この村で飢える者いない映画『おんどりの鳴く前に』


/ Screening Emotions / Avanpost Production
白みがかった夜の空、今にも未明(みみょう)の感覚を覚える時刻。明け方の空は、未来の暁を感じさせ、前向きで明るい印象を与える。早朝に鳴く雄鶏の鳴き声は、リング上で鳴り響くゴングのように何かの闘いを予兆させる。引退間近の警察官、地域のコミュニティの闇に一人で立ち向かう。何もない広い荒野の一本道、鶏群の一団が、食用の為に売られて行く。それが、この世に生を受けた一羽の雄鶏の運命のように、私達は「人生」という名の宿命のレールの上を走らされている。途中下車は許されないが、そこで命を落とす者と生き長らえる者が区別される。その両者の格差は、宿運というまな板の上で踊らされているだけだ。私達は、日本とは縁遠い東ヨーロッパに位置するルーマニアの片田舎で起きる不可解な殺人事件を第三者の視点で目撃する。閑静な村で起きた不可解な事件は、東欧の長閑で牧歌的な風景には不釣り合いの事象。映画『おんどりの鳴く前に』は、ルーマニアの辺境の村を舞台に、狭いコミュニティ内で起きた殺人事件を通して人間の醜悪さを生々しく描いたサスペンス映画だ。村の掟やルールに背く時、そいつは無条件に誰彼構わず牙を剥く。

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村や地域といった小さなコミュニティは、少数の人間で村全体、地域全体を運営している事が多いが、群集心理のように時に、この少数の人数は心理的な動きが働く時がある。群集心理の対義語として挙げる言葉をチョイスするなら、少数派集団(所謂、マイノリティ)という言葉が一般的に口にされる事が多いだろう(少数派集団とは、社会の多数派と比べて人数が少なく、差別や偏見などの不利益を受けやすい人や集団を指す言葉)。また別の言い方を挙げるなら、マイノリティ・インフルエンス(※1)という用語が現在、心理学上で使用されている。マイノリティ・インフルエンスとは、少数派の意見が多数派の意見に影響を与え、最終的に形勢が逆転する心理現象を指す言葉だ。たとえば、一例として「会議で頑固な少数派が自分の意見を主張し、多数派がその意見に同調する」もしくは「会議で無難な結論が出そうな時でも、反対意見を曲げない人がいると、そのうち多数派にひっくり返る」(※2)。分かりやすく映画で例えるなら、『十二人の怒れる男』に登場するたった一人で無罪を訴え続けた男性だ。この人物が、マイノリティ・インフルエンスの分かりやすい典型例だ。またマイノリティには、障がいや病気を抱える方、外国出身の方、貧困層、ハーフの方が挙げられ、少数意見の声に耳を傾ける必要がある。群集の中にいるよりも、村といった少数の人間達が集まる大規模小規模関係なく、あるゆる場面の空間で起こりやすいのが、同調圧力(※3)だろう。組織からの無言の圧力やプレッシャーは、個人の個性を押し潰しダメに。これが、パワハラではないと罷り通る社会が、日本のコミュニティに存在する。同調圧力ではないかもしれないが、「赤信号、一緒に渡れば怖くない」のように、あの人もこの人もしてるなら、私も同じ事をしようと平気で悪への道へと突き進む。それが、現代に生きる日本人の典型だ。同調圧力と協調性には、同じような意味があっても、行動の内容には大きな違いがある。どちらも周囲の意見に合わせるという点では共通している一方、「同調圧力」では「強制的に組織に合わせる」、「協調性」では「自発的に合わせる」(※4)という外の環境から強制されるか、内面的に行動する心理かに分かれる。同調圧力ほど、悪の道他ない。

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それでは、本作の場合は小さな村のコミュニティで起きたある一つの殺人事件を捜査する警官の苦悩が描かれ、狭い人間関係、村社会の中で何が起きているのか、地域住民に対して、捜査のメスを入れて行く。村全体で起きた事件で最も起きやすいとされているのが、村八分(※5)だ。村八分とは、村の掟や秩序を破った者に対して、住民が交際を絶つ制裁行為。共同絶交宣言とも言われている。古くは江戸時代から昭和初期にかけて、村の掟やルールを破った者(その家庭)に対し、無視や嫌がらせをしていた。特に、暴行や窃盗などの刑事犯や村落の秩序を乱す者に対して行う事が多かったと言う。昭和臭く古く感じる言い回しではあるが、近年、これに準ずる事案は地方に行けば行くほど、今でも日本の風習として残っている。日本では、1952年の静岡県上野村村八分事件。2004年の新潟関川村村八分事件。2011年の兵庫県加西市教育長による村八分事件。他に、愛知県豊田市八草町の村八分騒動や大分県宇佐市における村八分訴訟、奈良県天理市内の自治会による村八分騒動が挙げられが、私が最も最近の事件として記憶に残っているのは、2013年に起きた山口連続殺人放火事件や2004年に起きた加古川7人殺害事件を思い起こされる。では海外では、日本と同じような村八分の問題はあるのだろうか?海外、特にアメリカには日本のような村八分の概念はないようだが、その代わり、保守的な価値観を持つ人々が住む地域(すなわち、田舎や高齢者層居住地域)では、排斥社会の風習が今でも残っている。村八分というより黒人差別やスクールカースト的な側面での他者追放の動きが見られるのだろう。では、本作の舞台になっているルーマニアでは、どうか?少し調べてみると、村八分ではないが、ルーマニアに住む障がい者に対する社会的排斥が顕著に見られている点、どこの国でも同じような問題を抱えていると窺い知る事ができる。映画『おんどりの鳴く前に』を制作するパウル・ネゴエスク監督は、あるインタビューにて本作の負の一面について、こう話す。

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ネゴエスク監督:「物語は悲しいものですが、ユーモアをもって語られています。それは現在のルーマニアの一部であり、必ずしも田舎というわけではありません。都市部でも規模は違うものの、同じことが起きていると思います。 「これはルーマニア人の精神の一部であり、今だけではなく何世紀にもわたって続いて来た。」(※8)と話す。警察や組織腐敗は、よくある話だ。この物語が、映画の中であるから寓話的側面として捉えられるかもしれないが、現実世界でも組織の腐敗や後退は目に余るものがある。私の居住する地域でも、ちょうど数年前にパワハラ・セクハラ騒ぎで署の署長が職を辞したニュース(※9)は、地元では有名な汚点だ。
最後に、映画『おんどりの鳴く前に』は、ルーマニアの辺境の村を舞台に、狭いコミュニティ内で起きた殺人事件を通して人間の醜悪さを生々しく描いたサスペンスだが、そのサスペンスフルでスキャンダラスなのは、その村に住む住民や組織だ。人が、鶏群のようにひと塊となって群れた時、容赦なく歯向かう者に牙を剥く。夜明けを告げる雄鶏の鳴き声は、弱者達の心の叫びだ。また、この鳴き声は権力や群衆への闘いを挑む犬の遠吠えのようだ。映画『スリービルボード』のフランシス・マクドーマンドが演じた肝っ玉母ちゃんのように、醜悪な隣人や腐敗した組織への宣戦布告こそが、この雄鶏達の雄叫びに隠されている。近年、国内外問わず、ジャンルの枠を超えて多くのヴィレッジ(村)系映画が、制作されている。本作も、その映像群に引けを取らない醜聞なヴィレッジ系サスペンス映画だろう。

映画『おんどりの鳴く前に』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)少数意見が集団の意見を動かす!~マイノリティー・インフルエンス~https://www.counselingservice.jp/lecture/9337/(2025年2月21日)
(※2)多数派を引き込み形勢逆転!「意見を通す」心理学テクニックhttps://gentosha-go.com/articles/-/22810#:~:text=%E5%B0%91%E6%95%B0%E3%81%AE%E6%84%8F%E8%A6%8B%E3%81%AB%E5%90%8C%E8%AA%BF,%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AB%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2025年2月21日)
(※3)同調圧力とは? 日本特有? ハラスメント、職場・会社の圧力https://www.kaonavi.jp/dictionary/tuning-pressure/#:~:text=%E3%82%92%E6%B4%BB%E3%81%8B%E3%81%99%E6%96%B9%E6%B3%95-,%EF%BC%91%EF%BC%8E%E5%90%8C%E8%AA%BF%E5%9C%A7%E5%8A%9B%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F,%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%81%A8%E8%A8%80%E3%81%84%E6%8F%9B%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2025年2月21日)
(※4)創造性の喪失やストレスの増加につながる「同調圧力」 生じる原因と具体例を解説https://eleminist.com/article/3966(2025年2月21日)
(※5)法律相談BOX-質問箱- 村八分(共同絶交宣言)は不法行為になりますか?http://slaw.a.la9.jp/box/box13.htm#:~:text=%E6%9D%91%20%E5%85%AB%E5%88%86%E3%81%A8%E3%81%AF,%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%8B%E3%80%82(2025年2月22日)
(※6)The bad taste of social ostracism: the effects of exclusion on the eating behaviors of African-American womenhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25403251/(2025年2月22日)
(※7)Disability Inclusive Social Protection in Romaniahttps://www.worldbank.org/en/country/romania/brief/disability-inclusive-social-protection-in-romania(2025年2月22日)
(※8)One-to-One | Regizorul Paul Negoescu: „Oameni de treabă” e despre România, țara care riscă să funcționeze pe aparatehttps://romania.europalibera.org/a/regizorul-paul-negoescu-despre-filmul-oameni-de-treaba-si-despre-coruptia-din-romania/32110230.html(2025年2月22日)
(※9)何度も叱責するパワハラ、酒席でのセクハラ… 前枚方署長を訓戒処分
https://www.asahi.com/articles/ASQ8K63Y6Q8KPTIL00Q.html(2025年2月22日)