アメリカのインディペンデント映画は、一体いつから始まったのだろうか?
ニューヨーク派で言えば、ジョン・カサヴェテス監督を挙げるのが、最も正統的だろう。
でも、もっと過去を紐解けば、恐らく「アメリカン・ニュー・シネマ」まで辿ることができるだろう。
ニューヨーク派と呼ばれるウディ・アレンやシドニー・ルメットもまた、インディペンデント界隈の重鎮だ。
ハリウッド資本から外れた監督たちは、各々の独自の映像スタイルを貫いている。
ニューヨークでの活動が活発になったのは、1979年に設立された「(1)IFP」からだと推測できる。
今回は、時間を早めて、1990年代以降のインディペンデント映画の流れは、どうだったのだろうか?と考えたい。
この時代は、アメリカ映画史においても、大作思考とマイナー思考が大きく二分化された時代だと言われている。
ニューヨークのインディペンデント界隈では、(2)映画監督ハル・ハートリーが台等してきた80年代後半以降、時代は変わりつつあったのだろう。
本特集のケリー・ライカート監督は、元々は彼の傘下にいた。
この時代は、彼女やハル・ハートリーの他に、ジム・ジャームッシュ、クエンティン・タランティーノ、アレクサンダー・ロックウェルなど、数多くのインディーズ系の映像作家が世に登場した時代でもある。
また、ハル・ハートリーが「中流階級の白人の視点から見るアメリカ社会」を描くスタイルは、ジャームッシュやライカートにも受け継がれているだけでなく、ゼロ年代から現代に至るまで活動が盛んに行われている「マンブルコア運動」にまで影響が、波及している。
「マンブルコア運動」については、また別の機会があれば、掘り下げてみたいジャンルだ。
今回は、ケリー・ライカート監督の4作品『リバー・オブ・クラス』『オールド・ジョイ』『ウェンディ&ルーシー』『ミークス・カットオフ』を紹介する。
彼女は、現代アメリカ映画において、最重要人物のひとりということを忘れてはならない。
映画『リバー・オブ・グラス』
あらすじ:南フロリダ郊外に住む30歳の主婦コージー。彼女は面白みのない日々を過ごし、鬱憤が溜まっていた。
妄想ばかりするコージーは、ある夫婦が家族用のステーションワゴンで突然現れ、自身の幼い子らを引き取っていくことばかりを想像していた。
彼女は、まったく違う人生を始めることばかりを止め処無く夢に見る女性。
彼女の父親は警察署の刑事だが、酒を飲みすぎた挙句、停職を余儀なくされていた。
ある日、バーへ出かけた彼女は、だらしない男リーと巡り会い仲良くなるが…。
一言レビュー:軽快なジャズのリズムに乗せて、展開されるのはひとりの女性の先行きの見えない逃避行劇。
91年に公開されたリドリー・スコット監督の映画『テルマ&ルイーズ』やテレンス・マリック監督による70年代の映画『地獄の逃避行』と比較もできる。
数々の犯罪映画を踏襲しつつ、自主映画として撮り上げた本作。
冴えない三十路の女性が、自身の生きる意味を求めて這い上がろうとする姿は、女性の地位を確立しようとする今の時代に相応しい作品だ。
映画『オールド・ジョイ』
あらすじ:ある週末。旧友のカートは、妊娠中の妻と故郷で暮らすマークのもとを訪れる。
帰郷したカートは、マークと旧交を温めるため、オレゴン州ポートランド東に位置するカスケード山脈の麓まで旅に出る。
ヒッピーのようなその日暮らしをするカートとは打って変わって、マークは堅実に家庭を築いていた。
道中、第一子が生まれる彼は「父親になる」という重みから短期間、自由の身になるが…。
一言レビュー:本作『オールド・ジョイ』は、彼らの友情や喪失感、孤独感を丁寧に描いている。
ある年齢に差し掛かれば、彼らの心情が痛いほどわかる。
映画『スタンド・バイ・ミー』を彷彿とさせ、まるで大人版とでも評したい。
学生の若い子には、目の前にいる「親友」を大切にして欲しいと心から願うばかりだ。
疎遠になった親友、連絡したくても取れない親友、10年以上会ってなくても、心のどこかで彼のことを気にかけたくなる。
親友とは、人生を通してなかなか出会えない大きな存在。
本作は、そんな想いを抱かせてくれる名作だ。
作風にピッタリとハマるヨ・ラ・テンゴの美曲『Leaving Home』も合わせて聴きたい作品だ。
映画『ウェンディ&ルーシー』
あらすじ:主人公のウェンディは、求職中の女性。
愛犬ルーシーと共に、車を使ってアラスカを目指している。
その道中、オレゴン州に差し掛かったところ、運悪く車が故障をし、足止めを食らう。
愛犬のドッグフードも底を尽き始め、少しでも旅費を浮かそうと、彼女はスーパーで万引きを働いてしまう。
そしてまた、運悪くも万引きが従業員によって見つかってしまう。
警察に連れ出された彼女は、長い勾留後、釈放される。
店の前に繋いでいたルーシーは、忽如として姿を消していた。
野宿をしながら、ウェンディは愛犬を探し出そうとするが…。
一言レビュー:家も、職も、相棒の愛犬までをも失ってしまった主人公は、この先に何を発見するのだろうか?知らぬ土地で放浪を続ける姿は、あたかも映画『ノマドランド』のようでもある。
また、動物と旅をする姿は映画『ハリーとトント』を想起させる。
旅の終わりに見るのは、希望か絶望か。本作『ウェンディ&ルーシー』に登場するウェンディは、「今」の時代を放浪する「自分たち」を映しているようだ。
映画『ミークス・カットオフ』
あらすじ:時は、1845年の西部開拓時代。
オレゴン州。テストロー夫妻含む3家族は、移住の旅に出た。
道に精通しているという不思議な男スティーブン・ミークス。
夫妻らは、彼にガイドを道中のガイドを依頼する。
移住は、2週間ほどで終わるはずが、5週間もの時間を掛けても、目的の地には辿り着けない。
旅は過酷さを増していき、3家族の男どもは、ミークの行動を疑い始める。
そんな時、一団の前にひとりの先住民が現れる。
一言レビュー:本作の監督ケリー・ライカートは、一貫して現代劇を取り続けている。
本作では「西部開拓時代」をテーマにした西部劇(時代劇)を撮り上げている点が、見どころだ。
旅を通して描かれるのは、どこから来て、どこに向かうのか?
終着地となる目的の場所は、彼らの安息の地になるのだろうか?
親が子を育てるように、旅が人の心を育てるのだ。
西部開拓時代というのは、住み慣れた家を捨て、新天地を求めた人々の人生が、無数に重なる。
この作品は、「新世界」を求め、胸に希望を抱いたある家族の姿を描く物語だ。
映画監督ケリー・ライカートは、アメリカの「今」を見つめた映像作家だ。
旅を通して描くのは、出会いや別れ、友情や愛情、喪失感や虚無感という人間ドラマ。
監督は、94年にデビューしてから、もうすぐ30年が経とうとしているが、10本ほどしか製作していない比較的、寡黙なクリエイター。
本特集で紹介された作品の他にも、日本では『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』や『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』などが、紹介されている。
また、昨年2020年に発表した映画『First Cow(原題)』は、第70回ベルリン国際映画祭に出品され、第86回ニューヨーク映画批評家協会賞では作品賞を受賞している。
それに、今年2021年の夏頃には、常連の出演者ミシェル・ウィリアムズと4度目のタッグを組み、新作の製作にも取り組んでいる。
これからの監督の活動に、まだまだ期待がかかる北米インディペンデント界のミューズだ。
最後に、彼女はインタビューでこんな事を話している。
(3)“Usually the characters are stuck somewhere and there’s always these trains passing in and out and on the move. They’re either emotionally stuck or physically stuck wherever they are. So I guess the sound of trains coming and going has some kind, some kind of meaning to it.”
「通常、キャラクターはどこかに立ち往生し、列車は常に出入りして移動している。彼らはどこにいても感情的に、そして物理的に立ち往生している。
車が往来する音には、何らかの深い意味がある。」
と「旅」に対する自身の想いを語っている。
彼女が言葉で示すように、作品では頻繁に「ロード・ムービー」を取り上げている。
本特集では、ケリー・ライカートの作品群を通して、旅映画の真髄が見えてきそうだ。
作品からは監督が紡ぐ、人生の旅愁を味わえることができるだろう。
特集上映『ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ』 は現在、本日11月27日から元町映画館にて、絶賛公開中。
(1)鍋講座「Vol.2 世界の独立映画事情NY編!!」レポート~インディペンデント映画市場を支えるIFPの活動について~http://eiganabe.net/2012/09/20/358(参照:2021/11/26)
(2)NYインディーズ界最後のイノセンス ハル・ハートリーの世界https://www.thecinema.jp/special/halhartley/gettingstarted/index.html(参照:2021/11/26)
(3)The Drunk Projectionist Episode 1: Kelly Reichardt https://www.thedrunkprojectionist.com/episode-1-kelly-reichardt (参照:2021/11/26)