映画『殺しの分け前/ポイント・ブランク』その足音が聞こえて来そう

映画『殺しの分け前/ポイント・ブランク』その足音が聞こえて来そう

復讐に憑かれた男の激情と妄執を描く映画『殺しの分け前/ポイント・ブランク』

©2025WBEI

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「ポイント・ブランク」英語のタイトルとしても採用しているこの言葉の意味は、包み隠さず、はっきりと物を言うという意味が込められているが、この意味を本作に置き換えると、「遠慮はしない。お前の裏切り、必ず取り返す。その時は、お前の命と一緒に頂くぞ!」という冷酷な殺し屋達の報復宣言の幕開けのようだ。裏切りは、必ず復讐される。「食べ物の恨みは怖い」なんて言われるが、人が抱える復讐心は一生モノだ。生きて捕まえるまで、その復讐の手は緩めない。どれだけ命乞いされようが、必ず仕留めるのが殺し屋の仕事。今日もどこからとも無く、あの「コツッ、コツッ、コツッ、コツッ」と響く靴音が、お前の耳奥に響く。追求の音色は、お前を解放させない。今日もどこからか、あの靴音が響き渡る。耳にこびり付く程のトラウマ級の迫る足音は、裏切り者を逃さない。強盗が仲間を裏切り奪った大金は、関係者全員の人生を狂わせる。映画『殺しの分け前/ポイント・ブランク』は、仲間に裏切られた男が繰り広げる復讐劇を、先鋭的なヌーベルバーグ的手法とアメリカ西海岸発祥のサイケデリックカルチャーを交えながら描き出したクライム・アクション。殺しの分け前は、奪われた大金を奪い返す事ではなく、裏切り者の命を奪う事だ。

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強盗は、いつの時代にも存在する犯罪者集団の集まりだ。人の物を奪い、暴力を犯し、場合に拠れば、銃を取り出す。仲間の裏切りに対して、殺人も辞さない極悪集団だ。日本で最大規模の強盗事件は、2011年5月12日未明、東京都立川市の警備会社「日月(にちげつ)警備保障」立川営業所で約6億400万円が奪われた強盗傷害事件(※1)と言われている。また、日本の歴代強盗事件と言えば、被害総額3億円以上と言われる1968年に起きた「3億円事件」、1986年に起きた被害総額3億3,300万円の「有楽町三億円事件」、1990年に起きた3億円の被害金が出た「練馬三億円事件」、1994年に起きた「福徳銀行5億円強奪事件」(被害総額5億4,100万円)、2004年に起きた「栃木5億円強奪事件」など、近年数年に一度、コンスタントに強盗事件は起きている。海外でも日本のように歴史的に見た強盗事件は発生しており、記録として残っている古い事件と言えば、1855年に発生した「大金塊強盗事件」が挙げられる。この事件を端緒に歴代の多くの強盗事件が記録されている。1963年には「大列車強盗事件」、1978年には「ルフトハンザ強盗事件」、1983年には「Brink’s-Mat社金塊強盗事件」、1990年には「イザベラ・スチュワート・ガートナー美術館強盗事件」、2003年には「アントワープダイヤモンド・センターの強盗事件」、2003年には「ドラムランリグ城の強盗事件」、2010年には「クレディ・リヨネ銀行の強盗事件」、2013年には「カールトンホテル強盗事件」、そして近年では2015年に起きた「ハットンガーデン強盗事件」(※2)が起きており、世界中で今でも強盗事件は大きい小さい関係なく発生し続けている。この映画の原作は、執筆以前に発生した強盗事件の影響を受けており、本作『殺しの分け前/ポイント・ブランク』は後に発生した強盗事件に大いに影響を与えており、現実世界での強盗は犯罪であり社会悪ではあるが、エンタメの中では強盗犯の悪側から描かれる点、悪側の世界を緊張感ある物語として表現できる娯楽や文化には現実社会とは別の魅力を兼ね備えている。

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この作品の主たる物語は、強盗団の一味が奪った金品を持ち逃げする裏切り行為が、本作のメインの物語となる。強盗団の一党が盗んだ戦利品を奪って逃走する様態は、数は少ないが、実際の社会でも起きている。「組織犯罪の壁の向こう側では、忠誠心こそが通貨であり、裏切りは命取りとなる。犯罪者集団は、尊敬を得ることが生きがいであり、裏切りが致命的な結末に繋がる事もあり、地下社会の姿を垣間見せられる。」とマフィアについて書いた記事「The Mafia: An Inside Look at the World of Organized Crime」(※3)は、示している。それでも、世界では犯罪集団における内部闘争が起きており、たとえば、2015年から現在までの10年の間にアイルランドで起きている世界最大級のギャング間の衝突、ハッチ・キナハン抗争(※4)を知っているだろうか?同じグループ内ではないが、同地区の2つのギャング・グループが長年に渡り抗争を繰り広げている。2015年9月に起きた「ゲイリー・ハッチ殺害事件」を発端に、十数件の殺害事件を起こし、その襲撃のほとんどがダブリンで発生している。他に、アイルランドの各地で数件、スペインでも数件、起きている。ギャング同士や犯罪者集団の抗争、裏切り、暴力は時に美化されがちだが、実際は上述のように、裏切りが致命的な結末を産むと言われている。海外の実際の事件として、今年スコットランドで組織の中にいた裏切り者が、組織のトップを襲撃した事件(※5)が起きている。「暗黒街の情報筋によると、動揺するライオンズ犯罪一家は、親密な側近の中裏切り者がいる。エディー・ライオンズ・ジュニアとロス・モナハンの衝撃的な殺人を企てたと疑っている。」とニュース記事に記載している。また国内では、2024年5月に大垣市の会社員宅を襲った「大垣強盗事件」(※6)では、闇バイトの実行役であった10代の犯罪者達が、指示役からの使い捨てを悟り、現金2200万円が入った鞄を持ち逃げし、後に指示役の犯罪者集団から返り討ちにあう事件が起きている。強盗事件における現金持ち逃げ、集団内での裏切り、闘争は必ず悲惨な結果を招く。だからこそ、マフィアや反社の世界では、組織内の尊敬を大事にしている。本作における海外の作品レビューでは、1967年から2013年に亡くなるまでシカゴ・サンタイムズの映画評論家を務めた。1975年には優れた批評家に対してピューリッツァー賞を受賞したロジャー・エバート氏は、公開当時にこう書き記している。

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エバート氏:「サスペンス・スリラーとしては、『ポイント・ブランク』はなかなか良い出来だ。スパイ、対スパイ、滑稽なスパイ、アンチヒーロー・スパイ、スパイ・スパイのようなスパイといった、近年のスパイが氾濫していたハリウッド・スリラーの流れに逆戻りしている。」(※7)と評しているが、近年の映画産業の流れで言えば、アメコミヒーローと言ったヒーローものの作品の人気に比重が置かれ、ほとんどの知名度と話題がヒーロー映画に傾いている傾向が見受けられる近年の流れにおいて、美化されがちなヒーロー像が蔓延る現代社会の中、本作に登場するリー・マービン演じる主人公のウォーカーが体現するアンチ・ヒーローの存在が今の世に必要だ。

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最後に、映画『殺しの分け前/ポイント・ブランク』は、仲間に裏切られた男が繰り広げる復讐劇を、先鋭的なヌーベルバーグ的手法とアメリカ西海岸発祥のサイケデリックカルチャーを交えながら描き出したクライム・アクションだが、犯罪物語だけに注目するのではなく、その悪の組織を成敗するアンチ・ヒーローの存在が今の社会に必要だ。強盗事件は、今も頻繁に起きている。つい1週間前の7月24日、大阪の路上で時計商の男性2人が催涙スプレーのようなものを顔に吹きつけられ、およそ3000万円相当の高級腕時計が奪われた事件(※8)が起きている。また、今年の4月、大阪の繁華街で発生した強盗事件(※9)では、事件後、侵入した店のカギを修理していた業者の関係者が容疑者として浮上し、逮捕されている。強盗犯や犯罪組織は、私達の身近にいる。それでも、犯した罪は犯罪者を許しはしない。今日も「コツッ、コツッ」と響く足音が、罪人を追い詰める。「お前の罪は、必ず晴らしてやる!」と裏切り者を地獄の果てまで追い回す。耳に響く鋭い足音は、単なる追っ手の靴音ではなく、罪を犯した罪人がいつか自身の過ちを悔い改める日が訪れる迄のカウントダウンだ。今日もどこかで、その足音が聞こえて来そうだ。

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映画『殺しの分け前/ポイント・ブランク』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)図録 主な高額強盗事件https://honkawa2.sakura.ne.jp/2795c.html#:~:text=2011%E5%B9%B45%E6%9C%8812,%E6%9C%80%E9%AB%98%E9%A1%8D%E3%81%A7%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%82(2025年7月27日)

(※2)世界でも有名な歴史的強盗事件https://gold.bullionvault.jp/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9/infographics/biggest-heists-in-history(2025年7月27日)

(※3)The Mafia: An Inside Look at the World of Organized Crimehttps://vocal.media/criminal/the-mafia-an-inside-look-at-the-world-of-organized-crime(2025年7月30日)

(※4)Kinahan: The true story of Ireland’s mafiahttps://www.bbc.com/news/articles/cdxq1729v32o(2025年7月30日)

(※5)LETHAL BETRAYAL Lyons crime clan fear traitor helped set up Ross Monagahan & Eddie Lyons Jr gangland bloodbath murdershttps://www.thescottishsun.co.uk/news/14880912/lyons-crime-clan-fear-traitor-set-up-bloodbath-murders/(2025年7月30日)

(※6)【大垣市会社役員 強盗事件】Z世代に 伝えたい!闇バイトに 待つ恐怖と 裏切りhttps://jigensha.info/2024/05/11/yamibaito/#google_vignette(2025年7月30日)

(※7)Reviews “Point Blank”https://www.rogerebert.com/reviews/point-blank-1967#google_vignette(2025年7月30日)

(※8)約3千万円相当腕時計強盗事件 20代容疑者3人逮捕 大阪https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20250724/2000095491.html(2025年7月31日)

(※9)“金庫まるごと”堂々と台車で盗み逃走!店に出入りしていた内装業の男(27)逮捕 なんと犯行後に鍵の修理も担当 大阪https://www.fnn.jp/articles/-/909175(2025年7月31日)