映画『バビロン』映画文化の存続への望み

映画『バビロン』映画文化の存続への望み

2023年2月17日

ハリウッドを舞台に夢と音楽で彩られた映画『バビロン』

©2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

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ハリウッドの黎明期における、サイレント期からトーキー期までの重要エピソードをこれでもかと盛り込んだ映画『バビロン』は、およそ100年前の、当時の映画産業の世界を多少なりとも、垣間見れる貴重な作品だ。

ただ、この年代を題材にすると、どうしても固く、複雑な作品となるところよだ。

りエンターテインメント性の強い映画へと仕上げている点は、作り手たちの手腕と言ってもいいかも知れない。

本作は、映画が誕生した時代の様々なエピソードを作品の要素としているが、今回特に気になったのは、当時のコメディアンのロスコー・アーバックルが、どんちゃん騒ぎの末に起こした悲惨な事件だ。

本作でも冒頭の数十分間だけ表現されている場面だが、確かに作中でもアーバックルらしい人物が描かれ、彼の起こした事件も作品に一瞬ではあるものの、しっかりと表現されている。

今の時代、この題材で物語を構築しても良かったが、敢えて、そうはせずに、エンタメ作品として振り切った方針は、やはり素晴らしい。

さて、話を戻すが、ロスコー・アーバックルなる人物をご存知だろうか?ハリウッドの映画史上では、避けては通れない重要な人物の一人だ。

と言っても、彼はアメリカ映画史上、最大の醜聞(スキャンダル)を巻き起こし、業界では彼を再起不能なまでに落とし込んだ(※1)一大事件だ。

当時の酒とドラッグと乱交パーティーに毒された業界の光と影を、挑戦的に描いたチャゼル監督に対し、賞賛を送っても差し支えないだろう。

ただ、この女優に対する婦女強姦事件は、映画業界やそうでない世界でも、今も昔も変わらない事実であることは、胸に留めて置きたい。

近年でも、(※2)大規模な乱交パーティーが秘密裏に行われ、その主催者が強制性交等罪や売春防止法違反で罪を問われた人物は、多数いる。性における男女の性(さが)であることは、容易に想像できる。

こういう乱行騒ぎは、何年経とうが、無くなることはない。

©2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

また、突如として彗星の如く、ハリウッドの映画業界に姿を現したデミアン・チャゼルは、今の時代を代表する映画監督だ。

本作『バビロン』は、彼の監督人生における、集大成的作品となるのは、間違いないだろう。

Netflixのオリジナルドラマ『ジ・エディ』含め、映画『セッション』から『ファースト・マン』は、監督にとっては、単なる布石に過ぎなかった。

学生時の2009年に発表した映画『Guy and Madeline on a Park Bench』以降、チャゼル監督は、一貫して、ジャズ映画を撮り上げている(映画『ファースト・マン』は別にして)。

今作では自身の作品群において、フェーズ1(第1局面)を迎えたに違いない。

では、『ラスト・エクソシズム2 悪魔の寵愛』『グランドピアノ 狙われた黒鍵』『10 クローバーフィールド・レーン』は何だと言うと、この当時のチャゼル監督は、「雇われ監督」「雇われ脚本家」であったため、彼の監督作品群とは一線を画す作風ばかりを作っている。

『10 クローバーフィールド・レーン』では、監督業の話も挙がっていたようだが、彼はその話を蹴ってまで、映画『セッション』の製作に取り掛かっている。

この選択が、後の、今のチャゼル監督の成功に繋がっているのではと、思う。

元々、チャゼル監督はジャズ・ドラマーであったのは、有名な話。

ジャズ映画を立て続けに製作している背景には、彼の人生が影響していた事は頷ける。

ではなぜ、ハリウッドと言うエンタメ業界に身を投じるようになったかと言えば、彼の家庭はショービジネスの世界に精通した家系であった。

チャゼル監督の母親と妹は、どちらも役者でもある。

ただ、幼少期の彼は、映画に興味を示していたと言うが、夢であったジャズ・ドラマーの道を選んでいる。

それでも、自身の腱鞘炎が原因で、プロとしての道を断念し、監督としての生涯の進路を見出したのだろう。

それが、デビュー作『Guy and Madeline on a Park Bench』の時期だ。

この作品は、トライベッカ映画祭他で、賞賛されたインディペンデント作品だが、非常に秀でた映画だ。

ジャズを全面に押し出したモノクロ映像が、斬新で秀逸。

まさに、チャゼル監督の映画原点は、この作品にあると言えるだろう。

それを土台として、本作を観れば、また新しい発見ができるだろう。

また本作『バビロン』で特筆すべき点は、作曲家のジャスティン・ハーウィッツだ。

彼は、デミアン・チャゼルの右腕として、これまでデビュー作の『Guy and Madeline on a Park Bench』からずっと、組んできた盟友みたいなものだ。

今年の第80 回ゴールデン グローブ賞にて、ゴールデングローブ賞 作曲賞を見事に受賞している。

一貫して、音楽で描かれてきたのは、ジャズの世界だ。

現代ジャズの良さを、世間一般に広めた功績は、大きいだろう。

ジャスティン・ハーウィッツは、あるインタビューで、作品における音楽の重要性を聞かれ、こう答えている。

(※3)Hurwitz“Absolutely. With this movie, it was so necessary for me to come in as soon as he had a draft of that script. I had to read it and then we had to get going with figuring out where the music would be and starting to build those demos. Really, from that point all the way through Damien’s process of storyboarding and making all the stick figures to figure out every single shot he wanted in the movie – he does that because he’s an unbelievable planner when it comes to making storyboards and animatics for every single shot and camera move. I created music demos through that whole process and was on set through the shoot, and then through about another year of post-production, we continued to build and refine this score. It was a constant evolution of that music from the very beginning to the end.”

「絶対に、重要です。この映画では、デミアンが脚本の下書きを書いたら真っ先に、私が参加する必要がありました。私はシナリオを読まなければならず、作中のどこに音楽がどこにあるかを理解し、デモを構築しなければなりませんでした。本当に、その時点から、デミアンが絵コンテを作成し、すべてのスティックフィギュアを作成して、彼が望んでいたすべてのショットを把握するためのプロセス全体に至るまで、彼は信じられないほどのプランナーを務めました。それは、すべてのシングルの絵コンテを作成するためなんです。そのプロセス全体を通して、音楽デモを作成し、撮影中は常にセットに貼り付けでした。その後、およそ1年のポスプロを経て、スコアの作成と改良を続けて来ました。最初から最後まで、劇伴における絶え間ない進化でもありました。 」と、劇中における音楽の重要性を、ここぞばかりに話す。本作を観る時は、劇伴に少し耳を傾けて、3時間を堪能してもいいのかも知れない。

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最後に、本作はハリウッド黎明期の様々な要素が一つになった作品だ。

例えば、D・W・グリフィスの『イントレランス』やトーキー期への変遷、映画『雨に唄えば』へのオマージュなど、映画史におけるあらゆる要素を一つにまとめ上げた秀作だ。

ただ、今回は冒頭で書いたたようにロスコー・アーバックルの醜態は、今映画業界で起きている事案とまったくの地続きであることを、ここで踏まえて置きたい。

近頃、(※4)撮影現場でのセクハラ事件の報道がなされたばかりだが、今も昔も現場での本質は変わっていない。

また、昨年は(※5)日本国内の映画業界でも#MeToo運動が盛んに行われた。

また、映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』で描かれたハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ事件も含め、業界内の内実は100年経った今でも、まったく変わりようがない。

映画評論家の町山智浩さんが言う(※6)「映画史上重要な49の映像」は、映画史に燦然と輝く映画たちだ。

これらの作品群を、これ以上、数々の醜態(スキャンダル)で穢して欲しくない。

一日でも早く、この問題を一掃する必要がある。

昨年、日本を代表する関係者達が(※7)action4cinema / 日本版CNC設立を求める会を有志で立ち上げた。

今、アメリカも日本も、未来の映画業界のために変わろうとしている。

この動きは、100年続く映画文化を守る重要なムーブメントだ。

今変わらなければ、本作『バビロン』が描いたような10年先、20年先の映画文化の存続への望みは、薄くなるだろう。

それを阻止するために、私たちは今何をすべきか、本作が教えてくれている。

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映画『バビロン』は現在、関西では2月10日(金)より大阪府のTOHOシネマズ梅田梅田ブルク7TOHOシネマズなんばあべのアポロシネマTOHOシネマズ鳳TOHOシネマズ泉北イオンシネマりんくう泉南ユナイテッド・シネマ岸和田109シネマズ箕面イオンシネマ茨木高槻アレックスシネマイオンシネマ大日TOHOシネマズくずはモールユナイテッド・シネマ枚方イオンシネマ四條畷109シネマズ大阪エキスポシティTOHOシネマズセブンパーク天美。京都府のT・ジョイ京都TOHOシネマズ二条MOVIX京都イオンシネマ京都桂川イオンシネマ久御山イオンシネマ高の原。兵庫県の109シネマズHAT神戸OSシネマズミント神戸アースシネマズ姫路イオンシネマ三田ウッディタウンTOHOシネマズ伊丹イオンシネマ明石イオンシネマ加古川TOHOシネマズ西宮OS。滋賀県のユナイテッド・シネマ大津イオンシネマ近江八幡イオンシネマ草津。奈良県のTOHOシネマズ橿原ユナイテッド・シネマ橿原シネマサンシャイン大和郡山。和歌山県のイオンシネマ和歌山ジストシネマ和歌山にて、絶賛公開中。また、全国の劇場にて、上映中。

(※1)1921年人気コメディアンの「でぶ君」、強姦殺人容疑で逮捕 (アメリカ)https://cinepara.iinaa.net/incident&scandal-2p.html(2023年2月15日)

(※2)《6億円荒稼ぎ》逮捕された乱倫パーティ主催者の告白「やめなければならない趣味とは思わない」https://www.iza.ne.jp/article/20230215-QOUB4HABXFKBLAQFYOMBVEAGAA/photo/7CMOKCY4T5IXLJSHZ4SBSRKE2U/(2023年2月15日)

(※3)BABYLON Interview: Composer Justin Hurwitz Talks Margot Robbie, LA LA LAND Stage Show, And More (Exclusive)https://comicbookmovie.com/other/babylon-interview-composer-justin-hurwitz-talks-margot-robbie-la-la-land-stage-show-and-more-exclusive-a200479#gs.pomq6l(2023年2月16日)

(※4)東映で20代女性社員にセクハラ ドラマ「相棒」制作スタッフらhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/230888#:~:text=%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%81%AF%E4%BA%BA%E6%B0%97%E5%88%91%E4%BA%8B%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E,%E3%81%AE%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%82%92%E5%8F%97%E3%81%91%E3%81%9F%E3%80%82(2023年2月16日)

(※5)日本における「#MeToo」運動について考えるhttps://www.joqr.co.jp/qr/article/78775/(2023年2月16日)

(※6)デイミアン・チャゼル監督『バビロン』エンディングで引用される映画史上重要な49の映像の全リストhttps://note.com/eiga_hiho/n/nf9ec00c484b3(2023年2月16日)

(※7)【お知らせ】「action4cinema / 日本版CNC設立を求める会」(通称 a4c)立ち上げについてhttps://action4cinema.theletter.jp/posts/f45e7360-1070-11ed-a52c-e37ca9c53990(2023年2月16日)