ドキュメンタリー映画『拳と祈り 袴田巖の生涯』その拳が許さない

ドキュメンタリー映画『拳と祈り 袴田巖の生涯』その拳が許さない

2024年10月24日

耐え難いほど、正義に反するドキュメンタリー映画『拳と祈り 袴田巖の生涯』

©Rain field Production

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作品冒頭、もう涙が止まらなかった。様々な感情が一度気に脳裏に心に押し寄せて、この何とも言えない複雑な心情を激しく掻き立てる。このドキュメンタリーは、今年必ず観なければいけない一本だ。こんな言い方や言い回しをするのは抵抗あるが、それでも、目を背けてはいけない真実がある。47年7ヶ月という長きに渡り、無実の罪にも関わらず死刑囚として東京拘置所に収監されていた袴田巌さん。今日、明日、死刑に処されるかもしれないという日々の恐怖に耐えながら、彼が眺め続けたのは自由と希望だろう。30歳で逮捕されて、およそ58年間の失われた時間は取り戻せない。「あと、10年早ければ」という世間の声も聞こえて来る。なぜ、何度も訴えて来た再審請求が、何度も棄却されなければならなかったのか?この日本の司法の在り方に対し、大きな欠陥があるとしか思えない。正しく捜査されたのか、正しく裁かれたのか。袴田さんの大切な人生がぞんざいに扱われ、ボロ雑巾のように捨てられた。この事実に、私は猛烈に抗議したい。警察の捜査によるでっち上げ、捏造、作られた嘘の犯罪物語。無実を訴え続けても、世間の誰にも、誰の耳にも届かなかった彼の心の慟哭が、貴方には聞こえますか?袴田さんの心の叫びを。ドキュメンタリー映画『拳と祈り 袴田巖の生涯』は、死刑囚が再審開始決定と同時に釈放されるという前代未聞の事態が劇的に報道されるなか、22年間にわたって袴田さんを追い続ける笠井千晶監督が、その舞台裏を記録した時の重みを感じるドキュメント。これは他人事だとは思わずに、明日、貴方も冤罪事件に巻き込まれる可能性がある事を心に留意して頂きたい。

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改めて、袴田事件とは何だったのか?この事件が起きた当時を知っている方は、とうに歳も重ね、袴田さんと同年代の方は80代年前後。若くても60代だが、その方も皆、当時は産まれたばかりか、子どもの頃で、事件の記憶も薄らいでいるだろう。既に、日本人の人口の半分以上が実は、この袴田事件を知らないという事実に直面している。袴田事件(※1)、1966年(昭和41年)6月30日に日本の静岡県清水市横砂(現:静岡市清水区横砂東町)の民家で発生した強盗殺人・放火事件を指す昭和中期、日本が高度経済成長へと歩みを進めようとしていた時代に起きた凶悪事件だ。事件の概要は、味噌製造会社の専務一家4人が殺害され、事件発生から1週間。警察は、述べ1000人規模の捜査員を動員し捜査をしたが、手掛かりは掴めず暗礁に乗り上げていた。事件直後の袴田さんの左手はけがをしており、部屋から血のついたパジャマ(この血の付いたパジャマこそ、警察の捏造品)(※2)が押収された。事件が起きた時間、アリバイもなかった事も強く疑われた。警察は、長時間にわたる拷問まがいの取り調べで袴田さんを苦しめ、自白を強要した。そして、1968年9月11日。静岡地裁は、袴田さんに死刑判決を言い渡す。続く1980年12月12日、最高裁第二小法廷が上告を棄却し、死刑が確定。袴田さんは、人生で2度、無実の罪にも関わらず、2回死刑判決を受けている。彼自身の命も人生も存在もすべて否定した国や司法、警察は、彼に何を返せるというのだろうか?人生か?時間か?人からの信頼か?彼が失ったすべてを返す事ができるのか?これが、袴田事件の概要であり、事件の顛末であるが、68年という歳月を経て、2024年、やっとこの事件に一旦の終止符が打たれた訳だが、冤罪事件として無罪を勝ち取った袴田さん(※3)の闘いはこれからもまだまだ続き、日本全国の支援の輪がより必要となる。今こそ、私達日本人は彼の為に立ち上がるべきだ!日本の膿をすべて絞り出し、クリーンな国にすべく、私達は袴田さんを長期間、支援する必要がある。

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冤罪事件は、いつどこで起きるか分からない。日常の中に潜む冤罪は、ある日突然、私達に襲い掛かる。気が付いた時には、なぜか刑務所の檻の中に収監されていたなんて、誰もそんな体験したくないのでは?「俺はやってねぇ!」と訴え続けても、権力も国民も誰も耳を貸してくれない現実。そんな日々を、貴方は送りたいですか?以前に、ドキュメンタリー映画『正義の行方』や『マミー』にて、冤罪事件を取り上げ、私は世間にあってはならない冤罪の是非を訴えた。最も、私達の日常において身近な冤罪事件は、痴漢冤罪(※4)ではないだろうか?男性諸君は皆、満員電車に乗る時は両手を吊り革に掛けて、痴漢犯ではないという意思表示をしてないか?近頃、世知辛い世の中になってしまったが、自身を守り疑われなくする為の自己防衛線が、吊り革に両手だ。冤罪は、遠い存在ではなく、毎日繰り返される日常の中、私達の隣に存在する。日本の4大冤罪死刑事件と言えば、免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件。このすべてが、一度死刑判決を出してから、事件の再捜査の結果、逆転無罪を手にした日本で最も有名な冤罪死刑事件。そして、今回の袴田巌さんの無罪確定は、これらの事件と類する、もしくは匹敵する程の大事件であり、今司法や警察、国家権力、または私達国民の資質が問われる重大局面に直面している事を認識した方がいい。また今年はドキュメンタリー映画の他に、劇映画にて冤罪をテーマにした作品が年末に公開予定だが、今年は一年を通して、冤罪事件とは何か?を問う私達日本人にとって、非常に大切な一年になるに違いない。また冤罪に対する価値観の棚卸しができる、一年ではないだろうか?ドキュメンタリー映画『拳と祈り 袴田巖の生涯』を制作した笠井千晶監督は、本作や袴田巌さん、冤罪事件についてこう話す。

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笠井監督:「世間では、無罪になることだけが巖さんにとってのゴールだと思われているかもしれませんが、私は少し違うと思います。巖さんの中では、無罪かどうかという次元はとっくに超越されていて、もっと壮大な理想を心に思い描かれている。それは巖さんの心の中の戦いでもあり、タイトルにも付けた「祈り」という言葉が最もしっくり来ると思いました。」(※5)と、今回の事件を22年間、間近で見て来た監督だからこその答えだろう。確かに、無罪を勝ち取ったからと言って、終わりでもなければ、ゴールでもない。むしろ、ここからが本当の戦いが始まろうとしている。名誉毀損での訴え、刑事裁判、民事裁判と、日本の司法がスピード判決では無い事を指摘した上で、袴田巌さんの闘いは後何十年必要となるが、彼の命の尽きる寸前瞬間まで、諦めずに国や司法、警察組織が袴田さんに行ってきた卑劣の数々を、許してはいけない。

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最後に、ドキュメンタリー映画『拳と祈り 袴田巖の生涯』は、死刑囚として47年間の獄中生活を送った袴田巖さんの闘いの軌跡を追い続けた貴重な生の裁判記録の数々だ。諦めなかった56年。どんな思いで、袴田さんは無罪が確定するその日を待ち望んでいたのだろうか?冤罪事件によって、人生を狂わされた人々は大小問わず、日本全国に点在する。その中でも今年、映画『マミー』として公開された和歌山毒物カレー事件の林真須美死刑囚への現在の扱いは、どうたろうか?今回の袴田事件が無罪判決となった今、再度、この毒物カレー事件の裁判を開くべきである。また、袴田事件の影響を受けて動き出したのは、福井女子中学生殺害事件(※6)という1986年3月に起きた事件が、38年の時を経て、今再び、止まっていた時間が動き出した。この当時、21歳だった容疑をかけられた方は今では59歳となり、彼の38年という人生は失われた。今回のこの事件のケースでは、警察の捜査の捏造より、男性の周囲の人間の嘘の証言とその証言に同調した警察の調書が決め手となった裁判だ。こうして蓋を開けてみると、冤罪事件として時代と共に忘れ去られた過去に起こった事件があるなら、今回の袴田事件をなぞって、もう一度、再審請求に踏み込むべきだ。袴田さんの今回のケースが、冤罪で悩む多くの人々の希望の光となって欲しい。最も新しい袴田事件の報道では、静岡県警の津田隆好本部長は袴田さんの自宅を訪れ「58年間の長きにわたり、言葉では言い尽くせないほどのご心労、ご負担をおかけし、申し訳ありませんでした。より一層緻密かつ適切な捜査に努める。」(※7)と、直接謝罪した。袴田さんのお姉さん秀子さんは「今更、警察に苦情を言うつもりはありません」と少ない言葉を残したが、日本の全国民は静岡県警に対し、58年前に戻って、もう一度、もう一度、この事件の捜査を行い、どんな結末であれ、真犯人を見つけ出し、その結果報告と謝罪をするべきだと願っている。現時点で謝罪をしても、何の効力もない。袴田さんご家族に対しても、ただただ失礼だ。ただ袴田さんが握った拳の中には、何があるのか考えたい。彼の拳の中には、この世に生きとし生ける弱き立場の人々への袴田さんからの熱い祈りとエールが握られている。弱者を助けようとする強い祈りこそが、未来を照らす僅かな希望だ。袴田さんの闘いは、まだ終わらない。今、始まったばかりだ。冤罪事件が無くなるその日まで、彼の拳が許さないだろう。

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ドキュメンタリー映画『拳と祈り 袴田巖の生涯』は現在、全国順次公開予定。

(※1)《袴田巌さん無罪確定へ》「今、恐れているのは、僕を犯人にでっち上げた警察ですよ」“ねつ造”証拠と袴田事件の58年https://bunshun.jp/articles/-/74021(2024年10月23日)

(※2)事件当日のパジャマが法廷に…犯人だとする4つの“根拠”に「検察庁が小さく見えるほどの反論」袴田さん再審“年内最後”の審理【袴田事件再審公判ドキュメント⑤】https://newsdig.tbs.co.jp/articles/sbs/905269?display=1(2024年10月23日)

(※3)袴田巌さん無罪確定 信じ続けた家族 獄中から5000通を超える無実の訴えhttps://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/900010627.html(2024年10月23日)

(※4)痴漢冤罪で絶対にしてはいけないこと4つと使える対処法2つhttps://wellness-keijibengo.com/molester-lawyer/chikan-enzai/(2024年10月23日)

(※5)映画『拳と祈り ―袴田巖の生涯―』 無罪はゴールではない 笠井千晶監督インタビュー 2024年10月1日https://www.kirishin.com/2024/09/26/68379/(2024年10月24日)

(※6)福井女子中学生殺害事件の再審決定 名古屋高裁支部、関係者供述の信ぴょう性を否定https://www.chunichi.co.jp/article/975806(2024年10月24日)

(※7)無実の叫び 袴田事件 袴田さん姉「巌は謝りに来たこと分かった」 県警本部長が直接謝罪https://mainichi.jp/articles/20241021/k00/00m/040/200000c(2024年10月24日)