ベトナムの悪魔“チャオドイノンメ“に基づいた映画『狗神の業(カルマ)』


不思議な事に、アジア全土に広がる犬食(猫食)文化は、日本にだけは浸透していない。日本人の目から見て、日本以外のアジア諸国で行われている犬食の習慣は、非常に奇異として映るだろう。犬猫を食べるという風習に対して、嫌悪感を抱き兼ねないが、犬の肉を食べる事によって、スタミナが付くと言われている。犬肉がスタミナに良いと言われている要因(※1)は、韓国の伝統的なスタミナ料理「補身湯(ポシンタン)」として知られていた事に由来する。ただし、2024年に韓国で食用の犬肉販売が禁止される法案が可決され、現在は韓国では犬肉の提供が減少傾向にある。犬肉が持つ栄養価がスタミナに繋がるという考えは一部あるが、犬肉は栄養源として一般的に推奨されるだけでなく、韓国でも犬食への反対が広がっている。ベトナムでの犬食文化は、どうだろうか?ベトナムでは犬肉が伝統的な「スタミナ食」(※2)として扱われる地域があるが、国際的な動物福祉団体やベトナム国内の世論、政府の方針転換により、犬食の減少が進行している。感染症リスクや文化的な変化、経済的な理由などが原因で、犬肉市場は縮小傾向にある。ベトナムでは、犬肉を食べないという選択をする人が増加している背景(※3)が伺える。ベトナムにおいて犬食文化が減りつつある中、この度、犬食文化を題材にしたホラーが制作され、本国でヒットを飛ばした。映画『狗神の業(カルマ)』は、犬食文化が残るベトナムで、「犬肉」を生業とする一族が次々と謎の死を遂げていく姿を描いたホラー。ベトナムでは、犬食文化の肯定派が、否定派を上回る勢いで存在しており、恐らく、犬の肉を食べる行為を通して、何か人間と動物との間に生まれる主従関係を会得し、満足以上の至福の多幸感を得ようとしている人種が民族的に残っているのだろう。

では、民族学的にベトナムという国が犬食文化とどう歩んで来たのか気になるところだろう。ベトナムでは、月末に犬肉で「厄払い」をする習慣がある。ベトナム人は、年明けや月初めに犬肉を食べる事はないが、年末や月末に犬肉を食べると厄を払い、「洗い流して」より幸運な新年を迎える事ができると信じられている。月初めには、赤い色の血プリンなどの料理を食べる事が多く、その月を通して多くの幸運が訪れる事を強く願う文化(※4)がある。ベトナムにおける犬食文化は、1930年代にまで遡る事ができる。この習慣・文化は、民間信仰における犬の供儀に由来すると言われている。特にベトナム北部においては、「犬肉」という名称も生まれ、現在まで広く親しまれている。1930年代頃、ハノイでは犬肉料理店が数多く開業したが、さほど多くはなく、広く普及するのはその先であった。その一方で、北部とは対照的に、南部の人々にとって犬肉という概念は依然として非常に異質なものであった。当時のベトナム南部では、フランス文化の影響下にあり、犬や猫のような動物を愛するのは至極当然の事だった。それほど驚く事ではなく(あるいは、ベトナム南部では、この「種類の食べ物」にアクセスできなかった背景があったと考えられる)。しかし、この文化は1954年による北部のベトナム人の「移住」運動(※5 )によって南部にも広まったとされている。この「文化」が北部で本格的に普及したのは1910年から1920年頃。当時、中国は戦争の混乱に見舞われ、飢餓に苦しむ中、人々は腹を満たすためにこの犬食料理に頼らざるを得なかった。ベトナム北部は、中国南部に隣接している為、この「文化」はベトナムに伝わり、そこから人気を得、広く普及したそうな。「Phong tục thịt chó tại Việt Nam – bảo tồn hay lên án – nét văn hóa ẩm thực hay cần được bài trừ」を書いた2T トラン・トゥンは、犬食文化の見解をこう述べている。「多くの人がこの「芸術」に「情熱」を 抱いていることは容易に理解できますが、ここで奇妙なのは、そうした人々、特に高齢者が、家を守るためだけでなく、ペットとして犬を飼う習慣があり、時にはペットを深く愛しているということです。では、なぜ彼らはいまだに犬肉を食べる習慣を保っているのでしょうか?(中略)。しかし、愛犬を亡くした家族を見るのは本当に痛ましいことです。需要と供給の関係は避けられませんが、その供給はどこから来るのでしょうか? 犬泥棒が夜明け前に外で見かける犬、つまり野良犬や飼い犬、そしてそのほとんどは在来犬です。多くの人がこのことに気づいていますが、食卓に運ばれてきた犬肉料理よりも、もっと心配すべき問題ではないでしょうか。」と犬食の行為に対する疑問点を投げている。2018年、ハノイ人民委員会は、ハノイ市における犬肉と猫肉の販売、加工、そして食用を禁止する提案を出した。それでも、「犬肉はベトナム人の伝統料理だ」という多くの反対意見が出ている。犬肉が伝統的な国民食であるという主張は、単に感情的なものなのだ。なぜなら、ベトナム人、特にベトナム北部の人々は何百年もの間、犬肉を頻繁に食べて来た史実がある。では、ベトナム(特に、北部における)の歴史的真実(※6)とは何か?その疑問への答えが、この作品に込められているのだろう。

この作品に登場する家族は、動物たちの呪いによって、順番に祟り殺される不幸な家族の姿を痛々しく描く。では実際に、死んだ動物から呪われる事は、あるだろうか?まず前提として、動物霊に「呪われる」ことに対して、科学的な根拠はない(※7)。ただ、超常的な現象や霊障として捉えられる考えはある。恨みや妬みといった感情が動物霊を「発動」させ、他人に災いを与える民間伝承や、科学で説明できない心身の不調を霊障とする考え方が存在する。しかし、動物霊にまつわる現象は科学的に証明されておらず、ペットの異常行動などはストレスや病気の可能性も考慮すべきだ。動物霊に呪われるという考え方に対して、最も当てはまる事柄として、恨みや妬みによる発動が考えられる。ある人物が誰かを深く恨んだり妬んだりすると、その感情に動物霊が呼応し、対象者に災いを招くと言われている。また、妖術の一種には、特定の動物霊が祀られている家で、祀り手の感情に反応して動物霊が活動し、他人に攻撃を加える「妖術」の分類に属すると言われる。霊的な観点ではなく、科学的な観点で動物霊の霊障に関して言えば、単刀直入に言えば、科学的には一つも証明されていない。動物霊の存在や、それが人に呪いをもたらすという現象には、科学的な証拠はない。ペットの異常行動に言及すれば、科学では説明できない現象を霊障と呼ぶことがあるが、ペットが異常な行動を示す場合、ストレス、病気、あるいは自然災害の予知など、別の原因があると考えられる。ただ、霊障と捉えられる現象を細かく分類すれば、まず心身の不調が挙げられ、心当たりのない心身の不調を起こし、科学的に説明できない現象が身の回りで起こる事を「霊障」と呼ぶ。他には、症状の多様性が挙げられ、頭痛、倦怠感、肩こり、不眠、落ち込みが挙げられ、症状は人によって様々だ。「動物霊に呪われる」という概念は、科学的に実証されたものではない事を前提に、一部には超常現象や民間伝承として信じられている側面もある。一部の人間の間では、科学では説明できない形で心身の不調や災いが起こる事を「霊障」と捉える考え方が根強く残る。ベトナムにおける犬食文化や動物霊呪いが、どう人々に作用しているだろうか?2020年5月30日に発表されたベトナムのオンライン記事「Thịt chó và sự khác biệt văn hoá」にて、ベトナムにおける犬肉の肉食について、細かく説いている。「近年、犬肉を食べるか否かをめぐる議論が続いている。ベトナム人は代々犬肉を食べる習慣があり、「犬肉」は多くの民間文学にも登場しており、古代ベトナム人の日常生活に深く浸透していたことが分かります。経済生活の向上により、犬肉を食べる習慣は以前ほど一般的ではなくなりました(特に大都市では)。しかし、犬肉は安価で入手しやすく、独特の風味があるため、特に労働者階級の人々にとって好まれ、依然として多くの人々が犬肉を好んでいます。西洋では、犬は賢く、友好的で、忠実であるため、ペットとして大切にされています。多くの国では犬を保護するための法律があり、犬肉食は禁止されています。違反者は厳重に処罰され、場合によっては懲役刑に処せられます。国内でも、犬肉食を禁止するよう政府に求める声が上がっています。多くのベトナム人は飼い犬を愛していますが、番犬は召使いだと考えています。近年、犬をペットとして飼育する運動が盛んになっています。犬肉食をやめるよう人々に呼びかけ、禁止さえ求めているのは、まさにこの運動です。「犬は人間の忠実で親密な友だ」「犬肉を食べるのは野蛮だ」「犬肉を食べるのは野蛮だ」などと主張しています。一方、犬肉を食べる人たちも、自分の好みを擁護する言い訳に事欠きません。「犬肉を食べるのは私の個人的な権利です」「法律を犯したわけではありません」「すべての動物はあなたのものです。あなたは鶏肉や豚肉を食べます…なのに、なぜ私が犬肉を食べることを禁じるのですか?犬肉を食べる人は文明人ではない」と言う人がいます。文明とは何でしょうか?それは、公共の場で整列すること、感謝や謝罪の仕方を知ること、悪態をつかないこと、信号を無視しないこと、喧嘩をしないこと…そして、自分の考えを他人に押し付けないことです(食べる人は他人に食べることを強制せず、食べない人は他人に諦めることを強制しません)。文明とは文化の違いを受け入れることを知ることですが、ここでの文化の違いとは何でしょうか?ベトナム人は犬を他の動物よりも大切にしています。それは事実です。しかし、西洋のように犬を忠実な友とは考えていません。ある文化研究者によると、犬肉食は古代からベトナム文化の一部であり、「犬肉を食べるのは野蛮だ」と言うのは間違いです。西洋文化を押し付けることはできませんし、ベトナムのように犬肉を食べる国は他にもたくさんあります。10年ほど前までは、田舎のほとんどの家庭で犬を飼っていました。少なくとも1匹か2匹、多い時は10匹も飼っていました。犬は繁殖が早く、それぞれの飼い主が自由に選ぶことができました。賢い犬は家の番犬として飼われ、残りは売られたり、家族の緊急事態が発生したりした際には屠殺されたりしていました。誰も反対しませんでした。犬肉食に反対する人たちは、観賞用の犬と飼い犬を区別する必要があります。人々がよく食べる犬は飼い犬であり、高価で味も良くない観賞用の犬ではありません。「犬肉を食べることが犬の盗難の根源だ」と考える人がいます。需要があれば供給もあるはずだからです。犬肉を食べることを禁止すれば犬の盗難はなくなるでしょう。しかし、これは真実ではありません。犬の盗難の根源は、薬物中毒やギャンブルといった社会悪なのです。「犬が子どもを噛む重症事件が多発、愛犬家はどう思うか」ベトナムを訪れる西洋人の多くは、ベトナム人が犬肉を食べることを知って驚きます。「この国は大好きだけど、この料理は受け入れられない」とさえ言います。問題は文化の違いにあることを彼らに説明する必要があります。外国人観光客の多い大都市の中心部では、丸ごとの犬をガラスケースに並べるのは非常に不快なので、規制を設けるべきです。(意見記事は必ずしも VnExpress.net の見解を反映するものではありません。 )(※8)とあるように、今、ベトナムでは犬食文化の是非が問われている。犬の忠誠心を守り、犬の愛らしさを守れるのは、他でもない私達人間だ。近年、犬を伴侶動物と呼ぶ運動が起きているが、犬と共に添い遂げる人生を選んだ時、きっと人生の見え方は変わるだろう。映画『狗神の業(カルマ)』を制作したルー・タン・ルアン監督は、あるインタビューにて本作にてベトナムの南北の俳優を起用した件、また南北のセリフや演技面での違いについて、こう話す。

ルアン監督:「それぞれの場所には、学び、尊重する価値のある独自の特徴があります。これは、私が叔父や叔母たちに参加を依頼した際の基本的な精神でもあります。私たちは、それぞれのキャラクターのリアリティを確保するために、俳優たちの声をそのまま残しました。同時に、私の映画に出演する俳優たちには、観客を家族の暗い側面、犬の虐殺という残酷なシーンへと導くための、適切な抑制と共鳴の仕方を常に心得ているという点で、大きな信頼を寄せています。そこから、人間性とペット保護についてのメッセージをより印象的に伝えるために必要な執着心が生まれます。」(※9)と話す。この映画の緊張感は、まさに監督と南北のベトナム人俳優達の本気度の結晶が、恐怖演出を更に恐怖の渦へと押し寄せるリアリティ溢れる恐ろしさとして昇華させているのだろう。
最後に、映画『狗神の業(カルマ)』は、犬食文化が残るベトナムで、「犬肉」を生業とする一族が次々と謎の死を遂げていく姿を描いたホラーだが、単なる動物霊に呪い殺される物語ではなく、犬食文化の是非を通して、人間と動物がどう共に生き、人生を歩んで行くのかという問いを作品の裏側に忍ばせている。犬の呪いに疑心暗鬼するベトナム人家族達の恐怖心は、リアルさに逼迫した身震いを禁じ得ないが、それ以上に、動物との暮らしぶりに対して、再度振り返るいい契機となる作品に仕上がっている事だろう。

映画『狗神の業(カルマ)』は現在、公開中。
(※1)韓国「犬食禁止法」が成立 動物愛護の観点で高まる声にこたえてhttps://eleminist.com/article/3174(2025年9月25日)
(※2)韓国人の9割が「もう犬肉料理を食べない」、理由は2つ《Editors’ Picks》https://diamond.jp/articles/-/337176(2025年9月25日)
(※3)ベトナム人は「犬食」をどう思っているのか?保護活動から考える犬・猫との絆https://iconicjob.jp/blog/vietnam/animal-protection(2025年9月25日)
(※4)Thịt chó có phải món ăn truyền thống của người Việt ?https://nghiencuulichsu.com/2017/06/08/thi%CC%A3t-cho-co-pha%CC%89i-mon-an-truyen-thong-cu%CC%89a-nguoi-vie%CC%A3t/(2025年9月27日)
(※5)Phong tục thịt chó tại Việt Nam – bảo tồn hay lên án – nét văn hóa ẩm thực hay cần được bài trừhttps://spiderum.com/bai-dang/Phong-tuc-thit-cho-tai-Viet-Nam-bao-ton-hay-len-an-net-van-hoa-am-thuc-hay-can-duoc-bai-tru-wTOz66v81J2U(2025年9月27日)
(※6)Truyền thống lịch sử dân tộc Việt không ăn thịt chóhttps://nghiencuulichsu.com/2018/09/17/truyen-thong-lich-su-dan-toc-viet-khong-an-thit-cho/(2025年9月27日)
(※7)恨みを晴らす妖術、邪術、その手法と歴史 動物霊はいかに憑依し発動するのかhttps://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63717(2025年9月27日)
(※8)Thịt chó và sự khác biệt văn hoáhttps://vnexpress.net/thit-cho-va-su-khac-biet-van-hoa-4107683.html(2025年9月27日)
(※9)“Quỷ Cẩu” và màn chào sân của đạo diễn trẻ Lưu Thành Luân trong tác phẩm kết hợp của dàn diễn viên Nam – Bắc gạo cộihttps://m.kenh14.vn/quy-cau-va-man-chao-san-cua-dao-dien-tre-luu-thanh-luan-trong-tac-pham-ket-hop-cua-dan-dien-vien-nam-bac-gao-coi-20231227172237584.chn(2025年9月29日)