映画『熱烈』血を血で争わない世界に | Tiroir du Kinéma ティロワ・デュ・キネマ

心で踊れ！映画『熱烈』

熾烈なダンスバトルが、繰り広げられるブレイキンダンス大会。鎬を削って、激しい戦いに身を投じるダンス・パーフォーマー達は、バトル当日まで、自身の技術を高める為、多くの仲間達と切磋琢磨させながら、世界一を目指して踊り続ける。ここで混同されやすいのが、ブレイキンとブレイクダンスの違いだ(※1)。日本では、ブレイクダンスという言葉が世間一般に知れ渡るようになってから、誰もが「ブレイクダンス」と口にするが、実はこの名称は間違いである。ブレイクダンスとは、映画『ブレイクダンス』の英題が「Breakdance」であった為、日本のテレビ業界やエンタメ業界といったメディアがこぞってブレイクダンスと言い出した結果、日本の世に定着したのが始まりだ。この呼称が世間一般に知れ渡るようになったが、実際の「ブレイクダンス」の呼び方は間違いでなくても、「ブレイクダンス」と「ブレイキン」は同じ意味を持つ。現在、日本の至る所で良く耳にする「ブレイキン」が正しい事を紹介しておく。話を戻して、このブレイキンには多くの技が存在し、その技を組み合わして出来上がるものが、ダンスバトル会場で見られる技と技の融合の結晶だ。そのブレイキンには多くの技があり、全部で60種類以上。その中でも、パワームーブ(回る技)がブレイキンを表す代表的な技で、スワイプス、ウィンドミル、トーマスフレアー、ヘッドスピン、この辺りが非常に有名だろう。ダンスに技名があると言えば、もう一つ思い浮かぶのが、ディスコで踊るダンスだ。代表的なステップには、ソウルチャチャ、フリーチャチャ/セクシーチャチャ、クックチャチャ（ファンキーストリート）、ソウルステップ(※3)など、40種類以上のステップがあり、それらを組み合わせてフロアで踊る。ブレイキンと似ているか問われれば、少し語弊があるかもしれないが、ブレイキンに技があるように、ディスコにもステップがあり、これが決まると会場やフロア中が大いに湧く。遠くも感じるが、両者のダンスには、もしかしたら、他にも共通点があるのかもしれない。映画『熱烈』は、ブレイキンの全国大会でトップを目指す青年が、挫折を経験しながら夢に向かう姿を描いたダンス映画。圧巻のダンスバトルの場面は、他のダンス映画の追随を許さない近年稀に見る壮大さを有する。この映画を通して、少しでもブレイキンが世の市民権を得る事を願うばかりだ。

人々は、ブレイキンと呼ばれるダンスのスタイルが誕生した背景を知っているだろうか？まずは、このブレイキンにまつわる歴史について、少し解説して行きたいと思う。ブレイキン史、いわゆるブレイキンの歴史は半世紀前まで遡る事ができる。ブレイキンの発祥のきっかけ(※4)は、1970年代のアメリカ・ニューヨークのサウスブロンクス地区にて誕生している。当時のサウスブロンクス地区では、不良グループ同士の抗争が激しく、流血事件も度々、発生していた。そんな状況の中で、当時のギャングのボスだったDJが「暴力ではなく、音楽で勝負する」と提唱し、踊るバトル(ブレイキン)が生まれた。ここから徐々に、ブレイキンの主な出来事の歴史を順を追って、追跡して行きたいと思う。ギャングのボスだったDJことDJ Kool Hercが、ブロックパーティーでプレイしている楽曲の間奏時に人々の踊りが激しくなっていることに気が付く。そして彼は、それまで一つのターンテーブルで曲をかけていたのを、二台のターンテーブルを使って曲の間奏だけを次々と流し、ダンスする時間を引き伸ばして行く。1980年代前半、ニューヨークの大規模なバトルに多くのメディアが関心を向け、ブレイキンの知名度が一気に世間に広まる。2018年にブエノスアイレスで開催されたユースオリンピック競技大会でブレイキンが初めて競技として登場。今年、パリオリンピック2024大会にて、ブレイキンがオリンピック競技として初めて実施された記念すべき年となる(※6)。

では、本作『熱烈』は中国人達が集まったパフォーマンス集団が、大きな大会のバトルに挑む物語だが、中国におけるブレイキン事情はどうなっているのだろうか？中国におけるブレイキンの歴史は、1980年代まで遡る。シャバ・オリャンやサン・ホンレイらは、中国における最初のブレイクダンスの集団。涼しい服を着て、カセットレコーダーで音楽を演奏しながら、路上で直接踊っていた彼ら。それが、中国ブレイキンの発祥とされている。40年前の1984 年、ロサンゼルスオリンピックの閉会式にて、初めてブレイキンが取り上げられている。1990年代、ブレイキンの国際大会が初めて世界中で開催され、ヒップホップコミュニティから一般層にまでブレイキン人気が広がった(※7)。ブレイキンは、2018年のブエノスアイレスで開催されたユースオリンピック競技大会のオリンピックの舞台にて、初登場している。尚暁宇は、オリンピックに参加した最初の中国人選手。その後、オリンピック委員会のバッハ会長を含む大人よ責任者達が、ブレイキンは若者達の間で人気が高まりつつある事を認知し、ソーシャルメディアでも話題になっているイベントであると気が付きました。2020年末、国際オリンピック委員会執行委員会は、パリオリンピックにブレイキン、スケートボード、ロッククライミング、サーフィンの4種目を追加する事に合意。「ストリートスポーツ」であるブレイキンがついに、オリンピックファミリーの一員となった(※8)。ブレイキンは今、世界中で最も注目を集めているストリート・スポーツの一つだ。映画『熱烈』は、杭州アジア競技大会を背景として作られ、ブレイキンを創作テーマとし、アジア競技大会を題材にした映画だ。本作は、アジア競技大会組織委員会によって企画され、壟断的に認められたプロジェクトだった。本作をダー・ポン監督と共に制作したチェン・ジーシープロデューサーは、あるインタビューにて、こう話している。

チェン:「『熱烈』は市場にベンチマークのない全く新しいジャンルです。ダー・ポン監督と私は9年間、一緒に仕事をしており、画期的な進歩と変化を起こそうと努力してきました。これは杭州アジア大会の公式にカスタマイズされた映画ではありますが、私たちは最初から一般向けの商業映画として制作する事を決めていました。重要なのは精神、熱意、そして夢を追求する団結した努力の源です。私たちは、それを撮影する限り、必ず存在すると強く信じています。」と話す。タイトル「熱烈」には、情熱、熱意、パッションといった意味を含む言葉として中国で使われている。熱烈に夢を追う若者達の姿を通して、私達はその若さ溢れる熱意の塊に圧倒され、感化される事だろう。そして、熱く夢を見る事、それを現実に実現させる事、その為に今日、今ここで何ができるのか探る事。それらはすべて、本作に登場する若いブレイキン選手の姿が物語っている。

最後に、映画『熱烈』は、ブレイキンの全国大会でトップを目指す青年が、挫折を経験しながら夢に向かう姿を描いたダンス映画だが、このブレイキンが生まれた背景には1970年代のアメリカ・ニューヨークのサウスブロンクス地区にて、ギャング抗争が絶えない日々の中で、そのグループの長が拳銃の乱用が目立つ中、血を血で争うのではなく、音楽やスポーツ、身体を動かす事を通して、両ギャンググループが争って欲しいと、平和への願いを込めて始まったと言われている。これは、80年代後半から90年代前半にかけて、大きく広がったラップバトル文化もまた同じ道を辿っている辺り、何らかの形で派生したと考えても良いだろう。近年、2021年2月から始まったロシア・ウクライナ戦争やイスラエルとガザ地区の問題、香港民主化運動からの台湾有事(アジア諸国の摩擦)、バングラデシュ学生民主化運動、ミャンマー民主化運動など、今世界中で戦争や内戦が起きている。この度、2024年パリオリンピックで行われたブレイキン大会はスポーツの祭典、平和の祭典に相応しく、ブレイキンを誕生させた第一人者であり、提唱者でもある人物の願いが、引き継がれたようにも思える(残念ながら、ブレイキンは本大会以降、競技から外されてしまったが…)。血で血を争う昨今の世の中、いつかブレイキンがこの世を明るくさせる平和のスポーツへと発展を遂げて欲しいと願うばかりだ。