナミ周辺で、イベントや宣伝のために鳴らされるチンドン屋の太鼓や鐘の音色。堺のふとん太鼓や、だんじり祭りの鳴り物(太鼓・笛)と言った伝統行事の音。大阪環状線の大阪城公園駅の発車メロディに使われる法螺貝(ホラガイ)の音など、多彩だ。大阪には大阪サウンドマップとなるものがあり、自然や歴史の音が大阪府が一般公募で選んだ「残したい音」として府民から愛されている。たとえば、摂津峡の鳥のさえずりやひぐらしの声。山間の清流から聞こえる「かじか」の鳴き声。かつての「時報鐘(仁政の鐘)」の音だ。 これらの音は、大阪の街の風景の一部として今でも愛され親しまれている。 では、福井県にはどんな音があると言うのだろうか?福井県には、豊かな自然、特有の地形、歴史文化に根ざした独自の「音」が日常的に耳に入って来る。特に「ふくいふるさとの音風景50選」(※11)にも選ばれるような、水や風、自然の声が特徴的だ。ここで少しだけ挙げるとすると、たとえば、福井市の「一乗谷の水の音」、同じく福井市の「足羽川堤防の虫の声」、敦賀市の「敦賀まつり」、小浜市の「お水送り(鵜の瀬)」、大野市の「七間朝市の声」など、各都市の生活環境音が福井県民の心を潤している。他に、福井県でよく聞く代表的な音には、自然・水・風の音では大野市の御清水(おしょうず)など、町中に湧水池が多く、水が流れる音が日常的に聞こえる湧水(ゆうすい)の音。越前海岸や東尋坊、若狭湾のリアス式海岸で、特に冬場は激しい波の音と風の音が轟く日本海の荒波と風の音。冬の静寂の中で、雪が降る音や、雪が枝から落ちる音。六呂師高原など自然豊かな地域でのオオルリやコオロギ達の鳴き声と言った虫や鳥の声。歴史・信仰・文化の音では、大本山永平寺などで聞かれる寺院の厳かな鐘の音や読経の声。小浜市の「お水送り」など、歴史的な伝統行事で響くホラ貝の音。越前打刃物や越前和紙の制作現場で、金槌で叩く音や紙をすく職人の音。冬の越前がに解禁日に、漁船のエンジン音・競の掛け声が漁港で響く活気ある生活・産業の音。福井弁で、器になみなみと注がれた状態(つるつるいっぱい)を指す「つるつるいっぱい」と言う掛け声。エリア特有ではあるが、勝山市の恐竜博物館周辺や、観光施設で恐竜ロボットが鳴き声を上げる恐竜の鳴き声など、福井県には至る所で、その場所特有の生活音や環境音、自然音が耳の奥深くに入って来る。福井県小浜市多田の多田寺(※12)では、透明感ある青色のガラスで作られた風鈴約150個が設置されている。 夏の日差しを受けてきらめき、カランカラン、チリンチリンと涼しげな音を境内に響かせている。これが、福井県の夏の風物詩の一つだ。これらの音は、福井県が「幸福度日本一」として誇る、海、湖、川、山、里、雪などの自然の恵みと深く結び付いて、その地に暮らす人々の生活を支える貴重な役割を持つ。映画『時のおと』を制作した片山享監督は、あるインタビューにて本作の「おと」について、こう話している。
片山監督:「部活の時の周囲の雑音、波の音や笑い声。誰もが聞いたことのある音に過去の記憶、未来への希望を重ねてもらえたら。」(※13)と話す。私達の生活に直結する音は、無始曠劫から未来永劫まで続く切っては切り離せない今この世に存在する物理的な存在の中で大切な部分としてウエイトを占めている。雷が鳴る音、風が強く吹く音、波が打ち寄せる音、海がうねりを上げて轟く音、草原で飛び回る虫達の音のような自然から生まれた音や走りが猛スピードで走り去る音、人々が大勢集まって会話をする話し声、交差点のど真ん中で行き交う人々の足音、横断歩道に駅舎のホーム、エレベーターにエスカレーターなど、私達の生活に結び付く物理的に生まれた環境音など、私達の身の回りには音という音がオーケストラを奏でるように人々の心に寄り添う。いつか街の音と心の音が交差する時、私達は本当の「おと」を再発見するだろう。

最後に、映画『時のおと』は、故郷・福井県の5つの街で1年かけて四季を巡りながら撮りあげた映像詩。方言を起点に、「音があるからその街はその街である」という哲学に基づき、街に生きる人々の姿を真摯に描き出しているが、私達はふと足を止めて、身の回りの音に耳を澄ませて欲しい。すると、きっと聞こえて来るであろう自然の中の小さな叫びが音となって、私達の耳奥に微かに届く音の正体。それは、私達が日々、今日という一日を大切に過ごそうとあ生活する大切な音だ。福井県を含む北陸地方と言うキーワードで必ず人々の記憶として蘇るのは、もしかしたら、2024年1月1日に発生した「令和6年能登半島地震(別名:能登半島地震)」(※14)だろう。この時、震源として地震が発生した地域は主に石川県の能登半島が中心となり大きな被害をもたらしたが、福井県を含めた6県(新潟県、富山県、石川県、福井県、岐阜県、兵庫県)で被害が発生した。 福井県では、被災個所のほとんどか平野部に集中し、その多くはあわら市(震度5強)、坂井市(震度5弱)、福井市(震度5弱)など、多くの街や地域に甚大な被害を与え、この映画が撮影地となった街も地震被害に遭遇した。けれど、地元住民の方はこう話す。「被害の風化が頭をよぎる。数世代にわたって災害の検証や対策を続けるためには、被害が記憶に残ることが大切だと思うが、注目されているとは感じられない」(※15)と、市民の悲痛の叫びは日本海側の厳しい寒さと強風で今にも掻き消されそうだ。果たして、福井県民の心の叫びは全国の日本の皆さんに届いているだろうか?私達は、被災した住民の苦労をどこまで理解しているだろうか?石川県と同様に、福井県もまた地震の被害で大きく影響を受けたにも関わらず、発生当時からほとんどクローズアップされる事なかった。映画そのものは、この地震と直接関係は無かろうが、それでも、私はこの映画を通して見えて来る能登半島地震における地震の非情無情のやるせなさが五感で感じ取れてしまいそうだ。街から「音」が消えた瞬間、それは街そのものが死んだ瞬間だ。街そのものが死ぬという事は、その地域に住む人々が故郷を追われるという事実に直結する。漁師達が生きる為に船上で奏でる音、市場から聞こえる活気のいい競りの音、街中から聞こえて来る人々が行き交う生活の音、そして何より、福井県全域の学生達が部活動に勤しむ真剣な音が消えて無くなる瞬間、私達は本当に大切な「それ」に気付かされる。過去から現在にまで残り続ける「音」そのものが消滅した時、初めてそこで必死に生きていた市井の人々の生きた証を見つけるだろう。この作品が、ほんの少しでも、地震で被災した多くの福井県民の心の癒しや拠り所にもなって欲しい。未来の音が消えた未来に、街の音は探せない。だからこそ、今この瞬間に私達は一つずつ街の中に潜む音の欠片を拾い集めて行こう。

映画『時のおと』は現在、全国順次公開中。
(※1)地域をつくるということ(7) 「共に担い、共に営む」福井に! 福井県立大経済学部教授 杉山友城 エッセー時の風https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/2523264(2026年2月9日)
(※4)砂丘地に移住就農が続々のワケ? 隣接の福井市にまたがる園芸産地、10年余で41人https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000080.000081038.html(2026年2月9日)
(※7)動き出した保全・活用への取り組み~地域活動と自然の保全を両立させるために~https://fncc.pref.fukui.lg.jp/wp-content/uploads/2015/05/satochi_satoyama_p36-38.pdf(2026年2月9日)
(※8)舞鶴若狭自動車道の整備促進に関する要望活動を実施しました(R4.7.25)https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/koukikaku/maiwaka/maiwakayoubou220725.html(2026年2月9日)
(※9)東京23区の「夕焼けチャイム」時刻、曲…各区で違うのはなぜ? 感染予防の呼び掛けもhttps://sukusuku.tokyo-np.co.jp/life/40844/#:~:text=%E6%9D%B1%E4%BA%AC23%E5%8C%BA%E3%81%AE%E3%80%8C%E5%A4%95%E7%84%BC%E3%81%91,%E3%81%AE%E5%91%BC%E3%81%B3%E6%8E%9B%E3%81%91%E3%82%82%20%7C%20%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%81%99%E3%81%8F%E3%81%99%E3%81%8F(2026年2月9日)
(※10)その音、風景なんだ!https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/1390/sound20map.pdf(2026年2月9日)
(※11)ふくいふるさとの音風景50選https://www2.pref.fukui.lg.jp/press/atfiles/paN01523929234C5.pdf(2026年2月9日)
(※12)お寺に涼しげ、青色のガラス「オバマブルー」の風鈴 福井県小浜市の多田寺 150個設置https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/2387124#google_vignette(2026年2月9日)
(※13)2/28公開!福井が舞台の映画「時のおと」の片山享監督と主演の柳谷一成さんにインタビュー。https://fupo.jp/article/tokinooto/(2026年2月9日)
(※14)「令和6年能登半島地震から2年」の復旧・復興状況と今後の見通し
~被災者の方々の暮らしとなりわいの再生に向けて~https://www.mlit.go.jp/report/press/sogo01_hh_000068.html(2026年2月9日)
(※15)能登半島地震4か月、福井県民「忘れられていないか」「注目されているとは感じられない」https://www.yomiuri.co.jp/national/20240430-OYT1T50169/(2026年2月9日)