映画『悪魔のいけにえ デジタルリマスター 公開50周年記念版』あなたの中に眠る悪魔

映画『悪魔のいけにえ デジタルリマスター 公開50周年記念版』あなたの中に眠る悪魔

50年の時を超え、ホラー映画史の原点がスクリーンに鮮明に蘇る映画『悪魔のいけにえ デジタルリマスター 公開50周年記念版』

©MCMLXXIV BY VORTEX, INC.

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50年という時間は、数字にすれば半世紀にすぎない。しかし一本の映画が文化として語り継がれ、なお現在進行形で参照され続けるには、十分すぎる歳月だ。初めて劇場で観た日の衝撃は、今も身体感覚として残っている。それは単に怖かった、という種類のものではない。それまでのホラー映画が築いてきた様式や“安全圏”を静かに破壊し、恐怖を物語の枠内に閉じ込めなかった点にこそ、本作の革新性はあった。スクリーンの外へ恐怖を持ち出してしまう。観客の日常に侵入させてしまう。この構造は、その後のホラー映画の潮流に決定的な影響を与えた。スプラッターやスラッシャーという言葉がジャンルとして定着する以前に、本作はすでに「暴力の生々しさ」と「説明されない理不尽」を提示していたのである。映画の中の若者たちは、50年経った今も歳を取らない。だが観客は違う。私自身、この半世紀の間に結婚し、子どもを育て、社会の変化を目の当たりにしてきた。経済の浮き沈み、価値観の転換、そして幾度となく報じられてきた凶悪事件。暴力はフィクションの中だけに存在するものではなく、ニュース速報のテロップとして現実に現れる。だからこそ、本作を改めて見返したとき、単なるノスタルジーでは済まされない感覚が残る。レザーフェイスは怪物である。だが同時に、匿名化された暴力の象徴でもある。動機は説明されず、救済も提示されない。そこにあるのは、理由なき暴力が日常の隣に存在しているという冷酷な事実だ。1970年代という時代背景を踏まえれば、アメリカ社会の不安や分断の影を読み取ることもできるだろう。しかし50年を経たいま、それは特定の国や時代に限定された寓話ではなくなった。暴力や分断、不寛容といったテーマは、むしろ現代のほうがより切実に感じられる場面すらある。映画は時間を封じ込める芸術だ。フィルム(あるいはデータ)の中で、人物も光も永遠に保存される。しかし観客は時間を生きる。社会は変化し、価値観は揺れ動く。それでもなお、同じ作品が恐怖として機能し続けるという事実は何を意味するのか。それは、この映画が単なるジャンル的成功作ではなく、「時代の不安」を可視化した作品だったからではないか。ホラーという形式を借りながら、人間社会の歪みや孤立、暴力の連鎖を無意識下に刻み込んだ。だからこそ世代を超えて共有される。50年という時間は長い。個人の人生においても、社会の歴史においても。それでも、あの日劇場で感じたざらついた恐怖は、今尚、記憶の奥で息をしている。それは単なる懐古ではない。半世紀を経ても消えない不穏さと、私たちがまだ克服できていない社会の影を思い出させる感覚だ。映画『悪魔のいけにえ デジタルリマスター 公開50周年記念版』は、公開初年度から数えて50年が経過したホラー映画史上、屈指の傑作だ。殺人鬼レザーフェイスの恐怖を描いたホラー映画の金字塔。一本のホラー映画が生き延びたのではない。私たちの側に、いまだ解消されない“恐怖の根”が残り続けている。その事実こそが、この作品を50年後の現在地へと押し上げているのだろう。あなたの隣近所を見渡して欲しい。今もどこかにその凶悪犯(※1)が、あなたの命を狙っている。

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刻まれる半世紀の慟哭。50年間の日本殺人事件の系譜を見て辿る。この半世紀、日本という国が歩んで来た道のりは、単なる経済成長と衰退の記録ではない。そこには、数え切れないほどの血と、動機さえ見えぬ深い闇、そして時代の歪みが産み落とした凄惨な殺人事件の記憶が刻まれている。1970年代から現代に至るまで、社会の価値観が変容するたびに、人の命を奪うという行為の「様態」もまた、より鋭く、より冷徹に、その姿を変えてきた。情念と狂乱の季節が訪れた1970年代。50年前の1970年代を振り返ると、そこには現代とは異質な「熱」を帯びた凶悪化が見て取れる。1971年の大久保清事件。山梨や埼玉で8人の女性が次々と犠牲になったが、世間を戦慄させたのは、犯人が「爽やかな風貌」を武器に女性を誘い出すという、日常に潜む罠であった事だ。1972年の連合赤軍事件(あさま山荘事件)(※2)では、理想を掲げたはずの若者たちが「総括」の名の下に同志12人をリンチにかけ、冬山を血で染めた。さらに1979年、三菱銀行人質事件の梅川昭美は、白昼の銀行で銃声を響かせ、警察官や行員を射殺。最後は銃弾に倒れるという、まるで映画の断末魔のような凄惨な幕引きを見せた。時代が変わると、日常に忍び寄る「異形」の影が現れる1980年代。80年代に入ると、事件はより不気味で、説明のつかない「怪」の色彩を帯び始める。北関東連続幼女誘拐殺人事件(1979〜2005年)では、幼い命が次々と消え去った。足利事件での冤罪は、科学捜査の光がまだ「闇」を正しく照らせていなかった時代の悲劇である。また、佐賀女性7人連続殺人事件という、水曜日に繰り返される絞殺魔の恐怖。さらに1988年、名古屋妊婦切り裂き殺人事件。新しい命を宿した母体を切り裂き、ミッキーマウスのキーホルダーを突っ込むというその猟奇性は、人の心がいかに容易く地獄へと堕ちるかを世に知らしめた。これら未解決事件の多くは、今も静かに時効という名の幕に覆われている。世紀末の1990年代。瓦解する日本の聖域。20世紀の終わり、日本の治安神話は音を立てて崩れ去った。1995年の地下鉄サリン事件。新興宗教が「救済」の裏側で、白昼の通勤電車に毒ガスを撒くという、国家をも揺るがすテロリズム。そして1997年、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)。14歳の少年が放った「さあゲームの始まりです」という挑発的な声明は、子供の純真という聖域を破壊し、少年法改正へと社会を突き動かした。1999年に発覚した上申書殺人事件(事3)に至っては、死刑囚の告発により「殺し屋」という裏社会の住人が介在する保険金殺人の実態が露呈し、人間の強欲さが底知れぬものである事を突きつけた。デジタル化と孤独ニッポンの交錯点となった2000年代初期。ミレニアムの幕開けと共に、事件はネットという新たな海へと溶け込んでいく。1999年、大晦日に起きた世田谷一家殺害事件。現場でパソコンを使い、食事を摂るという犯人の異常なまでの平熱さは、今なお多くの謎を残し、国際的な陰謀論さえ囁かれる未解決の深淵だ。2001年の池田小児童殺傷事件では、宅間守が教室に持ち込んだ刃物が、無抵抗な子供たちの未来を奪った。2004年の大牟田4人殺害事件では、家族全員が共謀して知人をコンクリートに沈めるという、血縁ゆえの絆が最悪の形で結実した「地獄のホームドラマ」のような凄惨さが際立った。回帰する悪意とSNSの闇が蠢く2010年代以降。そして現在、事件は「大量殺害」と「孤独」という極端な形へと向かう。 婚活サイトを狩場にした木嶋佳苗事件。SNSで自殺志願者を募り、9人の命を解体した座間9人殺害事件。2019年には、ガソリンがすべてを焼き尽くした京都アニメーション放火殺人事件。これらは、便利になったはずの社会が生み出した、究極の孤独と歪んだ自己承認欲求の産物かもしれない。この50年間、統計上は殺人事件の認知件数は減少傾向にあるという。しかし、数字の裏に隠された、一つ一つの事件の「濃度」はどうだろうか。また、袴田巌さんの再審無罪に象徴されるように、日本の司法は冤罪と再審(※4)の長い月日を繰り返してきた。過去の捜査手法の限界が今になって露わになっても、失われた時間、そして奪われた命は、二度と戻る事はない。社会が豊かになり、価値観が多様化する一方で、人の心に巣食う闇はより深く、より複雑に、現代の隙間を埋めるように肥大化し続けている。

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その一方で、アメリカ社会におけるこの50年間における社会の変容は、どう変化が起きたのだろうか?映画『悪魔のいけにえ』から見たアメリカ犯罪史、併せて、狂気と孤独の50年史。アメリカ社会は、この50年間で何を変貌させ、何を失ったのか?その問いの端緒として、映画『悪魔のいけにえ』の起源に触れる事は、もはや避けて通れない通過儀礼のようなものだ。1950年代、ウィスコンシン州プレイン・フィールド。墓を暴き、人皮や人骨で家具をあつらえた「屠殺解体職人」エド・ゲイン。この猟奇的な事実は、レザーフェイスのマスクや一家の狂気の源泉として、日本の映画サイトでも擦り切れるほど語り尽くされて来た。正直に言えば、あまりに手垢のついたこの逸話を再び持ち出す事に、ある種の徒労感すら覚える。誰もが同じネタを消費し、反復する事で物語は「神話」化し、真実の輪郭は曖昧なグレーゾーンへと溶けて行く。それでもここで彼を取り上げないといけないのは、エド・ゲインという存在が、現代アメリカ犯罪史における「原点(グラウンド・ゼロ)」として鎮座し、君臨しているからに他ならない。映画は、「実話」という誇大広告を掲げたが、実際にチェーンソーが唸りを上げる事はなかった。しかし、その虚構のチェーンソーの音こそが、近代化から取り残された閉鎖的な狂気、そして衝動的な殺人欲求の象徴として、今も我々の耳に恐怖心としてこびり付く。ヒッチコックの『サイコ』や『羊たちの沈黙』のバッファロー・ビルへと系譜が続くように、エド・ゲインはホラー映画の始祖であると同時に、我々の深層心理に眠る「何か」を呼び覚ますトリガーだ。あなたはまだ気づいていないかもしれないが、平穏な日常の皮一枚下に、誰かを破壊したい、殺したいと願う、知らぬ間の殺意が眠っている。では、アメリカ犯罪史の50年間の深淵を覗き込もう。1970年代中盤から現代に至る50年間、アメリカという巨大な実験場で、犯罪はいかにして進化し、社会を蝕んでいったのか知る事によって、今のアメリカ社会ひいては日本社会の善悪の部分が見えて来るかもしれない。1970年代から1980年代は、シリアルキラーの全盛期だ。1970年代から80年代にかけ、アメリカは「シリアルキラー(連続殺人鬼)」という新たな恐怖の概念に支配された。それは不特定多数を狙い、顔のない悪意の時代だった。その筆頭が、1970年代を震撼させたテッド・バンディだ。ハンサムで知的なマスクを持つ殺人鬼。全米で30人以上の女性を誘拐・殺害した冷酷な素顔を隠し持っていた彼は、1989年、電気椅子へと送られた。 時を同じくして、シカゴには「殺人ピエロ」ジョン・ウェイン・ゲイシーが現れる。慈善家を装ったこの男は、30人以上の少年を自宅の床下に埋めた。その多くはサディスティックな拷問(SMプレイ)の末、苦悶の中で息絶えた。 ニューヨークでは「サムの息子」ことデビッド・バーコウィッツが、「隣の犬が命じた」という妄想と共にカップルを銃撃し、大都市をパニックの坩堝へと突き落とす。そして80年代から90年代にかけては、ワシントン州のグリーン・リバー・キラーが49人以上の女性を殺害。彼はアメリカ犯罪史上、最も多くの命を奪った殺人鬼の一人としてその名を50年間のアメリカ犯罪史に刻む事となる。1990年代では、消費される人の「死」とメディアの狂騒と饗宴。90年代に入ると、犯罪の質は変容する。テレビメディアの爆発的な進化と共に、殺人は「エンターテインメント」化へと昇華され、全米、いや全世界の消費者がその悲劇を貪り食う時代が到来。1994年のO.J.シンプソン事件は、その時代の象徴だ。元NFLスターによる元妻殺害疑惑。「世紀の裁判」は無罪評決で幕を閉じたが、全米がテレビ画面に釘付けになったあの日、正義とショービジネスの境界線は消失した。 続く1996年には、美少女コンテストの女王ジョンベネ・ラムジーが殺害された事件は、未解決のままメディアの波に揉まれ、家族の悲劇は大衆の好奇心に晒され続けた。 そして、「ミルウォーキーの食人鬼」ジェフリー・ダーマー。17人の若者を食らうという極限究極の猟奇性を見せた彼もまた、1994年、刑務所内で呆気ない刺殺という最期を迎え、一つのコンテンツとして消費されて行った。2000年代から現在におけるテクノロジーの光と、大量殺戮の闇(※5)。21世紀、犯罪捜査はDNA鑑定という科学のメスを手に入れた。未解決事件(コールドケース)の扉が次々とこじ開けられる一方、新たな怪物が産声を上げていた。「大量銃撃(マス・シューティング)」だ。2002年、首都ワシントンD.C.を恐怖に陥れたベルトウェイ・スナイパー事件。「恐怖の3週間」と呼ばれた無差別狙撃は、テロリズムと快楽殺人の境界線を曖昧にした。 一方で、科学捜査の執念が実を結ぶ瞬間も起きた。70年代から80年代にカリフォルニアを震え上がらせたゴールデン・ステート・キラー。長らく闇に消えていた犯人は、最新のDNA家系図調査により、2018年、元警察官のデアンジェロとして白日の下に晒された。また、サム・リトルが93人の殺害を自白し、過去の亡霊たちが次々と実体化していく時代。

最近のリトル受刑者。サミュエル・マクドウェルという名前も使っていたとされる

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しかし、その解決のスピードを嘲笑うかのように、無差別大量殺人のスコアは更新され続けた。2017年、ラスベガス・ストリップ銃乱射事件。ホテルの一室から眼下の群衆へ向けられた銃口は、58人の命を奪い、数百人を傷つけた。アメリカ史上最悪の単独犯によるこの惨劇は、動機なき殺意の到達点として記憶されている。50年のアメリカ犯罪史における歴史の変遷期を目の当たりにして来たが、この50年にも及ぶ事件史の結論は、「悪魔」とは「誰」を指すか。アメリカの犯罪トレンドは、明確な変遷を見せている。未解決事件の減少という光の側面と、一度に多くの命を奪う大量殺戮の増加(※6)という闇の側面。そして、過去最多の犠牲者を生み出し続ける現実。日本とアメリカ。海を隔てた二つの国で、犯罪の形は社会の鏡合わせのように変化した。日本がSNSというデジタルの海で陰湿な攻撃性を先鋭化させる一方、アメリカは銃という物理的な力へ走らざるを得なかった。しかし、その根底に流れる病巣は共通している。「無差別級大量殺人」を引き起こす、社会的な孤立だ。彼らは「孤独」ではないかもしれない。だが、社会という巨大な怪物から除け者にされ、深まって行った孤立感が、憎悪という名のマグマを溜め込み、最終的に暴発する。そのメカニズムは両国で変わらない。過去50年、スクリーンの中の殺人鬼と並走するように、現実世界でも数え切れないほどの「悪魔」が生まれ、その数十倍の犠牲者が血を流して来た。映画のタイトル「悪魔のいけにえ」の「いけにえ」とは何か?それは、若者たちが理不尽に狩られる様を指していると同時に、別の残酷な真実を暗示しているようにも思える。「いけにえ」にされたのは、誰だ問題。それは、社会から切り離され、狂気という名の悪魔に自らの魂を売り渡し、人間である事を放棄せざるを得なかった、犯人たちの精神そのものだったのではないだろうか。精神分析、精神医学、犯罪心理学の観点からも言える事であり、社会の変容が人を悪魔に変貌させる「何か」があったのだろう。この悪魔は、誰にでもなり得て、心の中に潜む衝動的は「殺人欲求」が私達を悪魔化させる。映画『悪魔のいけにえ』を制作したトビー・フーパー監督は、あるインタビューにて監督自身がどう影響を受けたのか、また作品の前タイトル、XではなくPG指定問題、そして心理学的死と腐敗について、こう話す。少し長めに、抜粋する。

正式タイトルが与えられる前、『悪魔のいけにえ』は最初は『ヘッド・チーズ』、その後『レザーフェイス』と呼ばれていました。
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フーパー監督:「子供の頃は、ゴシックホラー系の映画が大好きでした。ハマー・ハマーも大好きでした。でも、ある時、ある隔たりを感じました。もう、あの映画に心を動かされなくなってしまったんです。スクリーン上のあの状況に自分を置き、反応できるだろうか?と。現代のホラー映画なら、それがずっと簡単に思えたんです。あの気づき、あのアイデアは、まるで贈り物のようでした。じっくり腰を据えてスケッチしたわけではありませんが、映画がぐるぐると回り、まるで元の状態に戻ってしまうような展開は、ほんの数秒で思い浮かんだんです。そのタイトルは後から思いついたんです。仮題はオースティンに住んでいて、夜遅くに買い物に行った時に思いついたんです。お店でヘッドチーズを見かけたんです。よくあるやつですけどね。でも、初めて見たんです。目玉とか、何か気持ち悪いものが入ってるみたいで。それで仮題の「HEAD CHEESE」が生まれたんです。それから、もう一つ。かかりつけの先生は頭蓋骨骨折から予防接種まで、あらゆる治療をしてくれました。彼は医学部進学志望の頃、死体の顔を皮剥ぎして硬化・乾燥させ、学校のハロウィンパーティーでそれを着ていたと話してくれました。そのイメージが頭から離れませんでした。でもそれはX指定を避けたかったからなんです。当時は、もう少し話が長かったんです。それで私はこう尋ねました。「どうすればPG指定を受けながら、人を肉フックに吊るすことができますか?」彼らは「それは無理だ」と言いました。そこで私はこう言いました。「でも、肉フックに吊るされている人を見たように見せかけて、実際には何も見ていないとしたらどうですか?」すると彼らは私に「やってみろ」と言いました。そもそも、そんなに残酷な映画を作りたくなかったんです。B級映画とかに格下げされてしまうから。そうなったら、ハーシェル・ゴードン・ルイスの『二千人の狂人』みたいに扱われてしまう。芸術的に満足できないと思ったんです。心理学をたくさん研究し、ジャンル映画が成功する要因を研究しました。ホラー映画に必ず効果を発揮する要素、そして最も不気味な要素の一つは、死の雰囲気です。フランケンシュタインの怪物が死体の断片で組み立てられているように。だから、この映画は墓地で始まるようにしました。観客はすぐにこうしたものに嫌悪感を抱くでしょう。棺桶の光景のように。これは典型的なフロイトの考えです。フロイトは墓地を通るたびに息を止めていたと書いています。多くの人が死を恐れています。私も子供の頃はそうでした。家族がかなり多く、いつも誰かが亡くなっていたからです。葬儀場に連れて行かれると、皆が部屋の奥にある大きな箱を見つめていました。そこで私は「なぜ皆あの箱を見ているのか」と尋ねました。すると彼らは、「○○おばさんのことを覚えているでしょう?あの箱の中で眠っているんですよ」と答えるばかりでした。私が得た情報はそれだけでした。ところが、親戚の一人が「人は皆死に、世界も終わる」と教えてくれたのです。家の中には動物の死骸や羽根、その他たくさんの残骸がありました。見つけられるものは何でも。死んだ動物たちの話、聞いたことありますか?セットを飾るのに剥製が必要だったんです。家族が世話をしていたであろう家畜の剥製です。それで[美術監督の]ボブ・バーンズに探してくれるよう頼んだのですが、彼は家畜の剥製を見つけられませんでした。ボブに「お願いだから、なんとかしてくれ」と言いました。それで夕食のシーンを撮影する日、大きなダンプカーが家に到着しました。油圧式の荷台が付いていて、家の裏に動物の死骸を全部捨てていたんです。少なくとも100匹はいました。犬、猫、あらゆる動物です。市の動物保護施設から運ばれてきて、安楽死させられたばかりでした。私も含めて、みんなびっくりしました。トラックは走り去りました。それでメイクを担当したドッティー・パールが、死んだ動物たちにホルムアルデヒドを注射していたんです。彼女は膝の上に死んだ犬を寝かせ、注射針で犬に注射したのですが、注射針は犬の脚を貫通して彼女の脚に刺さってしまいました。彼女はホルムアルデヒドを自分に注射してしまいました。「これはダメ」と言いました。そして私は言いました。「おっしゃる通り、これはうまくいきません。お願いですから、誰かこれをなくしてくれませんか?」そして誰かがそれをなくそうとしました。そこには約4500キロの動物の死骸がありました。映画で誰かがこんなものを処分するシーンを見ると…まさに彼がやろうとしたのはそれでした。作業員が5~10ガロンのガソリンをこの動物の死骸の山に注ぎました。高さは少なくとも1.2メートル、直径はおそらく10~12フィートありました。そしてマッチを投げたのです。一体全体、ガソリン2~3ガロンとマッチ1本で、こんなに巨大な動物の死骸をどうやって処分できるというのでしょう?一体どこから脳みそを調達しているんですか?」(※7)と話す。不可避とも言えるR指定の烙印に抗い、あくまでPG指定を死守しようとしたトビー・フーパーの執念。その血の滲むような努力が、スクリーンの端々から痛い程、伝わって来るようだ。そもそも映画という表現媒体に、「何歳から」などという鎖は本来存在しない事を明示したい。レイティングシステムなど、後世の業界人が便宜上設けた、ただの無粋な境界線に過ぎないと、言い切りたい。映画黎明期の誕生を思い出して欲しい。そこには、規制やルールなど存在しなかった。だからこそ、私は渇望する。この傑作が無垢な瞳に留まる事。そう、幼児や小学生を含む万人の網膜に焼き付く事を。誰にも邪魔されなければ、私は3歳になる甥の純白な脳裏に、この歴史的傑作を刻み込もうと画策した。だが、その美しい実験は、家族全員からの猛反発という凡俗な倫理観によって阻止された。至極残念な結果だ。あわよくば、3歳の柔らかなあの瞳、あの精神に一生消えない心の傷跡、いや、「トラウマ」という名の宝石を優しさの彷彿として埋め込みたかった。恐怖こそが、生存本能を呼び覚ますのであれば、それこそがホラー映画の存在意義であり、存在価値だ。たとえ狂気と罵られても、私は「幼児・小学生向けホラー鑑賞会」の開催を夢想して止まない。世間が許さぬ神の領域? いや、真のホラーファンを培養するには、物心つく前の「洗脳」という名の映画の英才教育が、必ず必要になるからだ。

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最後に、映画『悪魔のいけにえ デジタルリマスター 公開50周年記念版』は、公開初年度から数えて50年が経過したホラー映画史上、屈指の傑作だ。殺人鬼レザーフェイスの恐怖を描いたホラー映画の金字塔。そう呼ぶことは容易いが、その一語で整理してしまうには、あまりにも射程が広過ぎる。50周年を機に施されたデジタルリマスターによって、映像は格段にクリアになり、鑑賞体験は整えられた。だが同時に、70年代という時代の湿度や、社会の底に沈殿していた不穏さまでもが、薄く消されてしまったようにも感じる。磨かれた画面は確かに見やすい。しかし、あの時代特有のざらつきや、言葉にならない息苦しさまでは再生できない。デジタルリマスターや4Kレストアは、現代の若い世代に過去の作品へと手を伸ばさせる有効な導線だろう。だが忘れてはならないのは、技術の更新がそのまま恐怖の更新を意味する訳ではないという事実だ。50年前に刻まれた『悪魔のいけにえ』の震えは、当時の社会状況と地続きで存在していた確かなものだ。その震源までは、解像度をいくら上げても到達できないし、再現できない危うさだ。令和を生きる私たちは、令和の恐怖と向き合う事ができる。だが、昭和という混沌の只中、凶悪事件が連鎖し、社会の輪郭が揺らいでいたあの時代の空気を、同じ密度で体感する事はもう二度とできない。もし50年前の今日へと立ち戻り、歴史の変動をその目で見つめることができたなら、その時初めて、この作品が内包する本当の恐怖の意味に触れられるのかもしれない。殺人鬼は、殺人鬼によって生まれるのではない。社会の歪みや排除、沈黙の積み重ねが、やがて“悪魔”という象徴を誕生させる。歴史の中で繰り返されて来たその構造を直視しない限り、同じ影は何度でも立ち上がり生まれる。私は、一人でも多く、悪魔を身売りする若者を生み出したくない。だからこそ、この映画を単なる過去の名作として消費するのではなく、今を生きる世代にとって何を照射するのか、何度も何度も問い続けて欲しいと心から願う。あのチェーンソーが寂しく唸る機械音が、何を意味するのか?あなたの中に眠る悪魔と共に考え、向き合って欲しい。

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映画『悪魔のいけにえ デジタルリマスター 公開50周年記念版』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)少年A・酒鬼薔薇聖斗の「その後」が問いかける「更生」とはどういうことか?少年事件が相次ぐ今、改めて考えるhttps://jbpress.ismedia.jp/articles/-/88711#google_vignette(2026年2月11日)

(※2)あさま山荘事件:連合赤軍がたどり着いた悲惨な結末https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00776/(2026年2月11日)

(※3)日本の重大事件・事故(1999年まで) 写真特集https://www.jiji.com/sp/d4?p=aff257-jpp000553564&d=d4_news(2026年2月11日)

(※4)「だとすれば、誰が…」“袴田事件”現場付近の住民は言葉少な 翻弄され続けた57年https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/391376(2026年2月11日)

(※5)米国で起きた大量殺https://news.livedoor.com/article/detail/25339458/(2026年2月12日)

(※6)93人の殺害を自白、うち50人を確認 米史上「最悪の連続殺人犯」https://www.bbc.com/japanese/49982473(2026年2月12日)

(※7)BAD VIBES TOBE HOOPER (1)https://www.flashbackfiles.com/tobe-hooper-interview-1(2026年2月12日)