天上の茶畑から違法ビジネスの地獄へ。映画『西湖畔(せいこはん)に生きる』
「お母さん今僕は思っています 僕に故郷なんかなくなってしまったんじゃないかと そしてひとつ残っている故郷があるとすれば お母さんそれはあなた自身です あなたは何から何まで故郷そのものです 今ここでこうして静かに目を閉じていると お母さんあなたの声が聞こえてくるんです お母さんの声が聞こえてくるんです 今も聞こえるあのおふくろの声 僕に人生を教えてくれた優しいおふくろ」
上記は、武田鉄矢率いる海援隊が、1973年に発表した日本のフォーク時代の名曲「母に捧げるバラード」の一節だ。これは、母への愛情や尊敬の念を海よりも深く、山より高く歌い上げた歌詞だが、この内容は過去に少年だった成人男性の心にはズシッと響くものがあるだろう。世間は、母親にベッタリな男性を「マザコン、マザコン」と揶揄するが(行き過ぎた愛情表現は偏愛だが)、心から母親を慕い、母親を敬う行為に対して、外野が兎や角言う必要はない。そこには、男の子どもが産まれてからの母親との人生の深い深い愛が刻まれており、それを他者が口出しできない。初めは臍の緒で結ばれ、産声を上げてからは目には見えない親子の縁で深く強く結ばれている。この世にたった一人しかいない母親を慕う子どもの愛情は、唯一無二ではないだろうか?映画『西湖畔(せいこはん)に生きる』は、釈迦の十大弟子のひとり・目連が地獄に堕ちた母を救う仏教故事「目連救母」に着想を得て、マルチ商法の沼に嵌る母親を助けようとする息子を描くヒューマン・サスペンスだ。地獄に堕ちた母を救う仏教故事の「目連救母」に準えて、違法ビジネス地獄に溺れる母を助ける息子の壮絶な姿を描写。一旦緩急時、貴方は大切な母親を助ける事ができるだろうか?
母親と子ども(特に、息子)の関係について、まずは哲学的に考えてみたい。母と息子の関係性とは、子供の健全な成長と幸福な人生の基礎を築くために、母親が果たす多面的な役割によって支えられていると(※1)、考えられている。母親とは、子を守る存在。母親とは、子が正しい道に進めるよう道標となる存在。一方で、心理学的に親と息子の関係について、考えてみるとしよう。心理学では、親子関係の研究が、発達心理学や家族心理学の分野を主軸に行われている。その点において、子どもが乳幼児期の子育て期間。親や養育者の対応が、その子どもの後の人生における人間のパーソナルな部分に大きな影響を与える(※2)と、言われている。最近、毒親や親ガチャ(※3)というその家庭に産まれ落ちた事によって、人生の往く道が固定され、決まってしまぅような親子の関係性に対して、どう問題を解決するかが、課題にもなっている。それには、第三者や外部からの力添え無くして、子どももその親も、互いの関係に苦しむ親子を救う事はできない。ただ、親が子どもの人生を操作してはならない。子どもは、自身の人生において、どこまでも自由選択ができる権利があって当然だ。家族親子関係が崩壊しつつある今、親は子に、子は親に何をすべきかを考える必要があるだろう。子どもを健全に育てるには、まずは自身を取り巻く環境、親子関係、子への愛情を再構築する必要があるだろう。
本作『西湖畔(せいこはん)に生きる』で取り上げられている題材は、違法ビジネスやマルチ商法だ。普段、普通に生活していれば、このような集団に出くわす事はほぼ皆無だろう。でも、どこかのタイミングで落とし穴に落ちてしまう事もある。近頃、日本でもマルチ商法に関する事件で逮捕者が出ている。この問題は、随分昔からあり、今フッと湧いて出た来た問題ではない。改めて、違法ビジネス、マルチ商法とはどんな問題なのか?マルチ商法、ネットワークビジネス、組織販売ビジネス、連鎖販売取引はすべて同じ意味を持つ言葉だ。2022年に起きたアムウェイ問題に関して、マルチ商法は違法ではないけれど違法と紙一重という戒めで事件が動いてもいる。全てが悪質ではないが、会員(販売側)の認知のゆがみ、ずるさと無知が悪質な原因ではあるが、販売目的があるにも関わらず、何も言わず会うのは違法。連鎖販売取引法(※5)にも引っかかってしまう。近年、問題になっているのは、このマルチ商法の泥沼に嵌った若者たちの自殺(※6)だ。なぜ、若者が自ら自死を選ばなければならなかったのか?なぜ、被害者の遺族が悔し涙を流さないといけないのか?日本社会に生きる私達は、不公平という名の元に生きている。中国のおけるマルチ商法の問題(※7)は1990年頃から始まっており、国内外非常に根深い問題と言える。映画『西湖畔(せいこはん)に生きる』を制作したグー・シャオガン監督は、あるインタビューにて本作の舞台となっている監督自身の故郷である杭州市について、こう話している。
シャオガン監督:「杭州の風景は非常にユニークな都市スタイルです。都市と山と川が一体化しています。これはまた、『春江水暖 しゅんこうすいだん』から『西湖畔(せいこはん)に生きる』まで、私の映画制作方法のいくつかを生み出しました。山と川があるところに人間性がある。その風景を見る時、私たちはこの土地に対する過去の伝統文化の理解と見方を持っており、その文化的文脈が『西湖畔(せいこはん)に生きる』では表現されている。」(※8)と話す。「山と川があるところに人間性がある。」本来、私達が先祖代々から受け継がれて来た人間としての感情や思想が、自然の中から生まれ来るものであるというのだ。慌ただしい競争社会の今、都市開発の発展は進み、本来私達自身が楽しみ、癒され、潤わされるべき自然のパワーが、人間自らの手によって奪われている。その社会や自然破壊の歪みが、違法ビジネスや犯罪の温床へと直接的に直結しているのだ。その点に関して、シャオガン監督自身が映画を通して、私達に「気付き」を与えようとしてくれている。
最後に、映画『西湖畔(せいこはん)に生きる』は、釈迦の十大弟子のひとり・目連が地獄に堕ちた母を救う仏教故事「目連救母」に着想を得て、マルチ商法の沼に嵌る母親を助けようとする息子を描いたヒューマン・サスペンスで、母親に対する息子のどこまでも続く底無しの深い愛が作品のテーマにもなっている。小さき息子を可愛がり、愛情持って大人になるまで育てた母親。成人した息子は、物理的に精神的にも甲斐甲斐しく自身の背中を母をおぶる。母親と息子の関係を言葉で言い表す事は到底難しいが、娘以上の目には見えない深い愛の関係が母親と息子の間にはある。年老いて行く母親を守る事も、助ける事も、愛する事もできるのは、息子である貴方自身だ。貴方にしかできない。今も聞こえ来ないか?あのおふくろの声。優しかったおふくろの声が、貴方の耳に残像として、思い出として残ってないか?あの優しかったおふくろの声が…。
映画『西湖畔(せいこはん)に生きる』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)子育ての母親と父親の役割についてhttps://www.designlearn.co.jp/childshinri/childshinri-article11/#:~:text=%E6%AF%8D%E8%A6%AA%E3%81%AF%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%AE%E6%9C%80%E5%88%9D,%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%AF%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82(2024年11月23日)
(※2)親子関係の心理学https://www.terada-medical.com/column/parent-child-relationship/(2024年11月24日)
(※3)なぜ親ガチャという言葉が流行りだしたのか?毒親の特徴・ハズレたと感じる具体例https://spaceshipearth.jp/oya-gacha/(2024年11月24日)
(※4)マルチ商法で違法勧誘事件 マッチングアプリで7割を勧誘かhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20240712/k10014509231000.html(2024年11月24日)
(※5)今さら聞けない5分でわかるマルチ商法とネットワークビジネスの闇。高額な特定利益に飛びつく人達https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/41bbc0d57388cc8e738e7eb4024f9240168881a5(2024年11月24日)
(※6)「投資に興味ある?」 同級生の勧誘からわずか1カ月 22歳の女性はなぜ命を絶ったのか 「他の被害者も助けたい」と遺族が損害賠償を求め訴え 菊地弁護士は「詐欺での立件はできなかったのか」https://www.ktv.jp/news/feature/221102-2/(2024年11月24日)
(※7)政策解读:禁止传销的发展历程http://sczxs.mofcom.gov.cn/article/brxd/wenda/201906/20190602873796.shtml(2024年11月24日)
(※8)专访|《草木人间》导演顾晓刚:坐上传销的大巴车,我开始被洗脑https://tidenews.com.cn/news.html?id=2762462(2024年11月24日)