力強く生きる意味を、もう一度再発見させられる映画『彼女のいない部屋』
「お客様へお願い。この映画のストーリーには”ある秘密”があります。これから映画をご覧になるお客様は、その秘密をまだご覧になっていない方たちに決してお話にならないようにお願いします」という文言を初めて言ったのは、1999年に日本公開された映画『シックス・センス』に出演した俳優ブルース・ウィリスが、最初だ。
この作品以降、作品内の隠された“秘密”に対する、抗体が頻繁に生まれた。
本作『彼女のいない部屋』もまた、監督のマチュー・アマルリックが、フランス公開前に「彼女に実際に何が起きたのか、この映画を見る前の方々には明かさないでください」と明言している。
宣伝文句でさえも、「家出をした女性の物語、のようだ」とあまり釈然としない言葉が並ぶ。
物語は、クラリスとマルク夫妻、そして二人の子供、ルーシーとポールの姉弟の幸せな4人家族。
一見、母親が失踪したのか、現実に存在しているのか、混同しそうな時間軸が往来するストーリーだ。
家族の軸となる妻クラリスの視点から、話が進む。
果たして、邦題通り彼女はいないのか、いるのか?家出をしたのか、してないのか?
この答えは、本編のラストのラストでモヤモヤとした視界が、晴れる仕組みとなる。。
ところで、作品は少し陰気な雰囲気が漂い、閉塞的なムードが物語全体を覆う。
まるで、登場人物たちの心情を映像で表現しているようで、虚脱感や悲壮感を示唆している。
この感情に追い打ちを掛けるように、作中の音楽がインフェクティブに観客の心に語りかける。
世界的に有名な音楽家ベートーヴェン、ドビュッシー、ロッシーニ、ラフマニノフ、モーツァルト、ショパン、ラヴェル達が奏演するクラシックが、劇中曲として使用されている。
これらの楽曲が持つ深い意味にも、酸素マスクが必要なほど、奥深く探究したい。
本作は、湿っぽいオーラが浮游しつつも、作品の中枢にあるのは、家庭内に入り込む不協和音だ。
夫婦の不仲、家族のケンカ、離婚、妻の家出、母親がいないという子供達の虚しさが、作品の要の部分だ。
こうした家族同士の関係性のボタンの掛け違いは、他人からはとても見えにくい。
ただ、親や子に対して、それぞれが抱く猜疑心は拭えないものだ。
昨今、日本でも(※1)夫婦の離婚率や(※2)妻の家出率、(※3)夫婦喧嘩の割合など、家庭内で起きる様々な問題は、どこの国でも同じだ。
近い存在だからこそ、つい甘えられる相手だからこそ、時に心と心が通わなくなってしまう。
夫婦とは身近な伴侶のはずであるが、なぜこうも近親者同士で摩擦を奏でてしまうのか?
ほんの些細なすれ違いや価値観が、家族の中の精神を揺らがせる。
そんな「家族」の関係性を描いた本作『彼女のいない部屋』を監督したのは、フランスが誇る俳優マチュー・アマルリックだ。
映画『潜水服は蝶の夢を見る』で演技力が評価された彼は、ハリウッド大作『007 慰めの報酬』で悪役として出演している。
1985年から数多くの監督作を世に送り出しているフランスを代表する名ディレクターだ。
少し余談だが、彼は助監督として、ルイ・マル作品『さよなら子供たち』など、数多くのフランス映画にスタッフとして現場に参加している。
またマチュー・アマルリック監督は、あるインタビューで作品の時間軸について、彼はこう話している。
「ビデオゲームの場面は、非常に特殊です。ある時点で、プレイヤーがコントローラーを離し、画面上のキャラクターが行き先が分からなくなってしまう時があります。基本的に、コントローラーを持っているのはクラリスです。」
監督ははっきりと、言及していないが、作品が描く家族の幸不幸は誰の手中にあるのか、物語の深淵部に何かが隠されている。
ちなみに、本作に出演する息子ポール役の子役サシャ・アーディリー(Sacha Ardilly)の演技力が、光る
。失踪した母親の香水を捨てる父親の姿を見て、大泣きする場面に、注目したい。
最後に本作は、映画『スライディング・ドア』を思い起こさせる二重螺旋のストーリーが、展開されるのが魅力の部分。
原題“Serre moi fort”に込められた「抱きしめて」の真の意味とは?
邦題『彼女のいない部屋』の第三者視点は、誰のものか。
特徴として、この作品にはブックエンド方式が採用されている。
物語の冒頭と終幕で挿入れる写真には、作品の肝となる「カギ」が隠されている。
その「カギ」を鍵穴に指して、記憶の扉を開ける時、冒頭で監督が隠す「秘密」のヴェールが剥がれ落ちる。
その目撃者になるのは、観客一人一人だ。
映画『彼女のいない部屋』は現在、関西では9月2日より大阪府のシネ・リーブル梅田、京都府の京都シネマ、兵庫県のシネ・リーブル神戸ほか、全国の劇場にて公開中。
(※1)日本の夫婦の離婚率は35%!実態と原因・離婚回避のためにできることhttps://ricon-pro.com/columns/81/(2022年9月19日)
(※2)妻は家出をしたがっている率は70%弱!その理由と対策とはhttps://cheatinv.com/1985.html(2022年9月19日)
(※3)結婚すると7割が夫婦喧嘩を経験! 離婚を考えた? 仲直りのきっかけは?|働く女性に大調査https://oggi.jp/193011(2022年9月19日)
(※4)SERRE MOI FORTMathieu Amalricréalisateur, scénariste et acteurhttps://www.abusdecine.com/entretien/serre-moi-fort/(2022年9月20日)