無実か、有罪か。映画『犬の裁判』


FRANCE 2 CINEMA – RTS RADIO TELEVISION SUISSE –
SRG SSR – 2024
犬が被告人となる前代未聞の裁判が、フランスで行われた。法廷では犬は物として扱われるのが基本で、物言わぬ犬の気持ちが裁判所で議論される事はない。にも関わらず、実際にスイスで起きた出来事(※1)では、当事者となる犬本人が裁判所に登壇した。恐らく、実際のニュースは2013年。記事の記述によると、「7歳のホファヴァルト犬、シャロムに最後のチャンスはありません。」とあり、恐らく、度重なる裁判の結果、この犬は安楽死という判決を下された(人間で言えば、極刑の死刑と言ったところか)。2人の女児に飼い主の妻、周囲の人間、それを数年の時を経て、何度も、噛み付いている。凶暴な犬にも問題はあるが、それ以上に、視覚障害を持つ飼い主が何の策も講じなかった点、ここにもまた、裁判を争う争点となった。犬には罪は無く、獰猛な飼い犬を放し飼いにしていた飼い主に大きな問題があるのは一目瞭然だが、今回の裁判の場合、犬が噛み付いたその回数と頻度もまた、問題視されていたのだろう。危険な犬「シャロム」は衆目の的に晒され、人間達の好奇の目に翻弄。人間につい噛み付いてしまう犬が悪いのか、それとも、その犬を放し飼いにしていた飼い主が悪いのか。結果としては、百聞は一見にしかずではあるが、日本全国にいる犬の飼い主にとって、非常に興味深い裁判記録になっているだろう。映画『犬の裁判』では、犬が被告となった前代未聞の裁判の行方を、実話に着想を得て描いたフランス発の法廷コメディだ。私たちは今、一人の飼い主として動物達とどう向き合うのかに関して、飼い主としての資質が問われているのだろう。

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犬を飼う問題は多岐にわたり、噛み付きや放し飼いだけが問題視されているだけでなく、たとえば、犬の吠える声がうるさい騒音問題、犬の散歩で出るうんち放置問題、アレルギーを持つ住民にまで発展する抜け毛問題、道路での突然の飛び出し問題(※2)、多頭飼育に猫屋敷。けれど、飼い犬問題は今に始まった問題ではなく、随分前から問題視されている。それがいつから言われ出したのかは検討もつかないが、今ではご近所トラブルにおける飼い犬問題は定着化(※3)している。でも実際は、このペット問題は法律で裁く事ができ、単なるご近所トラブルとして図ることはできない。一例を挙げるなら、「犬のフンを玄関前に放置され困っている」というAさんの苦情に対して、この問題を起こした飼い主のBさんには、最悪の場合、刑事・行政処分相当となる廃棄物処理法16条の不法投棄で5年以下の懲役又は1000万以下の罰金、軽犯罪法の汚物遺棄、ふん害に行政罰を課す条例違反等に当たる。単なる犬の問題にも関わらず、その飼い主は思い罰則を課せられる。集合住宅において隣家が猫屋敷になった場合、たとえば最低、ペット飼育禁止条項違反、用法義務違反、近隣に迷惑をかけない禁止条項違反等々として罰せられる可能性がある事を、私達は知っておく必要がある。たとえば、私達自身が飼い犬を飼い始めて、周囲に迷惑を掛けてしまう事もあるだろう。もしくは、引越し先にてペット問題の近隣トラブルに遭遇してしまう可能性もゼロではない。そんな時、私達は上記の法律や解決法を予め知っておけば、飼い犬問題に対して右往左往しなくても済むのではないだろうか?犬を飼うという事は、当然ながら、飼い主となる私達自身の責任が伴う事を胸に留めていて欲しい。

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それでも、近隣間に対する飼い犬トラブルは今でも後を絶たない。特に、多いのが飼い犬の小型犬が近所の大型犬に首元を噛まれて亡くなる事案や人間そのものが噛まれて大怪我を負う事案が今でも問題視されている。昨年、2024年に起きた飼い犬による噛み付き事件(※5)は、4歳の男児を死亡させ、犬は確保された。また別の事案では、2009年10月11日午前10時35分ごろ、 福岡県の弁護士事務所の研修施設で、遊びに来ていた管理人の孫 (4歳の男児)が敷地内で飼われていた2頭の大型犬に全身をかまれて死亡した事案もあり、飼い犬によって犠牲になる子ども達の被害は今もずっと続いている。また「犬の鳴き声がうるさくて体調不良になった」(※6)と平成22年に起きた裁判では、犬の鳴き声が争点となり、飼い主に対するお咎めはなく、飼い犬の鳴き声がどう被告人の親子に影響したのか争われた。その結果、裁判所が出した答えは、「犬の鳴き声と2人の体調不良の因果関係は認められず、地裁は2人の請求を棄却。女性と母親は判決を不服として控訴したが、大阪高裁判決も1審同様、女性と母親側の訴えを退け控訴を棄却。判決は確定した。」とあるように、飼い犬と飼い犬に対する罪は、問われない結果となった。近隣に迷惑をかけず上手に動物を飼う(※7)には、どうすれば良いか?それは、他者への配慮や気配りが、その人本人の中に人としてどれほど備わっているのか、考える必要があるのかもしれない。映画『犬の裁判』を制作したレティシア・ドッシュ監督は、あるインタビューにて本作の犬による裁判について、こう話す。

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ドッシュ監督:「アヴリルは世界が変化しつつあることを感じながらも、なかなかそれに適応できずにいます。彼女は自分の力を見出せない女性です。犬を守ることで、彼女は強さを見出します。犬はアヴリルの鏡のような存在です。犬はオオカミの子孫ですが、私たちは何千年もかけて、この動物たちを愛の泉、完璧な友へと変容させ、形作ってきました。女性として、規範に当てはめなければならないというこの感覚は、私自身の境遇と重なります。映画の冒頭で、ある男性がまるで犬について話すかのように女性について語ります。」(※8)と、ドッシュ監督は、もう一つの視点で、この物語について話す。この物語は、犬の裁判を行う人間達の話ではなく、今現在、女性がどのような立場に置かれているのかを表現した作品だ。犬のしつけについて語る登場人物の言葉の端々に女性軽視の片鱗が見え隠れすると話す監督。過去には、同じ境遇に立たされた経験があるからこそ、無分別な男の言動に女性差別の情を読み取ってしまうのだろう。実際問題、動物虐待と女性差別(※9)は紙一重の位置にいるのかもしれない。似た立場に位置するから、ドッシュ監督は動物虐待の先に見たものに、女性軽視の一端を見たのだろう。ただそれは、女性差別だけに留まらず、幼児虐待、児童虐待への連鎖へと繋がっているのかもしれない。

最後に、映画『犬の裁判』では、犬が被告となった前代未聞の裁判の行方を、実話に着想を得て描いたフランス発の法廷コメディだが、単なるコメディではなく、その背景に描かれているのは、動物虐待の先にある女性差別や児童虐待の世界を垣間見る事ができる。物言わぬ動物に対して、愛情を示さず、罵り言葉で接する飼い主の姿には動物に対する軽視の姿勢と読み取れる。少し偏見にも近いが、動物に対して軽く見る人間の思想は、女性や幼児に対する言動もそれとなく近くなるのだろう。この作品の物語には、犬が裁判にかけられるお話ではなく、その犬を飼い主が今までどう扱って来たのかを問う物語だ。だから今、冒頭で述べたように飼い主達の人としての資質が問われているのかもしれない。今日もどこかで、犬の鳴き声や遠吠えが微かに聞こえて来るかもしれない。その時は、ふと足を止めて、耳を澄まして欲しい。犬達が、何を求めて訴えているのか。その鳴き声にちゃんと耳を傾ける事ができた時、その時はきっと、家庭内で暴力を振るわれる女性や子どもの身の危険を守れる人間になっているだろう。

映画『犬の裁判』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)Les juges de Mon-Repos confirment l’ordre d’euthanasier un chien dangereuxhttps://www.letemps.ch/suisse/juges-monrepos-confirment-lordre-deuthanasier-un-chien-dangereux?srsltid=AfmBOoqGMj6he_RD57JNSkhZphxAGTsKmC2XoriutAcAsZGiU0d7l7wj(2025年6月24日)
(※2)ペットショップ情報 ペットによる近隣トラブル/ホームメイトhttps://www.homemate-research-pet-shop.com/useful/13534_petsh_025/(2025年6月25日)
(※3)【ホントにあった犬の事件簿⑦】犬のシャンプー中に車にぶつかられた! 気になる判決は?https://dog.benesse.ne.jp/withdog/content/?id=43713(2025年6月25日)
(※4)近隣のペット問題https://watanabe-ark.gr.jp/petto/page5.html(2025年6月25日)
(※5)大型犬にかまれ4歳男児が死亡・・・犬による事故を防ぐために子どもに教えておくべきことhttps://www.yomiuri.co.jp/yomidr/article/20240209-OYTET50003/(2025年6月25日)
(※6)犬の鳴き声で「病気になった」、飼い主は「関係なし」…裁判所の判断はhttps://www.sankei.com/article/20180214-P5EEJSGCQRO5NIKZOK76X5U5KM/(2025年6月25日)
(※7)近隣に迷惑をかけない犬の飼い方とは? ~「犬に関する被害苦情等の届出状況」から~https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/29056(2025年6月25日)
(※8)« Je vois des parallèles avec ma condition de femme, cette impression de devoir rentrer dans des codes. Dans la première scène du film, un homme parle des femmes comme s’il parlait de chiens.“ Laetitia Doschhttps://numero.com/culture/cinema/interview-de-l-actrice-et-realisatrice-laetitia-dosch/(2025年6月26日)
(※9)動物虐待と人間への犯罪の相関https://animal-liberator.net/issue/the-link-between-animal-abuse-and-human-violence/(2025年6月26日)