最後の夏が始まる映画『太陽と桃の歌』
バラバラになった家族。バラバラになりそうな家族。それでも、仲良く日々を暮らそうとする家族。世帯の数ほど、家族のカタチはバラバラだ。皆、一様に心の中では互いの健康や安否を気にしつつも、表面では常に喧嘩腰。罵声が飛び交い、言い合いに発展。どうして、互いの気持ちを理解し合えないのだろうか。どうして、本人の真意を汲み取れないのだろう。関係性が近ければ近いほど、人は他者に甘え、他者に攻撃し、他者に依存する。それが、顕著に現れているのが家族関係だ。家族は、赤の他人か?親は、赤の他人か?他人でもあり、親子だ。親子でもあり、他人だ。この隠微で複雑な関係性にこそ、人は騙され、惑わされ、迷わされる。家族は、あくまで家族なのだ。どこまでも行っても、親子の関係を断ち切る事はできない。周知の通り、家族とは目には見えない何らかの関係によって築き上げられているが、それを絆と呼ぶのであれば、今の時代の絆はどこに行ったのだろうか?映画『太陽と桃の歌』は、カタルーニャで桃農園を営む大家族の最後の夏を描いたヒューマン・ドラマ。どうして、家族だと互いの想いを分かちえないのだろうか?どうして家族同士、擦れ違ってばかりいるのだろうか?
本作『太陽と桃の歌』は、家族で農場を経営する親子三世帯の物語でもあるが、家族経営が意味する理想の姿とは、なんだろうか?家族経営の会社と連想すれば、やはりマイナスでネガティブなイメージしか思い浮かばないだろう。たとえば、「公私混同や独断による私物化のリスクがある」「外部からの意見を取り入れなくなる可能性がある」「後継者や相続をめぐる親族間の争いが起こる」「後継者の能力不足や不足が問題となる」「人事評価が偏りやすい」「ガバナンス体制が欠如しやすい」「有能な人材を確保しにくい」「社員間に差別が生まれる可能性がある」と、良く耳にするデメリットな要素が数多くあり、家族経営の会社で働くには少し躊躇し、勇気がいるかもしれない。その一方で、家族経営で有名な企業には、トヨタ自動車、サントリー、キッコーマン、キヤノン、パナソニック、サンリオ、竹中工務店、読売新聞、星野リゾートがあり、家族経営のメリットには「情熱的でモチベーションが上がりやすい」「所有と経営が一致している」「一貫した戦略、長期経営が可能」「意思決定がしやすく、経営がスピーディーに行える」がある。ただ近頃、家族経営の親子が自社で抱える若い従業員に執拗なまでの暴力を振るった事件(※1)が起きた。いや、これは暴力ではなく、殺人未遂だ。この事件が意味するのは、家族経営が持つ最悪な結果だろう。このような事件が起きない為には、家族経営の会社の透明化を図る必要があるかもしれない。
そして次に書き進めるものがあるとするば、農場を経営する農家たちの農業問題を取り上げるのが、妥当かもしれない。本作では、桃園を経営するスペインの親子三世帯のある一族に焦点を当てたファミリー映画ではあるが、その根底にあるのは農場経営の難しさ(※2)だろう。近年、農場経営において直面している問題は、「農家が高齢化により急減している点」「生産コスト上昇により農家の経営継続が厳しくなっている点」のこの2つが挙げられる。この問題が、これから先、益々進んで行けば、日本における農業生産性や農協における次世代の後継者(なり手がいない)の育成が急務されており、私達にはこの問題を、いかにどう解決するかに掛かっている。今、若い世代からの農業参入が、待ち望まれている。もし、今の現状がこのまま続いて行けば、日本社会は自給自足で食物を栽培できない農業の世界が出来上がってしまう。日本における現在の農業普及率は年々、低下しつつあり、日本の国内食料自給率(※3)もまたその弊害を被っており、これが長く続いて行けば、日本は自国で育てた野菜などでは、日本の国内自給率を賄う事ができなくなり、国外からの輸入に頼らざるを得なくなる。現状、それが加速度的に進んでいるのが今の日本の農業の問題だ。スペインにおける農業の問題は、干ばつによる被害、農薬の禁止による生産量の減少、気候変動による降水パターンの変化、 農家による抗議活動(※4)などが挙げられ、日本とスペインが直面する農業に関する問題が少しの違いがあったとしても、その先にある未来の問題である農業普及率やそれぞれの自国の自給率の低下を歯止めする手立てを打つ事が急務だろう。そんな中、日本ではロボットやAI、IoTなどの先端技術を活用して、農業の生産性や効率性を向上させる取り組みであるスマート農業(※5)と呼ばれる取り組みが今、農業の世界で広がりつつある。映画『太陽と桃の歌』を制作したカルラ・シモン監督は、あるインタビューにて映画における「修復」についてこう話す。
「私が持っていないもの、つまり家族の歴史を息子に与えたかったのです。なぜなら、私にとって映画には欠けているものを修復する力があるからです」(※6)と話す。その結果、生まれた物語が家族関係を修復しようとして、もがき苦しみながら、次なる未来の希望に想いを託そうとするスペインの親子三世帯からなる親族の家族物語が誕生した。映画には、失った何か、壊れた何かを修復しようとする目には見えない力が発動しているのかもしれない。
最後に、映画『太陽と桃の歌』は、カタルーニャで桃農園を営む大家族の最後の夏を描いたヒューマン・ドラマだが、これは家族がバラバラになりながらも、互いに支え合う姿を描いた作品だ。私達は、今を生きる社会の中で様々な二項対立する事柄に直面している。でも、この二項対立する事象に対して、私達は共に生き、共に暮らし、ここに共に在らねばならない。私達に今、求められている事は共存共生共創の社会を作る事だ。互いに競い合って切磋琢磨させる事も必要だが、この競い合う先に共に生きられる社会の在り方を考えたい。それが、家族と共にひとつ屋根の下、暮らす事の重要性にも繋がって行く事だろう。
映画『太陽と桃の歌』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)ショベルカー使って社員を9m落下させた元上司ら、強要罪で起訴…殺人未遂容疑から切り替えhttps://www.yomiuri.co.jp/national/20250107-OYT1T50044/#google_vignette(2024年1月12日)
(※2)「農業生産現場の危機的状況」について考えるhttps://www.mri.co.jp/knowledge/column/20231225.html(2024年1月12日)
(※3)日本の「食料自給率」はなぜ低いのか? 問題点と解決策を考える 【2023年度データ更新】https://smartagri-jp.com/agriculture/129(2024年1月12日)
(※4)スペイン、ポルトガルで干ばつの影響が深刻化(EU)https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003196.html#:~:text=%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E7%94%9F%E7%94%A3%E8%80%85%E5%9B%A3%E4%BD%93%E3%80%81%E5%B9%B2%E3%81%B0%E3%81%A4,%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82(2024年1月12日)
(※5)クボタが考える「スマートアグリソリューション」 農家が直面する課題を解決し、持続可能な食料生産を実現するスマート農業https://www.kubota.co.jp/innovation/smartagri/#:~:text=%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%88%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E3%81%A8%E3%81%AF,%E7%B5%8C%E5%96%B6%E3%82%92%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2024年1月12日)
(※6)Carla Simón, directora de ‘Alcarrás’: “El cine tiene el poder de reparar”https://www.elle.com/es/living/ocio-cultura/a42948741/carla-simon-entrevista-elle/(2024年1月12日)