ドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』


同性愛ことセクシュアル・マイノリティの概念は、古くからある。日本では、男色、衆道、若衆道、陰間など。海外では、Homosexual、Gay、Homophileなどと呼ばれていた。逆に、海外の差別的な意味合いの言葉では、Faggot、Queer、Twink、Sodomireなど。日本では、ホモ、オカマ、レズなどという言葉たちが、昔だけでなく、現代の世の中でも平気と行き交っている。同性愛の歴史は、古代から現代まで、世界中で様々な形で存在している。古代ギリシャやローマでは、男性間の関係が制度化されていた。文化的に受容されていた時代でもあった。一方、キリスト教の影響下では、同性愛は罪とされ、処罰の対象であった。近代以降、同性愛は科学的な研究対象となり、同性愛者の権利を求める民主的運動も始まっている。現代では、LGBTQ+という言葉で包括的に語られる場面も増えつつあり、多様な性のあり方に関して、社会的に認められる動きが広がっている(※1)。その一方で、差別的考え方は根強く残っており、同性愛における差別の歴史は、近年から始まっている。近代以降、特に西洋社会において、同性愛は犯罪視され、精神疾患として強制入院させられる若者も少なからずいる。近年の同性愛者達は、強い差別を受けて来た歴史と過去を持っている。それでも、20世紀後半から、LGBTQ+の人々が自身の同性愛者としての権利を求める運動が活発となり、同性愛に対する理解や権利に対して声を上げる者も生まれている(※2)。ローマ帝国は、紀元前753年に建国され、現在の2025年から数えて約2778年前と言われている。同性愛の概念は、3000年近く前からあると考えれば、本作『セルロイド・クローゼット』が取り上げているハリウッド映画100年史における同性愛についての論考は、2000年以上前からある同性愛の歴史を考えれば、100年の歴史は非常に浅いと言えるが、この100年の長い歴史はアメリカ映画史において非常に重要な100年と言っても過言ではない。ドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』は、ハリウッド映画における同性愛の表現の軌跡を辿った、1995年製作のドキュメンタリーだ。映画草創期から1994年までの120本の作品を紐解きながら、「もうひとつのアメリカ映画史」を白日の元に晒す。映画における同性愛の概念は、何だろうか?その答えがきっと、作品の中に眠っている。

先にも同性愛の歴史に関する記述を書き連ねたが、改めて、セクシャル・マイノリティが持つ長い長い歴史について、少し説明したい。古代における同性愛は、古代ギリシャから始まっている。上述のように、男性間の関係が制度化され、文化的に受容されていた時代。特に少年愛は、集団の結束を強める目的トシて、成人男性と少年との間で結ばれる事があった。紀元前における同性愛は比較的寛容な時代で、男性間の関係も珍しくなかった。所変わって、古代中国ではレズビアンに関する詩や物語の記録が残されている。また平安時代の日本では、レズビアンが社会的に受け入れられていたとされていると、人類学者ライザ・ダルビーが研究で発表している。中世におけるヨーロッパでは、先述のように同性愛はキリスト教の影響で罪と、処罰の対象だった。アラビアでは、ハーレムを構成する女性たちの間で同性愛関係が記録されているが、弾圧対象でもあった。近世における日本では、男色(男性間の性的関係)は、武士社会を中心に一部で公然と行われていた。江戸時代には、歌舞伎や浮世絵にも男色の描写があり、江戸時代前後の日本は同性愛に関して非常に寛容であった時代だ。同時代のヨーロッパでは、同性愛行為が犯罪とされ、禁止の動きが広がった。近代(特に、19世紀前後)では、同性愛に関する科学的研究がされ始め、同性愛者を「病人」とみなす考え方も出始めた時代。また、同性愛者の権利を求める運動が、20世紀中期以降、始まった。近代における20世紀は、世界各地で同性愛に対する非犯罪化が進み、LGBTQ+の権利を求める運動が活発化した。1969年にアメリカで起きたストーンウォール事件は、LGBTQ+の権利運動の転換点となっている。そして、現代となる20世紀後半~21世紀では、同性婚やパートナーシップ制度が導入される国や街が増え、LGBTQ+の権利が社会的に認められる動きが広がりつつある。その一方で、差別や偏見は依然として存在し、課題もまだまだ残っているのが現状だ。現代における日本では、2003年、宮崎県都城市が同性愛者の人権を明記した条例を施行。紀元前から確認されている同性愛の歴史は現在、長い歴史の中、多様な性のあり方が社会的にどのように受け入れられて来たのか、また、差別や偏見とどのように闘ってきたかの歴史を知る一つのきっかけとなる。でもなぜ、同性愛が容認されていた時代と否定されて来た時代に大きな隔たりがあるのだろうか?一つの仮説として、第二次世界大戦前後におけるドイツのナチス党率いるヒトラーの政策であった同性愛者に対する強制収容所送りとなる迫害や刑法334条(※3)に由来する所が大きいと考えても良いだろう。時代の変革や価値観と共に、同性愛が悪であると認識する学者や法律が現れ、それに伴い国際連盟やWHOが同性愛が精神疾患であると位置付けた戦後の世相的価値観が同性愛嫌悪や差別に拍車をかけたと考えても良いだろう。

近年におけるアメリカの同性愛事情は、どうだろうか?20世紀から21世紀にかけて、どのようにセクシャル・マイノリティに対する時代の変動や価値観の許容性が変わって行ったのか、一つずつ紐解いて行きたい。先述の世界的な反同性愛に対する動きは、同様にアメリカでも見られている。20世紀初頭のアメリカにおける同性愛は、社会的にタブー視され、医学・心理学の分野では「異常」とみなされる傾向にあった。しかし、その一方で、一部では同性愛を題材にした文学作品も現れ、戦後は同性愛をテーマにした作品が大きく増加した(※4)。映画や映像の世界でも、それは一つ言える事であり、その結果120本以上の同性愛をテーマにした作品(もしくは、物語の中で友情や愛情に近い形で描いたものも含む)が、多く作られて来た。その時代の表現を一つにまとめたのが本作ではあるが、映画という媒体が生まれる前から同性愛の存在が認識されているのであれば、映像が捉えた同性愛の描写は必然的であると言っても良いだろう。映画のために同性愛が誕生した訳でなく、反同性愛運動における時代の動きに対して、映画という存在が一つの世間に訴えるツールであったのだろう。社会的なタブー、医学・心理学の見解、そして文学作品の登場によって、20世紀における同性愛に対するものの見方は混乱を極めたと考えても良いだろう。やはり、第二次世界大戦前後における見解を通して、アメリカ国内における戦後の変化が、大きく左右したと位置づける事ができる。戦後、アメリカ国内で性に対する研究が進み、同性愛を題材とする文学作品が大幅に増加した。また、戦後の軍隊や福祉制度、移民政策などにおいて、同性愛を国家統制の判断基準とする傾向(※5)が見られるようになったと言える。21世紀の現在のアメリカにおける同性愛を巡る状況は、大きく分けて、同性婚の合法化に向けた動きと、同性愛者に対する差別や偏見が残り、二極化している。同性婚の合法化に向けた動きでは、2004年5月17日、マサチューセッツ州がアメリカで初めて同性婚を合法化(※6)。同州の最高裁判所が、同性婚を認める判決を下したことを受けての措置。この判決以降、同性婚を認める州が徐々に増えて生き、2022年の現在には、バイデン前大統領が「結婚尊重法案」に署名し、全米中で同性婚が合法化された。それでもまだ、差別や偏見の残存があり、同性愛者に対する差別や偏見は、21世紀現在においても依然として存在しているのは事実だ。特に、同性愛者の雇用や住居、サービスへのアクセスなど、社会生活の様々な場面で、差別的な扱いを受けることがある。また、同性愛者の権利を巡る政治的な議論も活発化され、社会的分断を生む事もしばしばある。21世紀初頭や現代のアメリカにおける同性愛を巡る状況は、同性婚の合法化という大きな進展がある一方、差別や偏見が残存している複雑な社会構造だ。現在、同性愛者達の権利が大きく前進したと同時に、社会的課題がまだ残されているのが、今の21世紀だ。ドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』を制作したロブ・エプスタイン氏とジェフリー・フリードマン氏の両監督(彼らは、本作以外に“Word Is Out: Stories of Some of Our Lives”(1977)、“The Times of Harvey Milk”(1984)、“The AIDS Show”(1986)、“Common Threads: Stories from the Quilt”(1989)、“Where Are We? Our Trip Through America”(1992)、“Paragraph 175”(2000)、“Howl”(2010)、“Amanda Seyfried in Lovelace”(2013)などを制作)は、あるインタビューにて本作の次作『刑法175』と被る1930年代頃のアメリカにおけ同性愛事情について、こう話す。

両監督:「私達が考えた唯一の明確な類似点は、1930年代初頭が特にめちゃくちゃな時代だったということです。1934年はアメリカ合衆国で制作コードが施行された年で、ゲイのイメージが地下に潜り込み、高度に暗号化された年でした。一方、その前年にはヨーロッパでファシズム、特にナチスが台頭し、ゲイの人々やゲイ文化も地下に追いやられました。『刑法175』の制作を通して私が理解したのは、 『セルロイド・クローゼット』で見られるように、制作コード以前のアメリカ合衆国には、ステレオタイプではあるものの、ある種の温厚な形でクィアのイメージが溢れていたということです。同様に、1920年代のワイマール共和国のドイツでも、非常に活気のあるゲイ/レズビアン文化がありましたが、ナチスによって地下に追いやられました。その後、それははるかに悲惨な状況へと変わり、主にゲイ男性にとって、ドイツのソドミー法であるパラグラフ175で逮捕されました。戦後、これらの男性の多くは強い羞恥心を抱えながら生き、自らの体験を語らず、カミングアウトしませんでした。刑法175に登場する歴史家、クラウス・ミュラーは、ロブと私にこの話題を持ちかけてくれましたが、アムステルダムで初めて彼に会う前から、これらの男性たちについて長年研究を続けていました。彼は、ドイツのゲイの高齢世代を研究してきただけでなく、自身もドイツ人であることから、自身の過去についても研究していたと話してくれました。ナチスの迫害を生き延びたクィアの生存者たちを見つけ、彼らが初めて映画の中で率直に語ってくれるだろうと思ったと話してくれました。彼らはクラウス以外には、自分の体験についてほとんど誰にも話したことがありませんでした。そのうちの一人、ハインツ・Fは、私たちが撮影するまで、誰にも話したことがありませんでした。だからこそ、インタビューは非常に力強いものになったのです。彼らは50年間、語りたかったのに、ずっと抑圧してきたことなのです。」(※7)と話す。彼らの話を鑑みると、いかに戦前から終戦以降の1930年代から1960年代辺りの30年間は、性的マイノリティの人々にとって、暗黒の時代であったか頷ける。それがやっと今、声を上げて、権力を求めて、自身の存在価値を高めようと国や権力、レイシスト達に「ノー」を突き付けれる時代になりつつあると、そんな社会がすぐ目の前まで訪れているのだろうと期待と希望を抱かずに居られないが、それでも世界は変わろうとしないのも現実だ。

最後に、ドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』は、ハリウッド映画における同性愛の表現の軌跡を辿った、1995年製作のドキュメンタリーだ。映画草創期から1994年までの120本の作品を紐解きながら、「もうひとつのアメリカ映画史」を白日の元に晒しているが、それでも、性的マイノリティの者達にとっては、彼ら自身を認知するには、まだ声と関心が足りていない時代だ。時代も人の価値観も、すぐには変わらない。一つ一つの小さな一歩が、明日の未来を作って行く。タイトル「セルロイド・クローゼット」(映画業界では、セルロイド・フィルムやセルロイド・ピクチャー(セル画)を派生させてのタイトルなっているが、もう少し違う視点から掘り下げてみると)とは、英語圏であっても、聞かれない言葉だ。これは、この映画の為に作られた造語と考えても良いだろう。セルロイド(celluloid)には、「可塑性(Plasticity)」という意味の言葉がある。これには、この可塑性には柔軟性、弾力性、変形性、しなやかさ、軟らかさと言った意味があり、プラスチックと言った物質に対して使われている。この言葉の意味に似た言葉を当てはめれば、「多様性(Diversity)」がはめる事ができる。ここには、自由に物の形を変えていく可塑性と社会が様々な価値観を受け入れようとする多様性には、似て非なるものがある。そこに「クローゼット(closet)」が付いている訳だが、これは単なる収納できる「クローゼット」であるが、別の言い方の意味があるとすれば、それには「閉じ込める」「閉じ込め」という言葉が存在し、この2つの言葉を合わせた意味を考えると、「多様性を閉じ込める」となり、クローゼットと言った人の目には触れない場所にマイノリティの人々を隠そうとする行動を言葉で表現している。日本で言うのであれば、「臭いものには蓋をしろ」的な言葉の意味合いに近いものがあり、性的少数者を表舞台に立たせない価値観を表現しているようであり、この映画はその表現を真っ向から否定するかのように、アメリカ映画史100年における同性愛の描かれ方を映像とインタビューで表現している。2022年には、バイデン前大統領が「結婚尊重法案」に署名し、全米中で同性婚が合法化されたと記述したが、現アメリカ政権のトランプ大統領の内政は、それを真っ向から否定する政策を打ち出している。トランプの内政には、不法移民対策、多様性方針撤回、トランスジェンダー、政府職員の大幅削減(※8)と言った政策が発表されているが、これはバイデン前大統領の考えだけでなく、アメリカの性的マイノリティ達が過去に辿った足跡をすべて否定するやり方であり、今アメリカ政権に強い危機感を抱かざるを得ない。トランスジェンダー問題に関して、「トランプ大統領は「性別は男性と女性の2つだけであることを、アメリカ政府の公式方針とする」とする大統領令に署名した」とあり、性的マイノリティの存在を否定した言動をしている。また日本では、日本の岸田元首相が行った発言(※9)が、批判と物議を醸した。今まさに、世界は「セルロイド・クローゼット」の価値観に移行しようとしている。どれだけ自由と権利を声を大にして叫ぼうと、クローゼットの中からは聞こえない。戸棚の扉の鍵を開けるには、国か性的マイノリティか。私達は、新しい価値観を持ってして、クローゼットの扉の鍵をぶち壊さないといけない。

ドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)改めて考えるLGBTQ+。女性同士の親密な関係からみる歴史とその背景https://newsmedia.otemon.ac.jp/2910/#:~:text=%E3%81%8C%E3%81%86%E3%81%8B%E3%81%8C%E3%81%88%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82-,%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%A7%E3%81%AF%E5%90%8C%E6%80%A7%E5%90%8C%E5%A3%AB%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%AF%E5%87%A6%E7%BD%B0,%E3%81%AB%E3%82%82%E7%B9%8B%E3%81%8C%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82(2025年7月17日)
(※2)【日本・アメリカ】LGBTQ+の歴史を変えた事件 まとめ6選【社会運動の背景】https://jobrainbow.jp/magazine/changehistory(2025年7月17日)
(※3)フランスLGBT・知られざる抑圧の歴史同性愛者はどのように権利を勝ち取ったか(上)https://toyokeizai.net/articles/-/13082?page=2(2025年7月19日)
(※4)「差別してしまう側の人」を踏みとどまらせるために――いつから同性愛は異常視されるようになったのか?https://synodos.jp/opinion/info/18843/(2025年7月19日)
(※5)ゲイ文学から多様性の歴史を考えるhttps://yumenavi.info/vue/lecture.html?gnkcd=g013828#:~:text=%E6%88%A6%E5%BE%8C%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E3%82%B2%E3%82%A4%E6%96%87%E5%AD%A6,%E5%85%8B%E6%98%8E%E3%81%AB%E6%8F%8F%E3%81%8D%E5%87%BA%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2025年7月19日)
(※6)「同性婚の合法化」がアメリカで急拡大していることがわかる地図(インフォグラフィック)https://www.huffingtonpost.jp/2014/11/04/marriage-equality-us_n_6104086.html(2025年7月19日)
(※7)Exclusive Interview: Jeffrey Friedman on his Oscar-winning decades-long filmmaking partnership with Rob Epsteinhttps://thequeerreview.com/2021/06/23/exclusive-interview-jeffrey-friedman-on-his-oscar-winning-filmmaking-with-rob-epstein-criterion-channel-pride-and-protest/(2025年7月19日)
(※8)トランプ政権の主な政策https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/us-election/presidential-election/2024/new-administration/policy.html(2025年7月19日)
(※9)岸田首相、同性婚を認めないのは「国による不当な差別でない」と発言し批判されるhttps://www.bbc.com/japanese/64832352(2025年7月19日)