「タイラー・タオルミーナ監督特集」世間を揺るがす制作集団に

「タイラー・タオルミーナ監督特集」世間を揺るがす制作集団に

衝撃的な不意打ち「タイラー・タオルミーナ監督特集」

タイラー・タオルミーナ監督特集は、今もっとも先鋭的でユニークな作品を作る映画制作コレクティブ「オムネス・フィルムズ」の創設メンバーにして、新進気鋭の映画作家の特集上映だ。日本では、タイラー・タオルミーナという名前はまったく聞き慣れないが、北米でも彗星の如く突如として現れた時代の寵児だ。この前途有為のY世代(ミレニアル世代)産まれの若い監督が描く作品には、Z世代からα世代産まれの若者達の今を表現している。X世代から以前のベビーブーマー世代に産まれた今の大人達には分からない、Z世代からα世代の悩みを活写している。今を生きる若者達の苦悩を理解するには、タイラー・タオルミーナ監督の作品にヒントが隠れているかもしれない。

『ハム・オン・ライ』

あらすじ:アメリカ郊外の街で行われる思春期の奇妙な通過儀礼を、シュールかつ叙情的に描き出す。

一言レビュー:思春期に差し掛かった若者達にとって、大人になる為の段階的なものが存在する。それには、童貞卒業や一夜限りのアバンチュールの経験が必要条件とでも言うような雰囲気が、この時期特有の空気感を醸し出す。その他にも、社会的ルールから逸脱した火遊びの連続を、故郷の遊び仲間と共に経験しながら成長する。物語に登場する若者達は、奇妙な通過儀礼を通して、自身が暮らす街の大人には分からない若者間の言い知れぬ関係性の側面を知る。私達は、地域や地方、青春時代を過ごした時代によって、全く違う青春の儀式を経験するが、日本で一貫して同じ通過儀礼があるとすれば、入学式や卒業式、成人式に還暦式(※1)がそれにあたり、誰もが通る大きなセレモニーや式典がそうだ。その通過儀礼を通して、自身が成長していると、自分の外側と内側から認識させて行く。きっと、物語の中の若者達もまた、自身が過ごした一夜の経験が、自分自身を成長させていると実感しているに違いない。破天荒で繊細で壊れやすい硝子の心の青春期は、その時にしか味わえない極上の時間。本作の原題「Ham on Rye」は、「Rye」が入っており、本作が青春映画になるから、青春小説『ライ麦畑でつかまえて』を彷彿させるが、この「Ham on Rye」は1982年に発刊された小説家チャールズ・ブコウスキーの自伝的小説『くそったれ! 少年時代』の原題だ。この小説もサリンジャーの『ライ麦畑で~』のように著者の青春時代をモチーフにしている。けれど、この物語には17歳の少年ホールデン・コールフィールドもヘンリー・チナスキーもいない。存在するのは、今の時代を必死に生きる現代の若者だ。子どもでもない、大人にも成りきれない年代の若者が、ホールデン少年やヘンリー少年のようにこの時代に存在する。この物語は、地元に漂う鬱々とした雰囲気にげんなりした若者達が、未来を見つける一晩の青春だ。

『ハッパーズ・コメット』

あらすじ:2020年の新型コロナウイルスのパンデミックによる断続的なロックダウン期間中に、郊外の町の孤独と静寂をとらえたタイラー・タオルミーナ監督の長編第2作。

一言レビュー:あれから5年の月日が流れたが、私達の世界はあの時から何が変わったというのだろうか?5年前の今日、世界はコロナウイルスによる空前絶後のパンデミックが世界的に起きていた。世界中のあらゆる都市で大規模なロックダウンが実施され、街はゴーストタウンと化した。社会経済の動きは止まり、店は全店閉鎖され、人は自宅軟禁を余儀なくされ、まるで時が止まったようだった。あの時のパンデミック現象は、一体何だったと言うのか?2021年10月21日にネットで掲載された東洋経済オンラインの記事「コロナ後の生き方」に鈍感すぎる日本人の大問題「ライフシフト2」著者が続編で言いたかった事」の中で書かれている「人類が成し遂げてきた進歩は目を見張るものがあるが、強力な感染症に対して私たちがきわめて弱い存在だということだった。」(※2)には、私達人間が今まで無頓着に僭主して来た代償に対する無力さと愚かさ、傲りのすべてが詰まっている。例に漏れず、北米の片田舎の郊外の街もすべて、コロナ禍のロックダウンの餌食にされた。コロナ禍の北米の至る所の街で、各州の州知事から緊急事態宣言や外出禁止命令を発出された。各々の州知事が市民にその時にできる限りの指示を出し、世界的なパンデミックから市民を守ろうとした。「ほとんどの州は、エッセンシャルワーカーや特定の状況を除き、住民の大半に屋内待機を公式に命じています。例えば、最も被害の大きいニューヨーク州では、アンドリュー・クオモ知事が住民に自宅待機を命じ、不要不急の事業所はすべて閉鎖するよう命じました。 「家にいろということではない。接触を避けるということだ」と、ノースダコタ州のダグ・バーグム知事(共和党)は最近、なぜこの命令を出していないのかと問われ、こう答えた。」(※3)どの国もどの街も、パンデミックの収束を願い、必死に戦い抜いた数年間。あの時代の若者達(※4)は、強い孤独感を抱え、生きる意味を見失っていた。それは、この物語の中にいる若者達も同じだ。郊外の時代遅れの片田舎で、コロナ禍のパンデミックによって身動きできなくなった少年達は、未来に向かって必死に藻掻き苦しんだ。タイトルの「comet」には、「彗星」(※5)という意味がある。風邪のウィルスは、covid-19だけでなく、2000年初期に流行したSARS菌も記憶に新しいが、毎年冬場に大流行するインフルエンザ菌も私達人類の敵だ。このインフルエンザの語源には、「星の影響」というらしいが、もしかしたら、コロナウィルスは「彗星」と置き換えて考えると、どうなるか?ある病院の関係者が投げ掛けた考えを元に考えたい。ある映画の物語を現在の新型コロナウイルスに置き換えて綴った文言がある。以下に記述するが、「彗星を新型コロナウイルス感染症に置き換えて考えると、決してフィクションではない現実味があります。ウイルス学を専門とする教授や感染症専門医が伝えたい危機感と政府との温度差やジレンマ、なかなか正確な情報が伝わらず、ワクチン接種や治療薬開発が後手後手に回る歯がゆさ。」(※5)とあり、現実味が帯びて来る。彗星が、地球に近付いた時、私達が生きるこの世界は予想もつかないアクシデントに襲われる。若者達は、深夜の夜空に向かって、見上げ続けている。遥か彼方の宇宙の果てから飛来する「彗星」に未来の期待を寄せるその姿が瞼の裏に蘇る。本作『ハッパーズ・コメット』は、世界の終末論にも負けない若者達の姿を描いた青春映画だ。

タイラー・タオルミーナ監督特集は、今もっとも先鋭的でユニークな作品を作る映画制作コレクティブ「オムネス・フィルムズ」の創設メンバーにして、新進気鋭の映画作家の特集上映だが、アメリカにおけるインディペンデント関係の映画監督が、この時代に誕生するのは意義深い。北米における独立系は、ニューヨーク派から端に発した流れを組んでいるが、近年ではニューヨークを拠点にする80年代から90年代に活動したハル・ハートリーやケリー・ライカートの存在。そして、2000年前後には各地で花開いたマンブルコア運動が記憶に新しい。この活動からは、ノア・バームバックやグレタ・ガーウィグらが輩出された。そして、近年においては映画制作集団「オムネス・フィルムズ」から少壮気鋭のタイラー・タオルミーナ監督が誕生している。この制作集団からは、他のメンバーが監督デビューしたり、仲間が監督する時は製作として作品制作に携わっている。近い将来、「オムネス・フィルムズ」が世間を揺るがす制作集団に成熟するだろう。

タイラー・タオルミーナ監督特集」は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)成人式は日本だけ!?世界の成人式についてhttps://www.studio-mario.jp/event/comingofage/article/006/(2025年12月22日)

(※2)「コロナ後の生き方」に鈍感すぎる日本人の大問題「ライフシフト2」著者が続編で言いたかった事https://toyokeizai.net/articles/-/460271?display=b(2025年12月23日)

(※3)Stay-at-home orders across the country What each state is doing — or not doing — amid widespread coronavirus lockdowns.https://www.nbcnews.com/health/health-news/here-are-stay-home-orders-across-country-n1168736(2025年12月23日)

(※4)コロナ禍3年目、孤独抱える若者たち 「何で生きているのか」コロナ禍3年目、孤独抱える若者たち 「何で生きているのか」
https://www.asahi.com/articles/ASQ415HRLQ3XUTFL00K.html(2025年12月23日)

(※5)「星の影響」が語源? インフルエンザ流行シーズン入りhttps://www.tachibanado.jp/blog/influenza-origin-2025/(2025年12月23日)

(※6)肌で感じるコロナの脅威https://asabu-heart.com/archives/2171/(2025年12月23日)