映画『ひかり探して』
ある嵐の日に、絶壁から身を投げて、少女が自殺を図る場面から始まる映画『ひかり探して』は、その彼女の死の真相を知るために深入りしていく女性刑事の姿を描いたヒューマン・サスペンスだ。
「離婚」を経験をした主人公ヒョンス(キム・ヘス)は、ある時一人の少女の自殺処理の手続きをするために、一人小島へと赴き、少女の死の真相を目の当たりにする物語だ。
主人公が経験した離婚の経緯と少女の孤独とが共鳴した時、ヒョンスは事件の深奥へと必要以上に関わろうとする。
人間誰しもが抱える「孤独」を作品のファクターとして、物語に登場する数人の女性たちが、心と心を通わせていく姿に深い感動を覚える。
本作の脚本を書いたのは、同時に監督業として作品を作り上げた新人のパク・チワンだ。
そのストリーテリングと物語の見せ方には、ニューフェイスながら、確固たる信念を感じる映像作りだ。
「なぜ10代の少女は死ななければならなかったのか?」という問いかけが、終始頭の中でぐるぐると目まぐるしく、交錯する。
監督・脚本を担った新人監督パク・チワンは、インタビューで脚本や製作に関して訊ねられ、こう答えている。
「2012年~2013年の間に書いた話です。私自身、忘れる度に何度も思い出してシナリオを書き直しました。2017年末に製作会社と会ってこの作品をやろうと言われました。振り返ってみると、「私が死んだ日」の台本は、犯罪物をやって欲しいという読者の欲望が投影される話だったと思います。犯罪物や捜査物、ミステリーに沿って最後まで行くと、少し違うところに行き着く話だと思いました。幸い、製作者の方々がそれを見てくれましたし、この方々なら一緒にしてもいいと思いました。」
本作の脚本執筆に関しては、とても丁寧に書き直したのだろう。
およそ10年近くもの間、リライトし続けたことが、窺い知れる。
監督自身も、この作品の物語や登場人物をとても大事に描こうと苦労されたことが、容易く想像が着く。
濃厚なサスペンス作品としても、感動的なドラマ作品としても堪能できる本作は、パク・チワン監督の想いを込めた分身と言ってもいいだろう。
監督自身の「想い」にも触れて、本作を鑑賞するのもいいだろう。
また、本作の主人公を熱演したキム・ヘスは、韓国映画界を代表する女優だ。
1985年からコンスタントに作品に出演している。
中学生の頃から韓国の芸能界で活躍している大ベテランだ。
代表作の映画には『10人の泥棒たち(2012)』『観相師 -かんそうし-(2013)』『コインロッカーの女(2015)』『国家が破産する日(2018)』がある。また、韓国ドラマでは『愛の群像(1999)』『張禧嬪[チャン・ヒビン](2002)』『オフィスの女王(2013)』など、映画、ドラマ問わず、幅広い作品でそれぞれ異なった役柄を演じ分けることができる実力派女優だ。
本作では、離婚後間もない女性刑事を演じるにあたり、ノーメイクで撮影に挑んだと言うから、作品や役柄に対する想いは、如何ばかりのものだったのだろうか。
本作『ひかり探して』に出演を決めた理由を聞かれたキム・ヘスは、自身の出演する作品をどのように選んでいるのか、答えている。
「私は撮影をしながら、他のシナリオを見ないようにしています。映画『国家が破産する日』の撮影を終えてから、シナリオが積み重なった一番上に、この映画の台本がありました。シナリオを読みながら、私と状況が違うのに、私の話のような気がしました。物語を読んで、出演しなければならないという気がしました。何に導かれるように出演することを決めました。」
キム・ヘスは、他の作品に出演している時は、次の作品のシナリオに目を通さないように気を付けているという。
その上で、前作『国家が破産する日』のクランクアップ後、一番最初に読んだ台本が、本作『ひかり探して』だと言う。
何か惹かれるモノがキャラクターにあったのだろう。
キム・ヘス自身の中で何か刺さるものがあったのかもしれない。
シナリオとの邂逅が、本作の役柄と彼女を結びつけるきっかけになったと示唆できる。
そして、もう一人、本作で忘れてはならないのが、作品の「鍵」となる自殺する10代の少女セジンを演じたノ・ジョンエだ。
韓国でも、まだまだ新人の彼女。
日本での出演作の情報は本作のみだが、韓国では既に多くの作品に出演しているこれから注目の女優だ。
それでも、2011年放送のドラマ『僕らのイケメン』で子役として初出演してから、既に10年というキャリアを持っていると、若手女優の中ではベテランの域に到達しているだろう。
国内での出演情報は著しく乏しいが、2011年のデビュー以降、継続して多くの作品に出演している。
代表作には『I Am a Dad(2011)』『The Phone(2015)』『Phantom Detective(2016)』があるが、すべて日本には配給されていないのが、残念なところだ。
本作にセジン役として出演するにあたって、役柄をどのように理解しようとしたのかと言う質問に対して、ノ・ジョンエはセジンの心の孤独について話している。
「寂しい。セジンが誤っていたら、そこまで行ったのかと思いました。ところが、セジンにとって、崖という場所は特別な意味を持つと思っています。彼女は夕暮れの美しい夕焼けを見れます。私も普段から海や漢江を思わず眺めるのが、好きです。そうすれば心が楽になります。セジンも、そんな気持ちではなかったのだろうか?と感じます。そんな風景を見ながら、一人という寂しさを紛らわすことはできなかったのだろうか?セジンは人生を放棄しようと崖に行く反面、生きようと前向きになることもできたはずです。」
自身の経験を交えながら、ノ・ジョンエはセジンの気持ちに寄り添おうとする心に優しさが滲み出ているようでもある。
孤独とは、誰もが心に抱えるもの。誰かに自身が抱くその寄る辺なさをどうやって伝えたらいいのかは、暗中模索の領域でもある。
そんな少女の心情を表現した演技力は、観る側に強く心に残る感動を与えてくれる。
彼女は、本作『ひかり探して』の演技が認められて韓国の60年以上続いている映画祭、青龍映画賞の青龍映画賞最優秀新人女優賞にノミネートされた。
ただ、受賞はコン・スンヨンという女優に持っていかれてしまったが、それでもこれからの活躍に期待がかかる新人女優は間違いないだろう。
次回作には、先月マ・ドンソクも参加することが発表された韓国のウェブ漫画『Pleasant Bullying』を原作にした映画『Concrete Utopia(前編)』と続編『The Wildness』の後者にも出演が決まっている。
大地震後のソウルで韓国人たちが右往左往する姿を描いたディザスター映画だという。
日本への情報はほとんど入ってきてないので、これからどのようなネタが入ってくるのか、楽しみな作品でもある。
もうひとつ、本作において注目したいのは、韓国のベテラン女優、イ・ジョンウンだ。
日本では一昨年話題となったポン・ジュノ監督による映画『パラサイト 半地下の家族』において、最初の家政婦役として出演していたのが、記憶に新しいだろう。
また、初めてこの女優を知ったのが、この作品だったという人の方が、圧倒的に多いのではないだろうか?
もしくは、2018年公開の邦画『焼肉ドラゴン』の母親役も日本人の記憶に焼き付いていることだろう。
他にも、映画『タクシー運転手 約束は国境を越えて』でソン・ガンボやユ・ヘジンと共演していたり、ポン・ジュノ作品『オクジャ』で「オクジャの声」として活躍している。
彼女は、1991年から女優として活躍をし、2000年頃からTVドラマや映画での露出度が増えてきた人物だ。
そのほとんどが、残念ながら日本ではなかなかお目にかかれない作品ばかりではあるものの、韓国国内では知名度のあるベテラン女優だ。
主役から端役、ゲスト出演など、多くの作品で様々な役柄をこなせる韓国のエンタメ業界でも稀有な存在だろう。
イ・ジョンウンが、本作に出演を決めた大きな決め手は、キム・ヘスの存在だったという。
2000年代初めから演劇の現場で縁があった二人は、今回の映画を通じて同僚、それ以上の友情を築いたというのだ。
この事について、彼女はこう発言している。
「昔からキム・ヘスとは、旧知の仲でした。スターなのに、同じ立場で会うことができました。彼女はずっと、変化して成長する俳優のようですね。同年齢ですが、記事を見ると、その方の人生がどんな方向に流れているのかがよく分かります。この映画を見れば、大変な過程を通過した一面があったんですよ。 「ヘスさん本当に俳優のようね」と言いました。私は、出演決定にキム・ヘスの影響が本当に大きかったです。私にとって、彼女はスター、女神のような人です。夢の中の妖精のようです。今も隣にいるのが、不思議です。」
と、キム・ヘスとの関係性や彼女へのリスペクトを語るイ・ジョンウンもまた、韓国を代表する立派なトップ・アクトレスなのは、間違いない。
映画『パラサイト 半地下の家族』をはじめとする、数多くの作品に出演し、長きに渡り韓国のエンタメ業界を支えてきた功績は、かけがえのないものだ。
本作では、事件を目撃したことが原因で、失語症に陥ってしまう中年女性という難役を務めている。
物語の終盤、イ・ジョンウンの演技力に必ず、泣かされることだろう。
そして最後に、本作『ひかり探して』は一人の少女の自殺が波紋を呼ぶヒューマン・サスペンスだ。
原題『The Day I Died: Unclosed Case(내가죽던날)』には、「私が死んだ日」と言う意味があり、10代の女の子が自死を選ぶその日、その時、その瞬間を表現している。
少女の自殺という観点から考えれば、昨年北海道の旭川で起きた「旭川女子中学生いじめ凍死事件」と重ねてしまいそうだ。
本作に登場する少女の自殺の原因は自殺ではなく、ある事件に巻き込まれ、追い詰められての自死だ。
でも、いじめであろうが、そうでなかろうが、若くして少女が自ら「死」を選ぶしか選択肢がない現状に胸が痛く、心苦しいばかりだ。
本作は、今の日本社会にとって、とてもタイムリーな題材なのかもしれない。
「なぜ少女が死ななければならなかったのか」を真剣に考え、立ち向かってもいい時だろう。
人は生きる希望の「ひかり」を探し、誰もが生きているということを心の片隅に留めておきたい。
映画『ひかり探して』は、2月25日(金)よりアップリンク京都にて。2月26日(土)より第七芸術劇場にて、公開中。また、元町映画館にて近日、公開予定。
(1)[쿠키인터뷰] 박지완 감독 “‘내가 죽던 날’, 보는 사람마다 달라지는 이야기”https://www.kukinews.com/newsView/kuk202011180435(2022年2月23日)
(2)[인터뷰①] 김혜수 “‘내가 죽던 날’ 주인공처럼 악몽 꾸곤 했죠”https://mnews.jtbc.joins.com/News/Article.aspx?news_id=NB11979079(2022年2月26日)
(3)’내가 죽던 날’ 노정의 – 10대의 끝에서http://m.cine21.com/news/view/?mag_id=96535(2022年2月26日)
(4)[인터뷰]’내가 죽던 날’ 이정은 “‘평범한 연기 못한다’ 혹평, 새겨들었죠”https://www.sedaily.com/NewsView/1ZACAHUP35(2022年2月27日)