時間は進み続ける汽車のようなもの映画『道行き』


博報堂DYメディアパートナーズ、一般社団法人PFF
近頃、日本中が地方移住化計画(※1)という、若者を中心とした静かなる熱狂に包まれた。その発端は、2021年頃。世界を覆った変化やテレワークの普及、生活コスト、そして子育て環境への意識変化。これらを背景に、多くの人々が都心を離れ、地方という新天地に想いを馳せた。その高揚感は、かつて行われた海外への移住化計画(※2)で、誰もが未だ見ぬ未来に希望を抱いたあの時代と重なる。時代を越えて「移住」という名のビッグイベントに、多くの人々が胸を躍らせたのだろう。人にとっての移住(※3)とは、何か?それは、単なる物理的な引越しとは一線を画す。永住や長期滞在を見据え、豊かな自然や異文化の中に身を置く事。働き方も価値観も、すべてを根底から見直す「人生の再設計」そのものだ。都市の喧騒から解放され、手に入れるのは豊かで自由な時間と、心安らぐ生活コスト。それは、自分らしい暮らしを実現するための、極めて魅力的な選択肢の拡大。満員電車や長時間労働との決別。代わりに手にするのは、自然に囲まれた心身の健康と、ゆとりあるスローライフへの転換である。農業、起業、創作活動、あるいは理想の子育て。長年温めた夢を叶える手段として、「自分らしい生き方」がそこには待っている。家賃を抑えつつ、広々とした邸宅に住まう。生活費を下げながら、生活の質は向上させる。そんな住環境の劇的な改善も夢ではない。新たな文化やコミュニティとの出会いが、人間関係を築き、視野を広げ、多様な価値観を受け入れる土壌に。様々な目的の元、人生の再設計として移住を選ぶ人々が増えたのは必然だ。今やリモートワークやインターネットの恩恵により、場所の制約は消え去り、情報は容易に手に入る。柔軟に住処を選べる現代において、都心に固執する意味すら薄れつつある。映画『道行き』は、奈良県御所市を舞台にモノクローム映像で撮りあげた青年と老人の交流を描いたドラマ作品。「道行き」とは、歌舞伎や浄瑠璃において、物語の途上、とりわけ恋人同士が連れ立って旅をする(それが、心中であれ、駆け落ちであれ)。その情景や様子を指す言葉。また、文学や舞台においては、旅の風情を描写する文章や謡曲の形式として、古くから日本人の心に根付く文学的な意味合いを持った言葉でもある。近年、日常会話の中でこの響きを聞く事は少なくなったが、この言葉を通せば、日本古来の風景が瞼の裏に色鮮やかに浮かんで来るよう。そこには、日本家屋の静謐な佇まいや、在りし日の歌舞伎の美しさがあり、ひいては人生の行く道をも想起させる。これぞ、日本の古き良き良心を映し出した、美しい日本本来の言葉の姿であり、この作品の中にもその魂が宿っているのかもしれない。

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人はなぜ、時に抗いがたくなるほどに強く、地方都市での暮らしに憧れを抱くのか?都心には、情報の最先端と、磨き抜かれた利便性という抗えない磁力があるという。一方で地方には、静謐な時間と、五感を震わせる生命の息吹という、魂を癒やす深い魅力が宿っている。さらには、その中間に位置する衛星都市には、都市の機能と安らぎが共存する独自の価値が眠る。街の数だけ正解があり、そこに暮らす人の価値観の数だけ、暮らしの快適さは存在するのです。確かに、地方での暮らしは、便利さに慣れた目には時に不自由を強いる存在に映るかもしれない。しかし、そこには都会の喧騒では決して得られない、想像を遥かに凌駕する圧倒的な「存在感」がある。近年、地方での暮らしの魅力(※4)として、自然豊かな環境でのびのびとした暮らしを送り、住居費を中心とした生活コストを抑えながら、満員電車という日常の束縛から解放される「豊かなワークライフバランス」を求める声が急増している。一方で、私達は現実からも目を背けてはいけない。求人数の減少や年収の低下、車なしには成立しない移動体系、そして地域特有の濃密なコミュニティへの適応。これらは、理想を現実のものとする為に越えるべき、不可避な壁と言える。しかし、その壁の向こう側には、「安心」という確かな果実が待っている。地方移住の主なメリットには、まず経済的な重圧からの解放。都会では叶わぬ広々とした住空間を、抑えられたコストで手に入れられる贅沢。そして何より、海や山が日常の風景に溶け込み、人混みによる慢性的なストレスから解き放たれる日々。テレワークの普及はUIJターンを加速させ、仕事と生活の調和をかつてないほど高い次元で実現させる。新鮮な食材が食卓を彩り、地域全体で見守るような環境が、子育て世代にこの上ない安心感を与える。一方、地方移住のデメリット(※5)や注意点を深く理解する事も、豊かな生活を築く為には欠かせない。限られた求人の中での仕事の選択、収入低下の可能性、そして「車」という新たなライフラインの確保。病院や商業施設への距離といった生活利便性の変化、さらには地域の独自ルールや人間関係といった、都会の希薄さとは正反対の「密度」に、自らを馴染ませる覚悟が求められる。移住を成功という名の「幸福」へと繋げる為には、いくつかの約束事がある。まずは、憧れを現実に着地させる為の緻密な下調べ。現地を訪れ、その土地の呼吸を感じる事。新しい生活の糧となる仕事を、事前に確実に確保する事。そして、自治体の移住支援金(最大100万円など)や相談窓口の制度を賢明に活用し、経済的な土台を整える事。何より大切なのは、地域住民との対話を慈しみ、周囲に寄り添う謙虚な姿勢を持ち、その土地の一員となって行くプロセスそのもの。マッチングサイトや支援制度を羅針盤として、計画的に、かつ大胆に。移住とは、単なる物理的な移動ではない。それは、自らの人生をより豊かにより鮮やかに、より輝かしく塗り替えて行く為の、崇高な挑戦。前向きな未来を夢見て、期待に胸を高鳴らせる移住者達の行く末が、希望に満ち溢れたものであることを願って止まない。新天地への第一歩は、あなたがあなたらしく生きる為の、真の夜明けとなるはずだ。

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縁側から始まる未来への対話が、世代を超えた「いのちの循環」へと繋がる。移住という決断を「永住」へと昇華させる為に、最も大切な事。それは、洗練されたインフラでも便利な施設でもなく、隣人と交わす「心の対話」だ。雑談という名の、若者と高齢者の間にある縁を結ぶ儀式が、性別や歩んできた時代を越え、目と目を合わせて言葉を交わす大切さ。その一見何気ない行動こそが、人と人との縁を紡ぎ、揺るぎない絆を築く礎となる。話題に決まりはなく、今日一日の穏やかな天気、経済、政治、歴史の話、そして街の移り変わりや思い出の話。その時々に適したネタをピックアップし、咲かせる雑談の華こそが、世代間の交流に鮮やかな彩りを添える。この対話こそ、単なる世間話の域を超え、双方の心身の健康、孤独の解消、そして地域コミュニティの活性化に不可欠な要素であり、街の発展や人々の生活を守る上で大切な対話となる。高齢者が手にする、新たな「役割」と「輝き」が、若者達に伝染。多世代が交流する社会において、高齢者が得るメリットは計り知れない。若者や子どもと交流する事により、自らが「教える」「守る」「支える」といった役割を再発見する。それは生活意欲の向上や存在価値の再確認に繋がり、自身の生きがいを見出すきっかけにもなる。会話や外出の機会が増えれば、脳の活性化(認知症予防)や身体機能の維持・向上に寄与し、加齢による衰え(フレイル)を防ぐ心身の活性化と健康長寿が期待される。近所付き合いや多世代交流は、高齢者の孤立を防ぐ直接的な手段となり、孤独感の解消を強く促す。若者が受け取る、人生の「羅針盤」は、高齢者の経験則である。若者にとってのメリットもまた、かけがえのない財産となる。老人が持つ人生経験、伝統文化、生活の知恵。それらは親からは得られない学びの機会となり、知識を共有する濃密な時間になる。異なる世代と接する事は、思いやりの心や社会性を育み、礼儀作法を自然に学ぶ機会にもなる。多様性やいたわりの心を宿した若者や子どもが増える事は、地域全体で若者を見守る関係性を生み、互いの安心感が地域を育む力へと変わって行く。今後は地域社会が手に入れる、最強の防護策と活力が必要となり、この繋がりこそ、地域コミュニティや地域社会という大きな枠組みに強靭さを産み落とす。日頃の挨拶や声かけが、犯罪の起きにくい環境(見守り隊)を作り、災害時には互いにサポートし合える関係(支え合う関係)に繋がる防犯・防災機能を強化。世代を超えた繋がりが地域全体に活力を供給し、持続可能な地域活性化へと貢献の手を伸ばす。開かれた未来に向けて、地域での交流は「互いに助け合い、学び合える」社会を形成する為に、極めて重要な事だ。高齢者は若い世代からパワーをもらい、若い世代は高齢者から知恵を学ぶという「いのちの循環」こそが、豊かな地域社会の基盤であり、未来の街づくりにおける重要要素の一つとなり得る。ある晴れた日の古びた日本家屋。その一室にある縁側に座り、湯気の立つ渋いお茶を啜りながら、世代を超えた相互理解が展開される瞬間を。その一歩、互いの歩み寄りが、若者たちの手によって「地域の開かれた未来」を鮮やかに描き出している。雑談から始まる小さな革命が、この街の、そして日本の明日を照らす光になるであろう。映画『道行き』を制作した中尾広道監督は、あるインタビューにて本作のモノクロ映像について、こう話す。

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中尾監督:「本作では「静かな旅」 の話をしたいと考えていました。 ただ、それは空間的な広がりの中を移動する旅ではなく、 同じ場所に堆積している「時間の層」を一枚ずつめくっていくような、いわば 「縦移動の旅」にしたかったんです。 その場所で幾層にも重なり合っている時間を、カラーで見せてしまうと、どうしても「今」が鮮明になりすぎてしまう。でも、モノクロの豊かな階調であれば、地層を深く掘っていくような感覚や、そこにある物質の形そのものの力強さを表現できるのではないか」(※6)と話す。モノクロームが、すべてを語るわけではない。しかし、白と黒の階調の先にある「時間の奔流」そのものが映像と深く呼応する時、私達は過ぎ行く時の流れが持つ、震えるような愛おしさと、抗いようのない残酷さを知る事になるだろう。他郷へと移住する事、見知らぬ他者と交わす言葉、そして時の移ろいを知り尽くした日本家屋の静かな佇まい。あるいは、遠く走り去る鉄道が残して行く、あのけたたましい警笛の音さえも。それらすべて、老人がその眼差しに焼き付けて来た過去から現在、そして現在から未来へと続く、ほんの一瞬の「通過点」に過ぎない。私達は今、あまりに膨大で、あまりにも無慈悲な時間の狭間を漂う旅人。その流れを拒む事も、せき止める事も誰にも許されない。ただひたすら、逆らえぬ潮流と共に、この「今」という瞬間を懸命に呼吸しているだけかもしれない。しかしながら、時間が私達に教えようとしている真実は、決してその流れの残酷さだけではないはずだ。加速し続ける現代社会において、見失いそうになる「今、ここ」にある空間の温度。その流転する時の中、掌から零れ落ちそうなほどの小さな愛おしさを拾い上げる事。それこそが、私達がこの不確かな現世を生きる為の、最も美しく、最も大切な核心部分だ。過ぎ去った昨日を惜しむのではなく、見えぬ明日を憂うのでもない。この一瞬、この場所で、大切な誰かと、あるいは自分自身と向き合う「時の輝き」を抱き締める。その積み重ねこそが、私達の命を彩る唯一の未来の光となるだろう。

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最後に、奈良県御所市。その古き良き街並みを背景に、モノクロームの映像美で綴られる映画『道行き』は、一人の青年と老人の交流を描く。しかし、本作が映し出すものは、単なる言葉の応酬によって生まれる「親密さ」だけではない。それは、数千年という悠久の時を越え、幾世代にもわたって複雑に、かつ美しく紡がれてきた「目に見えぬ縁(えにし)」の姿。過去と未来という巨大な時間の狭間で、「いま」を必死に生きる私達の魂を、静かに、そして力強く擦り合わせるような、魂の邂逅の記録だ。現在、日本の地方移住を取り巻く景色は、2024年を境に新たな成熟の時を迎える。かつての「一時的なブーム」は終わりを告げ、テレワークの普及に伴う「転職なき移住」が社会に深く根付いた。若い世代や子育て世代が、自らの生活の質(QOL)を真摯に見つめ直し、地方に安住の地を求める。地域おこし協力隊の定着率が7割近くという高い水準を記録している事実は、私達がようやく、加速しすぎた時代の流れに翻弄されない「本質的な暮らし方」を見つけ出した証左かもしれない。「道行き」とは…。歌舞伎や浄瑠璃において、本来「物語の途中」を指す言葉であるが、この言葉の響きの奥底には、より深い意味が秘められている。それは、私達が歩む「人生という長い旅の途中」に立ち寄る、幾つもの心の拠り所。それは、雨風を凌ぐ物質的な建物かもしれない。あるいは、ふとした瞬間に差し伸べられる精神的な温かな人の手や繋がりかもしれない。私達は、容赦なく過ぎ去る時間という濁流の中で、常に羽を休める為の「止まり木」を探し求めている。あなたが、人生(たび)の途中でふと覚える安堵感。その束の間の静寂こそが、明日を夢見る力を与え、私達人間に「未来」という新たな時間を作る糧を与える。私達の人生は、まだ物語の途中だ。たとえ、今は孤独な夜の中に身を置いていたとしても、あなたを支える見えない糸は、数千年の昔から、そして数千年の未来へと、確かに繋がり縫い合わさっている。この映画が描き出す「道行き」のように、私達はこれからも、誰かと魂を擦り合わせながら、人生という名の愛おしき旅を続ける。その歩みの先に必ず、あなただけの光り輝く「止まり木」が待っている事を信じて。

映画『道行き』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※2)『ナツひとりー届かなかった手紙』の解説ーー100周年を迎えたブラジル日系移民の歴史https://www.maesaka-toshiyuki.com/history/3586.html(2026年2月17日)
(※5)注目を集める地方移住でのメリット・デメリット。田舎ならではの大変さも把握しよう!
https://nagasaki-iju.jp/topics/topics-2289/(2026年2月18日)
(※6)【インタビュー】 映画 『道行き』中尾広道監督が語る、 時をめぐる静かな革命