映画『孤狼の血 LEVEL2』
文・構成 スズキ トモヤ
あの暴力的な衝撃から3年。広島から彼らがまた、スクリーンに返り咲いた。
本作『孤狼の血 LEVEL2』は、前作『孤狼の血』のヒットを受けて、製作された2021年の目玉作品だ。
前作同様、監督は白石和彌。
主演には、役所広司からバトンタッチして、松坂桃李が務める。
新しいキャスティングに鈴木亮平が加わった。
昭和から平成に切り替わった時代を背景にして、末期の「ヤクザ」の世界を暴力的に、残虐的に、そして鮮烈に描写する。
今の時代に産まれた令和版「仁義なき戦い」だ。
本作のあらすじは、捜査の中心にいた呉原東署の伝説のマル暴刑事、大上章吾が急逝してから3年。
大上の意志を引き継いだ日岡秀一は、広島の裏社会を取り仕切る刑事へと成長していた。
そんなある日、シャバに出所してきた「悪魔」こと上林が目の前に現れる。
凶暴で残虐な上林は、自身が刑務所で関わったとされる関係者を次々に血祭りに上げていく。
彼が現れるまで、日岡の周囲で保たれていた体制は、音を立てて崩壊していく。
上林の脅威、反社会勢力の権力争い、警察当局の暗部、加えて記者たちによる暴露漏洩。
裏切りが裏切りを呼ぶ人間関係によって、日岡は日々精神的に追い込まれていく。
前作『孤狼の血』同様に、本作もまた「東映ヤクザ映画」の金字塔『仁義なき戦い』を踏襲した作品として、十二分に観応えがある。
エネルギーに満ち溢れ、ギラギラしたヤクザの世界を荒っぽく、そして極悪非道に描いた本シリーズは、現代を代表する「ヤクザ映画」として本作で成長を遂げた。
このジャンルの系図は古くからあり、任侠→ヤクザ→実録もの→Vシネマと姿かたちを変えて、時代にフィットしてきた。
2000年以降、類の作品は徐々に製作本数にも陰りを見せ始め、近年では「任侠もの」「ヤクザもの」をまったく見なくなっていた。
恐らく、91年5月15日に施行された法律、(1)暴対法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)にも関係していると見てもいいのだろう。
昭和の時代には、暴力団の世界が美化され、彼らの師弟関係や友情が秀麗に描き出されていた(当時から一部、否定的な意見も見受けられていた)。
その世界観を真っ向から否認され始めたのが、まさに90年代からだろう。
映画の世界では、この時代に伊丹十三が、監督したヤクザの民事介入暴力と真正面から対抗する女性弁護士の活躍を描いた『ミンボーの女』という作品がある。
従来までは、ヤクザそのものが「美」として描かれていた反面、この作品ではヤクザの存在を「悪」として描いている。
この作品がきっかけとして、伊丹十三は日本の裏組織から命を狙われるようになり、作品公開の数年後には謎の死(飛び降り自殺)を選んでいる(この自殺にも当時から様々な憶測が飛び交っている)。
伊丹監督の事件は、少なからず日本社会に何かしらの影響を与えたに違いない。
この時代を境に、映画業界では「ヤクザ映画」「任侠映画」の製作は、如実に本数が減退したと考えられる。
近年での本ジャンルの代表作で言えば、北野武監督製作による『アウトレイジ』シリーズ『その男、凶暴につき』『BROTHER』や三池崇史監督製作による『極道大戦争』『極道恐怖大劇場 牛頭 GOZU』『第三の極道』などがある。
また、近年では『任侠ヘルパー』『ヤクザと家族 The Family』『任侠学園』など、変わり種となる作品もまた、見受けられる。
コンスタントに製作はされているものの、「東映ヤクザ映画」のような泥臭く、暑苦しい、脂汗にまみれたエネルギッシュな「ヤクザ映画」は、近年製作されてこなかったのではないだろうか?
一方で、本作『孤狼の血 LEVEL2』は、前作同様にヤクザ映画として偉業を成し遂げた『仁義なき戦い』シリーズの世界観を見事に踏襲した近年を代表する令和時代の「ヤクザ映画」として大きく躍進している。
また、本作において注目したいのは、主演の2人の怪演ぶりだ。
松坂桃李と鈴木亮平の存在感は、本作ではなくてはならないキャスティングだ。
後者の鈴木亮平は、昔から役作りに定評のある素晴らしい俳優だ。『HK 変態仮面』シリーズにしても、『俺物語!!』にしても、また白石和彌監督作品『ひとよ』にしても、彼の役者としての役作りは、ストイックでありながら、完璧主義を地で行くような役に対する真摯な姿勢が見える。
様々な役柄をこなせる真に逼った役作りは、まさに変幻自在に役者としての自身を変えれる「カメレオン俳優」そのものだ。
また、昨年末には(2)第34回日刊スポーツ映画大賞における助演男優賞を、昨年公開した映画『孤狼の血 LEVEL2』『燃えよ剣』『土竜の唄 FINAL』の3つの作品で受賞している。
特に、本作での役に対する作り込みが、評価の対象になったのだろう。残虐なヤクザという難役を通して、これまでとはまた違った魅力を引き出している。
そして、本作の主演を惜しみない演技力で表現したのが、松坂桃李だ。
彼の出演作はほとんどがヒットを飛ばし、どれもが彼の役者としての代表作となっている。
ただ、本作『孤狼の血 LEVEL2』は、紛れもなく彼自身の代表作になったに違いない。
過去のどの作品と比較しても、本作ほどのハマり役はないだろう。
実力派俳優としての階段を着実に登っているのは、目に見えて良く分かる。
前作『孤狼の血』では、主演の役所広司の熱演が、光ったアクション映画だった。
彼がいなければ、前作は成り立たなかったのではないだろうかと、思わされるほど、公開当時から俳優、役所広司のための作品であった。
本作では、役所広司演じる大上章吾が急逝した設定上、前作での準主役であった松坂桃李演じる日岡を主役に充てがう必要性が生まれた。
前作の「役所広司」の映画というイメージを払拭させるために、俳優として役柄にどうアプローチしようかと、模索したはずだ。
また、前作に出演した際の自身の演技も参考にして、役作りに向き合ったのだろう。
本作と同時期に公開された映画『空白』にも、松坂桃李は出演しているが、映画『孤狼の血 LEVEL2』とは、まったく異なるひ弱なキャラクターを演じている。
この両作の撮影時期(クランクインからクランクアップ)が、どのようにスケジュールが組まれ、松坂桃李の役作りにどう影響を与えたのか調べてみた。
すると、この2作の撮影は半年ほどの期間を開けて、行われていた。映画『空白』の撮影スケジュールは、2020年3月にクランクインし、クランクアップは翌月4月19日に行われている。
一方で、映画『孤狼の血 LEVEL2』でのクランクインは、2020年9月29日からで、クランクアップは2020年11月8日だった。
前者の作品のクランクアップから後者の作品のクランクインの期間が、たったの5ヶ月。
さらに、この期間には他の撮影スケジュールも入っていたはずだ。
連続ドラマの撮影や単発の番組の撮影など。
彼らの仕事は、映画だけではないはずと考えると、相当ハードな日程の中で、次作への役作りもしていたのだろう。
これらの事柄を踏まえて考えると、映画『空白』での激高した主人公に問い詰められる惰弱なスーパーの店長と本作『孤狼の血 LEVEL2』での泥臭くもギラギラした悪徳刑事を体当たりで演じている。
これら2作の役柄のギャップを考えたら、この短期間での作り込みは役者としては素晴らしいの一言に尽きる。
前作では、完全に「役所広司」のヤクザ映画だったにも関わらず、本作ではその印象をすべて拭い去り、「松坂桃李」のヤクザ映画として昇華している。
そこには、前作からのプレッシャーもあったのだろうが、まさに本作は彼ら若手の真の代表作と言っても過言ではないぐらい、作品として、俳優としての出来は完璧ではないだろうか?
ベテランが引導を渡した今、若手俳優たちが実力派演技派俳優としての地位を確立していく時代へと突入したのだ。本作『孤狼の血 LEVEL2』は、そう思わせてくれる2021年を代表する作品だ。
そしてもう一つ、本作の利点を挙げるなら、作品全体の「裏社会」という雰囲気を醸し出すために、技術面での照明が遺憾無く発揮している点だ。
これは、作品の最初から最後まで言えることだが、この作品の功績は、照明部の力も大いに加わっていることにも注目したいところだ。
どの場面にも、必ずと言っていいほど、光と影の割合が美しく映像として表現されている。「光」の部分は登場人物たちの心情を表現し、「影」の部分は裏社会の黒いところを見事に表現している。
本作を鑑賞する上で、この「照明」にも注視すると、また新しい発見があるのかもしれない。
照明部というのは、映画の中でもなかなか注目されない分野だろう。
でも、作品を支えているのは照明部や美術部、衣裳部、スタイリストといった影で尽力するスタッフたちのことを忘れてはならない。
照明部として本作に携わっている川井稔という方にも、関心が高まる。
この方の細かな経歴や詳細は分からないが、どのような作品に照明部として関わっているのか調べてみると、最初期の映画は98年の『’hood フッド』というダンスを主題にした作品からだ。
この時期であれば、2001年のヒット作『冷静と情熱のあいだ』が有名だろう。これらの作品に関係した後は、『シュガー&スパイス 風味絶佳(2006年)』には携わっているものの、商業作品への参加は著しく減っている。
2010年以降から再度『武士道シックスティーン(2010年)』や『桜田門外ノ変(2010年)』というような大作映画の現場で腕を奮っている。
また、一作目『孤狼の血』にも参加されているようだが、前作以上に本作では、照明技師としての照明が申し分なく、遂行されている点にも心が惹かれるポイントだ。
撮影現場における、照明部とは一体どのような役割を担っているのだろうか?
一言で言えば、現場で照明(光)を扱う人のことを照明部、照明技師と呼ばれている。
ここをもう少し掘り下げてみると「照明技師とは、撮影部と組んで脚本や監督の計画が撮影で具現化されるように照明器具を取り扱う人物」のことを指す。
(3)照明技師がする仕事(詳細に記述された記事もある)は、撮影部と対等になって、照明の位置などを決めていく現場でも重要なポジショニングだ。
日本では、この部署は日本映画の黎明期から存在していた。
その時代から現代まで、著名な照明デザイナーは存在している。
例えば、過去には石井長四郎、岸田九一郎、佐野武治、藤林甲の名前が挙げられる。
また近年では、中村裕樹、長田達也、島田忠昭など、業界で活躍している照明マンもいる。
また本作には、もう一点見逃してはならない優れた点がある。
それは、作中に登場する美術だ(照明部と来たら、撮影部を並行してピックアップするのが妥当だが、ここでは敢えて美術に絞る)。
前作と同じように、今回の作品でも今村力氏の美術が、冴え渡っている。
一作目では、時代設定や背景を意識した現場での、セットが素晴らしかった。
今回においては、残虐性を誇張するような細かな部分で作品を支えているようにも見えた。
それは、ある場面で描写しているくり抜かれた眼球と、それに繋がる視神経、そしてそれらを取り巻く鮮血の血糊が演出上、細部まで拘っているようにも感じ取れた。
前作では、日本アカデミー賞における美術部門で賞を獲得しているベテランだ。
今回のこの作品でも、何かしらの賞を獲得してもいいのではないかと思う。
最後に、長々と書いているが、本レビューで書きたいことは、本作『孤狼の血 LEVEL2』が、ベテランや若手など関係なく、この業界で活躍する人々が団結して作り上げた力作だということだ。
人様に観てもらえるように、渾身の力で作り上げた努力と苦労の結晶の塊だと言うことを忘れてならない。
映画『孤狼の血 LEVEL2』は現在、全国のレンタルショップで好評レンタル中。
(1)全国暴力追放運動推進センターhttps://www.zenboutsui.jp/jousei_taisaku/taisakuhou/index.html(2022年1月1日)
(2)【映画大賞】鈴木亮平「精いっぱい役を愛す」3作品で助演男優賞https://www.nikkansports.com/m/entertainment/news/202112270000744_m.html?mode=all(2022年1月1日)
(3)中高生のための・・・未来のヒントに出会う場所。13歳のハローワーク公式サイト【ライトマン[照明技師]】https://13hw.com/jobcontent/02_05_11.html(2022年1月1日)