約1万5000人が子ども達が犠牲に。ドキュメンタリー映画『忘れない、パレスチナの子どもたちを』
“If I must die, you must live”
「もし、私が死ななければならないなら、あなたは生き続けなければならない」
これは『If I must die(もし、私が死ななければならないなら)』と題されたパレスチナ・ガザ地区出身の無名の詩人リフアト・アライール氏が、爆撃で亡くなる直前に自身のSNSアカウントの固定ページに残したある詩の一説だ。現在、彼のこの遺言のような詩は、世界各地にて歌や詩の朗読、ストリートアートと、様々な形で現在における反戦思想として姿形を変えて伝播されている。それでも、彼の強い願いは世界には届かないもので、今も戦地では多くの命が被害に遭う。アライール氏が亡くなる一年前の2022年5月の十数日間、大規模な軍事攻撃が起き、戦争には無関係の60人以上の多くの子ども達の命が奪われた。アライール氏は、この時の出来事も目にしている事だろう。パレスチナのガザで今、何が起きているのだろうか?ガザでは常に破壊と攻撃が繰り返され、2008年、2009年、2012年、2014年、そして今回の2021年とイスラエル軍からの大規模軍事侵攻が行われている。ドキュメンタリー映画『忘れない、パレスチナの子どもたちを』は、この時の空爆で亡くなったパレスチナの子ども達を追悼したドキュメンタリーだ。2021年5月の11日間の空爆によって、民間人や子どもを含む約2,500人が死傷した。映画は、この攻撃で亡くなった子ども達に焦点を当てている。現在、ガザが抱える問題は、燃料・物資の不足、深刻な水問題、高い失業率、若者の自殺の増加など、戦争によってすべてを奪われた民間人が今も悲しみに暮れている。
改めて、なぜイスラエルによってパレスチナが、軍事的攻撃を受けているのだろうか?2008年からの長く続く膠着状態は、今も衰えを知らない。私達はこのガザ地区の政治的宗教的問題について、再度考えたい。このガザの問題は、非常に複雑であり、今は宗教間の対立なのか、政治的対立なのか、土地の奪い合いからの対立なのか、様々な意見が出されており、ガザ問題への認識は人によってバラバラだ。およそ2000年前、パレスチナにあったユダヤ人の王国が、滅ぼされた。多くのユダヤ人もまた、散り散りなった。特に欧州で迫害される事が多かったユダヤ人は、19世紀頃、「先祖の土地に国をつくろう」と動き出す。20世紀にかけ、世界各地からパレスチナに移り住むユダヤ人が急増した。20世紀の間に人種間、宗教間の間で様々な衝突が起きた。これが、現在に至る迄の対立問題の火種である。1948年のイスラエルの建国によって、国を追われたのがパレスチナ人。続く同年には、第一次中東戦争が勃発。1973年迄の25年間、第二次〜四次中東戦争が何度もくりかえされる。1993年、ノルウェーの首都オスロでオスロ合意が締結し、ここで一旦、激しく争った戦争が休戦する。ただ2004年、パレスチナ自治区を管理していたアラファト議長が逝去すると、今問題となっているイスラム組織「ハマス」が台頭し始める。この過激派集団からの攻撃を防ぐ為に建設されたのが、何キロにも及ぶ巨大な壁だ。この時からパレスチナ・ガザ地区は壁に囲まれた「天井のない監獄」と呼ばれるようになる。そして、2023年10月から大規模軍事衝突が開始(※2)された。その一方で、パレスチナに対する現在の軍事的衝突(※3)は、宗教的対立ではなく、土地の奪い合いが今の戦争という見方もある。ただ、いっその事、歴史の畝りも、土地の奪い合いも、政治的問題もすべて大人の事情でしかなく、その複雑の事情に巻き込まれたのが戦争とは縁のない民間人や子ども達だ。私は、静かに怒りで震えている。なぜ、無関係の市民が戦争に巻き込まれなければならないのか?
このドキュメンタリーは、2021年5月の11日間で犠牲に遭った子ども達への追悼として制作された。子ども達に限らず、名も無き民間人が犠牲に遭い、多くが亡くなり、負傷し、生活のすべてが奪われた。それは、ウクライナ侵攻でも同じ事が言える。なぜ、民間人が多くの犠牲を払わなければならないのか?なぜ、人生や生活を奪われてしまうのか?現在のガザ問題では、「約3万6000人が犠牲に。そのうち1万5500人以上が18歳未満の子どもだ。国連児童基金(UNICEF)によると、今年2月時点の推計で約1万7000人の子どもが親を失ったり、家族と離ればなれになったりしている。」(※4)と、2021年に起きた空爆による60数名の子ども達の犠牲は、約3万6000人の中の象徴と言えるのかもしれない。この2021年の空爆では、イスラエルによるガザ地区の空爆と砲撃で子ども66人を含む、256人が命を奪われた。約2000人のパレスチナ市民が負傷し、一部の人びとは四肢や視力を失うなど、現状は長期的な障害が残る。アフマドさん(41歳)は、既婚。18歳、17歳、7歳、3歳になる4人の子どもがいる。爆撃により負傷し、片手を失った。モハマドさん(36歳)も、既婚。昨年の戦闘で3人の子どものうち一人息子(8歳)を亡くし、自身も負傷(※5)。彼らは、多くの犠牲者の中の一人に過ぎず、氷山の一角だ。彼らのように、数千人の民間人、数十人の罪無き子ども達が尊い命を落としている。ドキュメンタリー映画『忘れない、パレスチナの子どもたちを』を制作したマイケル・ウィンターボトム監督は、あるインタビューにて本作の制作の在り方について、こう話している。
ウィンターボトム監督:「当初から私たちが考えていたのは、亡くなった子供たちを追悼する一種の記念碑として、彼らの家族、子供たちを愛した母親、兄弟姉妹に焦点を当て、彼らが子供たちについて懐かしく思うことや、彼らの人生における良いこと、子供たちへの愛情に焦点を当てるという、非常にシンプルなものでした。イギリスの人たちには、死んだ子どもをスクリーンに映すべきではないと言われました。そのため、私たちは18歳未満禁止になりました。おっしゃるとおり、ある意味では、この映画を観ると、子どもが殺されるのを見るのはショッキングで、ショッキングであるべきですが、ショッキングに感じさせるのは映画の構成だと思います。子どもが殺されたことは、あまりにも無意味で間違っているように思えます。私たちが感覚を麻痺させられたとしても、それがテレビの映像のせいかどうかはわかりません。難しいことだと思います。爆撃の結果を見せなければ、それを隠しているようなものになり、それほどひどいことではないと想像するでしょう。もし見せれば、人々の感覚を麻痺させていると非難されるでしょう。難しいことですし、ある意味では、それぞれのケースをその価値に基づいて判断しなければなりません。この映画のそれぞれのケースは、これらの家族がこれらの写真を提供し、私たちに写真を見せてほしいと望んでいるときに、より重要に感じられます。」(※6)と話す。スマートフォンで撮影した写真が映画的どうかは、当事者家族の間では問題ではない。彼らは映画の中の主人公ではなく、現実の世界、現実の社会に生きた一人当千の人々だ。そこに映画的か、そうでないかの議論は荒唐無稽であり、より一人の人生にフォーカスし、強く関心を持つ事が大切だ。
最後に、ドキュメンタリー映画『忘れない、パレスチナの子どもたちを』は、この時の空爆で亡くなったパレスチナの子ども達を追悼したドキュメンタリーだ。空爆で犠牲になった儚き子ども達の死は、今改めて、詩人フリアト・アライール氏が遺した詩『If I must die(もし、私が死ななければならないなら)』にリンクして行く事だろう。アライール氏の死も、犠牲となった子ども達の死も、これ以上、無駄にはしたくない。その為に、彼が私達に問い掛ける形で言葉を残している。戦争で命を落とさざるを得なくなった人々の代わりに、今を生きる私達は何を伝えて行かなければならないのか?アライール氏は言う。「私は、物書きだからこそ、ペンで戦い」と。彼は最後まで、この言葉を実行に移して、逝去した。私は、同じ文章を扱う人間として、アライール氏の意思には共感と共鳴せざるを得ず、同盟の気持ちを持っている。私自身、ペンを持って戦い、訴えて行きたいと心から願う。今、この社会全体で起きている事について。多くの犠牲の名の元に、私達は生きている。この事実を胸に、これからを生き続けなければならない。アライール氏の言葉は今、音楽となって世界中に伝えられている。今日は、その音楽に耳を傾けて欲しいと強く願う。最後に、戦争で犠牲となった多くの子ども達に哀悼の意を捧ぐ。
ドキュメンタリー映画『忘れない、パレスチナの子どもたちを』は現在、大ヒット公開中。
(※1)「ガザ地区」を知ろうhttps://ccp-ngo.jp/palestine/gaza-information/(2024年12月9日)
(※2)パレスチナ・ガザ地区とは 「どこ?なぜ問題?」をわかりやすく解説https://eleminist.com/article/3007(2024年12月9日)
(※3)パレスチナ問題は宗教対立じゃない? 複雑な事情をやさしく解説
https://www.asahi.com/articles/ASRC57H3FRC2UHBI02Q.html(2024年12月9日)
(※4)ガザの子どもたち 犠牲の拡大止めなければhttps://mainichi.jp/articles/20240613/ddm/005/070/077000c(2024年12月9日)
(※5)ガザに降り注いだミサイルの雨 イスラエルによる攻撃から1年、決して癒えない傷があるhttps://www.msf.or.jp/news/detail/headline/pse20220531mi.html#:~:text=%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%8B%E3%82%891%E5%B9%B4%E5%89%8D,%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%8C%E6%AE%8B%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82(2024年12月9日)
(※6)Facing the Consequences: An Interview with Michael Winterbottom on Eleven Days in Mayhttps://filmint.nu/interview-with-michael-winterbottom-on-eleven-days-in-may-yun-hua-chen/(2024年12月9日)