映画『年少日記』「自身が透明人間ではないか」

映画『年少日記』「自身が透明人間ではないか」

僕は、どうでもいい存在。映画『年少日記』

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「僕は、透明人間だ。誰にも振り向かれず、誰にも気づかれず、何者にもなれず、静かに死んで行く。」どの世界でも、どの所属でも、誰にも気遣われない。気を遣われるのが一番窮屈だから、一人の世界で人生が完結しても、さほど気にしない。でも、時には誰かに気付かれたい。誰かからの励ましの言葉が、欲しい。叱咤激励でもいいから、誰かに自分の存在を示したい。この物語に登場する少年の悲痛な叫び「僕の事はどうでもいい存在だ」は、胸が痛い程、共通項がたくさんあり、学生生活で感じていた心の痛みは理解できる。私も幼少期から今の今まで、現在進行形で誰からも気にかけられていない存在だ。本当に「どうでもいい存在」なんだろうと胸鬱な感情を抱き、これを直接、口頭で伝えるものなら「面倒くさいやつ」と遠巻きにされるだけ。私が、他者に攻撃的になったか?私が、あなたに迷惑をかけたか?誰にも届かない僕の言葉は、相手の耳を右から左に流れ、相手の心を通り抜ける。大人が子どもの心の痛みに気付かないように、他人は他人の心の痛みに気付かない上、気付こうともしない。誰も何も言ってはくれない、誰も何かをしてくれる訳でもない。他人に期待するだけ、自身の心がすり減るだけだ。どれだけ自身が相手を気遣おうとも、その優しさは相手に届かない。届けようとしても、拒絶反応を示されるだけ。子ども達が生きる子ども達の世界は、残酷だ。大人からは厳しく接しられ、同年の子ども達からは冷たく揶揄われる。映画『年少日記』は、痛みと後悔を抱える高校教師が少年時代の日記をきっかけに記憶をたどっていく姿を通し、苛烈な競争社会における子どもたちの痛切な現実を浮き彫りにした香港発のドラマ。誰もが、心の痛みを抱えている。誰もが、過去の出来事で頭を悩ませている。子ども達はもっと、忙しなく過ぎる日々の無力感に襲われている。

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現在、2025年における子ども達の取り巻く環境は、多岐にわたる。現代の子ども達は、日々、環境や価値観に変化が生じ、目まぐるしく左右される社会で生きている。家庭、学校、地域社会、そしてデジタル空間。近年では、少子化、核家族化、価値観の多様化が、社会情勢の変化に伴い、子ども達が置かれている状況も複雑化している。結果的に、不登校、虐待、貧困、いじめ、学力低下、体力低下、コミュニケーション能力の低下、SNS依存、デジタル過多などに陥り、様々な課題が顕在化(※1)していると言える。社会は、スピード感を持って目まぐるしく回り、その速さに大人達は誰も付いて行けない。その反対に、子ども達はその変化の速さに順応に対応し、社会の変化にしっかりと歩幅を合わせ、二人三脚で歩もうとする。にも関わらず、大人達は子ども達のその姿に嫉妬を覚え、無意識のうちに手が出て、足が出て、口が出る。暴力で子ども達の賢さと俊敏さを支配し、言葉で子ども達の心を傷付け、大人は子どもという存在を自身の所有物にしようとする。また家庭環境では、核家族化、共働き世帯の増加、経済状況など、家庭環境の変化が今、問題視されている。学校環境では、いじめ、不登校、教育格差、学力低下が挙げられる。地域社会では、地域とのつながりの希薄化、安全な遊び場の減少、地域の子育て支援の不足。デジタル空間では、情報過多、ゲーム依存、SNSトラブル。子ども達を中心に様々な事象が激動する中、私達おとなが忘れてはいけないのが、子ども達自身の気持ちだ。子どもの心の中に眠る感情に対して、しっかり向き合わなければならない。何を考え、何を想い、何に興味を持っているのか、直接的な会話と心の対話が必要となる。最も重要な事は、大人達や親達がちゃんと子ども達の心と向き合えているかどうかだ。

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2025年現在の子ども達を取り囲む環境の変化は、著しく速いスピードで変化をもたらしている。その変化に付いて行けなくなると、もしかしたら、それが原因で潜在的にイジメや自殺に繋がっているのかもしれない。たしかに、私自身が学生の頃を思い出してみると、流行りのTVドラマやバラエティ番を夜な夜な必ず観ていた。図らずとも、それはクラスの中で除け者にされたくないという意識的な思考が働いた結果の行動なのだろう。みんなの話に歩調を合わせないといけない。少しでも旬の話題が分からなければ、仲間はずれにされてしまう。学校という場所は、閉鎖的な空間だ。一方で、家庭という場所は、学校よりもより閉鎖的であり、真実が見えにくい空間でもある。特に、常に社会問題として取り上げられるのが、家庭内における児童虐待やDV(家庭内暴力)だ。あらゆる環境に翻弄されながら、今を必死に生きているのだろう。恐らく、映画の時代設定は、およそ20年前の2000年初期であろうが、この時代の子ども達を取り巻く環境は、どうだったのだろうか?2000年初頭の子どもたちを取り巻く環境は、25年後の2025年現在と状況はまったく一緒だ。少子化、核家族化、デジタル化、グローバル化、価値観の多様化など、様々な社会の変化に左右され、影響を受けて来た。これらの変化は、子どもの成長や発達に影響を与えており、様々な社会課題を生み出した社会の変革期だ。この時代に幼少期を過ごした私自身、自身の中で気付かぬうちに時代の価値観の変動に弄ばれていたのだろうか?現代における子ども達の環境を取り巻く社会問題は、この2000年頃から始まったのだろう。少子化と核家族化、デジタル化と情報過多、価値観の多様化。他にも、子どもの貧困問題、不登校にひきこもり、虐待・ネグレクト、いじめ課題は、今に始まった事ではない。にも関わらず、なぜ大人達はこの社会問題の課題を解決できていないのか?なぜ、この課題が年を追う毎に年々、深刻化して来ているのか?それは、私達大人が見て見ぬふりをしているからではないだろうか?今もどこかで、苦しんでいる子ども達が大勢いる。それでも、大人達は見ようとも、気付こうともしない。なぜ、私達は向き合おうとしないのか?それは、恐ろしいからだ。自身が体験した幼少期の出来事を、今の子ども達との触れ合いの中で思い出したくないからだ。だから、自身の嫌だった経験には心で蓋をして、闇に葬り去ろうとする。それでも、その時の気持ちは晴れないだろう。本当に大切な事は、今の子ども達の環境に向き合いながら、子ども達の心の中と対峙する事だ。映画『年少日記』を制作したニック・チェク監督は、あるインタビューにて香港の観客の本作に対する反応ついて、こう話す。

チェク監督:「直接、そしてソーシャルメディアで聴衆と話をしていると、多くの人が何年も自分の経験について話せなかったと話してくれました。でも今は話せるようになったんです。多くの人が、自分だけがこのような感情を抱えていると思っているようですが、そうではありません。そして、これらの感情は共有できるものなのです。」(※3)と話す。大人になったあなた達は、まだ自身の辛かった体験に対して心に蓋をしていないか?誰にも言えない心の傷を抱えていないか?もしかして、まだあの時の辛かった経験に向き合えていないだろうか?誰もが、何かを心の中に抱えて生きている。人には言えない秘密を抱え、自身を透明人間と偽って誤魔化している。

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4最後に、映画『年少日記』は、痛みと後悔を抱える高校教師が少年時代の日記をきっかけに記憶をたどっていく姿を通し、苛烈な競争社会における子どもたちの痛切な現実を浮き彫りにした香港発のドラマ。単なる子どもの自殺や虐待、幼少期における焦燥感だけを描いている訳ではなく、この物語は今を生きる私達大人達のあわせ鏡にもなっている。この物語に登場する教師もその教え子も、教師の子ども時代の少年も皆、あなた自身だ。すべては、あなたが一人で抱えている葛藤や後悔、焦燥感を各々の登場人物に乗せて訴えている。本作の英題「Times Still Turns the Pages」の意味は、「時間は依然として、ページを巡っている(または、捲っている)」となり、時間は私達の過去と現在、そして未来の頁を日めくりのように行き来する。時間は、時を超えて、私達に遠い記憶の在りし日の思い出を脳裏と瞼の裏に焼き付かせる。学校内におけるイジメや家庭内における虐待など、様々な問題に晒された子ども達は自身は「透明人間」(※4)ではないだろうかと、自問自答する。いつか、大人達がそんな子ども達に「君は、透明人間なんかじゃない。人として、素晴らしいモノを持っている」と面と向かって励まし、ネガティブな考えを否定してくれる存在にならなければならない。いつか、私自身も「透明人間」から卒業したい。「自身が透明人間ではないか」と悩むすべての少年少女に捧ぐ。

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映画『年少日記』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)第1章 子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の方向性https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/attach/1420140.htm(2025年6月 22日)

(※2)第1回 こどもを取り巻く環境とこどもチームの取り組みhttps://www.nttdata-strategy.com/knowledge/reports/2023/231213/(2025年6月 22日)

(※3)Filmart: Nick Cheuk Talks Grief, Creativity and Hong Kong Cinemahttps://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-news/filmart-nick-cheuk-hong-kong-cinema-1235846331/(2025年6月 22日)

(※4)「ぼくはここにいるよ」まるで“透明人間!?”クラス中から無視された過去から「人間に戻れた!」実体験を通して伝えたかったことhttps://www.walkerplus.com/special/fandomplus/article/1103348/(2025年6月 22日)