映画『ポライト・ソサエティ』土壌が作られる契機に

映画『ポライト・ソサエティ』土壌が作られる契機に

すべてが最高の新世代アクション映画『ポライト・ソサエティ』

©2022 Focus Features LLC. All rights reserved.

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イギリスに居を構え、息の詰まる厳格なムスリム家庭に生まれ育ちながら、学校でも峻厳な規則に押し潰されそうになりながらも、それでも、自身のスタント・ウーマンへの夢を諦めない一人のパキスタン系イギリス人の少女の姿が凛々しく映る爽快なバトルアクション風味の青春映画。自身が抱く夢を叶える事は、相当努力しない限り叶えられないもの。今ある環境が百折不撓の現状だとしても、その逆境を耐え忍び乗り越えるだけの力を備えなければならない。それは、肉体の俊敏さや頭脳明晰朗々解放な思考ではなく、心の内側にあるメンタリティーに即した英華発外の思想が大切だ。身体能力が良く、英明果敢であっても、心定理得に自身のハートを耕さなければならない。それこそが、人生において落ち込んだ時、塞ぎ込んだ時、つまづいた時、どんな時でもマイナスな心の支えになる重要な役割を担っている。ムスリムの家庭という厳格な環境に生まれ育ったばっかりに、やりたい事なりたい事を自由にできない育成環境や青春に対して、スタント・パフォーマンスやカンフー、武術で解決しようと奮闘し、活躍する姿を目撃する。日本人にとって、イギリスですら遠い海の向こうの島国という認識しかないのに、パキスタンにムスリムなんて、どんな人種で、どんな価値観で、どんな環境にいる人々なのか、誰も想像できないであろう。その想像できない部分に対して、本項が少しでもお役に立てれるのであれば、非常に幸いだ。映画は、そんな文化の違いをも跳ね除けるほどの若さのパワーと勢い、アクションの華々しさ、そして安心して観れる笑いであるコメディの要素を私達に提供してくれている。映画『ポライト・ソサエティ』は、ロンドンのムスリム家庭に生まれた高校生リア・カーンはスタントウーマンを目指してカンフーの修行に励む少女の物語。学校では変わり者扱いされ、両親からも将来を心配されている。そんな彼女にとって、芸術家志望の姉リーナが唯一の理解者だ。ある日、リーナが富豪の息子であるプレイボーイと恋に落ち、彼と結婚して海外へ移住することに。彼の一族に不信感を抱いたリアが、独自に調査を進めると、リーナとの結婚の裏には驚くべき陰謀が隠されていた。リアは大好きな姉を救うため、友人たちとともに結婚式を阻止するべく立ち上がる壮大な物語だ。自身の目標とスタント・ウーマン、そして姉の偽りの結婚式、様々な要素が交差した時、少女の夢が動き出す。カンフーマスターのような彼女の蹴りの一撃が、架空の映画の物語さえも吹き飛ばす、激烈なアクションと青春の物語に心を奪われるはずだ。

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パキスタン系イギリス人。そして、ムスリム一家。あまり聞き慣れない人種の名称が並ぶが、パキスタン系イギリス人もムスリムも、日本人にとってはまったく馴染みのない民族だろう。それでは、まずパキスタン系イギリスについて、少しずつ調べて行こうと思う。まず、パキスタン系イギリス人とは、パキスタン出身の移民やその子孫を指す。イギリスにはパキスタン、インド、バングラデシュ系の住民が約300万人住んでいる。そのうち55%が、イギリス国籍を取得している(※1)。また、イギリス政府は、イギリスに移民したパキスタン人たちの労働力を確保するために積極的に勧誘した経緯がある。しかし、移民が居住区を作り、自身の文化や習慣を継承して生活するには、直ぐに地域社会に溶け込めないといけない問題も同時に引き起こした。ここに興味深いイギリスの80年代に起きたローカルニュースを紹介する。イギリスのデューズベリーという小さな町では、1987年に小学校の生徒の半数以上のパキスタン人の子どもが在籍していた。学校給食は、パキスタン風になって行く中、白人の親達が自身の子を登校拒否させるという珍事件が発生した(※2)。移民は、その国の社会規範や地域住民との交流を混乱させるネガティブな要素も持っている。これは1987年のいいのローカルなニュースで、尚且つ、保護者側の意志の強いボイコットであったが、近年は同じイギリスでは、移民の子どもが急増した結果、イギリスの子ども達が移民の子どもが要因で定員オーバーした学校に通えない現象(※3)が起きている。また、アメリカでは移民が学校、職場、ショッピングをボイコットする「移民不在の日」が誕生した。「トランプ政権の移民政策に反旗をひるがえし、移民による米経済への貢献度を知らしめることが目的だ。ヒスパニック系移民の割合が最も高いニューメキシコ州では多数のビジネスが休業。ワシントンでも約50件のレストランの休業が報告されているほか、426人の小学生が通う中南米モンテッソーリ・バイリンガル学校などが休校。こうした抗議キャンペーンがニューヨーク、シカゴといった大都市を含む米全土で実施された。」(※4)とある。日本と比べ、世界の先進国の諸国は現在、移民からの労働力を頼らざるを得ない現状が続き、各国の経済を支えているのは移民達であると、当事者達からまざまざと示された事案であった。日本はまだ、上記のような出来事は起きてないにせよ、今後、国内の移民増加(※5)に歯止めは効かない。国政が、移民受け入れを積極的に考えている以上、上記のようなイギリス、アメリカで起きている事案は起こらないとは言い切れない。この移民問題は、今後の日本で起きるであろう問題点と類似していると指摘もできる。別の話題を取り上げれば、イギリスとパキスタンは政治的な背景でも非常に密接な関係(※6)があり、イギリスにはパキスタン系の移民が多くいると認識した方が良いのである。その一方で、文化的スポーツ的背景で話を進めるとなると、若いパキスタン系イギリス人のサッカー選手(※7)が今、イギリスサッカー界で活躍しており、イギリスの根強いサッカーファンでさえ、その若い選手の存在を知らないと言われているようだが、今パキスタンのサッカーに注目が集まっている。これは、イギリス国内における非常に明るいニュースの一つだろう。

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また、本作が題材にしているもう一つの主題は、主人公の少女が憧れるスタント・ウーマンだ。なかなかニッチな分野だ。さほど、皆さんご自身の周りでも「スタントマンになりたい!」と憧れを持つ方は、ごく稀ではないだろうか?スポーツや器械体操、アクション系のスポーツをしている子ども達の中には日本の「スーツ・アクター」に憧れを持つ少年少女はいるかもしれないが、それでも、実生活で出会う確率は低いと言えるだろう。社会的職業を見ても、スタントマン、スタント・ウーマンという職業が、なかなか陽の目を見ないのは、分かりやすく表舞台に出ない、もしくはスポットライトがなかなか当たらないという要因も考えられるだろう。その点、本作『ポライト・ソサエティ』や今年の大作映画『フォールガイ』、ドキュメンタリー映画『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』香港映画『スタントウーマン/夢の破片』日本のスーツアクターを題材にした映画『イン・ザ・ヒーロー』他には、『グレートスタントマン(1978年)』『スタントマン(1980年)』『ドライヴ(2011年)』『ライド・オン(2023年)』など、スタントマンに関する作品が年代に関係なく、国別で多く制作されているが、スタントマンの世界に対する人気度はさほど高くないのが現状だ。各国に跨るスタントマン事情であるが、イギリスにおけるスタントマン界はどうなっているのだろうか?イギリスと言えば、貴族というイメージが強く、たとえば映像作品で言えば、TVドラマ『ダウントンアビー』シリーズや英国の王族内を映像化した映画『クイーン』『ダイアナ』『ブーリン家の姉妹』『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』と貴族に関する作品も多く制作されており、どちらかと言えば、イギリスの印象はお淑やか(悪く言えば、貴族の親族間における泥沼人間関係)が先行しており、ここにスタントマンと言ったアクションのイメージが程遠く感じてしまうところだ。ただ、イギリスで有名なアクション作品と言えば、スパイ業で活躍するジェームズ・ボンドを主人公に据え置いた映像作品「007(ダブルオー・セブン)」だ。近頃のこのシリーズはハリウッドでアメリカナイズされ、アメリカ映画に成り下がったが(昇格?降格?)、本来は気品高いイギリスのスパイ映画だった。これ以外で、アメリカ映画のような大体的なイギリス制作のアクション映画は、あまり耳にしない。たとえば、近年で言えば、マシュー・ヴォーン監督による『キングスマン』シリーズ、あとはエドガー・ライト監督作品『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』『ベイビー・ドライバー』を思い起こせるが(これらも英語圏でもあるためアメリカの制作思想に非常に近い立場にいるため、アメリカナイズされている)、結局、「これがイギリスのアクションだ!」というイギリス映画の顔となるアクション映画は少ない中、本作が誕生した事は良い点だろう。それでも、イギリスにおけるスタントマン事情は、この状況を踏まえると、芳しいものではなく、イギリスでスタントマンを目指しても、なかなか芽が出ないのではないだろうか。アクション映画の制作本数が少ないと、活躍できる場も自然と少なくなるので、どうやって、イギリスに活動拠点を置くスタントマン達は活動しているのだろうか?たとえば、スコットランドのグラスゴー出身のスタントマンのレイ・パーク氏の場合は、早い段階から活動拠点をアメリカに移して、映画『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス(1999年)』から最新作の『デッドプール&ウルヴァリン(2024年)』まで大作映画専門のスタントマンとして活躍している。また、イギリス・ロンドン出身のスタントマンであるトム・コンスタンタイン氏は、29歳の頃に日本に来日して以降、日本作品に幅広く出演している。スタントマンとしては、今年2024年に放送されたTVドラマ『新宿野戦病院』や同じく今年公開された映画『ゴールデンカムイ(2024年)』や12月公開予定の映画『グランメゾン・パリ(2024年)』にはスタントとして作品に参加している。イギリスでのスタントマン事情は、恐らく、非常に厳しい現状だと伺える。イギリスで活躍したくても、活躍する場がないから、早くからイギリス以外の場を選んでいると推察できる。その一方で、日本出身のスタント・ウーマンである大島遥さんは、日本出身でありながら、イギリスに活動拠点を移したスタント・ウーマン(※8)だ(トム・コンスタンタイン氏とは、まったく逆の構成。この両者が、一つの作品で巡り会ったら良い化学反応が生まれるだろう)。現実問題、女性のスタントマンが活躍できる場所は少ないだろう。そんな中、スタント事情が芳しくないイギリスで女性スタントマンとして活躍している彼女は、稀に見る逸材だろう。本作のスタント・ウーマンに憧れを持つパキスタン系イギリス人の少女もまた、イギリスにおけるスタントマン業界にて新しい道を切り拓く先駆的存在になって欲しいと願うばかりだ。映画『ポライト・ソサエティ』を制作したニダ・マンズール監督は、あるインタビューにて本作で女性が活躍する事について、こう話している。

Manzoor:“The film was born from my love understanding of that generation—women who had so much talent, skill and beauty to offer but weren’t given the opportunities that my generation has. So I knew there was a kind of bitterness there, but also a truth in it. There’s a beauty to the dark feminine. There’s something about a woman scorned; a woman of a certain age just kicking ass and looking great whilst doing it. That’s delicious, beautiful and a character I have such love for. Coming from a place of love really helps me stay on the right side of it.”(※9)

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マンズール監督:「この映画は、あの世代に対する私の愛情から生まれました。才能、技術、美しさにあふれているのに、私の世代が手にしているような機会を与えられなかった女性たちです。だから、そこにはある種の苦々しさがある一方で、真実もあるとわかっていました。ダークな女性らしさには美しさがあります。軽蔑された女性には何か特別なものがあります。ある年齢の女性がただ頑張っていて、それをしながらも素敵に見える。それは魅力的で美しく、私がとても愛しているキャラクターです。愛から生まれたことは、私が正しい側にいるのに本当に役立っています。」(※9)と話す。昨今、女性の地位向上や権利が叫ばれている中、本作が担う女性への応援賛歌とも呼べるスタント・ウーマンの要素は、これまで弾圧され続けて来た過去の女性達と、これからどんな世界でも華々しく活躍するであろう未来の女性達への作品なりの大きなエールなのだろう。本作がシスターフッド映画だと評される所以の裏には、現代における世界中の社会全体で活躍を渇望する女性達へ勇往邁進の精神を贈っているのだ。

最後に、映画『ポライト・ソサエティ』は、ロンドンのムスリム家庭に生まれた高校生リア・カーンはスタントウーマンを目指してカンフーの修行に励む少女の壮大な物語。イギリスでスタントマンを目指すには、あまりにも障壁が多すぎる昨今のイギリスのスタントマン業界。実現するしないは別として、今後本作に登場する少女のように、多くのイギリス人女性(パキスタン系イギリス人女性)が堂々とスタントの世界(もしくは、スタント以外の世界)を目指せる土壌が作られる契機にもなって欲しいと願うばかりだ。

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映画『ポライト・ソサエティ』は現在、公開中。

(※1)イギリスに生きるムスリムの葛藤https://www.newsweekjapan.jp/picture/204595.php#:~:text=%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%A1%97%E8%A7%92%E3%81%AB%E7%AB%8B%E3%81%A4,%E9%81%8E%E3%81%8E%E3%82%8B%E3%80%8D%E3%81%A8%E6%8F%B6%E6%8F%84%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%80%82&text=%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%8E%A2%E6%B1%82%E3%81%AB,%E9%AE%AE%E3%82%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E5%88%87%E3%82%8A%E5%8F%96%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82&text=%E6%9C%AC%E8%AA%8C%E3%81%AB%E9%80%A3%E8%BC%89%E4%B8%AD%E3%81%AE,482%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82&text=%E6%96%B0%E8%81%9E%E3%80%81%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%80%81%E5%86%99%E7%9C%9F%E8%AA%8C%E3%81%AA%E3%81%A9,%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%84%E3%80%81%E4%BD%95%E8%80%85%E3%81%8B%EF%BC%9F(2024年10月4日)

(※2)移民の急激な受入れ、反民主主義体制のままではEUは瓦解の危機に直面するhttps://www.meiji.net/international/vol121_etsuo-abe#:~:text=%E7%8F%BE%E5%9C%A8%E3%80%81%E3%83%91%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%80%81%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%80%81%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%B7%E3%83%A5,%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A7%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%80%82&text=%E2%80%BB%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%81%AE%E5%86%85%E5%AE%B9%E3%81%AF,%E3%82%92%E7%A4%BA%E3%81%99%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82(2024年10月4日)

(※3)英国の学校 移民流入で地元児童が学校に通えずhttps://sputniknews.jp/20221120/13885135.html(2024年10月4日)

(※4)米全土で移民が学校職場をボイコット「移民不在の日」実施https://news.line.me/detail/oa-zuuonline/1jyg2u3s3mat3(2024年10月5日)

(※5)外国籍43%の公立小も 日本語指導必要な子供、埼玉で急増 10年で2・6倍 8割は中国・トルコ籍https://www.sankei.com/article/20231014-G65BP7COC5K3VN6RS5C2QMQUXA/(2024年10月5日)

(※6)Pakistan’s crackdown on Imran Khan’s party reaches Britainhttps://hyphenonline.com/2024/02/08/pakistans-crackdown-on-pti-imran-khans-party-reaches-britain/(2024年10月5日)

(※7)Pakistan football: The British players starring on the world stagehttps://www.bbc.com/news/newsbeat-67427645(2024年10月5日)

(※8)大島遥:オリンピックを目指していた少女が、のちにスタントパフォーマーとしてイギリスへ渡り、「ワイスピ」「007」に参加するまでhttps://natalie.mu/eiga/column/486896(2024年10月5日)

(※9)“There’s a Beauty to the Dark Feminine”: Nida Manzoor on Polite Societyhttps://filmmakermagazine.com/120915-interview-nida-manzoor-polite-society/(2024年10月5日)