第19回大阪アジアン映画祭 映画『水深ゼロメートルから』 映画『胴鳴り』 映画『Solids by the Seashore(英題)』映画『仮想』映画『春行』レビュー

第19回大阪アジアン映画祭 映画『水深ゼロメートルから』 映画『胴鳴り』 映画『Solids by the Seashore(英題)』映画『仮想』映画『春行』レビュー

今年もまた、第19回大阪アジアン映画祭が、大阪府で開催中。テーマは「大阪発。日本全国、そしてアジアへ!」。上映作品本数は63作品、上映作品の製作国 ・地域は24の国と地域が集結したアジア映画に特化した映画の祭典。3月1日(金)から3月10日(日)までの10日間、開催されている。本映画祭に出品された作品レビューと当日レポートを交えて、少しづつ紹介したい。

映画『水深ゼロメートルから』本音で語り合える心からの対話

©Swimming in a Sand Pool Production Committee

一言レビュー:『アルプススタンドのはしの方』(OAFF2020)に続く、高校演劇リブート企画第2弾。四国大会で最優秀賞を受賞した徳島市立高校演劇部の舞台を山下敦弘が映画化。プールの底から始まる新たな青春群像劇。あの時の青春時代は、もう二度と返って来ない。辛かった事も、焦燥感も、楽しかった事も、笑いあった事も、喧嘩した事も、すべてはあの時にしか経験できない尊い出来事。高校生の頃の私は、部活動には所属せず、友達も作らず、意外と淡白な学生生活を送っていた為、できるのであれば、もう一度、学生の頃に戻りたいと思ってしまう瞬間がある。本作『水深ゼロメートルから』の鑑賞は、その瞬間でもあった。水泳の補習のために集められた女子高生2人と補習とはまったく関係ない水泳部の先輩後輩の2人の合わせて4人の女子高生達が、学園生活を取り巻く自身の立場や環境を通して、ぶつかり合いながらも、高校生なりのアイデンティティを確立させようとする。本作を鑑賞しながら、ずっと80年代の名作『ブレックファスト・クラブ』を思い出していた。身分も立場も生い立ちも、校内でのカーストもまったく違う生徒達が補習のために一つの教室に集まって、衝突し合いながらも、互いの理解を深めて行く様が、本作『水深ゼロメートルから』とまったく同じだ。互いを理解するには、本音で語り合える心からの対話(※1)が必要だ。

©Swimming in a Sand Pool Production Committee

映画『胴鳴り』生きる事への答え

一言レビュー:ある夏、新潟で生まれ育ち高校を卒業したばかりの西沢光は母の真由美に黙って、まだ会った事のない父に会う為1人東京へやってくる。人間関係の断絶と、人と人の間に芽生える愛の可能性を描くロードムービー。全編8ミリ撮影の⾧編映画『阿吽』の楫野裕による⾧編第2作目。胴鳴りとは、山や海が鳴動すること。また、その音。雪が降る前触れといわれる。何かが起こる前触れの時、その先で何が起こるか分からず、つい身構えてしまいそうになるが、近い将来、何が起きても良いように、私達は今を生きなければならない。本作『胴鳴り』には、私達と同じように今を必死に生きようとする人物達が丁寧に描かれ、生きる事への「なぜ」を彼等に投影させているようだ。今を生きるという事(※2)は、時に痛みや苦しみを伴うものだが、それらが明けた後に訪れる快晴の空には、生きる事への答えが待っているのかもしれない。

映画『Solids by the Seashore(英題)』明日を生きる事への大きなヒント

一言レビュー:家族から結婚をせかされているイスラム教徒の女性シャティは、防波堤がテーマの美術展の為にタイ南部の町を訪れた芸術家の女性フォンと出会う。砂浜を侵食する波の音。二人は惹かれ合いながらも葛藤の波に飲み込まれていく。『マンタレイ』(2018年ヴェネチア国際映画祭)や『時の解剖学』(2021年東京フィルメックスグランプリ)で助監督を務めたパティパン・ブンタリクの長編デビュー作。2023年釜山国際映画祭NETPAC賞受賞。自然豊かな浜辺をバックに描かれるのは、2人の女性の友情と恋愛感情。タイを除いて、東南アジアにおける同性愛者達を取り巻く環境はまだまだ厳しい。生まれた国、住む地域によって、人生の境遇は、天と地のほど、大きく差がある。それでも、私達はその逆境に負けず、前を向いて生きる必要がある。生まれた時の目の前の環境に感謝しつつも、今までとはまったく違う生き方を模索する事こそが、明日を生きる事(※3)への大きなヒントとなる。

映画『仮想』「何か」に擬態しようと

一言レビュー:SNS上で気に入った女性と対面を果たした男。2人は惹かれ合うが、彼女は度々姿を消してしまい…。都会で孤独を感じる男女のスタイリッシュなラブストーリー。46歳で亡くなった監督の遺作。近年、あらゆる場面で多様化されているSNSは、誰でもない、何でもない「誰か」になれる世界。まさに、「仮想」の世界には、思わぬ落とし穴があったり、思わぬ出会いがあったりするものだ。私達は今、その誰でもない「何か」に擬態しようと願う生き物になっている。顔も名前も必要ないSNSの世界は魅力的な一方で、面と向かって顔と顔、目と目を合わせて会話をしなくなってしまったから、人間関係の希薄性は年々、増加しつつある。現実の世界が虚構《仮想》の世界で、SNSの中の世界がリアルの世界であると、若者世代を中心に混同する人も増えている事だろう。本作『仮想』には、このSNS時代に対する警鐘やアンチテーゼ的な側面が、多少なりとも、あってもおかしくない。それでも、私達は誰でもない「何か」に擬態しようと陶酔してしまっている。

映画『春行』夫婦の春は、必ず訪れる

一言レビュー:这次我离开你、是风、是雨、是夜晚 你笑了笑、我摆一摆手 一条寂寞的路便伸展向两头了

不便な山中で暮らす高齢の夫婦。妻はくどくどと文句を言いながらも、脚の悪い夫を支えている。夫は妻に悪態をつきながらも頼りにしている。仲がいいのか悪いのか、そんな夫婦にある日突然…。全編、スーパー16ミリで撮影されたという独特な画調と、静かで緩やかなリズムが心を打つ。サン・セバスティアン国際映画祭最優秀監督賞。シンガポール映画祭脚本賞、妻役のヤン・クイメイが最優秀演技賞。老夫婦の囁かな日々を描写した本作『春行』は、年金生活で暮らす日本の老夫婦の姿と何一つ違いはない。台湾社会が抱える問題と日本社会が抱える問題は、まったく同じだ。慎ましくも仲睦まじく生きる夫婦の春は、必ず訪れる。この老夫婦のような方が、一人でも少なくする社会を整える事が、今後の課題だ。

春夜喜雨 好雨知時節 当春乃発生 随風潜入夜 潤物細無声 野径雲倶黒 江船火独明 暁看紅湿処 花重錦官城(※5)

第19回大阪アジアン映画祭は現在、3月1日(金)から3月10日(日)までの10日間、シネ・リーブル梅田T・ジョイ梅田ABCホール大阪中之島美術館の4か所にて開催中。

(※1)全ての基本は「対話」にありhttp://www.j-phyco.com/category1/entry31.html(2024年3月8日)

(※2)“今”を大切にすれば人生が充実する。後悔しない生き方のヒントhttps://kinarino.jp/cat6/40611(2024年3月8日)

(※3)「今日を死ぬことで、明日を生きることができる」ネルケ無方氏の金言https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/5529/#google_vignette(2024年3月8日)

(※4)自分は何者か、何者でもないのか 哲学には答えがあるhttps://business.nikkei.com/atcl/plus/00016/060700010/(2024年3月8日)

(※5)『春夜喜雨』杜甫http://chugokugo-script.net/kanshi/shunya-ame.html(2024年3月8日)