オレオレ詐欺からお金を取り戻せ!映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』


「もしもし、おばあちゃん?俺だけど、事故を起こしちゃって、示談金が必要なんだ。今日中に100万円用意しないと大変なことになっちゃうんだ。」「警察だけど、息子さんが交通事故を起こしました。示談金200万円を振り込むように。」「もしもし、お母さん?オレだよ。実は、会社の金を使い込んでしまって、今すぐお金が必要なんだ。今日中に返さないと大変なことになるんだ。」「会社の金を使い込んだのがバレて、返さないといけない。お金を貸してほしいんだけど、○○○万円くらい、家にある?」「お父さん、オレだけど、友達の保証人になってて、お金を払わないと大変なことになっちゃうんだ。すぐに30万円振り込んでくれないか。」「友達のバイクを借りて怪我をした。バイクが壊れた、金がいる。」「お母さん、風邪をひいて声が変わっちゃって、オレだよ。実は、携帯をなくしてしまって、会社の携帯からかけてるんだ。」「宅配便で果物を送ったけど、届いてない?間違えたかな、念のため住所を教えて」「○○署の△△です。あなたの口座が犯罪に利用されています。あなたも共犯者として逮捕されます。」古今東西、詐欺師は至る所に存在する。現代の世において警察が「オレオレ詐欺」と命名、発表したのは2003年(平成15年)の夏頃からだ。全国各地のあらゆる場所と地域、あらゆる方法と手段、あらゆる文言と騙し言葉でオレオレ詐欺での詐欺行為が現在も行われている。20年以上経った今、ただ電話を掛けて騙す手口からより巧妙となっており、トラブルを起こした本人役、警察関係者役、法律関係者役などをストーリー上に据え起き、話術としては非常に巧みな語り口で老人を中心に多くの人間を騙す。映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』は仲間の黒人じいさんと一緒にたった一人で、オレオレ詐欺師に立ち向かうおばあちゃんの奮闘を描いたコメディドラマ。ある日突然、見知らぬ人から電話がかかって来ても、簡単にその電話を手にしてはいけない。「知らない人からものをもらわない」「知らない人に付いて行かない」「知らない人から声を掛けられても、付いて行かない」と同じ原理で、背後の死角から何らかの理由で背中を付け狙う怪しい人物には、気を付けないといけない世の中だ。

映画に限らず詐欺師やペテン師を題材にした作品は数多く存在するするが、被害者が詐欺師に立ち向かっていく、それも高齢の老婆が危険を顧みず、騙されて奪われた自身の老後の貯金額を取り返しに行く前代未聞の物語。これが、実際の話というには、あまりにも驚きを隠せない。近年の日本では、警察の指導の元、被害者主体で行われる「騙された振り作戦」(※1)が事件解決に大いに活躍している。被害者側がおとり捜査のように犯人を追い詰めるのは、非常に爽快な展開だろう。でも、この成功例は、ごく稀で一部の話だ。事件のほとんどの場合、詐欺によって騙された結果、大金を奪われてしまう。詐欺師たちの手口は、年を経、回数を重ねる毎に、巧妙にもなっているが、オレオレ詐欺が最初に確認されたのは1926年のおよそ100年前(※2)だ。今回取り上げている「オレオレ詐欺」の他に、日本で指摘されている日本三大巨額詐欺事件には、豊田商事事件(※3)、八葉グループ事件、そして円天事件(エル・アンド・ジー事件)がある。特に、豊田商事事件では当時の社員が離散後、残党として裏社会に残り、この事件で使われた詐欺マニュアルが犯罪組織に流れ、「オレオレ詐欺」でも転用・悪用されていると言われている。他にも、積水ハウス地面師詐欺事件もこの三大詐欺事件の一つとして挙げられる。これらの詐欺被害に遭った高齢者を中心とする被害者達は、長きに渡り、中坊公平氏を中心にした管財人グループと共に被害金返還を求めて戦い続けた。この映画に登場するテルマおばあちゃんが詐欺犯に立ち向かったように、1985年の夏、多くの被害者が返還に向けて立ち上がった。

本作の主人公のテルマおばあちゃんもまた、足腰が弱まっている中、自身の揺るがない信念を信じて、詐欺犯罪の犯人に高齢でありながらも勇猛果敢に立ち向かった。テルマおばあちゃんのように詐欺犯に対して立ち向かった高齢の方は、日本や世界、至る所に存在する。たとえば、日本では91歳の高齢者(※4)が、オレオレ詐欺の手口に似ていると自ら行動を移し、警察と連携を取りながら、オレオレ詐欺グループの末端の「受け子」と呼ばれる人物を警察と捕まえている。また海外では、2013年頃からアメリカで「オレオレ詐欺」が急増し始め、日本と同様に高齢者(※5)が狙われている。オーストラリアでは、2022年前後から「Hi Mum」詐欺と名付けられた詐欺犯罪が増加した。オーストラリアの消費者競争委員会(ACCC)の最新統計によると、被害者の数は過去3か月で10倍に増加と発表している。「Hi Mum」詐欺(※6)とは?「ハイ、お母さん」というメッセージを受け取っていない場合でも、詐欺師は子供になりすまし、知らない番号から WhatsAppやテキストメッセージを送信して来る。ほとんどの場合、「ハイ、お母さん」で始まる。地元警察によれば、「携帯電話会社を変えた/紛失した/壊れたので、今は一時的にこの番号を使っています」という言い訳から文面が始まると言う。詐欺師は、心配する親の返事を受け取ると、引き続き子どものふりをし、緊急事態を理由にお金を要求する。ACCC調べでは、一般的な手口は、オンラインバンキングにアクセスできず、携帯電話を紛失したか壊れたと主張して送金を乞う。可能性として、詐欺師が個人情報を尋ね、他の家族を騙す為に使用する目的があると述べている。被害者は、詐欺師が提供した銀行口座に資金を送金するが、その口座のほとんどは不正に開設れている事が多い。2022年、これまでに少なくとも11,100人の被害者から720万ドルが奪わられたと報告。「Hi Mum」詐欺の被害に遭った被害者の数は、8月に1,150人のオーストラリア人が詐欺の被害に遭遇。被害総額が、260万ドルに達したと同団体が報告した時から10倍に増加。詐欺被害に遭ったと報告する被害者は、わずか13%と推定され、報告をしない理由は、騙された事に感じる羞恥心が主な理由だ。また、海外の犯罪者集団は誰をターゲットにしているのか?オプタス、メディバンク、その他のオーストラリアの金融機関がハッキングに遭い、何百万人の個人情報が漏洩された。ただ、「Hi Mum」詐欺の増加は盗まれたデータとはほとんど関係なかった。ACCCが言うには、家族を装った詐欺の3分の2以上は55歳以上の女性から報告されている。全体として、被害者の82%が、この年齢層であり、報告された損失全体の95%を占めている。ヨーロッパから発祥した「Hi Mum」詐欺は今、オーストラリアで非常に危険視されている。海外向きのニュースサイトでは、日本の「オレオレ詐欺」(※7)の危険性を報じている。また、より細かい内容の記事となると、大阪市全域においてコンビニATM前での携帯操作は、全面禁止(※8)の街の政策が海外向けに報道されている事も驚きだ。それほどまでに、日本における詐欺問題が深刻化しているのかもしれないし、海外での報道に関しても、海外においても日本の問題を情報として発信する点、外国でも危機感を感じている証拠だ。この先、日本の「オレオレ詐欺」や海外の「Hi Mum」詐欺は、根絶する事はないだろう。それでも、日本で最初に「オレオレ詐欺」で捕まった加害者が、詐欺根絶を願い、自身の体験した事を書籍にした告白本(※9)を出版した。少しでもいい、ほんの少しでいいから、詐欺で苦しむ被害者への救済が計られる事を願うばかりだ。映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』を制作したジョシュ・マーゴリン監督は、あるインタビューにて本作のテーマ的北極星について聞かれ、こう話している。

マーゴリン監督:「もし頭の中に名前があったら…正直に言うと「トーン」と呼ぶでしょう。言葉で表現できるものというよりは、「見ればわかる」という感覚に近いものだったと思います。そこには自立、不安、世代を超えた家族の力学など、様々なテーマがあります。様々な側面が頭に浮かびました。でも、私にとっての北極星のような存在は「トーン」でした。たとえそれが不条理なことでも、常に全てが誠実に感じられるようにすること。老い、自立、不安、そしてこの映画の原動力となっているあらゆる要素を、できる限り不条理に捉えるために、こうした比喩やアイデアをどんどん使っていく中で、私はただ、それらを常に誠実に、そしてある意味では正面から向き合うようにしたいと思いました。というのも、繰り返しになりますが、こうした様々な要素が重なり合う中で、何かをただやるだけ、あるいは内側から過度に批判し始めると、面白みが失われ、緊張感が失われていくように感じるからです。この映画の面白さ、あるいは私たちがこの映画で面白くありたい、そしてできれば面白くありたいと願っていること、そしてその他すべての要素は、観客が本当に彼女と一緒に旅をしていて、彼女の行動がちょっとワイルドなので時々笑ってしまうことだと思います。でも同時に、「よし、始めよう」という気持ちにもなります。「お、これって可愛いでしょ?」とか「彼女がこんなことに挑戦するなんて、ちょっと間抜けじゃない?」という感じではなく、そういう雰囲気には絶対にしたくなかったんです。だから、北極星のように、敬意と真摯さを保ちながら、他の要素をアクションや不条理、コメディといった適切なバランスに押し上げようとしたんです。」(※10)と話す。この作品の本質は、アクションやコメディではなく、監督が話すように「自立、不安、世代を超えた家族の力学、敬意と真摯さ」これらを作品のトーンとして描かれている。このトーンこそが、作品の芯の部分であり、物語の本質ではないだろうか?これらの要素をコーティングするようにアクションやコメディの要素で塗り固めて、私達自身が物語のその奥にある真のテーマを自ら発見しなければならない。老人の自立、家族の絆、年長者への敬意と真摯さ、人生を生きる不安、すべてがこの作品の根底に隠されている。「オレオレ詐欺」という実際に起きた出来事を土台にして、高齢者とどう向き合うのか問われているのだろう。

最後に、映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』は仲間の黒人じいさんと一緒にたった一人で、オレオレ詐欺師に立ち向かうおばあちゃんの奮闘を描いたコメディドラマだが、単なるコメディでもアクションでもない。おばあちゃんがたった一人で犯罪者のアジトに立ち向かう姿は、ハラハラドキドキさせられる。でも、一番ハラハラドキドキするのは、たった一人で敵地に乗り込もうとする老人を誰も止めない世の中だ。高齢者が、か弱い世代の人々かと問われれば、それは違うが、私達若い世代はテルマおばあちゃんのように孤軍奮闘する年長者を生み出す社会にするのではなく、私達が率先して、彼らの身を守る行動が大切だ。その点、この映画ではテルマおばあちゃんの娘や孫の家族達が、必死に祖母を助けようとする姿が描かれるが、これが本来の社会における理想の姿ではないだろうか?家族が一致団結して、地域が協力し合って、その土地に暮らす高齢者を守るコミュニティを作る活動が今、問われている。明日から高齢者に手を差し伸べ、彼らを守れる自分自身でありたいと、願うばかりだ。

映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)特殊詐欺のだまされたふり作戦とは?無罪になる?判例も解説!https://wellness-keijibengo.com/bengoshicolumn/damasaretahuri/(2025年7月11日)
(※2)朝日新聞創刊130周年記念事業 オレオレ詐欺、大正にも思わず「へえー」、明治・大正期の新聞記事・広告http://www.asahi.com/information/db/130/20081129_1.html(2025年7月11日)
(※3)2000億円をだまし取り、32歳で殺された… 「老人を強引に勧誘」「大手グループを装う」豊田商事会長の“むごい手口”と“悲惨な末路”【戦後犯罪史】https://www.rekishijin.com/38413(2025年7月11日)
(※4)詐欺に気づいた91歳、あえて通帳差し出した 男がつかんだ瞬間に…杉山あかり 加治隼人https://ameblo.jp/kanasaki44/entry-12775997826.html(2025年7月11日)
(※5)「オレオレ詐欺」米国でも急増 ターゲットは祖父母https://www.cnn.co.jp/usa/35032440.html(2025年7月11日)
(※6)Australians have lost at least $7.2 million to the ‘Hi Mum’ scam. How does it work and why is it so lucrative for cybercriminals?https://www.abc.net.au/news/2022-12-12/inside-the-hi-mum-text-scam-how-it-works-whos-behind-it/101726762(2025年7月12日)
(※7)Japan Data It’s Me Again: Telephone Scams in Japan Hit Record Level Despite Awareness Campaignshttps://www.nippon.com/en/japan-data/h00403/it%E2%80%99s-me-again-telephone-scams-in-japan-hit-record-level-despite-awareness-campaigns.html(2025年7月12日)
(※8)No phone calls at the ATM, Japan’s Osaka tells over-65shttps://timesofindia.indiatimes.com/world/rest-of-world/no-phone-calls-at-the-atm-japans-osaka-tells-over-65s/articleshow/120610412.cms(2025年7月12日)
(※9)日本初のオレオレ詐欺した男性「被害が減れば」と告白本書くhttps://www.news-postseven.com/archives/20121103_152805.html?DETAIL(2025年7月12日)
(※10)Fight for Autonomy: A Conversation with ‘Thelma’ Writer-Director Josh Margolinhttps://scriptmag.com/interviews-features/fight-for-autonomy-a-conversation-with-thelma-writer-director-josh-margolin(2025年7月12日)