映画『私たちが光と想うすべて』一陽来復の女性賛歌

映画『私たちが光と想うすべて』一陽来復の女性賛歌

2025年8月11日

儚いけれど決して消えない光を放つ映画『私たちが光と想うすべて』

©PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS – BALDR FILM – LES FILMS FAUVES – ARTE FRANCE CINEMA – 2024

©PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS –
BALDR FILM – LES FILMS FAUVES –
ARTE FRANCE CINEMA – 2024

日本人は、インド社会の実態をまだ知らない。インド映画ファンは、歌ありダンスあり笑いありの豪華絢爛、絢爛豪華のインド版ミュージカル映画でしかインドの事実を知り得ない。私達が知る一面は、インド社会の表面の部分でしか、この国を知ろうとしない。今までインド社会が抱える問題を映画では描いて来なかったから、今だからこそ、本当のインドの顔を描いた作品が登場するのは、もしかしたら、必然だったのかもしれない。この作品が描くインドの実態はほんの一部分にしか過ぎないが、現代のインド社会が抱える問題を真正面から再現している。労働問題、女性問題、身分問題、宗教問題など、日陰に隠れた問題が山積されている。私達が知る華やかなインド映画を陽とするなら、この物語はインド社会の陰を描く。闇に包まれた羨望の先にある華やかな光の束の裏側には、社会のルールや凝り固まった価値観に押し潰されている女性や若者達の存在が軽視されている。希望の光に向かって必死に生きる多くのインド人女性達が願うインド社会は、まだ先の未来に存在する。私達が願う「光」とは、一人一人によって多少の違いがあるかもしれないが、そのほとんどはすべて同じだ。映画『私たちが光と想うすべて』は、ままならない人生に葛藤しながらも自由に生きたいと願う女性たちの友情を、光に満ちた淡い映像美と幻想的な世界観で描いた今を生きるインド人女性への女性賛歌の物語だ。どんなにつらい環境であっても、一筋の光の希望を信じていれば、どんな人にもきっと幸せは訪れる。

©PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS –
BALDR FILM – LES FILMS FAUVES –
ARTE FRANCE CINEMA – 2024

インド社会における女性の立場は、伝統的な価値観、宗教、カースト制度などの影響を受ける事が多く、依然として課題解決が速急の問題としてある。一方、教育の普及、女性の社会進出を支援する動きも活発に動き出しており、少しずつではあるが、変化の兆しも感じ取れるインドの現代社会(※1)。21世紀の現代においても、インド社会では未だに伝統的な価値観とジェンダー差別(※2)が根強く残っている。特に、6つの項目として、①男尊女卑の意識、②結婚持参金(ダウリー)、③月経に対する偏見、④教育格差、⑤労働市場における差別、⑥家庭内暴力が、インド人女性の環境に重く伸し掛る。男尊女卑は、多くの地域で今も確認でき、男性優位の価値観が社会の中で蔓延り、女性は家庭を支える存在として見られがちだ。ダウリーと呼ばれるインドの伝道的な婚姻儀式における結婚持参金は、両家の結婚時に新婦側が新郎側に金品を贈る慣習を指すが、各家庭において女の子が生まれた際の負担増にもなっている。女性にとって毎月必ず訪れる月経は、一部の地域では、「不浄」とする考え方が深く根付いている。6つの問題に含まれていないが幼い頃に結婚させられる児童婚もまた、習慣として残っており、これも一つの原因として、教育格差が起きている。家事労働を求められ、教育を受ける機会が奪われている。労働現場においても差別が横行し、結婚後は仕事を辞め、多くの女性が家庭に入る事を求められ、労働現場における女性の地位は今も低いままだ。世界共通の問題としても挙げられる家庭内暴力もまた、注目受けている。家庭内での決定権は、男性側に優位に働く事が多く、女性が意見を言いにくい状況が産まれ、暴力に苦しむ女性も少ないない。その一方で、社会進出と権利向上(※3)への動きが盛んであり、法律による女性としての権利が保護され、女性の政治参画が認められ、教育の普及、女性の経済活動への参加が傾向として見られるようになって来た。インド社会は、今後ますます、教育の普及と質の向上を目指し、法律の厳格な施行が行われ、社会の意識改革が求められている。

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BALDR FILM – LES FILMS FAUVES –
ARTE FRANCE CINEMA – 2024

今後のインド社会の未来とインド人女性の未来は、どうなるだろうか?インドは今、世界の中核国として大きな成長を遂げようと動いている。たとえば、3つの側面である経済成長、人口動態、国際的な役割の拡大が、大きな変革期を迎えている。経済成長は著しく、2027年まで6%以上の成長が見込まれている。2030年までに、日本を抜いて世界第3位の経済大国になる可能性も指摘されている。人口においては、2023年に世界一となったばかり。、050年には16億人を超えると予測され、若年層の増加は労働力不足の解消と消費拡大を後押しすると言われている。また、インドは「アクト・イースト」政策を掲げ、アジア太平洋地域における積極的な外交を展開し、国際社会での存在感を示す方針を打ち立て、将来的にアジア諸国における中心国に近い立場(※4)になり得るだろう。インドという国はこれから益々、国家としてどんどん大きく成長して行くその一方で、現代インドにおける女性達の立場や地位は将来的にどう変化して行くのだろうか?インドの女性たちの未来において、経済発展と社会変化に伴い、改善の兆しが見えると言われる一方、課題も多く残される未来が待っている。都市部では、女性の労働参加率(※5)が上昇傾向にある一方、全体としては依然として女性の社会進出率は低く、ジェンダーギャップも大きい状況が続く。どれだけ国や都市部が発展しようとも、その発展した国や街から取り残される人々が少なからず少数以上はいると判断した方がよい。今後のインド社会における女性達の立場と地位に対する改善の兆しには、様々ある。たとえば、経済発展と都市化される事によって、都市部を中心に、女性の消費行動が活発化し、労働参加率も上昇する。政府の政策が進めば、女性の保護と教育を促進する政策、女性の起業を支援するスキームなどが実施される。企業による女性活用では、一部ではあるものの、女性の活躍を推進する動きが見られる。他にも、女性の社会進出の増加、起業家精神の向上、女性リーダーの活躍、政策による支援が益々、向上される未来が予測されるが、それでも、高度経済成長期におけるインド社会の中で時代や世間に見捨てられる一部の女性達が存在する事も事実だ。今後、どのように一人一人を救って行くのかが、課題として挙げられるだろう。映画『私たちが光と想うすべて』を制作したパヤル・カパーリヤー監督は、あるインタビューにて本作が「誰に当てた物語か」について聞かれ、こう話している。

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カパーリヤー監督:「この映画は私の祖母の物語から始まります。私は幼少期を祖母と過ごし、祖母から大きな影響を受けました。映画の中で亡き夫のことを語り続ける老婦人が登場しますが、これは祖母の人生における出来事です。祖母は95歳くらいの頃、記憶力が衰えてきたと感じ、日記をつけ始めました。祖母はいつもその日記に思い出を綴っていました。祖母の許可を得て、その日記を読み始めたのですが、そこには「夫が迎えに来て、そこに立っていた」と書かれていました。母方の祖父は、祖母が55歳の時に亡くなりました。私は一度も会ったことがありません。想像してみてください、祖母は55歳から95歳まで独り身だったのです。結婚していない期間よりも、一人でいる時間の方が長かったのではないかと思っていました。当時は、誰かが再婚するなんて想像もつきませんでした。二人の関係もあまり良くなかったと、母は私にそう話していました。」(※8)と話す。フィクションと脚色であるものの、本作は監督自身の祖母に贈った物語だと話すが、監督自身も自分の祖母がどのような人生を送って来たのかは知らない。誰も、自分の祖父や祖母が歩んで来た人生のすべてを知る由もない。けれど、家族の中の愛する者への尊敬と愛情のな眼差しは尽きる事はない。誰もが現実では不遇の人生を送った来たであろうが、物語の中では少しでも多幸感を得られる人生を過ごせる事はできる。祖母の存在がこの作品を制作する後押しになったと話す監督にとって、自身の祖母という存在が現代インド社会における全ての女性の代弁にもなり得る。

©PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS –
BALDR FILM – LES FILMS FAUVES –
ARTE FRANCE CINEMA – 2024

最後に、映画『私たちが光と想うすべて』は、ままならない人生に葛藤ながらも自由に生きたいと願う女性たちの友情を、光に満ちた淡い映像美と幻想的な世界観で描いた今を生きるインド人女性への女性賛歌の物語だが、タイトル「私たちが光と想うすべて(All We Imagine as Light)」の中にある「光(light)」とは、一体何を指すのか?作品の中盤にインサートとして描かれる、大都会ムンバイの夜空に煌めく一輪の花火の光。真夜中の海辺に打ち寄せる小波の小さな音。暗闇の向こうで煌めく簡易的なバーの光。音や光が、インド人女性達の未来を歩く先導的な道標となる。その光や音の先の向こうに、監督自身の祖母が祈り続けたであろうインド社会の明るい未来が存在するのかもしれない。この物語は、全世界の女性に捧ぐ一陽来復の女性賛歌だ。

©PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS – BALDR FILM – LES FILMS FAUVES – ARTE FRANCE CINEMA – 2024

映画『私たちが光と想うすべて』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)インドの女性の社会進出 現状と今後 徐々に変化を見せる伝統的な認識https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2018/0301/814ec5013db7eb13.html#:~:text=%E5%A5%B3%E6%80%A7%E3%81%AE%E7%B5%90%E5%A9%9A%E6%84%9F%E3%81%AB,%E3%81%AE%E8%A6%81%E4%BB%B6%E3%82%92%E6%BA%80%E3%81%9F%E3%81%99%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%80%82(2025年8月10日)

(※2)インドの女性が直面する性差別問題|根絶に向けた取り組みhttps://www.plan-international.jp/girlslab/meaning-india_genderdiscrimination/(2025年8月10日)

(※3)インド人女性の地位向上とインド人女性の地位向上と教育の可能性 女性教師のエンパワメントhttps://kochi.repo.nii.ac.jp/record/5500/files/70-15.pdf(2025年8月10日)

(※4)未来の経済大国!? 成長を続けるインドに注目https://www.am-one.co.jp/warashibe/article/chiehako-20191115-1.html(2025年8月10日)

(※5)都市部で働く女性の消費実態(インド)ヒアリング調査の結果からhttps://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2025/be023082a7762abd.html#:~:text=%E3%83%92%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%81%AE%E7%B5%90%E6%9E%9C%E3%81%8B%E3%82%89&text=%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%80%81%E6%80%A5%E9%80%9F%E3%81%AA%E7%B5%8C%E6%B8%88,%E6%A4%9C%E8%A8%8E%E6%9D%90%E6%96%99%E3%82%92%E6%8F%90%E4%BE%9B%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%82(2025年8月11日)

(※6)インドで体感した新たな価値観、そして女性の社会進出を考えるhttps://note.saisoncard.co.jp/n/n31df92e75388(2025年8月12日)

(※7)Payal Kapadia Interview: शादीशुदा से ज्यादा समय तो विधवा रहीं मेरी नानी, अनचाहे मर्दो पर पायल का सीधा निशानाhttps://www.amarujala.com/photo-gallery/entertainment/hollywood/payal-kapadia-exclusive-interview-by-pankaj-shukla-all-we-imagine-as-light-releases-in-india-malayalam-cinema-2024-11-17(2025年8月12日)