テレビ映画『A Child’s Cry For Help(助けを求める子どもの叫び)』

テレビ映画『A Child’s Cry For Help(助けを求める子どもの叫び)』は、1994年に全米でテレビ映画として放送された作品だ。テレビ映画とは、およそ2時間の放送枠で制作されたテレビ用映画の事だ。映画は映画でも、劇場公開はされておらず、放送局NBCのテレビ映画として放送された。もちろん、日本では劇場未公開どころか未配給であり、英米圏におけるテレビ映画は長らく黙殺されて来た存在だ。テレビ映画もある種の映画の分類には入るが、日本国内に持ち込むまでの輸入や配給に関して、映画本来のルートやシステムが違うのか(権利が、テレビ局所有の為)、ほとんどの作品が時代に埋もれてしまっている。TVドラマにおけるテレビミニシリーズや長寿番組は、日本では海外TVドラマとして多くの作品が紹介されているが、テレビ映画はTVドラマとも映画とも言いにくい立場にあり、その扱いには幾分、難しい一面があるのだろう。60年代、70年代頃から現在まで制作されている多くのテレビ映画のうちの一本が、このテレビ映画『A Child’s Cry For Help(助けを求める子どもの叫び)』だ。この作品は、愛する家族を亡くした医師が、娘と共に新しい病院で勤務する所から話が始まる。勤務先の病院に愛情深い母親が息子を治療のために連れて来るが、医師は何かがおかしいと疑い、母親がわざと息子を病気にさせ、周囲から励まされる献身的な母親を演じていると勘づく。いわゆる、現代で言う「毒親」とでも言うべき虐待親から健康な少年を守ろうとする一人の医師の奮闘を描くサスペンスフルな医療ドラマだ。ディレクターも主演の2人の女優も、日本では無名の役者だ。監督兼脚本家のサンダー・スターン、主演の女優はパム・ドーバーとヴェロニカ・ハメル。子役には、ザック・チャールズ。端役として、ヒット前夜のトビー・マグワイヤが出演。テーマ音楽作曲家には、ジョセフ・ロドゥカ。題材は、代理ミュンヒハウゼン症候群。この虚偽性障害の一種(病気を装う精神疾患)は、1970年代頃からアメリカで一部の事例が問題として浮上し始めた。1996年にジュリー・グレゴリー事件が表面化した事によって、世間で広く注目されるようになった。本作は、1994年に制作されているので、この精神疾患をいち早く取り上げている。
代理ミュンヒハウゼン症候群とは、自傷行為で病気をつくる精神疾患ミュンヒハウゼン症候群において、傷害の対象が庇護している近親者である精神疾患(※1)。代理ミュンヒハウゼン症候群には、双璧となるもう一つの病名ミュンヒハウゼン症候群という精神疾患がある。こちらミュンヒハウゼン症候群は精神疾患の一つと考えられている。まだ、ミュンヒハウゼン症候群は、1951年にイギリスの医師リチャード・アッシャーがミュンヒハウゼン男爵にちなんで命名。以降、臨床的な事例報告や研究が重ねられて来た。「代理ミュンヒハウゼン症候群」(MSBP)という用語は、1970年代に初めて使用され、致死的となる可能性のある虐待の一種。代表的な事例では、母親が医師を欺き、自ら捏造または誘発した病気で子供の治療をさせようとしている。その動機は、「病人役」による無形の利益を得る為。被害者を特定し保護するための取り組みが強化された結果、MSBPの誤診が発生し、当局が子供を家庭から引き離したり、無実の親を刑事告訴したりするケースがある(※2)。特に「代理」という形での認知が問題視されるようになったのは、1970年代から1980年代にかけてアメリカで起きた衝撃的な事件がきっかけの一つと考えられている。2000年以降、代理ミュンヒハウゼン症候群が歴とした精神疾患であると認識され始めるが、それ以前の70年代から90年代はまだ世間にもこの病気が伝わっていない頃に米国で大事件として大きな注目を浴びた事件がある。その著名な加害者としてベヴァリー・アリットとリチャード・アンジェロが挙げられる。前者の女は、自身の立場を悪用し、故意に多数の未成年者を病気にし殺害したイギリスの連続殺人犯。後者の男は、看護師として勤務していた病院で患者に薬物を過剰投与し、蘇生させて「英雄」の風貌と「権力」感覚を得ようとしたアメリカの連続殺人犯。ベヴァリー・アリットは、「死の天使」と呼ばれ、1991年2月から4月の間にリンカンシャーのグランサム・アンド・ケスティブン病院で州登録看護師として働きながら、乳児4人を殺害し、さらに3人を殺害しようとし、さらに6人に重傷を負わせた罪で有罪判決を受けた。リチャード・アンジェロは、1987年10月、当時のグッドサマリタン医療センターで患者を毒殺した容疑で逮捕された。彼はジェロラモ・クチチに筋弛緩剤パンクロニウムを点滴で注射したとして告発された。患者は注射後に気分が悪くなり、後に看護師を呼び出した。警察に提供された容疑者の特徴に合致する唯一の人物であったため、アンジェロは73歳の患者への暴行容疑で逮捕された。犠牲者死亡4人、未遂1件、容疑者の告発では30人以上となる。懲役50年からの終身刑を言い渡され、現在、アンジェロはシンシン刑務所で終身刑に服しており、2049年、87歳で仮釈放の資格を得る予定とされている。これら2つの事件が、代理ミュンヒハウゼン症候群における2大事件の代表だろう。他にも、同年代もしくは2000年代以降にも同じ病気で多くの無実の無関係の人々を手にかけて来た悪魔がいる。代理ミュンヒハウゼン症候群を患う人として、他者に対して行う攻撃と自身の身内や我が子に毒を盛る行為とでは、相手に対する感情には大きな違いがあるとしても、命を奪うという側面では看過できない無慈悲な事件ばかりだ。近年、多くの加害者や被害者が増えているが、特別、代理ミュンヒハウゼン症候群の症状を改善できるのか、世間に対してはまだ未知数だ。なぜなら、ミュンヒハウゼン症候群に対して、いまだに根本的な治し方は確立しておらず明らかに効果的と考えられている治療手段もない現状だ(※3)。また、代理ミュンヒハウゼン症候群に関しても、現在、確立した検査方法がない現状だ。
近年、新しい造語として「毒親」という言葉が生まれた。その意味には、「子どもの人生を支配し、子どもに害悪を及ぼす親」と大まかに言えば、この言葉がしっくり来るが、毒親を分類すれば、5つのタイプ(※)に分ける事が出来る。①過干渉・過保護、②無視・放置、③支配的・管理、④虐待、⑤罪悪感が当てはまる。また、毒親の特徴には11個の項目がある。①精神的に不安定・自立できていない。②自らの親が毒親だった。③相談できる人がいない。④子どもの意見を聞かない。⑤子どもに暴力を振るう。⑥食事を与えない・作らない。⑦子どもを病院に連れて行かない。⑧不衛生な状況を気にしない。⑨子どもに暴言を吐く。⑩子どもに精神的なつながりを求める・強いる。⑪アルコール依存症である。まさに、我が子に対して無駄な治療や手術を繰り返して、悲劇のヒロインを演じる代理ミュンヒハウゼン症候群を患った母親は、残念ながら、毒親以外の何ものでもない。子どもの健康を損ない、子どもの人生を破壊し、子どもの権利を侵害し蹂躙する行為そのものが毒であり、犯罪だ。本人は、愛情故の裏返しと思っているかもしれないが、健康な身体をわざと不健康な状態にさせる行為を肯定しようとする神経に病を感じて止まない。日本で「毒親」という表現が世の中に広まったのは、2018年に起きた「滋賀医科大学生母親殺害事件」(※5)ではないだろうか?教育熱心な母親が、その熱心さに火がつき、過度な勉学を強要する「教育ママ」に変貌する。結果的に、教育虐待という状況に陥ってしまう。この滋賀県で起きた医科大生による母親殺しの過程には、この教育虐待があったと信じて疑わない。結果として、教育への過度な要求に屈した子どもが親を憎むようになり、モンスター化した親への殺意を抱くようになる。教育虐待は近年、よく問題視されており、2023年に起きた「九州大学生両親殺害事件」(※6)でも教育虐待による両親殺害が注目を受けた。似た事件として教育による両親殺害の最初の事件は、1980年に起きた「神奈川金属バット両親殺害事件」(※7)があり、この頃から教育虐待による毒親という片鱗が見えており、昔から似たような境遇の親子はいたが、表面化し出したのはここ最近だ。教育熱心になる親は、日本全国どこにでもいる。子どもの未来を案じて教育に熱心に取り組む事は大切であるが、リミッターから外れたその先に待っているのは狂気そのものであり、毒親の何ものでもない。教育虐待と代理ミュンヒハウゼン症候群には何の関係性も認められないが、そのどちらもが子どもの安全が脅かされる毒親の存在は否定できない。毒親は、本人が気付かない程、自身の考えや思想、信念に毒されている。自分の考えが一番と考え、その思想を我が子に押し付けようとする。今の日本社会には、この毒親となる予備軍が大勢いて、今は毒親試験の列に並ぶ親が潜在的に存在するのであろう。子どもの将来も人生、命でさえも守れるのは他人ではなく、親本人である事を忘れてはいけない。
最後に、テレビ映画『A Child’s Cry For Help(助けを求める子どもの叫び)』は、虐待親から健康な少年を守ろうとする一人の医師の奮闘を描くサスペンスフルな医療ドラマだが、単なる医療サスペンスではない。1990年代当時、米国では代理ミュンヒハウゼン症候群における重大事件がアメリカ社会で起き、世間に衝撃を与えていた。その事象に対して、テレビの映画として、この問題を告発し、注意喚起を行った側面が伺える。より世間の人々に代理ミュンヒハウゼン症候群の恐怖を知ってもらう為に、この作品が制作されたと言っても過言ではない。それでも、作品の終盤において、裁判所で不利な証拠を突き付けられた母親が、涙を流しがら必死に懇願する姿が目に焼き付いている。子どもを危険な目に晒しながらも、そこには一抹の愛情があったのだろう。その愛情は、歪んだ愛へと変貌し、無意識のうちに我が子に牙を向けていたに違いない。医師は、精神疾患を患った親と子を引き離すだけが仕事ではなく、その後の病気を患った母親の医療的ケアやアフターケアが必要とされている。また、医師の女性はプライベートにおいて10代になる我が子との関係性に悩んでいるが、その点において、医師として、母として、そして人として親子の関係について直面している。この物語は、母親として子どもとどう向き合うのか問われている作品だ。今日もどこかで代理ミュンヒハウゼン症候群に悩み苦しむ親がいる。日本では、2010年に実際に代理ミュンヒハウゼン症候群と診断された女性が、我が子の点滴に汚水やスポーツドリンクを混ぜて、死亡させた事件(※8)が取り上げられた。2021年12月に発刊された日小外会誌 第57巻7号「吐血を訴えた作為症/虚偽性障害(いわゆるミュンヒハウゼン症候群)の1例」によれば、代理ミュンヒハウゼン症候群の一般的な有病率0.5~2%で、男女 比は3:7(※)。決して、少ない数ではないが、今もこの病で苦しんでいる日本人がいる。それと同時に、この病気の被害に遭っている子ども達も少なからずいるだろう。今、社会が求められているのは親子共々、両者をどう救うかだ。どのように手を差し伸べればよいか、考える時代に突入しているのだろう。
(※1)ミュンヒハウゼン症候群とは?発達障害やパーソナリティ障害と合併しやすい?https://tokyo-brain.clinic/psychiatric-illness/dd/1411(2025年9月7日)
(※2)Misdiagnosis of Munchausen syndrome by proxy: a literature review and four new caseshttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10471247/(2025年9月7日)
(※3)ミュンヒハウゼン症候群┃精神疾患の理解と対処法 ┃ヒロクリニック【医師監修】ミュンヒハウゼン症候群の特徴、原因、対処法を詳細に解説。ヒロクリニック心療内科が専門的なアドバイスで、症状への考えを固めましょう。https://www.hiro-clinic.or.jp/mental/munchausen-syndrome/(2025年9月8日)
(※4)毒親とは?特徴、子どもへの影響、脱出方法などを解説https://futoko-online.jp/column/10958/(2025年9月8日)
(※5)医学部受験で9年浪人 〝教育虐待〟の果てに… 母殺害の裁判で浮かび上がった親子の実態https://www.47news.jp/5971120.html(2025年9月8日)
(※6)“教育虐待”で「父に恨み」「仕返しを支えに生きていた」元九大生の長男(19)に懲役24年の判決、両親を殺害したとして起訴(求刑は懲役28年)https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/724846?display=1(2025年9月8日)
(※7)海城高校出身の浪人生が起こした「金属バット殺人事件」の悲劇的な結末「教育虐待」とは何か【後編】https://gendai.media/articles/-/91994?imp=0(2025年9月8日)
(※8)代理ミュンヒハウゼン症候群――傷害致死で懲役10年https://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2010/06/01/%E4%BB%A3%E7%90%86%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%83%92%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%BC%E3%83%B3%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4%E2%80%95%E2%80%95%E5%82%B7%E5%AE%B3%E8%87%B4%E6%AD%BB%E3%81%A7%E6%87%B2%E5%BD%B910/#google_vignette(2025年9月8日)
(※9)吐血を訴えた作為症/虚偽性障害(いわゆるミュンヒハウゼン症候群)の 1 例https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsps/57/7/57_1141/_pdf/-char/ja#:~:text=%E4%BD%9C%E7%82%BA%E7%97%87%2F%E8%99%9A%E5%81%BD%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AF%E8%BA%AB%E4%BD%93%E7%97%87%E7%8A%B6%E3%82%92%E6%84%8F%E5%9B%B3,)4)%2D6)%EF%BC%89%EF%BC%8E(2025年9月8日)