「子どもが持つ不思議な感性」を呼び戻す映画『郷』

「幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。」
レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』より

大人になったかつての子ども達が遠く離れた故郷の町で見つけるのは、あの日の幼き自分自身。勉学に励み、部活動に精を出し、仲間と楽しい時間を共有し、青春を謳歌した日々。故郷とは、幼い頃の自分を置き忘れて来た場所。私達にとっての故郷は、幼少期の思い出がいっぱい詰まった特別な場所。生まれ育った場所を後にしても、必ず帰れる場所が郷里だ。学童期を育ててもらった懐かしい匂い、学生期の青春を耳でいっぱい感じ取った音、グラウンドの風、迸る声援の波。若さに満ち溢れたエネルギッシュなパワーの源は、疲れ知らず青春時代そのものだったのかもしれない。子どもの時代で最も大切だったのは、人としての感性を磨き、耕す事。あなたは、どんな子ども時代を過ごしたのだろうか?あなたは、どんな青春時代を味わって来たのだろうか?人によって、その過ごし方は千差万別。100人いれば、100通りの人生の過ごし方があり、一人一人違った視点の視点があり、感じ方の違う帰郷の仕方がある。何度も郷里を目指し帰った者、もう二度と帰りたくないと歯を食いしばった者、いい思い出なんか一つもないと後ろ足で砂をかけた者、それでも帰れる故郷はたった一つだけ。それは、あなたが生まれ育った郷里だ。映画『郷』は、鹿児島の雄大な自然を背景に、17歳の高校球児の挫折と再生をつづった青春叙事詩。青春の数だけ、擦り切れたヒリヒリする心の傷が存在する。

人が故郷に帰るという行為は、なぜあるのだろうか?実家や地元に帰るタイミングは、だいたいの確率で大型連休の間ぐらいだ。年末年始の大晦日に元旦、ゴールデンウィークの連休の日、そして8月のお盆休みのそのタイミングで、私達は生まれ育った地元に帰省する。故郷に帰るこの行為は、人としていつから存在し、なぜ行動を起こすのか?生まれた時から私達の生活の一部として組み込まれ、「なぜ、帰るのか?」誰も何も疑いを持たない。なぜ、私達に故郷に帰る行動が必要なのか?故郷(実家)に帰る行動は、単なる物理的な移動ではなく、心理的、社会的、文化的、あるいは経済的な様々な要因によって引き起こされると言われる。いくつかの主な理由があり、これらが一つとして作用するか、二つ以上絡み合って作用するかによって、人の心の持ちようは違って来る。まず、心理的感情的な安定(安心感)を求める。親や家族に会いたい、もしくは話したいという感情は、最も多い理由の一つだ。直接、会う事により安心感を得、家族の健康状態を確認したいという欲求にも繋がる。次に、自身の「居場所」の再確認が挙げられ、慣れ親しんだ環境や自分を受け入れてくれる場所(暖かさ)に戻る事(※1)で、疲れた心を癒やし、精神的なリフレッシュ効果を期待する。孤独感の解消(※2)では、都市部での孤独な生活から離れ、コミュニティの繋がりを感じたいと心理的感情が働く。社会的文化的要因(習慣)には、先にも挙げたお盆や年末年始の風習があり、お盆は先祖の霊を迎えて供養する期間でもあり、家族でお墓参りや仏壇に手を合わせる日本の伝統習慣が帰省を促す背景がある。また節目のイベントには、地元の友人に会う、成人式、冠婚葬祭など、人生の節目に地元に帰郷し、故郷の懐かしさを肌で実感する。他に家族のライフステージがあり、親が高齢になるにつれ、健康状態が心配になり、実家に帰る回数が増え、親が元気か確認したいと思えるようになる。自身の子供(親にとっては孫)ができた場合、「子供を見せたい 」と孫を会わせるために帰省する目的もある。経済的・生活的利点においては、生活費のコストの削減が挙げられ、実家に戻る事により家賃や光熱費が削減され、生活の経済的余裕が生まれる。都市部よりも住居が広く、自然が多く、新鮮な食べ物が手に入るといった環境的な利点があり、住環境に対する魅力もある。または、心理的限界や心のリセットとしての帰郷も考えられる。「帰省ブルー」や都会生活での疲れ(※3)を感じ、仕事や生活に疲れ、「この場所から一度離れたい」という気持ちが、故郷への帰還(一時避難)という行動に繋がる場合がある。 故郷に帰る事は、家族愛や絆の確認、伝統的習慣の継承、そして心理的身体的なリセット(休息)という側面、人間の根本的な欲求を満たす行動と言える。なぜ、人は故郷に「帰る」という行動になるのか?心理学的な観点では、人は不安な時や疲れた時に「戻れば落ち着ける」「戻れば守ってくれる」という感覚を身体が覚えており、それが「帰る」という行動に繋がっていると言える。 現代において、帰省は「楽しいリラックスの場」である一方、親との不仲や風習がストレスになる「帰省ブルー」を感じ、義務感で帰るという側面も調査で明らかになっている。故郷に帰る行為には様々な理由や目的があるが、それでも、この行動に対する根本的なメカニズムはまだ判明しておらず、私達が人として何千年という長い年月をかけて、営んで来た生活の営みの根本がこの行動の根底にあるのであろう。

子ども時代の思い出がたくさん眠る故郷の存在は、私達にとってどのような変化を与えるのか?なぜ、故郷には多くの思い出や記憶があり、何気ない風景の中に何十年前の在りし日の場面が脳裏に焼き付いているのだろうか?学生時代の恋人と待ち合わせを良くした駅前、友と共に過ごした学び舎の学校、車が飛び交う普段の近所の交差点、田んぼだけが広がる一本のあぜ道、緑が生い茂る一本通る河原、その一つ一つ場所に幼少期の思い出たちが眠り、自身の瞼の裏で蘇る。故郷の思い出(ノスタルジー、郷愁)は、単なる過去の記憶に留まらず、心理的情緒的安定を与える強力なポジティブ効果を生み出す。その効果に対する主な変化には、最初に、心理的な安定とストレス軽減がある。懐かしい思い出は心を穏やかにし、現代の忙しい日常やストレスで疲れた心に対し、安らぎや暖かさを与え、感情を安定させる効果があるとされる。心理学的に見て孤独感を癒やす働きがあり、ノスタルジーは社会的な孤独感を軽減し、幸福感や人生の満足度を高める効果(※4)があると確認されている。 次に、自己肯定感の向上と「今の自分」の確立が挙げられ、過去の楽しかった記憶を辿る事により自分らしさを取り戻し、生き生きとした頃の自分を思い出させ、自分らしさを確認する行為にもなる。また、人生の連続性(※5)を感じ、過去の自分と今の自分を繋ぐ事で、自己の連続性が保たれ、アイデンティティ(自己同一性)が強化される。 3つ目は、社会的行動的なプラスの影響。故郷の思い出を共有する事は対人関係の結び付きにも繋がり、他者と共感し合い人との絆が深まりやすい。辛い時や困難な時に、故郷の温かい記憶(居場所)を思い出す事で明日へのエネルギー:を蘇らせ、レジリエンス(心の回復力)への高まり(※6)が期待される。4つ目は、脳への刺激と活性化が当てはまり、昔の出来事を語り合う「回想法」(※7)は認知機能の維持させ、脳の血流を増加し、脳の活性化や認知症の進行予防に効果的であると言われる。 最後に、対比による現状の認識では、故郷の存在は「今」を見つめ直す事に帰着する。故郷の良さを再確認する事により、現在の生活の質を見つめ直し、今の暮らしぶりを強調し、変えようとする意欲に繋がる場合も考えられる。その一方で、ルントウ(魯迅の「故郷」)のように、思い出の故郷と現実の厳しい変化(または距離感)に直面し、そのギャップに苦しむ側面も描かれる事があるが、基本的に「心の避難所」(※8)として機能し、人が人として心理的に強くなる為の心の材料となり得るのが「故郷」という存在だ。 郷里という存在は、私達の心の成長を促し、時に寄り添い励まし、時に突き放されたり突き放したり、「帰れる場所」があると言う事は「今の生活」や自身が直面している現実を乗り越えられる力を与える心の要素となっている。映画『郷』をプロデュースした小川夏果プロデューサーは、あるインタビューにて本作の命の大切さや故郷の存在について聞かれて、こう話す。

小川P:「元々、女優を目指した動機が「有名になったその先でいろんな人を助けたい」という思いでした。この映画の脚本と伊地知監督の制作理念を読んだ時、監督が日本の「子どもたちの精神的幸福度の低さ」に危機感を抱いていることを知り、私と目的が一緒だと強く感じました。この作品を通じて、命の尊さや生きる上での大切なメッセージを伝えたいという思いが、制作の原動力になっています。私は転勤族で、自分にとっての故郷がないとずっと思っていました。しかし、鹿児島での撮影で自然と触れ合い、心が洗われる経験をして、自然と触れ合うことが人にとって大切だと強く感じました。故郷がなかったとしても、自然と触れ合うことで故郷を思うことができる。誰の心の中にも故郷はあるのではないかという思いを込めて「郷」というタイトルをつけました。」(※9)と話す。過去に、福知山線脱線事故に遭われた経験を小川夏果プロデューサーにとって、この映画は命の大切さを伝える心の叫びなのかもしれない。その中に「故郷」に対する郷愁の想いを乗せ、郷里の存在が私達の生きる糧として鎮座させ、何度も記憶の中で蘇らせている。地元に住んでいようが、住んでなかろうが、私達が求める故郷像は永遠に「懐かしさ」であり、明日の未来を生きる力強さへと変換される。心の故郷がある限り、私達は私達らしく今を生きられるのではないだろうか?

最後に、映画『郷』は、鹿児島の雄大な自然を背景に、17歳の高校球児の挫折と再生をつづった青春叙事詩だが、単なる一人の青年が経験した青春物語には仕上がっていない。私達は、常に故郷との関係性を心のバランスとして保ちながら、地元を離れ慣れない都会やその場所で生きている。遠く離れた見ず知らずの人々が暮らす町で時間を過ごし、慣れないコミュニティに溶け込みながら、老いる親の存在に気を揉む。なぜ、私達はノスタルジーへの懐古性を大切にし、懐かしみのある温かな古里の情景を目に焼き付けるのか?その答えは、何十年、何百年経っても、紐解く事はできない永遠の謎だ。それでも、この文章がこの映画に対するアンサーである事を願い、誰もが自身に「帰る場所」がある有り難さを再認識できるようにと思いたい。今年の元旦に帰省した人も、大型連休は必ず故郷に帰ると挙手する人も、はたまたここ十年以上、帰省した事がないと言う人も全員含めて、次の休みは自身の故郷に帰って欲しい。心の安らぎと親の存在の安堵を求めて。
「そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。」
レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』より(※10)

映画『郷』は現在、全国絶賛上映中!
(※1)なぜ地元に帰りたいと思うのか?理由と対処法を詳しく解説https://zyao22.gifu-np.co.jp/gifu-life/lifestyle/495#:~:text=%E5%9C%B0%E5%85%83%E3%81%AB%E5%B8%B0%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%A8%E6%80%9D%E3%81%86%E5%BF%83%E7%90%86,-%E9%83%BD%E4%BC%9A%E3%81%A7%E5%83%8D%E3%81%8F&text=%E4%BA%BA%E3%81%AF%E8%AA%B0%E3%81%97%E3%82%82,%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E3%82%82%E6%9C%9F%E5%BE%85%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2026年2年3月)
(※2)東京で暮らす意味がわからなくなったので地方の実家に「お暇」してみたhttps://telling.asahi.com/article/13042561(2026年2年3月)
(※3)【実家に帰りたくない理由ランキング】男女500人アンケート調査 実家に帰りたくない理由に関する意識調査https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000242.000041309.html(2026年2年3月)
(※9)日本初ARRIが機材提供。美しきふるさとの映像と音に触れ、自身を回顧する(映画『郷』小川夏果プロデューサーインタビュー)http://cafemirage.net/archives/7753(2026年2年3月)
(※10)レイチェル・カーソンの名言https://www.bou-tou.net/senseofwonder/(2026年2月3日)