すべてが想定外のデンジャラスすぎるアクション映画『フォールガイ』
「俺は君を愛するために生まれて来た。君は俺を愛するために生まれて来た。俺は君のすべてが欲しい。君は俺のすべてが欲しいのか?」これは、1979年5月にアメリカのロックバンドのキッスが発表したロックナンバーでは最高峰の一曲「ラヴィン・ユー・ベイビー(I Was Made For Lovin’ You)」の一節だ。一見、映画の内容と一切関係無いようにも見えるが、このそこはかとなく伝わって来る地獄からの欲望が、本作が題材とする起死回生を図るスタントマンのふつふつと沸き起こる強き欲望とマッチする雰囲気を醸し出している。表舞台の裏側で活躍するスタントマンは、なかなか表に出ることはなく、アクション俳優達を輝かせる存在として映像業界の足元を人知れず支えている。海外では、スタントパーソンやスタントパフォーマー、日本国内ではスーツアクター、スーツ俳優という職業が、同職に当たるだろう。また、影武者、代役、代り役、替え玉と言った言い方もあり、どちらかと言えば、昔のスタントマンに対する業界の扱いは、いくつでも「替え」があるからという理由で優遇的措置はなされていなかったと伺える。近年は、スタントウーマンという言葉も出てきて、女性のスタントマンの活躍を知る事ができるが、この先の未来、いつかスタントマン、スタントウーマンという男性と女性で分ける言い方ではなく、どんな状況でも一律に「スタント・パーソン」と性で分けない考え方が改まる時代が来る事を祈るばかりである。ドキュメンタリー映画では、女性版スタントマンの姿を追った作品があり、『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』というタイトルの作品だが、本作『フォールガイ』の人気と共に、今再評価を受けている。業界におけるスタントマン達の労働環境を慮ると、到底待遇が良いとは言い切れず、いい噂は聞かない。それでも、影の立役者となって、作品を盛り上げたい、表舞台で活躍する役者を輝かせたいと、体を張ったスタントマンへの憧れは尽きる事はない。映画『フォールガイ』は、撮影現場で再起不能の大事故に遭ったスタントマンの復讐劇を描くアクション作品。大怪我を負い一線から退いていたスタントマンのコルトは、復帰作となるハリウッド映画の撮影現場で、監督を務める元恋人ジョディと再会する。そんな中、長年にわたりコルトがスタントダブルを請け負ってきた因縁の主演俳優トム・ライダーが失踪。ジョディとの復縁と一流スタントマンとしてのキャリア復活を狙うコルトはトムの行方を追うが、思わぬ事件に巻き込まれてしまう。スタントの撮影中には、必ずと言って良いほど、怪我は付き物であるが、そのトラブルをバネに復活を果たそうと躍起になるスタントマンの姿に毛骨悚然、冷汗三斗の感情を植え付けられるだろう。
スタントマンという立場の人間がいつの時代の、どの文化から登場したのだろうか?映画の撮影が始まった1900年初頭、当時はまだサイレント期にあった映画業界では、プロのスタント・パフォーマーは求められておらず、皆ズブの素人で構成されていた。スタントマン達が初めてプロとして認められ賃金が発生したのは、1908年に制作されたサイレント映画『モンテ・クリスト伯』からだと言われている。1910年から1920年頃にかけて、多くの連続活劇が誕生したが、この連続活劇とは今のアクション映画を指す言葉であるが、数多くのアクション映画の始祖的作品が生まれている。たとえば、1912年のエジソン映画会社によって制作された映画『メアリーに何が起こったのか』フランス制作の映画『ジゴマ』1913年制作の『プロテア』『ファントマ』ドイツでは1913年に制作された映画『天馬』『鬼探偵・ブラック十三』を制作。その後。アメリカでは、『キャスリンの冒険』、『エレンの冒険』、『ヘレンの冒険』などが制作されている。『マスター・キイ』や『名金』は、日本でも1915年に封切られている。世界で初のスタント・ウーマンは、実はアメリカ映画に出演した女優ヘレン・ギブソンという女性だ。彼女は、映画『ヘレンの冒険』『ヘレンの危険』などで、ダブルスタントを行っている。より本格的なスタントマンが生まれたのは、1973年に制作された映画『パピヨン』にて、ハリウッドのトップスターのスティーブ・マックイーンの代わりに、100フィート(30メートル)の崖から下の川まで飛び込むスタントを行ったダー・アレン・ロビンソンだ。彼は、ハリウッドの第二次黄金時代のアクション映画中心に業界を支えたアクション・スタントマンのレジェンド。この作品以外では、映画『ダーティハリー2』『シャーキーズ・マシーン』『ハイポイント』やドキュメンタリー番組『世界で最も壮観なスタントマン』など多くの作品に、スタントマンして出演しているが、1986年の映画『おかしなおかしな成金大作戦』の撮影後、オートバイごと崖に転落し、命を落とす。享年39歳。彼の死後の1988年に生涯を綴ったドキュメンタリー『究極のスタントマン・ダー・ロビンソンに捧げる』が公開された。一方で、日本では俳優兼スタントマンの第一人者としてハヤフサヒデトの人気が高まった。日本のスタント界では、戦後の昭和30年代から宍戸大全が大映や東映でスタントを担当し、宍戸大全を元祖「日本初のスタントマン」とも位置づけている。スタントマンの歴史は、1900年代から始まったと仮定すれば、さほど歴史の深い分野ではなく、映画文化と共に発展して来た分野として受け取れるだろう。
次に、現在活躍するスタントマンと言えば、国内外問わず、誰を挙げる事ができるだろうか?海外では、チェコスロバキア人のペトル・ヤクル(映画『9デイズ(2002年)』『トリプルX(2002年)』『エイリアンVSプレデター(2004年)』などに出演)。ケニア出身のディープ・ロイ(チャーリーとチョコレート工場(2005年)のウンパルンパ役で有名だが、その他には『ネバーエンディング・ストーリー(1984年)』『ビッグ・フィッシュ(2003年)』『ホーンテッドマンション(2003年)』などに出演している)。カナダ出身のピーター・ケント(アーノルド・シュワルツェネッガーのスタントダブルを15年間務め、そのほとんどの代表作がシュワルツェネッガー関係。『ターミネーター(1984年)』『コマンドー(1985年)』『プレデター(1987年)』『バトルランナー(1987年)』アクション・ヒーロー(1993年)』『トゥルーライズ(1994年)』)。また、香港映画で活躍したラム・チェンイン(武術指導やスタントマンで関わった作品には、『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』『燃えよドラゴン』『燃えよデブゴン 正義への招待拳』『燃えよデブゴン』『燃えよデブゴン カエル拳対カニ拳』『燃えよデブゴン 豚だカップル』『モンキー・フィスト 猿拳』など、多岐にわたるが44歳という若さで早世している)。ヨーロッパで最も多様なスタントマンを擁する国は、ハンガリー(※1)とも言われている。また、日本でも多くのスタントマン、スタント・パフォーマーが活躍している。でも、スタントには危険も付き物であり、作品冒頭で表現されている不慮の事故には、励声叱咤の声を上げる必要がある。危険と隣り合わせにあるスタントにおいて、パフォーマーの早世は付随物として考えても良いだろう。映像関係のスタントマンの事故死と言えば、テレビ朝日系の「仮面ライダービルド」などでスタントマンを務めた俳優の野辺大地さん、2018年6月13日に千葉県白子町のホテルで飛び降り訓練中に頭部を強打して亡くなっている。トム・クルーズ主演の映画『M:I-2』の撮影中にけがをしたスタントマンが、2014年12月14日に死亡した。ライアン・レイノルズ主演の映画『デッドプール2』の撮影現場では、バイクに乗るスタントを行っていた女性がブレーキに失敗してガラスを突き破り、亡くなっているケースもある。また、映画やドラマの撮影現場だけでなく、京都市山科区勧修寺平田町で交通安全教室に出演していたスタントマンのアルバイト男性。彼は、2019年4月12日に交通事故の再現中にトラックにひかれて亡くなっている。ほとんどの現場では、業務上過失致死罪が疑われ、現場での安全対策がどう取られていたのか、問われる事故ばかりだ。その反面、体を張って事故や怪我と隣り合わせの危険なスタントを行うパフォーマーには、スタントマンとしての安全運転の心構え(※1)が必要とされている。運転への安全意識は、「バイクの暖機+心の暖機」と表現され、気持ちの安心慢心は、乗り物操作への心の緩みが大きな事故へと繋がると結論付けられている。本作『フォールガイ』を制作したデビッド・リーチ監督は、あるインタビューにてスタントの苦痛、そして、スタントマンが何を思っているかについて聞かれ、こう話している。
Leitch:“The car stunts and cars and fire and things like that, they actually hurt less sometimes, I think, because you’ve built in all these protocols to protect the performer and there’s a lot of science involved, but the meat and potatoes of stunt performing is just physical performance. And sometimes [it’s] getting thrown down a set of stairs [for] multiple takes and how to protect yourself. And you know you’re not going to break anything, but you’re going to get a lot of bumps and bruises and twisted ankles and crooked necks, but that’s just something that you accept.Ultimately a lot of stunt work is trusting your team.“(※3)
リーチ監督:「車のスタントや車、火事などは、実際にはそれほど痛みを感じないこともあると思います。なぜなら、演者を守るためのあらゆる手順が組み込まれていて、多くの科学が関わっているからです。しかし、スタント演技の本質は、単に身体的なパフォーマンスです。そして、時には、複数のテイクのために階段から投げ落とされ、自分の身を守る方法を学ぶこともあります。骨折はしないけれど、打撲やあざ、足首の捻挫、首の曲がりなど、たくさんの怪我を負うことになりますが、それは受け入れるしかないのです。結局のところ、スタントの仕事の多くはチームを信頼することです。」と、大きな怪我や骨折はしなくても、打撲や擦過傷、あざは必ずできると話す。その傷はある種、スタントマンとしての勲章なのかもしれない。ただ、怪我を最小限に抑える為に、最大限にしなければならない事は、仲間やチームを信頼する事だろう。人々の支えや協力があってこそ、初めてスタントは成立する。スタント・パフォーマンスはスタントマン一人ででにるような仕組みではなく、大掛かりになればなるほど、多くの人々が手を貸して、初めて成功に導けるのだろう。
最後に映画『フォールガイ』は、撮影現場で再起不能の大事故に遭ったスタントマンの復讐劇を描くアクション作品。大怪我を負い一線から退いていたスタントマンのコルトは、復帰作となるハリウッド映画の撮影現場で、監督を務める元恋人ジョディと再会する。そんな中、長年にわたりコルトがスタントダブルを請け負ってきた因縁の主演俳優トム・ライダーが失踪。ジョディとの復縁と一流スタントマンとしてのキャリア復活を狙うコルトはトムの行方を追うが、思わぬ事件に巻き込まれる。今、スタントの世界がホットであると、私個人はそう思っている。こうして本作やドキュメンタリー映画『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』のようにスタントマンを題材にした作品が、少しずつ社会の陽の目を見る事を願わんばかりだ。トップのアクションスターの影には、多くのスタントマンやスタントに関するスタッフ達が、今日も汗水垂らしながら、最高のアクションシーンを作り上げようと奔走している。日々、私達が目にする震天動地のアクションの名場面は、影で支える多くの関係者がいる事を忘れてはならない。スタント・パフォーマーの将来像は、AIの進化によって、一部のスタント作業がデジタル化される可能性があるが、それでも、スタントマンの需要に関して言えば、特にアクションやアドベンチャージャンルの映画が今後も人気である限り、高い水準でスタントマンの存在が業界からも観客からも求められる。危険と隣り合わせではあるものの、スタントマンが持っている身体能力で表現するアクション場面は、デジタル表現にも限界があり、生身の身体でしか表現できない表現がある事も事実だ。今後も、スタント・パフォーマーは私達の日常の娯楽に必要不可欠である事は間違いないだろう。最後に、ロックバンドのキッスが発表した楽曲「ラヴィン・ユー・ベイビー(I Was Made For Lovin’ You)」が持つパワーに耳を傾けて欲しい。「俺は君を愛するために生まれて来た。君は俺を愛するために生まれて来た。俺は君のすべてが欲しい。君は俺のすべてが欲しいのか?」
映画『フォールガイ』は、公開中。
(※1)ヨーロッパで最も多様なスタントマンを擁するハンガリーhttps://progressiveproductions.jp/insights/hungary/stunts(2024年10月2日)
(※2)絶対に怪我できないスタントマンによる安全運転の心構えとは?【タカハシレーシング】https://motoinfo.jama.or.jp/?p=2467(2024年10月2日)
(※3)Stunt performer turned director walks away mostly unscathed from fights, flipped carshttps://www.npr.org/2024/07/22/nx-s1-5048108/stuntman-david-leitch-the-fall-guy(2024年10月2日)