静かに交わる、それぞれの道。映画『CROSSING 心の交差点』


Easy Riders Films, RMV Film AB, Sveriges Television AB
人々が行き交う場所とは、どこにあるのだろうか?大勢の人々がすれ違うタイミングや瞬間は多くあり、物理的に言えば、スクランブル交差点、横断歩道、大型ターミナル駅、賑わいを見せる商店街、港湾、観光地、空港、公民館、集会場、公園、カフェなど、挙げればキリがない程、私達は気付かぬうちに街中で無意識のうちにすれ違いながら、生きている。接近したと思えば、すぐに遠のいて行く。縁が濃い相手もいれば、薄い相手もいる。私達がこの世に存在する限り、目の前で多くの人が矢のような神速で過ぎ去って行く。どれだけ意識していても、気がついたら人は既に背後の道を何気なしに歩いている。早足で過ぎ去る人もいれば、音も立てずに通り過ぎる人もいる。100人と出会えたとしても、縁があるのはその内の一人いるかいないか。出会いはある日突然訪れて、そのタイミングや瞬時の一瞬で会者定離の時が襲って来る。一期一会の出会いがあるからこそ、今を大切に生きられる。私達は、無意識のうちに一日で何度も出会いと別れを繰り返しては、気付かぬ合縁奇縁を楽しんでいる。袖すり合うも他生の縁は、いつの時代にも私達の巡り会いを演出する。映画『CROSSING 心の交差点』は、東西の文化が溶けあうトルコ・イスタンブールの街を舞台に、言葉も世代も文化的背景も異なる3人の人生が人捜しの旅を通して交差する姿を、温かなまなざしでつづったロードムービーだ。人と人とが出会う場所は、私達自身の心の中なのかもしれない。

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ジョージアとは、ユーラシア大陸の南コーカサスにある共和制国家だ。ヨーロッパとアジアの境に位置し、東ヨーロッパと西アジアのいずれにも区分される場合がある特殊な国家で、首都をトリビシと呼ぶ。北はロシア連邦、南東はアゼルバイジャン、南はアルメニアとトルコと接し、西は黒海に面している。この作品が、トルコを舞台にしながらも、登場人物がジョージア人と言う変わった設定になっているのは、この国の位置や関係性が物語に影響し合っているのだろう。ジョージアと言う国は、ロシア内戦中の1921年にグルジア民主共和国が赤軍に占領され、以後ソビエト連邦を構成するグルジア共和国と成立したが、ソビエト連邦の崩壊に伴い1991年4月に共和国として独立回復を果たした歴史的背景を持つ国として存在している。この作品の背景にあるのは、「ジョージアのトランスジェンダーの少女と彼女を支えた祖父との実話」にあり、この国におけるトランスジェンダー事情は、どうなっているのだろうか?また、別章にて、トルコにおけるトランスジェンダー事情についても記述したいと考える。まずは、ジョージアにおけるトランスジェンダーが現在、どのような立場で存在しているのだろうか?ジョージアにおけるトランスジェンダーおよびLGBTQ+の状況は、はっきり言って悲惨の一途を辿っている。保守的な社会的価値観とロシアの影響を受け、右派の台頭、反リベラル化の動きが高まっている。その結果、非常に厳しく厳重な管理が行われ、危険な出来事がよく起きている。2024年に「家族の価値と未成年者保護」法が成立し、性別適合手術や法的な性別変更が事実上禁止されただけでなく、レインボーフラッグの掲揚の禁止、法律によってLGBTの「宣伝」も厳しく制限(※1)された。トランスジェンダーを含むLGBTQ+権利が極めて厳しく制限されている現状下にある。また、トランスジェンダー女性が殺害されるなど、頻繁に暴力事件も発生し、深刻なヘイトや差別に晒される社会がある。 具体的な法律では、権利制限の強化(2024年法)が施行され、性別適合手術の禁止、公の場でのレインボーフラッグ掲揚禁止、同性婚・養子縁組の禁止が明文化された。社会的風当たりと暴力に陥り、トランスジェンダーに対するヘイトや攻撃が多くなっている。2024年9月には著名なトランスジェンダーモデルが殺害される事件(※2)が発生。また、プライドパレードが極右団体の妨害や暴力により中止に追い込まれる事例が相次ぐ。政治動向では、与党が選挙に向けて保守層の支持を得る目的で、ロシアの反LGBT法を模倣した規制を強め、EU加盟に向けた欧米の価値観との乖離が懸念されている。法的な制限と「反LGBT」政策の強化により、性別移行の禁止が強まる。2024年10月に成立した法律により、性別適合手術および法的な性別変更が完全的に禁止された。また、「LGBT宣伝」の禁止に追い込まれ、ロシアの後追いのような法案が可決された。学校、メディア、公共の場でのLGBTQ+に関する啓発活動や言及が、ますます制限された窮屈な社会になっている。同性婚・養子縁組の禁止が憲法および法レベルで整備され、同性婚や同性カップルによる養子縁組が厳しく禁止された。社会的背景と権利状況では、物理的脅威に晒されている。プライドイベントの妨害は、首都トビリシ・プライドなどで行われる予定だったイベントが、右派団体による攻撃や妨害により、繰り返し中止に追い込まれている現状にある。保守的な価値観も根強く、伝統的なキリスト教の価値観が根付き、LGBTQ+に対する反発が強い環境が今なお続いている。EUとの関係では、ジョージアは加盟を目指しているものの、法案可決以降、EUからは「反リベラル化」としてレッテルを貼られ、加盟プロセスに暗雲が垂れ込めている。上記の内容を察するに、ジョージアにおけるトランスジェンダーは法的且つ社会的に追い詰められた状況にあり、ジョージアのLGBTQ+事情(※3)は旧ソ連圏の中でも特に権利が縮小されている地域の一つであり、安全な生活が脅かされている深刻な状態が21世紀の世でも続いている。ロシア連邦における周辺国の社会的思想は、旧ソビエト連邦時代の価値観が根強く残る地域だと言うのは周知の事実ではあるが、ジョージア以外ではチェチェン共和国も同じ考えを持ち、旧ソビエト連邦化された価値観を受け継ぐ思想を持った社会主義国家がロシア連邦周辺には多数存在するその一方で、ウクライナのように脱ロシアを計り、民主主義国家へと移行しようと模索を続ける国家も存在する事を、私達は知る必要があるだろう。

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その一方で、ジョージアの近隣国のトルコでのトランスジェンダー事情は、どうなっているのだろうか?ここ日本には、両国の情報はほとんど入って来ていない。鎖国的な国に住む日本人にとって、島から外の世界の大陸国の文化や価値観を自然に知るシステムが備わっておらず、興味があったら自らアクセスしない限り、私達日本人の外側の世界を知るきっかけを作る必要がある。現代の日本社会がこの環境下にある今、私達は世界の事を一つも知らずに生きているのだろう。ここで一つトルコにおけるトランスジェンダー事情を知る事により、また一つ視野が広がるのかもしれない。トルコにおけるトランスジェンダー事情(※5)は、2020年代以降、特にエルドアン政権下で保守・民族主義的な「家族の価値」が重視され始めて来た。急激な権利の制限と社会的法的迫害の強化に陥り、かつては比較的寛容な時期もあったが、現在は非常に厳しい環境下にあると言える。2025年時点の情報を含めた状況をまとめると、1. 2025年における法的状況と新たな抑圧が始まり、提案レベルではあるが、性別変更の制限強化が加速的に強まり、1988年以降のトルコでは、性別適合手術を伴う法的な性別変更が認められて来たが、2025年後半の司法改革案(第11次司法パッケージ)では、この条件が厳格化された。性別移行の最低年齢を18歳から25歳に引き上げ、強制的な不妊化(不妊手術)の要件を再導入する事が議論されている。LGBTQ+の犯罪化を恐れて、2025年の法案において「生物学的性別や公的モラルに反する行動(同性間行為やトランスジェンダーの表現)を広める・促進する」事に対し、3年から5年の禁錮刑が提案され、実質的にLGBTQ+の存在や活動を犯罪化する動きが見られる。医療へのアクセス制限においては、保健省によりトランスジェンダーの健康ケアが制限され、若年層のホルモン治療へのアクセスが困難になっている。 2つ目の社会的環境と暴力では、ジョージア同様に暴力とヘイトクライムが盛んに行われ、特にトランスジェンダー女性は暴力や殺害の危険に常に晒されている。活動家が殺害される事件も過去に複数発生し、警察や司法はこれらの犯罪に対して十分な保護や調査を行わないケースが多いと非難されている。また、公共の場からの排除(※6)も酷く、プライドパレードやLGBTQ+に関連する展覧会や文化イベントは、ここ数年、警察によって強制的に禁止・排除される背景がある。これは「家族の価値」を守るという名目で行われ、社会で容認されている。雇用と住居の差別では、職場や住居の確保が非常に厳しく統制され、多くのトランスジェンダーがセックスワークなどの危険な現場で働かざるを得ない状況に追い込まれている。 3つ目の歴史的背景と現在の動向では、1980年代後半から2000年代前半にかけて、かつてあった権利では、中東諸国の中で比較的LGBTQ+に理解がある国と見なされていた時期もあったと言われているが、エルドアン政権発足後の権威主義的な転換以降、特に2010年代半ばから2020年代以降、自身の支持基盤である宗教・保守層を固めるため、LGBTQ+を「外国のイデオロギー」や「有害な運動」(※7)と呼び、家族の敵として位置づける反LGBTQ+政策を推し進めている。4つ目の亡命希望者と支援では、難民の経由地におけるトルコは、イランやアラブ諸国など、LGBTQ+に対する死刑を含む厳しい迫害がある国から逃れて来た人々にとって、ヨーロッパへ向かうための主要な中継地・避難先(亡命希望者)(※8)となっている。それでも二重の苦境があり、トルコ国内のトランスジェンダーだけでなく、難民のLGBTQ+の人々もまた、トルコ国内での安全が脅かされており、非常に脆弱な立場に置かれている。現代トルコにおけるトランスジェンダー事情は、2025年時点において「非常に深刻」な環境下、法的・身体的安全がかつてないほど脅かされている。抗議の声は上げられているものの、政府による検閲と抑圧が強まっているのが現状だ。ジョージアとトルコが置かれている現状は、まったく同じ環境下と言える。この映画では、「ジョージアのトランスジェンダーの少女と彼女を支えた祖父との実話」を基に、トルコ・イスタンブールにて展開される人捜しの旅を通して交差する姿を、温かい眼差しで綴っているが、私達が知らなければいけないのはこの3人の関係性から通して見えてくるジョージアやトルコ、または世界中に存在する人々の現状だ。命の危険に晒されながらも、今を必死に生きる人々が世界中どこにでもいるにも関わらず、私達はその現状に気付こうとも、見ようともしない。両国の対比だけでなく、日本が置かれている今の立場を通して、私達日本人に何が必要か考える時間が必要だろう。映画『CROSSING 心の交差点』を制作したレバン・アキン監督は、あるインタビューにて本作が前作の続編の立ち位置にあり事、また現地におけるLGBTQ事情に精通した団体について、こう話している。

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「ジョージアで『そして私たちは踊った』に対する反応は、分極化した物語で、「ジョージアの若者と、偏見に満ちたソ連の年配世代の対立だ」というものでした。私は、その物語が抑圧者に都合が良いだけだと感じました。非常に分断的な物語で、私は苛立ちました。「そんなの馬鹿げている。そんなに白黒はっきりした話じゃないんだから、いい加減にしてくれ」と思いました。それが、たまたまLGBTQI+の人と血縁関係にある年配者の視点から映画を作りたいと思った大きな理由です。これは、映画をトランスジェンダーにすると決める前のことでした。まずトルコのいくつかのNGO(Pink Life、Red Umbrellaなど)に連絡を取り、彼らと面会して状況について尋ねました。大まかな概要を把握するためです。その後、現地で具体的な方々と出会い、リサーチの過程で大変助けていただきました。また、地域住民を映画制作チームに迎え入れることも、映画制作に非常に役立ちました。」(※10)と話す。現地のLGBTQの現在の現状がどうなっているのか、誰も想像できないだろう。ただ、一つ言える事があるとしたら、ジョージアもトルコも現在、同じ社会下に置かれ、人々は非常に生きにくい世の中を生きていると言う事。この映画の物語で描かれていない部分で言えば、現実社会で分断に合い、弾圧されている両国の国民達の苦痛だ。私達は、映画を通して、少しでも彼らの痛みをスクリーンから理解する事だろう。トルコにおけるLGBTQを有する若者達の現状は2026年現在、2025年年末に起きた法的処置により悲惨な末路を辿っている。「2025年12月11日、イズミル第3民事第一裁判所は、2019年、2020年、2022年に協会が共有した5つのソーシャルメディア投稿を理由に、若手LGBTI+協会の解散を命じた。これらのソーシャルメディア投稿は、2019年と2022年のレズビアン・ビジビリティ・デー、および2020年の第4回LGBTI+ユース・フェスティバルの際に協会が共有したイラストであった。裁判所は、「わいせつ」な画像を含む投稿が多数の人に閲覧され、幅広い視聴者に届いたため、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスヴェスタイト、またはトランスセクシュアリティを奨励・促進する可能性があり、協会は社会の道徳的価値観やトルコ共和国憲法第41条(家族の保護および子どもの権利)に反すると判断した。若手LGBTI+協会はこの決定に対して控訴する予定である。」(※11)と報道されているが、トルコやジョージアの若者達の未来が、心配でならない。彼らは、これからの時代、あらゆる国家権力と戦って行かなければならないだろう。

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最後に、映画『CROSSING 心の交差点』は、東西の文化が溶けあうトルコ・イスタンブールの街を舞台に、言葉も世代も文化的背景も異なる3人の人生が人捜しの旅を通して交差する姿を、温かなまなざしでつづったロードムービーだが、単なるロードムービーとして終わらしてはいけない。この映画が表現する現代社会の歪は、現代の日本社会には届かない。現地の若者達の苦しみも、国家が画策する未来予想図も、国民達の小さな心の叫びも、世界のどこにも届いてない。けれど、映画という存在がその届かない暗闇にスポットライトを当てているのかもしれない。冒頭部分で、私は「人と人とが出会う場所は、私達自身の心の中」と記したが、それだけではない。そんな単純な事ではなく、私達が出会う場所が私達自身の心の中と同時に、この2カ国のジョージアとトルコの社会情勢がより良い方向に向かった時、現地の若者達の現状が回復された瞬間、そして何より世界が一国の国民の慟哭に耳や心を傾けたその一瞬に、心の交差点が結ばれるのであろう。その時が来る瞬間はまだまだ先なのかもしれないが、少しでも早くその瞬間を目の当たりにできるように、今私達ができる事を模索しなければならないだろう。もしかしたら、世界のそんな未来が「CROSSING」なのかもしれない。

映画『CROSSING 心の交差点』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)ジョージアで反LGBT法が成立、ロシアに追随し同性婚など禁止…EU加盟遠のくhttps://www.yomiuri.co.jp/world/20241004-OYT1T50042/#google_vignette(2026年2月5日)
(※2)ジョージア議会が性的少数者の権利を抑圧する内容の法案を採択https://www.mk.co.kr/jp/world/11121340(2026年2月5日)
(※3)ジョージアのLGBT事情:法的進展と社会的課題https://lgbter.jp/noise/0291/(2026年2月5日)
(※4)歴史に根差すプーチンの侵略戦争 ロシア革命は終わったのかhttps://www.sankei.com/article/20260128-4PGWPWRVLRMT7J6G45Z3ZMXENM/(2026年2月5日)
(※5)Turkey proposes sweeping anti-LGBTQ+ reforms in controversial judicial overhaulhttps://www.scenemag.co.uk/turkey-proposes-sweeping-anti-lgbtq-reforms-in-controversial-judicial-overhaul/#:~:text=The%20legal%20age%20for%20gender,Parliament%20in%20the%20coming%20weeks.(2026年2月5日)
(※6)Türkiye: Draft Law Threatens LGBT People with Prisonhttps://www.hrw.org/news/2025/10/29/turkiye-draft-law-threatens-lgbt-people-with-prison#:~:text=Government%20Should%20Drop%20Proposals%20Immediately,care%20outside%20these%20new%20limits.(2026年2月5日)
(※7)トルコ:LGBTIを犯罪化する法案 重大な脅威https://www.amnesty.or.jp/news/2025/1023_10767.html(2026年2月5日)
(※8)Amnesty calls for release of dozens detained at İstanbul Pride Marchhttps://www.turkishminute.com/2025/06/23/amnesty-calls-for-release-of-dozens-detained-at-istanbul-pride-march/#:~:text=There%20have%20also%20been%20instances,over%20arrest%20of%20%C4%B0mamo%C4%9Flu’s%20attorney(2026年2月5日)
(※9)Trans rights and freedoms under threat in Türkiyehttps://tgeu.org/trans-rights-and-freedoms-under-threat-in-turkiye/#:~:text=UPDATE%2015%20July%202025:%20In,in%20Turkey%20is%2018%20years(2026年2月5日)
(※10)Levan Akin on Bringing Down Borders with “Crossing”https://moveablefest.com/levan-akin-crossing-interview/(2026年2月5日)
(※11)Turkey: Arbitrary dissolution of the Young LGBTI+ Associationhttps://www.fidh.org/en/issues/human-rights-defenders/turkey-arbitrary-dissolution-of-the-young-lgbti-association(2026年2月5日)