映画『コンフィデンスマンJP 英雄編』
「英雄のいない時代は確かに不幸だ。しかし英雄を必要とする時代がもっと不幸なのを忘れてはいけない。」
この名言は、ドイツの有名な劇作家ベルトルト・ブレヒトが書き、1943年にチューリヒにて初演された戯曲『ガリレイの生涯』の劇中で発せられるセリフだ。
この言葉を基に、映画『コンフィデンスマンJP 英雄編』は、物語が展開する。
「英雄」をテーマにして描かれるのは、騙し騙され、裏切り裏切られるペテン師たちの白熱した盤根錯節なマネー・ゲームだ。
主人公のダー子が騙されれば、隣のボクちゃんも騙される。
そして、ベテラン詐欺師のリチャードまでもが、騙される。
その反対にリチャードが裏切れば、ボクちゃんも裏切られる。そして、ダー子が裏切り、登場人物全員が騙し裏切られる。
主人公の三人によって行われる、気分爽快な背信棄義のオンパレード。
あなた含め、誰もがきっと騙される。この騙し合いの危険なゲームで、誰が勝利するのか、目撃するのは誰か?それは、必ず劇場で体験できる!
監督には、同シリーズの演出を務める田中亮監督が、前作、前々作に続き、本作でも演出部を続投している。
脚本には、現在日本映画界に無くてはならない存在の脚本家、古沢良太が前作に引き続きシナリオを担当する。
主演の三人には、全作共通の長澤まさみ、東出昌大、小日向文世。彼らの脇を固める準主役、ゲスト出演には、松重豊、瀬戸康史、城田優、生田絵梨花、広末涼子、石黒賢、真木よう子、角野卓造、江口洋介など、現代の日本のエンタメ業界を支える錚々たるメンバーが、本作に集結。
他にも、ゲスト出演者が多数、存在する。必ずスクリーンで要チェックだ。
映画『コンフィデンスマンJP 英雄編』は、TVドラマシリーズ、スペシャル版の運勢編、劇場版の2作、ロマンス編とプリンセス編に続く劇場版3作目にして、集大成の最終章!?となる作品。
三流詐欺師のダー子とボクちゃん、リチャードの3人が、繰り広げる難透難徹な謎解きトリックに目眩を起こしそうになるだろう。
さらに、お金にまつわる映画は、昔からジャンルを問わず、数多く製作されてきた。
ギャング・マフィアもの、強盗もの、ヒューマンドラマ、サスペンスなど、多岐にわたる。
人間にとって、「お金」は生きていく上で必要不可欠な反面、人の心や人生、生き方を狂わせる魔物だ。
特に、有名な金銭に関係する事件と言えば、世界的に知名度のある(悪い方向で)、禁酒法時代に登場した男女の銀行強盗ボニーとクライドだろう。
彼らは、犯罪者でありながら、今でも尚根強い人気があり、なぜか「英雄視」されている。
成功者とは、一体どんな人物を指すのだろうか?本作では、ペテンの詐欺師ダー子が、マネー・ゲームに興じながらも、真の「英雄」とは何かを模索する。
それに、「お金」に対する執着を持った人物やマネー・ゲームを楽しむ人物を描いた映画は、ある一定の人気を孕んでいる。
その最たる例が、映画『カイジ』シリーズだ。人生を逆転させるために、低所得者たちが群竜無首さながらに、大金を目指して競い合うマネー・ゲーム映画だ。
また、その次にコミック原作の『ライアー・ゲーム』という作品もまたシリーズ化され、大変人気が出た作品だ。いわゆる、大金を賭けたヤング向け賭博映画だ。
そして、最も直近の作品を挙げるなら、こちらもまたコミック原作の映画『賭ケグルイ』という作品も2019年と2021年に二度、映像化されている若者向けギャンブル映画だ。
これらの列挙した作品群が共通して言えることは、すべてダーク感漂うサスペンス調の作品として、尚且つシリーズ化に成功している映画たちだ。
このような作品が日本国内で製作されるようになった背景には、おそらくスリラー映画の『ソウ』シリーズやホラー映画の『パラノーマル・アクティビティ』シリーズからの影響が、大いに考えれる。
でも、このダークで澱んだ博打映画を根底からひっくり返したのが、本作『コンフィデンスマンJP』シリーズだ。
過去の作品で見られた悲壮感や殺気漂う博奕ストーリーは姿を変え、本シリーズでは爽快で、軽装なコメディタッチへと様変わりした。
間違いなく本作の土台である脚本のクオリティが、作品のヒットに大きく影響したに違いない。
加えて、本作の脚本を担ったのは、全シリーズの「本」を書いた現在の日本映画界を背負って立つシナリオ・ライター古沢良太。
彼の脚本家としての才能は、2005年の長編デビュー作『Always 三丁目の夕日』やTVドラマ『リーガル・ハイ』シリーズで立証済みではあるものの、やはり本作からでも並々ならぬ才能が、漲っていることがありありと感じ取ることができる。
物語の構成、伏線の回収、登場人物の台詞回し、その一言一句まで聴き逃しまいと、役者が口にする言葉に終始、耳を傾けておかないと、その素晴らしさにも気づきそうもない。
まるで、映画を観ているのではなく、鑑賞中ずっと脚本を読んでいるような錯覚をさせられる。
その上、スクリーンに映る登場人物たちを生み出した脚本家、古沢良太の姿が、想像力であるにも関わらず、瞼の裏に焼き付いて離れないのだ。
シナリオを書く姿、ひとつのセリフを作品に導くために、ずっと悩み続けている姿が、スクリーンから伝わってきそうだ。
「となりのヤングジャンプ」というコミックファン向けに立ち上げているサイトで、過去に取材を受けている古沢良太。
幼き頃は、脚本家ではなく、漫画家になりたかったようでもある。
このインタビュー(少し古いですが)の質問の中で、興味深い発言を目にしたので、2つほど紹介したい。
まず、脚本家という職業の魅力について、聞かれた古沢良太は
「いい脚本を書けば、スタッフ、俳優、みんなが前向きになって自分の仕事に取り組んでもらえる。」と仰っている。確かに、その通りだと思う。
今回、本作を鑑賞する前に、連ドラから劇場版、SP版をおさらいとして鑑賞させてもらったが、すべてにおいて、そして作品が回を追うごとに、監督や出演者のやる気に脂が乗っているように感じるのだ。
その裏には、映画の土台となる脚本の「面白さ」が、直結するのではないかと推し測ることができる。
また、映画『コンフィデンスマンJP プリンセス編』において、作品を製作するにあたっての工夫やテクニックを聞かれ
今回でも、このアプローチが大いに大活躍したのだろう。
脚本家としての古沢良太節を肌で感じる作品に仕上がっている。
ただ、過去のシリーズに比べると、コメディ要素は少なめになり、比較的熱の入ったシーンも観る事ができるのが、本作の魅力だ。
シナリオを書く上で、大事にしている技術を最大限に活用したからこそ、本作が作品としての高みを帯びている。
そこにこそ、映画や物語、シナリオが成功する鍵が眠っているのだ。
最後に、最新作『コンフィデンスマンJP 英雄編』は、他にも多くの見所がある。
例えば、作品の舞台がアジアから地中海に移され、そこにある小さな島マルタ共和国の首都ヴァレッタで撮影されたことも新鮮な部分だろう。
そのため、ロケ地がとても素晴らしく、通常の日本映画ではなかなか見られない異国情緒溢れる街並みを堪能できる。
一緒の観光映画の様相を担う作品であるのかもしれない。
また、この複雑多岐なストーリー展開をうまくまとめあげた編集には、手腕が光る。
作品の編纂を担当したのは、河村信二という方だ。
過去に、映画『翔んで埼玉』で日本アカデミー賞編集賞を受賞した経歴の持ち主だ。
また、衣装を担当した朝羽美佳が選ぶファッションセンス、ロケ地の雰囲気や色合いと合わせたロングスカート(ワンピース?)のチョイスは、作中で最も注目してもいい部分でもある。
脚本家の古沢良太や監督、出演陣だけでなく、作品に関わった多くのスタッフの方々も、本作における「英雄」と位置づけてもおかしくはないだろう。
最初に紹介したブレヒトの言葉「英雄のいない時代は確かに不幸だ。しかし英雄を必要とする時代がもっと不幸なのを忘れてはいけない。」を思い出しながら、本作のラストで再度、真の英雄(ヒーロー)とは一体誰なのか、一考したいものだ。
映画『コンフィデンスマンJP 英雄編』 は、1月14日(金)より、全国の劇場にて上映開始。
(1)(2)https://tonarinoyj.jp/article/entry/2020/09/17/000000(2022年1月15日)