映画『スティルウォーター』
前回の作品『スポットライト 世紀のスクープ』で監督して以来、実に6年振りにトム・マッカーシーの監督作品『スティルウォーター』が、日本公開となる。
アメリカ人男性ビルが異国の地フランスのマルセイユで体験する出来事は、サスペンスに満ちた物語。
留学した一人娘が数年前に、ある事件に巻き込まれ、有罪判決を出されている。
にも関わらず、彼女は一貫して無実を主張する。
娘の言葉を実直に信用する父親は、単身フランスに飛び、言葉も通じない見知らぬ土地で無事、愛娘の無実を証明することができるのか。
10年以上に渡り長い間、本企画を暖めてきたトム・マッカーシーは、映画『ディーパンの闘い』の脚本家コンビであるノエ・ドゥブレ、トーマス・ビデガンを本作の脚本に迎え、書き上げたシナリオ。
主演の父親役には、ハリウッドを代表する俳優マット・デイモンが体重を増量させてまで熱演。
相手役の彼を支えるフランス人女性には、最新作『ハウス・オブ・グッチ』にも出演しているカミーユ・コッタンが出演。
一癖も二癖もある娘役には、今後ハリウッドでの活躍が益々、期待される若手女優アビゲイル・ブレスリンが好演。
元々は俳優だったトム・マッカーシーの監督としての冴え渡る演出力は、2009年の映画『扉をたたく人』から作品を発表する毎に飛躍的に、シナリオと合わせて腕を上げている。
彼の監督、脚本家作品として必ず触れておきたいのは、映画『スポットライト 世紀のスクープ』だ。
アメリカのマサチューセッツ州にあるボストンの日刊新聞ボストン・グローブ内にある部署スポットライト部が、独自に調査し発表したカトリック教会による児童虐待事件の報道の行く末を描いた作品だ。
今回の作品『スティルウォーター』では、日本でも問題になっている国際事件を題材にしている。
もし、他国で事件に巻き込まれたら?もし、海外で有罪判決で刑務所に収監されてしまったら?
この物語は、現実の世界で必ず誰にでも降りかかる可能性がある事案だ。
また、トム・マッカーシー監督は、あるインタビューで「本作『スティルウォーター』のストーリーは、何から影響を受けているか」という質問に対して彼は
「唯一のインスピレーションがあるかどうかはわかりません。私が映画を作るときはいつでも、さまざまな断片からつかんでいると思います。おそらく、そのすべてが累積的に私にインスピレーションを与えてくれます。しかし、明らかに、私が目を向けたのは、アマンダ・ノックスの話だ。アメリカの学生が犯罪のために刑務所にいるニュースは、センセーショナルな犯罪だと思い、彼女の半生にコミットしました。それについて本当に魅力的な何か惹かれるものがありました。」
また、女子学生の話を物語の中心にはせずに、各々の登場人物のエピソードを包括的にまとめている点に話が及ぶと監督は
「私が始めた時のモットーは1つです。脚本に再度アプローチすることでした。元のスクリプトを破棄して、2人のフランス人作家ノエ・ドゥブレ、トーマス・ビデガンから始めたということです。」
一つ目の質問で最も興味が惹かれるのは、アマンダ・ノックスという人物だ。
彼女は2007年にイタリアで交換留学中にルームメイトの親友メレディス・カーチャーの殺害に主犯として加担した罪で懲役26年の有罪判決を受けてから、逆転裁判で無罪を勝ち取ったアメリカ人女性だ。
それでも、疑惑の目は晴らせず、2019年のイタリア再訪時には(3)「集団セックス殺人魔の汚名」をマスコミから着せられたばかりだ。
また、彼女の裁判記録を追ったドキュメンタリー映画『アマンダ・ノックス』がNetflixで配信中でもある(アマンダ・ノックス曰く、自身の経験が映画化されることを聞いていないという声明を出している。ハリウッドではよくある事だが、この辺の問題は今後どう解決するのだろうか?)。
本作『スティルウォーター』と比較して、鑑賞するのもいいのかも知れない。
そして、二つ目の質問に対する回答も興味深く、やはり脚本にしても、レビューにしても、初稿の執筆内容では心許ないということだろう。
トム・マッカーシー監督は、第一稿を書き上げた上で、そのスクリプトを破棄しているという。
次に、フランスで有名なシナリオ作家ノエ・ドゥブレとトーマス・ビデガンとの出会いが、本作に大きな影響を与えたのだろう。
トム・マッカーシーが書いた初稿も気になるところだが、フランス人シナリオ・ライターのノエ・ドゥブレとトーマス・ビデガンが関わった過去作にも焦点を当ててみたいところだ。
次に、本作で興味が湧いたのは、主演のマット・デイモンでもなく、助演のカミーユ・コッタンや彼女の娘役の演技未経験のリル・シャウバウでもない。
この作品で特に目立っていたのは、物語の最重要人物でもある娘役を演じたアビゲイル・ブレスリンだ。
少し、今更感もあるかも知れないが、改めて彼女の存在感に圧倒させられる。
今年でちょうど女優歴20年となる彼女は、子役時代からハリウッドで活躍する若手俳優だ。
彼女のデビュー作は、M・ナイト・シャマランのSFスリラー映画『サイン』での末娘役が、映画ではキャリアのスタートだ。
国内でも国外でも、子役スタートの役者はなかなか大成しないジンクスもある中で、彼女は20年にも及ぶ長い経歴を持っているのは、ハリウッドでも稀有な存在だろう。
近年では、イライジャ・ウッドやダコタ・ファニング、彼女の妹エル・ファニング、フレディ・ハイモアなどが、名前として挙がってくることだろう。
(4)日本で言えば、神木隆之介や染谷将太など、挙げればキリがないほどだ。
英国にもニコラス・ホルトやダニエル・ラドグリフだろうか。
いつから、子役は大成しないと言われるようになったのか。マコーレ・カルキンか、エドワード・ファーロングか、ハーレイ・ジョエル・オスメントか。
いやいや、そんな余談はどうでもいい。
子役が、世間では成就しないと言うのは真っ赤な嘘で、それぞれの歩幅で、それぞれのスピードで、皆さん役者として成功しているようだ。
そんな子役は、エンタメ業界では「宝」だと個人的には思っている。
将来、どこかのタイミングで才能が開花する「原石」が眠っていると信じているからこそ、ドラマでも映画でも関わらず、作品を観る上でのチェックポイントには「子役」も関係してくる。
そんな子どもの頃から活躍しているアビゲイル・ブレスリンのハリウッドでの立ち位置や今後の活躍が、益々気になるところだ。
映画『リトル・ミス・サンシャイン』で最年少で助演女優賞にノミネートされてから、コンスタントに様々なジャンルの作品に出演し続ける彼女は、若手実力派の部類だろう。
本作『スティルウォーター』での演技にも、存在感が光っている。
昨年7月の北米地域の公開前後に行われた彼女へのインタビューでは、役作りについて、こう答えている。
「私は実際の刑務所に行き、そこで働いている多くの人々と話をしました。刑務所での私の日常生活がどのようになるかについての考えることができたのは、幸運でした。本当に助かったと思います。」
また、トム・マッカーシー監督との仕事については
「ええ、彼は正直なところ、そのような素晴らしい俳優兼監督です。撮影中、撮影前、彼は本当に何も急いでいません。彼は本当に役作りをするための時間を私にゆっくり与えてくれます。」
一つ目の質問に対する回答は、ハリウッドの役者なら誰もが、同じような事をしているが、今回の場合は作中にそれほど刑務所で生活する場面が挿入されていない。
面会室の場面が主なロケーションとなっていたが、それでも彼女にとって刑務所を訪問し、受刑者としての経験を作品や役柄に落とし込もうとしている点で言えば、本作のアビゲイル・ブレスリンに着目する価値はあるだろう。
また、監督に対する想いを聞かれ、現役の役者が作品の監督をするだけあって、その演出面での評判は、プラスと捉えてもいいだろう。
トム・マッカーシーが、クリント・イーストウッドに続く監督兼俳優という立ち位置のクリエイターとして、今後も活躍し続けて欲しい人物だ。
そして最後に、本作が取り上げているのは現実の世界でも頻繁に起きている海外での事件をモチーフにした話だ。
時代や国とは関係なく、昔から海外で事件に巻き込まれる、
もしくは事件を起こす事案が、後を絶たない。例えば、国外では、1981年にフランスで起きた佐川一政による(7)「パリ人肉殺人事件」や2019年に二人の若い日本人が起こした(8)「カンボジア運転手殺害事件」もまた、記憶に新しい。
また、国内でも逆のパターンでの事件が、存在する。
例えば、逃亡生活中に、指名手配写真や操作を撹乱させるために何度も顔を整形した市橋受刑者が引き起こした(9)「リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件」や2000年に起きた外国人失踪事件(10)「ルーシー・ブラックマン事件」など、国外でも国内でも、命を狙われたり、事件に遭遇することも可能性としては、そう低いわけではない。
近年でも、(11)2020年頃に起きたフランス留学中に事件に巻き込まれた女子大生や(12)2015年頃に起きた カナダに留学中に行方不明となり、殺害された日本人の事件もまた、過去に報道されたニュースでは、それぞれ衝撃を与えるものだった
こうして考えると、日本人や外国人が外国や日本国内で事件に遭遇する事件は、数年の間に間髪入れずに、等間隔で起きていることを忘れてはならないし、事件は自分たちの身近にあるということも心に留めておきたい。
これら現実で実際にある事件を映画化することも近年稀にあり、アマンダ・ノックス事件を題材にしたイギリス映画の『天使の消えた街』や韓国映画の『マルティニークの祈り』を本作と比較した上、「海外で事件に巻き込まれることとは?」と思考することもできる。
映画『スティルウォーター』は、自分たちの生活の身近にある出来事が、テーマの作品とあるだけで、とても現実味のある物語だ。
一度、本作を通して、海外渡航への懸念を考慮し、その点を理解した上で、今流行りの海外留学や海外移住のメリット、デメリットに着目する必要があるのかもしれない。
映画『スティルウォーター』 は、本日1月14日(金)より、全国の劇場にて上映開始。
(1)(2)Interview: Tom McCarthy Talks Stillwater’s Inspiration, Working with Matt Damonhttps://www.comingsoon.net/movies/features/1191153-interview-tom-mccarthy-talks-stillwaters-inspiration-working-with-matt-damon(2022年1月13日)
(3)アマンダ・ノックス、それでも消えない「集団セックス殺人魔」の汚名https://www.newsweekjapan.jp/amp/stories/world/2019/06/post-12333.php?page=1(2022年1月13日)
(4)有名子役50名のその後が気になる!あの人気俳優は元子役だった!?【2021年最新版、デビュー年と年齢も】https://ciatr.jp/topics/308088(2022年1月13日)
(5)(6)Stillwater Interview: Abigail Breslin Praises Tom McCarthy as an ‘Amazing Actor’s Director’https://www.comingsoon.net/movies/features/1191070-stillwater-interview-abigail-breslin(2022年1月13日)
(7)「彼女がとてもおいしそうだったから」日本人留学生が女性の遺体を食べた“パリ人肉事件”とは何だったのかhttps://bunshun.jp/articles/-/12747(2022年1月13日)
(8)カンボジアのタクシー運転手強盗殺人事件で聞いた「犯人は日本人のはずがない」の意味https://globe.asahi.com/article/12285321(2022年1月14日)
(9)2年7カ月逃亡した市橋達也 リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件https://wezz-y.com/archives/65530(2022年1月14日)
(10)ルーシー・ブラックマン事件、15年目の真実 毒牙にかかった女性は150人以上https://toyokeizai.net/articles/-/69033(2022年1月14日)
(11)フランス留学の日本人女性不明事件 元交際相手チリ人を殺人罪で起訴https://www.fnn.jp/articles/-/139363(2022年1月14日)
(12)【衝撃事件の核心】カナダ邦人女性遺体発見から1週間、残る謎 逮捕の男、「英会話の勉強相手」口実に近づく? 前科、悪評…浮かぶ点と線https://www.sankei.com/article/20161008-6MCABNKR2VOHNCFZ3LCAHM7LTA/(2022年1月14日)