痛快のおとぎ話の映画『アンジーのBARで逢いましょう』


私達は今、人生の酸いも甘いも経験した年長者達が持つ生きる知恵や温かい励ましの言葉を求めている。人生は、時に平坦ではなく、山があり谷があり、辛い日々が続く時もあれば、雨に晒される日もある。それでも、明日は晴れると信じて、今を必死に生きている。そんな暗く落胆する時、私達は太陽のような明るい年長者の存在が自身の心を明るくさせる。あなたの生きる知恵が未来を明るくさせ、あなたの温かい言葉の数々が人生を生きるヒントをくれる。生きるのは大変な事だが、生きているからこそ、素敵な出会いがあり、思い出を作り、経験を得る事ができる。仕事に疲れたあなたにも、子育てに疲れたあなたにも、人生に迷いを感じるそこのあなた。どこの誰にとっても、若年層より長く素敵な生き方をしている年長者の生き方が、私達の人生を輝かせてくれる。近年、老害(※1)という言葉が飛び交う昨今、そんな中、老害とは縁遠く素敵に老後を生きている年長者がたくさんいる事も忘れてはならない。映画『アンジーのBARで逢いましょう』は、突然町に現れ、いわくつきの物件でバーを開店した白髪の女性と町の人々との不思議な交流を描いた大人のためのおとぎ話。アンジーという存在が、この疲れたストレス社会のビタミン剤となるだろう。

高齢者でありながらバーのカウンターに立つ経営者は、ここ何十数年の間、数多くいた。令和のこの時代に、昭和の終戦直後から平成の30年を経て、80年近くバーのカウンターでアルコールを振る舞い、店に訪れた大人達の悩みや愚痴に耳を傾け続け、半世紀以上をバーのカウンター内で過ごす。お酒を振る舞う事こそが人生を楽しむ生き甲斐であるかのよう。そのアルコールを口にしたお客のほとんどが、まるで魔法に掛けられたかのように不思議と自身の悩みを口にする。皆、今まで誰にも言えなかった悩みまでも、そのバーのオーナーになら自然と零してしまう。そんな不思議な力を持ったバーテンダーやマスターが、映画の世界のおとぎ話だけでなく、日本全国に確実に実在する。惜しくも残念ながら、2021年5月10日に逝去された井山計一氏は山形県酒田市でバー「ケルン」(※2)を営み、27歳から始めたバーテンダーの仕事は、この道65年を数える日本最高峰のバーのマスター。自ら発案したカクテル「雪国」が全日本ホームカクテルコンクールでグランプリを獲得後、彼自身の生涯を追ったドキュメンタリー映画『YUKIGUNI』が話題を攫った。また井山氏以外にも、90歳を超えてもバーテンダーとして約70年間活躍続け、永楽倶楽部のバーでカウンターに立つ福島勇三氏(※3)。また惜しくも引退された宇都宮市泉町で「カクテルバータナカ」のオーナーを営むバーテンダー田中與一氏(※4)。80歳を越えた今も大分県大分市で「Bar CASK(カスク)」を営み、「ミスター・バーテンダー」の称号を持ち、2020年秋の叙勲では「旭日双光章」に選出された伝説のバーテンダー佐藤昭次郎氏(※5)は、この道を極め「バーテンダー道」に終わりはないと話す。また女性では、バーテンダー界初となる女性バーテンダーとしてこの道60年以上をお酒に人生を捧げ、2023年8月末に引退した上田尉江(※6)が有名だ。海外では、2014年の話題とあって、現在老齢のバーテンダーがどのような人生を辿っているのかは検討もつかないが、英国のウェンドバーでは、100歳を迎えても現役でバーで働く高齢女性(※)が取り上げられていた。幾つになっても、現役で自身の好きな事に人生の時間を費やす事ができるのは、素晴らしい事だ。客の悩みを愚痴を聞いて、若い層からは世間の流行りの情報を聞き出し、バーテンダー人生を潤わせていたのだろう。残念ながら、高齢になり過ぎて、引退をした方や鬼籍に入られた方もおられるが、終戦後の昭和から令和にかけて、一時代を築いた業績が大きいだろう。

バーテンダーの世界にも、高齢になっても現役で仕事を続けている方々は、各業界には大勢いる。もちろん、映画の業界でも80歳、90歳を越えても、現役で撮影現場に立ち続ける元気な高齢映画監督が活躍している。たとえば海外では、アメリカに80歳を過ぎても、現役でキャビンアテンダントである客室乗務員として現役で元気に働き続けている方(※8)もいる。一方で、ここ日本では91歳で商社勤め65年になる一人の高齢女性(※9)がギネスブックに認定され、市から表彰を授与した。彼女は、「会社があるから、働ける。会社は、労働者のパートナー」と話し、60年以上の歩みの中で会社と共に人生を共にして来た過去が、彼女の節々の言葉から伺える。人生100年時代と呼ばれるようになって久しく10年が経とうとしているが、その10年程前から現役として第一線で働く高齢者や高齢女性達が後を絶たない。人材マネジメント会社の顧問、化粧品販売店のオーナー、スマホのアプリゲーム開発者(※10)、皆さん様々な分野で自身の能力を発揮し、溌剌と働く姿に若い世代の人間は皆、お尻を叩かれているようでもある。今、世間ではシニア向けの就職先の案内、就職斡旋の紹介が盛んに行われ、未経験でありながら、定年を迎えた70歳以上のシニアの方々が、次の新しい人生、セカンドライフを求めて、就職する社会が現実化している。昨今、高齢者における2025年問題(※12)が問題視されているが、そんな問題提起もどこ吹く風。シニア層の皆さんは、現役で元気に働く姿にこそ、これからの日本を背負う若者世代へのエールとなりうるのだろう。この映画が一つ、女優の草笛光子さんが90歳を超えても現役で主演女優を務める事がまた、シニア層が活気を出す一つの体現となっているに違いない。映画『アンジーのBARで逢いましょう』を制作した松本動監督は、あるインタビューにて本作の脚本について、こう話す。

松本監督:「僕が考えていた居酒屋の話は何となく哀愁が漂い、観終わったらちょっと寂しさを感じながら映画館を出ていくような話でしたが、天願さんが書いてくれたのはまったく逆。ボロボロの廃屋を新たにバーとして誕生させて、未来に向かっていく話で、すごく明るく前向きな気持ちになって映画館を出て行ってもらえるんじゃないかなと思いました。」(※13)と話す。高齢者の働きぶりを見ると、皆さん、生き生きと自身の人生を生きているようで、その活気や活力が高齢者より下の世代の若い世代へとポジティブに伝染して行けば、また私達プライムエイジ世代に倦まず弛まず怠けずに波及し伝播して行く事だろう。少し疲れたストレス社会にシニア世代の奮闘が、プラスの効果を生み出し、社会における何らかの不足を補う存在になるだろう。
映画『アンジーのBARで逢いましょう』は、突然町に現れ、いわくつきの物件でバーを開店した白髪の女性と町の人々との不思議な交流を描いた大人のためのおとぎ話だが、現実に高齢者達が元気に振る舞い、人生を謳歌する姿は、おとぎ話でも何でもなく、ライフヒストリーそのものだ。そこの朽ちかけた場末のバーに老婆アンジーが確かに存在したように、現役で活躍しているシニアの方々の存在がまた一つ、世の中をファンタジーで彩らせて行くだろう。

映画『アンジーのBARで逢いましょう』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)【「老害」という言葉は、死語とすべきか?】Surfvoteで意見を募集中https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000490.000088829.html(2025年4月11日)
(※2)92歳。「自分が創ったスタンダードカクテルを一生作り続けられるなんて」 山形・酒田「ケルン」井山計一https://r-tsushin.com/people/pioneer/iyama_keiichi/#page-1(2025年4月12日)
(※3)日本で初めてインターナショナルバーテンダー資格を取得したスゴい人!http://st.sugoihito.or.jp/2016/05/14129/(2025年4月12日)
(※4)最後の一杯も「さあ、おいしいよ」 最高齢バーテンダー引退 カクテルの街の灯を次代に託すhttps://www.47news.jp/7662891.html(2025年4月12日)
(※5)佐藤昭次郎「古きを知って新しい物を生み出す『バーテンダー道』に終わりはありません」https://www.sanwa-shurui.co.jp/kojinote/with-people/reportage/vol09/(2025年4月12日)
(※6)ほんとうに美味しいお酒を飲んでほしい。日本で女性初のバーテンダーが表現する『伊香保の四季』 -取材vol.7https://maboroshi-shop.jp/archives/list2/vol-07(2025年4月12日)
(※7)バーで働く100歳のばあちゃん、「死ぬまで辞めない」とまだまだ元気https://news.livedoor.com/article/detail/8845766/(2025年4月12日)
(※8)81歳の現役客室乗務員、引退は「考えたくない」 米首都https://www.afpbb.com/articles/-/3156730(2025年4月12日)
(※9)91歳で今もフルタイム勤務 商社で働く『世界最高齢の総務部員』に学ぶ「働く意義」https://www.mbs.jp/news/feature/kodawari/article/2021/06/084545.shtml(2025年4月12日)
(※10)人生100年時代へ生涯現役 一線で活躍の高齢女性たちhttps://www.nikkei.com/article/DGXMZO22783690X21C17A0TY5000/(2025年4月12日)
(※11)80歳以降も死ぬまで働ける未経験歓迎の仕事7選!高齢者の働き方完全ガイドhttps://sup.wellness-support.net/column/2022/08/26/work-till-death/(2025年4月12日)
(※12)5人に1人が後期高齢者に!「2025年問題」で何が起きる?背景や対策を解説https://jichitai.works/article/details/2731#:~:text=%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82-,%E5%9B%A3%E5%A1%8A%E3%81%AE%E4%B8%96%E4%BB%A3%E3%81%8C%E5%BE%8C%E6%9C%9F%E9%AB%98%E9%BD%A2%E8%80%85%E3%81%AB%EF%BC%81,%E3%81%8C%E6%87%B8%E5%BF%B5%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82(2025年4月12日)
(※13)【インタビュー】アンジーは草笛光子そのもの!『アンジーのBARで逢いましょう』松本動監督https://screenonline.jp/_ct/17757344(2025年4月12日)