映画『盲山』檻の向こう側には今も

映画『盲山』檻の向こう側には今も

封印されてきた“禁断の傑作”映画『盲山』

©2007 Tang Splendour Films Limited – Kun Peng Xing Yun Cultural Development Limited

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Kun Peng Xing Yun Cultural Development Limited

就職関係で若い女性に連れられて、山奥にやって来た女子大生。彼女は将来の新しい展望を期待して、辺鄙な田舎の新天地に誘われた。それが、偽の就職関係者と村人達の大きな罠とも知らず、信じて疑わない女性の純粋さに漬け込んだ悪意。正直者は馬鹿を見ると言われるが、職が与えられると信じて、都会から田舎へと訪ねたにも関わらず、彼女を歓迎したのは新しい職場ではなく、監禁場所。村人から身分証も何もかも奪われた女性は、村の若い働き手、村の若い男の嫁候補として人身売買のブローカーから村人に売られてしまった。人身売買の恐怖や裏社会の深い闇に嵌った以上、その蟻地獄から抜け出す事は不可能。誰にも助けてもらえず、救いの叫びは世間に届かない暗い監禁所に閉じ込められたら最後、その村からは離れられない。これは、中国で実際に起きている人身売買の闇を暴いた作品だ。映画『盲山』は、中国の山奥の村に花嫁として売られた大学生の運命を、ドキュメンタリータッチの映像で生々しく描いた社会派スリラー。2007年に製作され、中国では政府の検閲により約20カ所のシーンをカットしたものの、最終的に国内上映禁止となった経緯があり、制作から18年が経過してやっと、社会の光が当たった。この重き年月に人身売買問題の根深さと闇深さを感じて止まない。この悲しみは、現代の今の世でも続いている。この悲劇の連鎖を断ち切るには、一体何が必要と言うのだろうか?

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人身売買の問題は、中国だけの問題ではなく、現在、世界中のあらゆる国で人身売買が行われている。まず、アメリカ国務省は世界の人身売買(※1)の報告書の中で、2000年に人身取引被害者保護法(TVPA)に基づき、世界各国の評価について、第1階層(Tier1)、第2階層(Tier2)、第2階層・監視リスト(Tier2 Watch List)、第3階層(Tier3)とらまとめている。ヨーロッパの国々やアメリカ、カナダなどが第1階層の評価を基準に、最低ランクの第3階層には、どんな国が関係しているのか?たとえば、アフリカではチャド・南スーダン・エリトリア、アジアでは中国・北朝鮮、中東ではシリア・イラン・アルジェリア、中南米ではベネズエラ・ニカラグア・キューバと続き、最後にロシアやベラルーシが挙げられる。国家として貧困に喘ぐ国や社会主義国家の色が濃い国々が、人身売買における評価で最低評価を下されている。日本はと言えば、第2階層として評価が下されている。日本は技能実習制度の下、移住労働者の強制労働が行われ、また子どもへの性的搾取もあると指摘されているのが、実情だ。人権無視の人身売買、人身取引は、世界の至る場所で起きている。より詳しく、アジアや東南アジアの地域における人身売買の実態に触れてみると、当事者における深い悲しみが見えて来る。たとえば、「騙されてニワトリのように売られた」(※2)この言葉は、人身売買の被害にあったカンボジアの少女が実際に発したもの。カンボジアでは、人身売買だけでなく、児童買春の実態もまだまだ残っており、年端のいかない幼児や幼女が家庭の口減らしの為に売られて行ったり、街中で誘拐された挙句に裏社会の人間に引き渡されるケースが起きている。ベトナムでは、27年間、中国の人身売買の犠牲に遭った女性(※3)もいる。ベトナムの公安省によると、ベトナムでは2016年から2019年の6月までに、2600人を超える被害者が確認され、そのうち9割近くの2319人の行き先が中国だったということです。これはもう、中国国内の問題だけでなく、アジア全体に関わる国際問題でもある。また、中国における人身売買問題が日本に直接的に関係がなくても、日本には北朝鮮による拉致問題(※4)が絡んでいる。拉致問題は、人身売買とは少し種類に違いがあるかもしれないが、これも人権保護における重大な人権蹂躙の様相だ。中国国内だけで起きている人身売買の問題であり、日本には関係ないようにも感じられるが、様々な視点で物事を見、判断した時、この中国国内における人権問題がいかに日本と密接な関係にあるか、また他人事ではないと深く考える事ができるだろう。

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世界各地で起きている誘拐問題は、今では国際問題として世界に問題提起されているが、その実態を知る者はほとんどいない。どのように人が連れ去られ、どのように売られて行くのか?その手口と犯行の様態は、裏社会で秘密裏に行われており、普通に一般社会で暮らしていれば、ほとんどの確率で出会う事のない事例だ。たとえば、北朝鮮による日本人の拉致の場合、工作員が被害者の進路を自動車で塞ぎ、銃器で威嚇して連れ出す方法が一般的と言われている。また、被害者が抵抗した場合、船の船倉に閉じ込めるなどの方法で連行されたケースもある。拉致後、周囲からの尾行を避け、証拠を残さないために、被害者の目隠しをしたり、回り道をして撹乱させる方法を取っている。これらの記述を見る限り、非常に大胆であり、乱暴なやり方ではあるが、昔はこれが一般的であったのだろう。アメリカでは、映画『チェンジリング』で取り上げられたシリアルキラーの連続少年誘拐犯によって1920年代に起きたゴードン・ノースコット事件(※6)では、言葉巧みに少年を誘い出し、自身が運転する車に同乗させ、何人もの少年を誘拐している(その上、狡猾な事に標的にした男児を安心させるため同年代の親戚の少年を乗せる程、用意周到であった)。現在、その手口もより巧妙に、老獪になっている。世界的プラットフォームの動画サイトでは、街の監視カメラが闇組織の人身売買のブローカー達が誘拐する瞬間を一部始終捉えている。画像と共に、少し紹介したいと思う。南米では、ゲームに夢中になって興じる少女に2人のピエロが近づき、一緒になってその場を楽しむ姿がカメラに映されている。少女を楽しい気分にさせたまま、手を繋いで車に押し込もうとした瞬間、ずっと怪しいと睨んでいた女性が咄嗟に少女を救って、誘拐は未遂に終わっている。

また、同じ南米ではアイスを買いに来た少女が、購入後アイスに夢中になっているところ画面の右側からおじさんが少女に近づくが、間一髪、アイス屋の店主の女性が咄嗟の判断で少女を救い、またも未遂で誘拐犯は逃げていく。

またアメリカでは、10歳の少年が街中で怪しい女性に付きまとわれ、咄嗟に目の前の店に入り、母親のフリをして欲しいと頼み込み、事態を察した店の女性が親のフリをして、事態を収束させている。

ところ変わって、誘拐事件のメッカの中国では、道を尋ねるフリをして、麻酔薬を染み込ませた地図を少女の顔にワザとらしく近づける。質問が終わった後、立ち去る男性、少女は急に頭を抱えて痛がる素振りを見せると、違うグルの女性が介抱しようと近づくも、ここでも一般女性が機転を利かせ誘拐犯を追い払い、未遂に終わる。

中国では、誘拐事件は日常茶飯事で、国内の至る所で頻繁に起きている。特に、幼児が狙われる確率が高いが、親が抱き抱えていようが関係なく、狙いを定めてロックオンした子どもを力ずくでも奪い去ろうとする姿がカメラに収められている。

中国での誘拐事件やその後の人身売買や人権への扱いについて、議論される機会が増えている。2023年に世界中で報道された誘拐事件(※7)では、25年前に誘拐されて以降、何度も人身売買を繰り返され、現在の男性と結婚したようだが、2018年以降は鎖に繋がれ、光も水も届かない暗い場所で寝起きさせられていた事実に、中国社会では批判が殺到した。中国映画『最愛の子』でも取り上げられた2007年に起きた事件では、実の親を知らない当事者の少年(※8)が、数年一緒に暮らした養父母と共に暮らしたいと声を上げた。非常に悲劇の結末ではあるが、子を誘拐するビジネスの発端を作ったのは中国政府だ。中国政府が人口抑制のために1979年頃に導入し、夫婦1組の子供の数を1人に制限した一人っ子政策は、愚策の中の愚策だ。結果として、跡取り欲しさに男の子を誘拐する人が増えている(女性を誘拐する場合、村に居ない結婚相手を求めて、村人全員がグルとなって人身売買に手を染めている場合がある)。もう一つ、中国共産党中央委員会主席毛沢東の指示の元、中国政府が1960年代後半に打ち立てられた政策「上山下郷運動」(※9)による下放もまた、愚策の極みだ。目的は、思想統制や思想改造、社会主義国家建設への協力など、当時、都市部と農村部での経済格差や教育格差への差が広がり、それを等しいものにしようと、若い世代の青少年達を下放して農村に送り出している。映画『シュウシュウの季節』でも取り上げられているが、この政策は現地の青年達が起こしたストライキなどによって失敗に終わっている。この政策の失敗が、後の一人っ子政策へと引き継がれた要因の一つと言われており、現在における人身売買問題の大元と考えてもいいだろう。また32年前に起きた男児誘拐事件(※10)では、現在、その親が中国に誘拐であったと訴えているが、当局の回答に対して国民から批判の声が殺到している。「行方不明になった息子が女性の7人目の子どもだったことを理由に挙げ、当時、いわゆる一人っ子政策に伴い、計画外に出産した子どもに対しては「強制的な社会調達が行われていた」とした上で、「子どもを誘拐した行為も記録も残っていない」と説明した」とあり、恰も、当時の誘拐事件では一人っ子政策に則り、適法であり、合法であるという見方の見解を述べている。いかに、中国における誘拐や人身売買が闇深いか理解できる。ここまでは中国国内における誘拐事件を記述して来たが、日本国内において、この中国からの魔の手が忍び寄っていると言われている。国内で幼児や子どもが毎年、1000人以上が行方不明(※11)になっているが、その背景には中国人による誘拐が囁かれている。真相は定かではないが、「誘拐犯たちは中国企業「バイトダンス」が提供する「TikTok」から、子供の所在地や家族構成などの情報を盗み出してターゲットを絞り、犯行に及んでいる疑いがある。」と言われている。中国による人身売買や臓器売買の兇手は、すぐそこまで来ている。映画『盲山』を制作したリー・ヤン監督は、あるインタビューにて本作のリアリズムについて、こう話している。

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リー監督:「この映画を通して、誰もが弱い立場の人々を支援し、困っている人に出会ったら手を差し伸べるよう呼びかけたいと願っている。私たちの国がもっともっと良くなることを願っている。また、作品のリアリズムの最も根本的な要素は、真実を語り、現実の出来事を描写することです。作家が真実を語る勇気さえなければ、リアリズムのテーマに取り組む意味はないと考えています。想像力は映像化して売れるかもしれないが、そこには生命力がない。『盲井』『盲山』『盲道』の価値はまさにそこにあるのです。」(※12)と話す。想像力だけでは、そこに生命の息吹が感じない。物語に説得力のあるリアリズムがあるからこそ、作品が生き物として生かされる。作品のリアリティに拘ったアプローチは、この作品だけでない。実は、『盲山』には「盲」シリーズと呼ばれ、三部作の二作目にあたり、その前作では『盲井』、三作目には『盲道』と続いており、すべてリアリズムに特化した作品作りを基調にしている。全てを通して描かれるのは、中国国内における見えない部分の社会暗部だろう。

最後に、映画『盲山』は、中国の山奥の村に花嫁として売られた大学生の運命を、ドキュメンタリータッチの映像で生々しく描いた社会派スリラーだが、この問題は現代の今の社会でも実際に起きている事実だ。そして、その魔の手は日本にでも届いており、お隣の国の問題、対岸の火事に過ぎない事はない。私達は、どこまでも盲目な存在だ。今、社会で何が起きているのか、どんな事件が発生しているのか知ろうとしない。見えている範囲でしか物事を判断せず、実は見えている部分は全体の1%にも満たない。見えていない部分を見ようとしない、その盲目な神経に作品がノーと叫んでいる。作中、閉じ込められた監禁部屋の小窓の外側からカメラが覗くアングルで女性を見つめるショットが展開されるが、そのシーンを通して、私達は今もどこかに監禁されている女性や子どもがいる存在と事実に打ちのめされるだろう。檻の向こう側には、今も鎖に繋がれた人々が自由を求めて生きているのかもしれない。

©2007 Tang Splendour Films Limited – Kun Peng Xing Yun Cultural Development Limited

映画『盲山』は現在、東京と大阪にて公開中。

(※1)人身売買・人身取引の多い国はどこ? 気になる日本の評価は?https://eleminist.com/article/2916(2025年9月9日)

(※2)特集 アジアの子どもの人権 Part2 カンボジアの子どもの人権~性的搾取や人身売買と子どものエンパワメントhttps://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section2/2006/01/post-205.html(2025年9月9日)

(※3)“売られた”ベトナムの花嫁 数十年ぶりに戻ったふるさとで…https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/feature/2023/02/10/28963.html(2025年9月9日)

(※4)「日本政府、甘い言い訳は不要」「国際社会が連携を」北朝鮮拉致国連シンポで家族ら訴えhttps://www.sankei.com/article/20250627-5UOFYUPVLNE3XBGYH3DJAAA2Y4/(2025年9月9日)

(※5)海外における誘拐対策Q&Ahttps://www.anzen.mofa.go.jp/pamph/pdf/abduction.pdf(2025年9月11日)

(※6)A Chicken Coop Became a House of Horrors — and a Terrified Boy Was Forced to Do the Unthinkablehttps://people.com/gordon-stewart-northcott-chicken-coop-house-horrors-11695921(2025年9月11日)

(※7)中国 鎖で女性拘束事件 虐待罪で夫に懲役9年の判決 25年前に誘拐され数回人身売買https://newsdig.tbs.co.jp/articles/withbloomberg/423232?device=smartphone&display=1(2025年9月12日)

(※8)中国の夫婦、14年前に誘拐された息子と再会https://www.cnn.co.jp/world/35180591.html(2025年9月12日)

(※9)下放~学生・知識人に対する強制労働https://china-science.com/kahou-seisaku/(2025年9月12日)

(※10)32年前の男児 “誘拐” 中国当局の“当時の一人っ子政策に沿って行われた措置”で「誘拐ではない」 回答に怒りの声https://news.ntv.co.jp/category/international/bc14bdee28864afaabfd5a65b528e0e3(2025年9月12日)

(※11)【毎年1000人以上の子供が行方不明】日本で幼児誘拐している犯人もほぼ中国人であることが判明https://rapt-plusalpha.com/36204/(2025年9月12日)

(※12)专访导演李杨:电影创作要扎根到现实中去,没有别的途径可以走https://m.sohu.com/a/220750515_603734/?pvid=000115_3w_a(2025年9月12日)