映画『少女はアンデスの星を見た』夜空から優しく見守っている

映画『少女はアンデスの星を見た』夜空から優しく見守っている

アンデスの生命と死の神秘的な幻想を

アンデスの生命と死の神秘的な幻想を深遠なモノクロで描く映画『少女はアンデスの星を見た』

©2023 CINE AYMARA STUDIOS

©2023 CINE AYMARA STUDIOS

「夜明けに輝く星」という意味の名前を持つ少女ヤナワラは、ペルーの山岳地帯に住む原住民。恒久的慣習や原始的脱俗に実体の無い粗雑な環境に身を置く哀れなまでの幼き少女の境遇には、見るに堪えない風習がある。客観的に見れば、閉鎖的で排他的の田舎特有の因習に現地の人間は、常に押し潰されている。ただ、先住民の視点で主観的に見れば、呪術も祈祷も自然崇拝もすべて、彼らにとっては心の拠り所だ。山岳地帯の限界集落に暮らす少女にとって、この狭い生活が世界のすべてだ。 祖父母との暮らしも自然崇拝における呪術や祈祷との付き合い方も全部、少女が日々を過ごす日常だ。少数民族における悪しき習慣が、民族の発展を滅ぼして行く。少女の生きた魂が、自由を求めて放浪する。伝統的な民族的悪習は、若い世代の幼い魂魄を犠牲にする。映画『少女はアンデスの星を見た』は、1980年代のペルー・アンデス地域を舞台に、古いしきたりと差別意識を背景に起きた少女の悲劇的な物語をモノクロ映像で描いたドラマ。慣習的な悪しき宿弊が齎す負の連鎖は、どこかのタイミングで断ち切らなければならない。私達は少女の内側から聞こえる魂の慟哭に、耳を傾ける事ができるだろうか?

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ペルーで主に公用語として話されている言語は多くのペルー国民が話すスペイン語であるが、公用語のスペイン語以外にもケチュア語とアイマラ語も国の公用語として話されている。特に、アンデス山脈の先住民はケチュア語を話す事が多く、南部のチチカカ湖周辺ではアイマラ語話者が今も存在する。この物語に登場するペルーの先住民は、後者のアイマラ語を話す民族だ。この言語は主に南米アンデス山脈の高地、特にボリビア、ペルー、チリの国境地帯(先述したチチカカ湖周辺が中心)で話されている。ケチュア語と並ぶ主要な先住民言語であり、ボリビアとペルーでは公用語の一つとして認知され、チリやアルゼンチンの一部にもアイマラ語話者がいる。 ペルーでは、チチカカ湖周辺の南部以外に、プーノ県やタクナ県で多くのアイマラ語話者が生活している。ペルーでアイマラ語を話す先住民は、アイマラ族(Aymara)だ。彼らはボリビア、ペルー、チリのアンデス地域、特にチチカカ湖周辺に居住し、インカ帝国以前の文明(ティワナク文明)の子孫と考えられている。 アイマラ族の文化には、 「パチャママ(母なる大地)」と自然崇拝があり、自然界のありとあらゆる森羅万象の存在と深く結び付いているという思想を持つ精神文化を大切にしている。 アイマラ族における自然崇拝や祈祷の種類(※1)には、伝統的な信仰に基づく様々な祭りや祈祷が存在する。主な祭りには、アラシタスの祭りや農耕・家畜に関わる精霊信仰に基づいた儀式、またカトリックの影響を受けた祭りなどがある。 アイマラ族の主な祭りや祈祷には、アラシタスの祭り(Alacitas Festival)、農耕・収穫に関する儀礼、家畜の毛刈りと祈り、万霊節(死者の日)などがある。アラシタスの祭りとは、ボリビアのアイマラ族がラパスを中心に毎年1月24日から開催する、幸福や繁栄を願う伝統的な祭り。祈祷内容には、自分が手に入れたい家、車、現金などのミニチュア品を購入し、それをエケコ人形(福の神)に持たせて祈祷する。祈祷師(カラムワヤなど)による儀式も行われ、ミニチュア品が本物になるよう祈る。農耕・収穫に関する儀礼では、アイマラ族の生活において農耕は深く結びついている。作物の成長や収穫の時期には、様々な儀式が行われる。祈祷内容には、特に雨季のジャガイモの儀礼的収穫が祭りの中心的要素となる事例が多くある。この儀式では、コカの葉やアルパカ、ジャガイモなどの農産物を供物として捧げ、土地の精霊(パチャママなど)に感謝し、豊穣を祈願する。家畜の毛刈りと祈りでは、アイマラ族にとって重要な資源であるアルパカやリャマなどの家畜の毛刈りの時期にも特別な祈りや儀式が行われている。この祭りの祈祷では、家畜の健康と繁殖を願い、感謝の祈りを捧げる。最後に、万霊節(死者の日)は、カトリックの影響と伝統的な先住民信仰が融合した祭りで、亡くなった家族や祖先を追悼する日。死者のために「メサ」と呼ばれる祭壇を作り、故人の好物だった食べ物(ジャガイモ、キノア、果物、酒、コカの葉など)や動物を象ったパンなどを供える。親族が集まり、故人の魂が安らかである事を願う。今回、紹介した祭りや祈祷は、キリスト教の影響を受けつつも、アンデス地方特有の自然や精霊への信仰が色濃く残る事が特徴だ。 アイマラ族の祈祷や祭りは無形文化遺産として登録されており、古の時代から人々を幸福にさせて来た由緒正しき祈願方法だ。ペルーやその周辺地域に居を構えるアイマラ族達にとって、祈祷や祭り、自然崇拝は非常に大切な存在で、彼らの生活に親密に密着していると言えるが、その反面、多くの祈請の中には悪習と呼ばれるものの存在もあり、この作品に登場する少女はその慣習に従って、彼女の意思に関係なく、否応無しに祈祷の力を信じる大人達に屈服させられる。少女にとっての正義は、どこにあるだろうか?少女の魂は、ちゃんと救われているのだろうか?

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本作の物語の根幹にあるのは、卑劣な大人による性加害の実体だ。アンデスの山岳地帯に住む幼き少女は、村の学校に常駐する教師から非道な性的暴行を受ける。性暴力に耐える事でさえ、苦痛にも関わらず、民族の古い習わしに習って、生贄として崇められる。大人の罪か少女の罪かと問われ天秤に掛けられた時、否応なく身体を許してしまった少女への罪が甚大であると結論付ける悪習には甚だ理解に及ばないが、これが民族間における土着的な考え方であり、現代の価値観では到底計り知れない僻見や誤解が産まれていたのだろう。この幼い子どもへの性的事案は、今の時代にも通ずる複雑な問題だ。年端の行かない小学生や中学生以下の幼年の子ども達が、卑劣な大人達の毒牙の餌食になっている。それは、まるで大きな蜘蛛の巣を作り、獲物を待っている毒蜘蛛のような存在だ。実の親が、教師が、近所の大人、部活の先輩、同級生の同性が、SNSやオンラインゲームを駆使して、脇が甘い隙のある子どもを狙っている。自身によく懐く、少し愚鈍な子どもをグルーミング(※2)しようと鋭い視線を光らせる。一例として、10年前に塾講師だった男が、その当時の教え子の元女子生徒に性加害を行い、現在、被害を受けた20代の女性は50代になった加害者の元塾講師の男に対して、1100万円の損害賠償を求めた訴訟を起こしている。また、この性加害の問題は女児だけに留まらず、現役の児童養護施設の施設長が年端の行かない男児生徒に性加害を起こした事件(※4)が今、タイムリーにも世間の注目を浴びている。私自身が、幼少期となる小学生の頃に同性の年上から受けた性的いたずらが大人達の世界で秘密裡に行われており、子ども達は自身の体験の口外が許されず、性欲の捌け口として大人達の犠牲に遭っている。この社会的問題の絶対的根絶は難しいだろうが、過去に性加害を行ったとされる加害者が自身の過去に向き合って、児童への性的欲求を抑える治療(※5)を行っている。性加害者の治療は、認知行動療法(CBT)を核とし、薬物療法(性欲抑制剤など)や、自身の行動と責任に向き合う心理教育を組み合わせた、長期的な「伴走型」アプローチが主流(※6)とされる。主な目的は、再犯リスクの低減と行動のコントロール能力の獲得で、専門機関での集中的なプログラムや、釈放後の継続的な支援が不可欠とされている。近い将来、性加害を犯した加害者には、法的にDBS化の活用やGPSの着用が義務付けられる未来(※7)が訪れる。でも、どれだけ治療を行い、司法がGPS着用の義務化に動いても、子ども達の心の傷は癒える事はない。性的加害者には、その子ども達の心の叫びが聞こえているだろうか?この少女は、今を生きる子ども達のその叫びを代弁しているようである。映画『少女はアンデスの星を見た』を制作したティト・カタコラ監督(オリジナルの監督である甥の突然の死を受けて制作している)は、あるインタビューにて本作で描かれる言語と女性について、こう話す。

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タコラ監督:「ペルーは40以上の現地の先住民言語が話されている多文化社会です。私はそれらの言語がどれも同じように価値があり、重要であると信じていますが、公用語であるスペイン語が主流である私たちのマスメディア作品や映画のほとんどでそれらの言語が聞かれることはほとんどありません。1980年代を舞台にしたこの物語を通して、女性たちに力を与えたいと考えました。しかし残念ながら、当時の偏見や考え方の中には、今日でもなお根強く残っているものがあることに気づきました。例えば、少女を辱めたりレイプしたりすることは、「家族やコミュニティの名誉を清める」ために強制結婚によって「解決できる」という考えです。物語の中では、こうした時代遅れの見解を表明した男性コミュニティリーダーが罰せられる場面があり、その前に先住民アイマラ族の女性リーダーが地方議会議員たちに正義の実現を訴える場面が描かれています。」(※8)と話す。今でも一部の女性や子ども達が、目には見えない大きな権力や何かによって、虐げられている世の中だ。この作品に登場する少女が、現代社会における代弁や写し鏡になるのかは、ここでは断定できないが、それでも、性加害やその他の被害によって、虐げられ辱められる口外無用の苦しみを抱えている。少女の性加害にとって「家族やコミュニティの名誉を傷付ける」という古い価値観は、今でも残っているのだろうか?世界ではもちろん、ここ日本でも少なからず完全に払拭されたとは言えず、家族の名誉が傷つけられる価値観(※9)は依然として根強く残っていると言える。 社会は、被害者へのスティグマ(負の烙印)の残存やセカンドレイプを根絶を促す価値観を生み出し、社会意識への変化を取り組む事が重要視されている。

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最後に、映画『少女はアンデスの星を見た』は、1980年代のペルー・アンデス地域を舞台に、古いしきたりと差別意識を背景に起きた少女の悲劇的な物語をモノクロ映像で描いたドラマだが、この映画が題材としている問題はペルーの民俗文化や1980年代における出来事だけに留まらず、現代の21世紀(令和の時代)だからこそ、浮上している問題だ。過去の民族的悪習によって、肩身の狭い思いを余儀なくさせられた人々は、多くいたはずだ。少女が、夜空を見上げて見た星たちは、物理的に星として輝くものだけではない。亡くなった人を夜空の「星になった」と表現する事があるが、もしこれが本当に死んだ人々が夜空で輝いているのであれば、性加害を受けて命を落とした子ども達も今も夜空全体で輝いていて欲しい。1980年代にアンデス地方で生きていた少女が見上げた星空は、今の時代にも夜空として繋がっている。その星空にキラキラと煌めく星たちが、トラウマを抱えた現代の子ども達を夜空から優しく見守っているはずだ。

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映画『少女はアンデスの星を見た』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)アイマラ族伝統の幸福を願う祭り アラシタス開催 – ボリビアhttps://www.afpbb.com/articles/-/2172073(2025年12月31日)

(※2)【専門家が警鐘】性被害から子どもを守れ!オンラインゲーム・SNSに潜むグルーミングの手口https://anshin-game.jp/promise/report/251106.html(2025年12月31日)

(※3)塾講師から性被害10年、女性「グルーミングだった」…小学生の頃から「自宅で勉強見る」https://www.yomiuri.co.jp/national/20230626-OYT1T50273/#google_vignette(2025年12月31日)

(※4)学童保育施設で施設長が男児にわいせつ行為「スキンシップのつもりだった」…保護者から不安の声https://www.yomiuri.co.jp/national/20251220-GYT1T00083/(2025年12月31日)

(※5)性加害 20年治療続けても 「自分には再犯リスクが」 “当事者”が語る日本版DBSに「足りない点」https://news.ntv.co.jp/category/society/78f1ef1358a746da8a62e6cef1bde93c(2025年12月31日)

(※6)性加害治療2500人、プロに聞く「日本版DBS」◆子どもは守れるのか【#取材班インタビュー:斉藤章佳さん】https://www.jiji.com/sp/v8?id=202311dbs-team#:~:text=%EF%BC%93%E6%9C%AC%E6%9F%B1%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82,%E5%9E%8B%E6%94%AF%E6%8F%B4%E3%80%8D%E3%81%8C%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82(2025年12月31日)

(※7)子どもの性被害、犯罪者の「住所氏名」公開で解決するのか GPS、治療、教育が果たす役割…宮田桂子弁護士に聞くhttps://www.bengo4.com/c_18/n_18670/(2025年12月31日)

(※8)An interview with Tito Catacorahttps://thefilmverdict.com/an-interview-with-tito-catacora/(2025年12月31日)

(※9)性犯罪神話の受容に対する性犯罪に関する知識と両面価値的性差別主義の影響https://i.kawasaki-m.ac.jp/mwsoc/journal/jp/2022-j32-1/P57-66_kunishida.pdf#:~:text=*%2020%E9%A0%85%E7%9B%AE%E5%85%A8%E4%BD%93%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%90%88%E8%A8%88%E6%AD%A3%E7%AD%94%E6%95%B0%E3%81%AE%E5%B9%B3%E5%9D%87%E5%80%A4%EF%BC%9D15.13%EF%BC%8CSD%20=1.57%EF%BC%8E%20*%20%E6%80%A7%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B%EF%BC%885%E9%A0%85%E7%9B%AE%EF%BC%8C%E5%B9%B3%E5%9D%87%E5%80%A4=2.97%2C%20SD=0.72%EF%BC%89%20%E6%80%A7%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E8%A2%AB%E5%AE%B3%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%85%8B%EF%BC%886%E9%A0%85%E7%9B%AE%EF%BC%8C%E5%B9%B3%E5%9D%87%E5%80%A4=4.24%EF%BC%8CSD=0.80%EF%BC%89,%3C.001%2C%20**%20p%20%3C.01%2C%20*%20p%20%3C.05.(2025年12月31日)