ドキュメンタリー映画『キムズビデオ』未来に残す活動も必要

ドキュメンタリー映画『キムズビデオ』未来に残す活動も必要

世界最高のレアビデオ・コレクションの数奇な運命を追うドキュメンタリー映画『キムズビデオ』

©Carnivalesque Films 2023

©Carnivalesque Films 2023

映画館、レンタル、ビデオ、DVD、はもうオワコンか?世界は、急速に利便性を追い求め、サブスクリプションやネット配信の急激な飛躍的発展に陶酔している。便利に勝るものはない。生活する上で、便利がいかに今の情報社会にフィットしているか。劇場に足を運び、レンタルショップでジャケットを確かめながら、ビデオやDVDを探す。劇場文化はまだまだこの先残るとしても、レンタル文化は落ちた虚像だ。在りし日の隆盛はなりを潜め、急激にネット文化へと舵を切った現実社会。一昔前の文化は、見向きもされずに、見捨てられて行く。今では、その煩わしさでさえ、愛くるしくも愛おしく、懐かしくも感じてしまう近頃だ。もう20代以外の若者達は、ビデオテープの存在も、ビデオデッキの存在も知らない世代が増えただろう。その一つ上の私の世代でさえ、ビデオ文化に触れたのは幼少期から学童期のほんの一瞬だ。10代半ばの学生の頃には、家庭用DVDプレイヤーが普及し、レンタルショップも取り扱う商材がVHSテープからDVDへと移り変わり、ビデオテープの存在は店の隅、人々の記憶の隅に追いやられてしまった。時代の移り変わりや社会の急速な躍進と相俟って、消滅して行った文化は数え切れない程だ。ドキュメンタリー映画『キムズビデオ』は、映画ファンの聖地となっていたニューヨークのレンタルビデオ店「キムズビデオ」の5万5000本の膨大なビデオコレクションの数奇な運命を追ったドキュメンタリー。どれだけ大量のVHSを集めようが、貯蔵しようが関係なく、それらの作品が日の目に見ないと、すべてが宝の持ち腐れだ。隠れた傑作だろうが、珍作だろうが、無名の小品だろうが、すべては映画だ。数々の有名作品によって業界の片隅に追いやられたビデオソフト化で時間が止まっている作品達にスポットライトが再度、当たる事を願わんばかりだ。

©Carnivalesque Films 2023

世間にVHSが登場したのは、いつ頃だろうか?ビデオは、1950年代頃には放送用VTRが開発(※1)され、1960年代には家庭用ビデオカメラの商業化が始まったと言われている。家庭用ビデオテープの録画・再生が可能なビデオデッキは、1970年代に登場し、特に1980年代から90年代にかけて普及・全盛期を迎えた。日本での技術の始まり(※2)は、1950年代後半から1960年代にかけて、テレビ放送用VTRが開発されてからだ。富士フイルムは、1959年に国産初の放送用ビデオテープの録画に成功し、NHKに納入を開始した。1960年代以降、家庭用ビデオカメラの商業化が始まり、小型で手頃な価格のビデオカメラが一般消費者向けに登場を始めた。家庭用ビデオデッキの登場し始めた1970年代以降、ビデオテープ規格の競争が各企業で激しくなり、VHSやベータマックスなどの方式が登場した。残念ながら、ベータマックスはVHSの産業競争に負け、早い段階で市場から姿を消した。一方、1976年には日本ビクターが世界初の家庭用ビデオデッキ「VHS第1号」を発売し、成功を収めた。その後、ビデオデッキは普及と全盛期を迎え、1980年代から1990年代には家庭用ビデオデッキの販売価格の低下と共に家庭への普及が進み、映画レンタル業界も大きく発展した。多くの家庭にビデオデッキが行き渡り、ビデオの全盛期を迎えた。ビデオの歴史は、時代が進みにつれ、先細って行った。2000年以降に入ると、ビデオ全盛期から大きな変化を与えられた。特に、デジタル化の波には抗う事ができず、人々の人気と注目はビデオからDVDへと変わり、VHSの存在は過去のものとなってしまった。2000年以降、DVDレコーダーやブルーレイディスク、デジタルカメラの普及により、人々のビデオテープ(VHS)の利用は減少し、そして現在。2016年には、ビデオデッキの全機種生産が終了し、現在では古いビデオ作品を視聴するには、ビデオデッキを必要とする人が限られている状態(※3)にある。ビデオは、過去の産物か?ビデオ文化は、この先、もう二度と戻って来ないだろう。けれど、ビデオにはビデオの良さがあるのも事実であり、過去にビデオが隆盛を誇った時代があった事も記録として残して行きたい。

©Carnivalesque Films 2023

そして、ビデオの文化が最盛期を迎えた80年代から90年代の同時期に同じように繁栄を極めたのが、レンタルビデオショップ(※4)だ。この映画が題材としている「キムズビデオ」もまた、その当時の時代を彩ったレンタルビデオショップの一つ。2000年以降には、ビデオからDVDへと業態が移り変わり、レンタルビデオショップからレンタルDVDショップへと名称は変わったものの、人々に提供する内容は変わらず時代に適合し続けた。レンタルショップの文化は、特に英語圏と日本で盛り上がりを見せた一方、それら以外の国では「レンタル」そのものの文化は根付かなかった。海外では、英語圏のアメリカで最も隆盛を誇ったのが、誰もが知っている全米に全国展開していたレンタル店「ブロックバスター」(※5)が有名だろう。イギリスでも米国の産業が参入し、ブロックバスターが一強だった。人気を博した当時は、全世界に9000店舗を誇った同社であったが、2020年前後の情報では最後の1店舗が米国に残っている状態だと言う。米国におけるレンタル文化を守ろうとするブロックバスター関係者には、頭が上がらない。とても素晴らしい取り組みである一方、いかにレンタルという文化が世間から見放されつつあるかを目の当たりにできる。本当に皮肉な事に、時代は文化への価値観の変容を待ってはくれない。文化は、時代の変貌に追いつかなければならない。誰かの手助けを待っていても、誰も助けてはくれない。サブスク配信が台頭する昨今において、レンタルやビデオという文化は過去にあった廃れた文化だろうか?不本意にも、現在のサブスク文化を代表するNetflix(※6)を生み出した産みの親は、元はレンタルショップで働く店員であった事に驚きだ。システムもルールもすべて、盗まれ真似られ、新しい文化に取って代わる最新鋭の時代。レンタルビデオショップ「キムズビデオ」は、その時代の一部の中で人々の記憶に輝く一時代を築いた文化の一つだろう。ドキュメンタリー映画『キムズビデオ』を制作した2人の内の一人であるデビッド・レッドモン監督は、あるインタビューにて本作における作品の展開と作品群の数々、そして映画愛について、こう話す。

©Carnivalesque Films 2023

レッドモン監督:「3年目には、様々な映画の様々なクリップをコレクションに加えようと決め、レンタルした映画を、初期から最新まで、順番を変えながら見てみました。当時の理由は、これらの映画が私たちに影響を与えているからでしたが、その後、映画の様々なシーンを模倣した映画を取り出すというアイデアが浮かび、それがこのようなパスティッシュ(寄せ集め)になった理由です。この映画は単一の声を持っているわけではありません。複数の声があり、そして複数の声を持つことで、単一のビジョンを持っているのです。お分かりいただけるでしょうか。この映画には、自分が何になりたいのか分かっていないという批判もありますが、実際は全く逆です。この映画は、自分が何になりたいのかを明確に理解しています。なぜなら、こうありたいと私たちに語りかけてきたからです。そして、映画全体がキムズ・ビデオを模倣しています。キムズ・ビデオは非常に多様性に富んでいました。世界中の映画が集められ、とてもカラフルで生き生きとしていました。ですから、私たちはキムズ・ビデオに敬意を表し、あのコレクションが体現するのと同じ喜びをもって、同じような方法で映画を構築しようと考えたのです。数ある後悔の一つは、南米、東アジア諸国、中東、オーストラリアなど、世界中の多くの映画をカットせざるを得なかったことです。弁護士から「これらの映像は使えません。理由は言いません」と言われました。そのため、土壇場で多くの映画を削除し、他の映画に置き換える必要がありました。」(※7)と話す。この映画が持つ「声」とは何かを再度、考えたい。何に、誰に対して、作品の中にある映画愛を訴えているのか?それは、古くからいる従来の映画ファンに呼応するだけでなく、これから産まれて来るであろう未来の映画ファンに訴えかけている。映画やビデオ文化の素晴らしさを。サブスク文化が台頭し、映画が文化ではなく、消費コンテンツとして認識されるようになった昨今、もう一度、基本に立ち返り、私達は映画という文化が私達の人生や生活にどう影響し得るのか意見を出し合える環境を整える必要があるだろう。

©Carnivalesque Films 2023

最後に、ドキュメンタリー映画『キムズビデオ』は、映画ファンの聖地となっていたニューヨークのレンタルビデオ店「キムズビデオ」の5万5000本の膨大なビデオコレクションの数奇な運命を追ったドキュメンタリーだが、少し一線を越える見ていられない関係者達の行動もあるが、それもまた、愛ゆえの深い行動が示す事だろう。近年、ビデオテープの「2025年問題」(※8)が世間で叫ばれている。「2025年問題」とは、磁気テープの劣化と再生機器の入手困難により、VHSなどのビデオテープに記録された映像が、2025年頃から見られなくなる可能性がある問題を専門家から指摘されている。ユネスコもまた、2019年に「2025年までにデジタル化しなければ、映像が永遠に失われる可能性がある」と警告しており、テープの状態確認とデジタル化、またはダビングサービスへの依頼が対策として推奨されている昨今。ビデオはもう、人々の生活の中では遠い存在になっているかもしれないが、ホームビデオの中にしかない家族や青春の思い出が眠っているのも確かだ。廃れつつある文化ではあるが、残しておく価値は必ずあると信じている。私自身、数は少ないものの、コレクターとして400本近いビデオテープを貯蔵している。その中には、本当に貴重な作品も眠っており、いつかビデオテープからデジタルに移して、4K化などにして、スクリーンに投影できたら、強く願っている。時代の価値観が日々、変容して行く中、必ず未来に残して行く大切な文化も確かにあるはずだろう。文化としての役目が終わっているとしても、私は掌から零れる一握の砂のように、人々の生活から必要とされなくなりつつあるビデオ文化を未来に残す活動も必要と信じている。

©Carnivalesque Films 2023

ドキュメンタリー映画『キムズビデオ』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)若者は知らない?ビデオデッキはいつまで使われたのかhttps://kifu-colle.com/blog/5150(2025年9月22日)

(※2)富士フイルムのあゆみ 50年のあゆみ 放送用からホームビデオヘ – ビデオテープの躍進https://www.fujifilm.co.jp/corporate/aboutus/history/ayumi/dai4-17.html(2025年9月22日)

(※3)「番組を所有する」のは昭和のテレビっ子の夢だったhttps://www.yomiuri.co.jp/column/chottomae/20240717-OYT8T50019/#google_vignette(2025年9月23日)

(※4)レンタルビデオ店もはや絶滅間近? GEOにTSUTAYA…大手の進む道はhttps://www.j-cast.com/trend/2023/05/16461598.html(2025年9月23日)

(※5)全世界9000店舗のレンタルビデオ店が縮小して残ったアメリカ最後の1店舗はどんな店なのかhttps://gigazine.net/news/20180910-last-blockbuster-shop/(2025年9月23日)

(※6)レンタルビデオ店の思い出は? ─ アメリカでは残り1店舗、ほぼ絶滅へhttps://theriver.jp/last-blockbuster/#google_vignette(2025年9月23日)

(※7)David Redmon on Chasing a Collective Dream in “Kim’s Video”https://moveablefest.com/david-redmon-kims-video/(2025年9月23日)

(※8)VHSビデオテープがダビングできなくなる?ビデオダビングの「2025問題」とはhttps://www.kitamura-print.com/data_conversion/column/column067.html(2025年9月23日)