郷愁と超現代が混在する革新的映画『郊外の鳥たち』
鳥籠が鳥を探しに出かけていった。 小説家 フランツ・カフカより
郊外の学校。
それは、日本のみならず、どこの国地域でも薄れ行く一昔前の原風景。
そこでは、子どもたちが遊び笑い、少年時代という短期間の人生を謳歌する。
歳を重ね、成長するに連れて、子どもらは皆、都会へと羽を広げに行く。
その後に取り残されるのは、町の真ん中にポツンと取り残された校舎の廃墟。
老朽化した建物の行く末は、ただ一つ。
倒壊の危険に伴い、取り壊される運命。
学校のみならず、少しずつ少しずつ、子ども達の遊び場は姿を消して行く。
居場所が消えると共に、子ども達の遊ぶ声も笑い声も、同時に消滅する。
この現状が進めば進むほど、近い将来、町には子どもの姿は見えなくなることだろう。
一昔前は、子どもが自ら遊び場を探す風景が見られたが、今はその逆だ。
遊び場が、子ども達の存在を探して翻弄する。
少子化(※1)という社会背景の元、子どもの数も減少しつつある昨今、子どもらの居場所が少なくなるのと比例するように、昔あった彼らの遊び場もまた、残念ながら、取り壊されつつあるのも事実だ。
甲高く響く子ども達の声には多少、耳障りと感じる人種もいるかもしれないが、この子達は近い未来、必ず国の国力となる若き力を備えている。
そんな子ども達の遊び場、笑い声、そして未来を守るのは私たち大人の役目だ。
本作『郊外の鳥たち』は、中国のゴーストタウンと化した心ぶれた地方都市を舞台にした小さな物語だ。
主人公の測量技師である青年ハオは、地質調査のために地番沈下が進む町へと足を踏み入れる。
廃校となってしまったその町の学校を訪ねると、自身と同じ名を持つ少年の日記を机の中から発見する。
そのノートには、発展が進む郊外で暮らす男の子の心情が綴られていた。
そして徐々に、地方に暮らす少年少女は大都会の切符を手にし、一人また一人と、姿を消していく。
残されたのは、彼らの遊び場だけ。
ポツンと町の真ん中で鎮座し、彼らの帰りを一人寂しく待ち侘びる。
本作を製作したのは、中国映画界の中国第8世代(第7世代)(※2)の新旗手と呼び名が高いチウ・ション監督だ。
この世代には、中国の今を代表する若き映像作家達が活躍を見せる。
チウ・ション監督もまた、『薄氷の殺人』『鵞鳥湖の夜』のディアオ・イーナン、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』『凱里ブルース』のビー・ガン、『象は静かに座っている』のフー・ボー(遺作)、『春江水暖』のグー・シャオガン、『小さき麦の花』のリー・ルイジュン等と並ぶ中国新世代を代表する期待の若手監督の一人だ。
本作は、子ども達の視点から地方都市の今を捉えつつ、様々な映画的文学的要素を詰め合わせ、幻想的寓話的且つ牧歌的に丹念に綴る。
既に世界からは、「映画『スタンド・バイ・ミー』meets フランツ・カフカの『城』」と評されており、そこにチウ・ション監督が影響を受けたと公言する韓国の映画監督ホン・サンスの要素を撮影技術に取り入れた独特な雰囲気を漂わせる。
監督はあるインタビューで、子どものパートを撮影する時はルールを敷いて、また先に同パートを撮った事による作品への影響について聞かれ、こう答えている。
「子ども達の場面では、いくつかのルールを設定しています。彼らの動きに合わせ、カメラも動かなければなりません。私たちは、彼らに従わなければなりませんでした。子どもたちが移動後に、カメラを動かしてはいけません。また、子どものキャラクターと大人の間には、確かなつながりがあります。過去を知っているのはシア・ハオだけですが、他の俳優たちにはより子供たちに近づけるように、具体的に指示を出しました。実際、脚本は大幅に変更されています。2、3日ごとにシーンを書き直しましたが、その中には撮影しなかったシーンもあります。最終的には、まだ余分なシーンがたくさんあります。つまり、最終的な映画は、構造においても、特に結末においても、脚本とは大きく異なっています。」と、作品について話している。こういう独自の撮影方法やアプローチの仕方が、作品をより創造的オリジナルクリエイティビティに仕上げているのは、明解だ。
最後に、文豪フランツ・カフカが残した名言「鳥籠が鳥を探しに出かけていった。」を独自に解釈すると、本作での鳥籠とは「居場所・遊び場」、鳥とは「子ども達」を指す。
世界的な少子化(※4)が問題視されている昨今、子ども達の数が年々減少しているのは周知の事実だ。
郊外に住む子どもらは、成長と共に、都会へと住処を求める。
それに伴い、地方都市の人口が減りつつあり、その場所に取り残されるのは子ども達の遊び場だけだ。
中小都市の人口減少(※5)もまた昨今、問題視されており、少子化現象は歯止めが効かない。
そんな中、近年、子ども達の居場所である「公園」に対する悲しい処遇(※6)が、報道されたばかりだ。
本作『郊外の鳥たち』は、この子ども達の憩いの場となる居場所が年々、減少しつつあることに対する警鐘を鳴らす一面もある。
人口減少に伴い、少子化が進む近年、それと同時に公園で遊ばなくなった子ども達。
今もどこかで、遊び場は子どもの元気な姿を探して求めて、社会を彷徨い歩いている。
郊外の鳥とは、子ども達自身を指すだけでなく、私たち大人自身でもある。
地方都市から都会に飛び立った鳥たちは、いつかまた帰郷を目指して、羽を広げる。
そんな時、鳥籠である私たちの居場所が郊外の片隅から消え去っていたらと、考えて欲しい。
今私たち大人がすることは、子ども達が伸び伸びと過ごせる居場所を未来に残していく事。
それが、私たちにできる役目でもある。
映画『郊外の鳥たち』は現在、大阪府のシネ・リーブル梅田、京都府の京都シネマ、兵庫県のシネ・リーブル神戸にて、上映中。また、全国の劇場にて、順次公開予定。
(※1)【2023年最新】日本の出生率 これまでの推移と今後への影響・対策は?https://eleminist.com/article/2586(2023年5月11日)
(※2)中国映画では、今や“第7世代監督”が大活躍!https://drive.google.com/file/d/1fElYcIjvIl9hxw6R71QbZZ9ZdFmJQMvr/view?usp=drivesdk(2023年5月11日)
(※3)“This Will Be the Final Version If the Authorities Have No Objections”: Qiu Sheng on Suburban Birds, New Chinese Censorship Laws and Filming with Childrenhttps://filmmakermagazine.com/107322-this-will-be-the-final-version-if-the-authorities-have-no-objections-qiu-sheng-on-suburban-birds-new-chinese-censorship-laws-and-filming-with-children/#.ZFwR74hUuyM(2023年5月11日)
(※4)「世界中の女性が子供を産まなくなっている」地球規模で進行する少子化の衝撃シナリオhttps://president.jp/articles/-/49555?page=1(2023年5月11日)
(※5)2. 地域が直面する人口減少・少子高齢化https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H26/h26/html/b2_2_1_2.html(2023年5月11日)
(※6)“子どもの声うるさい”苦情きっかけ「公園廃止」撤去工事終了 予定より早く元の更地に 土地返却へhttps://www.fnn.jp/articles/-/517481(2023年5月11日)