映画『みんな笑え』鈴木太一監督、出演者の野辺富三さん、辻凪子さんトリプルインタビュー



—–まず、本作『みんな笑え』の制作経緯や舞台裏について何かお話し頂けますか?
鈴木監督:野辺富三さんとは、『シアターズ』というオムニバス映画があり、違う監督の作品でのご出演でしたが、その時から一緒に映画祭に行ったり、作品の上映時にお会いしていましたが、仲良く喋れる仲でもなかったんです。プロデューサーの沖さんから富三さんの主演映画を作ろうとお話を頂きました。最初は、富三さんが主役という事しか決まっていない状態で企画が始まりました。もちろん、タイトルも何も決まってない状態で話が進みました。
—–最初はタイトルも決まってない状態からとお話されましたが、最終的に題名が「みんな笑え」となったのは何ででしょうか?
鈴木監督:それもまた、ずっと仮のタイトルの状態で作っていました。最初にまず、「最後の夢」「情けねぇ」という題名を付けていましたが、ずっと情けないやつを描いていたから、「情けねぇ」みたいになったんだと思います。プロットの時から(仮)としておいたんです。プロデューサーも(仮)なら、そのままでもいいとそってしてくれたようです。ある時、セリフでも「みんな笑え!」と富三さんが、スナックでのバトルの時に吠える姿が、この映画での象徴的な部分と思えたので、このタイトルを作品に当て替えました。内容と全然違うんですが、「落武者日記」というタイトルも考えていました。今から考えれば、今の題名が一番しっくり来ると感じています。

—–タイトルの「みんな笑え」から連想させ、お笑い芸人と落語家という組み合わせは今までなかったと、私は映画を観て感じました。新旧の日本の伝統のお笑いと落語、新人のお笑い芸人。この組み合わせが、目に留まりました。野辺さんは高齢な父親を抱えながら、少し冴えない落語家を演じておられましたが、この斎藤という男と野辺さん自身がリンクすると思うところはございましたか?
野辺さん:50歳を過ぎてもダメな感じは多分、そのものだと思うんです。この年齢を過ぎても、どこにも辿り着けず、ウダウダやっている感じです。年が50歳を過ぎると、親も80歳、90歳になりますよね。私は今、実の父親がまだ92歳で元気なんです。ただ、つい最近、脳梗塞で倒れて、要介護状態になってしまったんです。でも、私は富三とあるように三男坊なんで、兄貴が2人いて、割と気楽は気楽なんです。これから映画が公開になるんで忙しいって最近、話したばっかり。気持ちの中でお金は出すからと、今は少し任せっきりな状態になってしまっているんです。
—–実生活自体が、映画と凄くリンクするところがあると感じます。
野辺さん:だから、親父が90歳を過ぎて来た時、身体が弱って来たなと感じていたんです。だから、渡辺哲さんが落語を言えなくなって、弱ってしまうお姿。今までは、威厳があった師匠、偉大な師匠だったのが、ずっと言えない落語をブツブツ繰り返すのが、聞いていられない状況。私の親父も60代、70代までは、私が三男坊だったので、「大丈夫か?今、何やってんだ?」と会うたびに怒られていたのが、この撮影に入る前の年の年末に、おふくろと親父と2人で暮らしていたんだけど、おふくろが足の骨を骨折して、何ヶ月か入院しちゃったんです。そしたら、親父が一人暮らしになってしまって兄弟で交代で助けに行ったんだけど、その時に60代、70代までは、元気にそんなんではダメだと威張っていた親父が弱々しく私を頼んだんです。買い物行ってくるからと一時間ほど家を空けると、私の兄貴の奥さん達に電話して、富三が来ていたはずだけど、どこ行ったんだと電話して、出かけて10分もしないうちに、兄貴の奥さんから電話があって、お父さんが探しているわよって言うんです。今、買い物に行くと伝えて出て来たばかりなんだけどって。そんな状態になる親父を見て、年をとった姿を改めて間で見て、その時は要介護ではなかったんだけど、記憶力も薄れて行く中、今は長期的な記憶は覚えていても、30分前の出来事は覚えてないんです。認知症で良くある「あなたは誰ですか?」という行動はなかったんですが、今伝えた事が覚えられなくなっていて、年を取る事を改めて実感させられました。脚本に書かれた親子と自分たち親子が、重なる部分は大いにあると思って、実体験として噛み締めておこうと思ったんです。
—–私の父親ももうすぐ80歳で一緒に暮らしていますが、まだまだ元気には見えるんですが、やはり老いを感じる瞬間は多々あります。親の存在は、偉大であると同時に、喧嘩はするんですが、心配な一面もあるんです。 親がいなくなった時、自分はどうなるのか?親の亡き後の日常が、どう変化するのか?
野辺さん:元気な時に威張ってダメ出しを受ける中、会う度に言われていたのが、80歳を過ぎると一人暮らしになってしまった経緯がなくても、80歳を過ぎると一緒に飲もうと優しいんです。嬉しい反面、寂しさも感じるんです。威厳のあった親父が、いなくなってしまった事に寂しさも感じます。強かった親父はもういないんだなと、寂しいです。

—–辻さんにご質問ですが、売れない若手芸人という役柄の辻さんでしたが、女芸人を演じるにあたり、辻さんの中での芸人像やイメージを持って演じられましたか?
辻さん: 参考にした芸人さんは、ハイヒールさん・チキチキジョニーさんです。私は、芸人さんになりたくてなれなかった人なので、私が芸人さんになった時にどうするんだろうと、与えてもらった台本で、どう面白く調理するのかと想像しながら、演じました。
—–調理する?どのような感じで調理されましたか?
辻さん: 言い回しや動きを考えながら、相方のチーちゃんと一緒に練習していました。彼女は元から同じ事務所の女優さん(今川宇宙)だったので、一緒に2人で練習しながら考えましたが、漫才は難しかったです。
—–改めて、難しかったですか?
辻さん: ほんとに人を笑わせるって、めっちゃ難しいなって。いつもは台本があって、物語の中の登場人物として、台詞をお借りして、笑いを生み出そうとしているのですが、ただただ身体一つでお客さんを目の前にして、道具も使わずに、人を笑わせる漫才師さんは本当に凄いなと思いました。

—–監督に質問ですが、落語家とお笑い芸人が出会う物語がこの作品の本筋ですが、笑いは笑いだとしても、全く種類の違う笑いが結合し、化学反応を起こして、生まれていくと私は感じましたが、監督はこの2つの笑いが引き起こす化学反応をどうお考えでしょうか?
鈴木監督:二つの笑いが引き起こす化学反応は、ラストの事も指すと思いますね。
—–ただラストだけではなく、笑いを通して、何か生まれて来るものとは何でしょうか?
鈴木監督:一つ言える事があるとすれば、落語家と漫才師ですが、師弟関係で生まれる師匠と弟子の関係性です。門下から入って師匠と弟子となる完全な師弟ではないですが、芸を引き継ぐ大切な事に重点を置いた節はあります。落語の事はそれほど詳しくなかったところはありますが、人には認められてないベテラン落語家が、若手漫才師に影響を与え、前向きになって行くまでの姿。それは、幼少期にお母さんを笑わせたいと思う所から始まった若手漫才師の笑いへの熱意からはじまっています。僕は芸人になろうとは、具体的に思った事ないですが、それでも、人を笑わせる事が難しい事だったと痛感させられました。ある意味、笑いと暴力は正反対の位置にあると思うんですが、何より、暴力のない世界のために映画を作りたいと思って作っている自分もいます。大げさな事を言ってしまいましたが、その為に俺は映画で何かしたいと少しだけ考えています。大学の時に政治的な運動に誘われた時期もありましたが、僕はその運動をする勇気や確固たる思想がなくて運動を拒否してしまったのですが、じゃあお前は何ができるんだと問い詰められました。その時は答えられなかったんですが、ある時、映画を通して社会に対して何か表現ができるのではないか、その映画の要素の中にお笑い、演芸、笑顔があるんじゃないかと思っていた時もありました。真面目な話をすると、そんなことを今思い出しました。

—–でも、いい話でした。私は、暴力で問題は解決しないと、思っています。だから逆に、笑いであっても暴力であっても、問題はそんな簡単には解決できないんです。でも、暴力で解決しようとするのであれば、もっと人々が笑って過ごす方が何か一つでも問題が解決したり、解消するのかな?と思わせて頂きました。監督のお話をお聞きして、受け取る事もできました。また、この映画自体がこれ一本の話ではなく、監督自身の今までのご経験の中での延長戦が作品に結びついているのかなと、改めて、私は感じました。
鈴木監督:僕自身、自分で脚本を書いて、映画を作りたいと考える人間ですが、結局のところ、人は自分一人では何も生み出せないんです。今回、プロデューサーを始めとする、他のスタッフやキャストも含めての人たちの意見に耳を傾けたことで素晴らしい物語ができたと思うんですが、多分、その自分のやりたい事とを明確に、誰に対しても口ではうまく説明できず、理解もされにくかったと思いますが、そんな中、みんな大変だったと思うんです。そういう状況でも僕の考えや思いをみんなが汲み取ってくれて、太一さんらしいものを、それでいてより多くの観客に届けるにはどうしたらよいかということを第一にいろいろ考えてくれました。

—–野辺さんにご質問ですが、野辺さんが演じる落語家は、笑いの取れない落語家という人物ですが、落語家としては正直、致命的かなと思う反面、その落語家がもたらす笑いが人々に与える影響を寄席に上がって、演じる野辺さんはどう感じて、どう演じられましたか?
野辺さん:最初に、齋藤が自分で作った「ベストナイン」という自分で作った古典じゃない落語の公演をして、お客様がシーンとしてタバコを吸いに行ってしまう始末。私自身、自ら意図的に誰かを笑わせる才能は無く、偶然起こった時に、何かがおかしくて笑われる事はよくあります。だから、そんな立場からすれば、何か自分で考えて、お客さんが笑ってくれるだろうと考える事ができるのが、一つの才能じゃないかなと思います。それが結果として受けなかったとしても、才能だと思います。私には、そんな能力がないので、要は、動物園の動物みたいに見てもらって笑ってもらうしかないと思うんです。自分では、そんな自覚を持っていますが、だから喜劇は本当に、難しいんですよ。 以前、私が役者として出演した舞台の演劇で喜劇をやる演出家がいたんです。その方は厳しくて、一言一句セリフを間違える事ができず、演出家が頭の中で考えているテンポを全部その通りに作り上げ、一連の流れを演出した通りにやらないと、お客さんの笑いが起きないと指導を受けました。何回やっても、私は演出の通りにできなくて、体感としてどの間でどのテンポで演じればいいのか理屈として掴めず、理解したとして、それができると思えないんです。意図的に笑わせるのは、非常に大変な事なんだと実感しました。それとは別に、構造的な喜劇はあると思いますが、やる人は至って真面目に、脚本に書いてある通りの人間関係の構造を忠実に演じる事によって、お客さんに笑いが生じるみたいな事もありますよね。それなら、私は忠実に演じればいいので、割とその演出の方が分かりやすく、お客さんが笑って頂けるのが嬉しいですね。でも、自分の笑いの才能からすれば、それは少し違う話なんですよね。だから私は、お笑いを落語家や寄席の芸人さん達のように、自分の頭で考えて、どうやったらお客さんを笑わす事ができのるのかは、分からないしできないんです。だからこそ、寄席で撮影をした日の初日、ちゃんと監督が脚本として書いてくれた事すら、高座に座って、カメラがこちらに向いて、その時はまだお客さんのエキストラの方に入ってもらう前で、お客さんのいないところで、スタッフの方が緊張感のある空間で身構えているところで、演じなきゃいけなかったんですが、そう思えば思うほど、しどろもどろになって言えなくなるんです。詰まった瞬間に、だめだこいつという空気が流れるんです。
辻さん: 浅草演芸ホールの開園時間までの朝の時間に撮影していましたよね?
野辺さん:客入れまでに完全撤収しなきゃいけない中での撮影だったので、その時間を費やして行く事に対してのプレッシャーがありました。だから、笑われる以前に、脚本に書いている事を覚えることすらできないのかという恐怖心です。

—–辻さんにご質問ですが、女芸人として少しずつ頭角を現して行く若手を演じられていましたが、私から見て今の辻さん自身のように映っているなと私は思ったんです。だんだん数年かけて、頭角を現して来て、頑張っている姿もSNS拝見させて頂いていました。過去にはミスター・ビーンに憧れてコメディエンヌの夢を追いかけて、と。もし辻さんの目の前に、辻さん演じる彼女が現れたら、どんな声をかけますか?
辻さん: 彼女は多分、私の過去そのものなんです。まだ駆け出しで、芸人としての何の形にもなってない。場数も少ない彼女ですが、夢だけはたくさんあるんです。 がむしゃらにやりたい事を追い掛けて、お金にならない事にずっと一生懸命になっているんです。でも、それって素敵やなって私は思っているんです。だから、そのままがむしゃらに進めって彼女を励ましたくなるんです。自分の直感を信じて、頑張って下さいと、エールを送りたくなりますね。自分の面白いと思う事だけは、今でも強く信じているので、映画でも舞台でもお笑いでも、自分の中の面白いは曲げたくないんです。だから、作品を作る時も、自分が面白いと思えないままでは、乗らないようにしています。だから、そのままの自分を信じて、頑張ってほしいと思います。

—–昔の辻さんに投げているようにも感じますし、彼女にも投げているだけでなく、今、本当に夢を追っかけている人は、若手を含めて、映画業界の中でもたくさんいると思いますが、そんな方々にももっと届いてほしいと、私は思います。私には響きました。
—–次に、野辺さんにご質問です。介護問題を抱えつつ、笑いの取れない落語家を地で行くように演じられた野辺さんですが、キャッチコピーにもあるように斎藤はしょうもない男としてレッテルを貼られた人物ですが、私はしょうもない人間はこの世に一人もいないと思うんです。実際、もがきながら模索する斎藤はカッコよく、野辺さんの後ろ姿に哀愁も感じたました。しょうもない人間はいないと思うんです。
野辺さん:そのしょうもなさを人間の業の肯定と、立川談志さんが言ったんですよ。監督がよく言うように、落語は人間のしょうもない姿を提示して、お客さんに楽しんでもらうのが大切です。それが落語になって、人に笑ってもらって、和田光沙さんが演じておられる介護ヘルパーの女性の方が、「人に笑ってもらう事が、役に立っているんですよ。」と。だからまさに、その通りですよね。しょうもない人間が笑ってもらう事によって、他の人の何かしらの栄養になっているんだと、私は思います。寄席に出るだけで、お客さんがタバコを吸いに行っちゃうような姿も含めて、それが寄席であり、落語であると思います。そのタバコを吸う時間を提供する事で、しょうもない落語家も落語というもの、寄席というものに許容されているところがあるんだなと、改めて、この映画を観ると私は思います。だから、ダメなものはダメですが、どこにも辿り着いてない中、その姿のままそこにいてもいいんです。その誰かは、穴が開いた代役かもしれないですが、そこでやっていいんです。だからこそ、だからこそ、誰か憎い奴をやっつけようという訳ではなく、「みんな笑え」なんだと、私は思います。

—–タイトルの話はちらっと出ましたが、本作のタイトル「みんな笑え」は、非常にストレートなメッセージが込められているように私は感じます。たとえば、今の社会では様々な問題や悲しく、つらい報道もたくさん日々、流れて来ていますが、そんな事象も含めて、つらい事は笑いで吹き飛ばせいいというメッセージがストレートに感じさせられましたが、辻さんが今、伝えられる「みんな笑え」とは何でしょうか?
辻さん: 私は今まで経験して来たつらい事や悔しい事を、監督作の映画で作品にしてきました。役者は、悲しい事も含めて全部の経験を仕事にもでき、それを見て楽しんでくれる人もいれば、救われる人もいるかもしれない。つらい事いっぱいあるかもしれないけど、それが絶対にいつか糧になり、今の自分がいるって思える時が来る。生きていて良かったと思える時が来るから、私は今までの人生を「みんな笑え」と思って作品で演じて、作っています。どんなことがあってもすべて笑いに変えて、強く生きていきたいです。
—–最後に、監督にご質問ですが、今までのお話を総括して、本作『みんな笑え』が今後、どう広がって欲しいなど、何かございますか?
鈴木監督:僕は2012年に公開した『くそガキの告白』という映画で監督デビューしまして、その時、大阪の第七藝術劇場さんも含めて、シアターセブンさんでもイベントで来させていただき、他にも多くのミニシアターで上映していただきました。ミニシアターはお客さんと映画の距離が近いので、劇場スタッフやお客さんと近い距離で交流できた日々が今でも宝物です。そんなミニシアターがあるからこそ、自分は映画をつくれている、そのことをとても感謝しています。ネットなどで映画を簡単に観てもらう事はできますが、映画館というどこか贅沢な空間で、大きなスクリーンで、大きな音で、見知らぬ観客たちと一緒に作品を観てもらえる事に対して自分は大きな意義を感じているので、東京から始まって関西も含めて全国のミニシアターで上映できる機会が、すごく嬉しく思うんです。普段、ミニシアターに来られない落語や演芸のファンの方にミニシアターを知ってもらったり、逆に映画ファンの方が落語を知ってもらえたり、映画館と演芸が結びついて、より多くのお客さんが本作と出会ってくれもらえるように映画を広げていきたいと思っています。
—–貴重なお話、ありがとうございました。

映画『みんな笑え』は、2月14日(金)より京都府のアップリンク京都、2月15日(土)より大阪府のシアターセブン、2月17日(月)より大阪府のTheater café 土間シネマ、にて上映中。また、兵庫県のパルシネマしんこうえんは近日公開予定。